飼い犬がいなくなったと思ったら美少女になって帰ってきた

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

第1話

「また会えたね!」


 俺の目の前で飛び切りの美少女が表情豊かに言った。


 その言葉と表情から俺に100%の好意を持っているのが一発で分かった。ここは俺の家の廊下。高校から帰ってきたら うちの廊下に見知らぬ美少女が立ってた。俺は彼女の事なんて全く知らない。


 ―――そう、人間としては。


 なんてこった。


 令和の世の中で、俺も高校に上がってもうすぐ16歳だというのに、まだこの世の中のことを理解していなかった。


 ファンタジーなど現実世界では絶対に起きない!


 ……そう思っていたのに。


 実はここ3か月ほど親に隠れて犬を飼っていた。近所の公園で見つけた野良犬だ。まだ小さくて放っておいたら保健所か何かに連れて行かれてしまうだろう。


 だから俺はこっそり部屋で犬を飼っていた。名前は「ソラ」と名付けた。昔 隣に住んでいた同級生の名前。彼はメチャクチャ元気でスポーツ万能で俺の憧れだった。


 そんなあいつは小学校の1年の時に親の都合で転校していった。その時はメチャクチャ泣いたのを覚えている。


 この子犬もメチャクチャ元気だ。どこかあいつを思い出したので「ソラ」と名付けた。


 さすがに母さんにはバレるだろうから「飼い主が見つかるまで」と言ってこっそり置かせてもらっている。まあ、飼い主なんて探してないけど。父さんには絶対内緒だ。幸いほとんど吠えないのでバレないで3か月は経過した。


 それがある日、俺が学校に行っている間に部屋を抜け出していなくなった。


 あれから1週間。ソラが人間の女の子の姿になって帰ってきた!


 マンガやアニメじゃないんだ。そんなこと現実的に絶対あり得ないこと。俺は少し眩暈がしつつも確かめようと質問した。


「き、きみは……」


 目の前の少女は俺の通う学校の制服を着ている。


「また会えたね! 翔太!」


 俺の言葉など全く聞いていないとばかりに目の前の美少女が俺に飛びついて抱き着いてきた。翔太は俺の名前。どうしてこの子が知ってるんだ! やっぱりこいつがソラか⁉


 いつも飛びついてくるのもソラと全く同じ行動!


「ちょ、ちょっと待って! お前はソラなのか⁉」


 言ってて自分でも信じられないけど、目の前の少女にありえない質問をぶつけた。


「そうだよ! 久しぶりだね! 私 可愛くなった?」


 その少女からあり得ない答えが帰ってきた。信じられないけど、やっぱりソラなのか⁉ 人間になって帰ってきた⁉


 俺から少し離れると彼女はスカートを少しだけつまんでその場でクルリと1回転して見せた。


 ああ、めちゃくちゃ可愛い! クラスの誰より可愛い。ヤバイ、一目で好きになった。今、コトンって恋に落ちた音が聞こえたー!


「ちょっと待て! 待ってくれ! お前 ソラだよな⁉ わんこのソラだよな⁉」


「あはっ、懐かしいね『わんこ』って。そうだよ! ソラだよ! 可愛くなって戻ってきたのによく分かったね!」


「いやいやいやいや! あり得ないだろ!」


 俺は嬉しいと思いつつも、まだこの異常な状況を受け入れたらダメだと辛うじて理性が拒んでいた。


「あ、ねえ! ちょうど今 おばさんにも挨拶してたところだよ」


 そう言って俺の手を引いてリビングに連れて行くソラ。嫌ダメだろう。妄想が俺の母さんに挨拶したら。


「あ、翔太お帰り。驚いた? ソラちゃんが戻ってきたのよ! 可愛くなっちゃって、嬉しいでしょ?」


 えーーーーー。母さんにもソラは見えてるのかよ。どうなってんだ最新の妄想は! 現実がバグってきてる。とにかく大変だ。


「ほら、あんたが立ってたらソラちゃんも座れないでしょ? 今コーヒー淹れてたから座って」


 俺は鞄をそこらに置いてテーブルの席についた。俺の隣には当然のようにソラが座って向かいの母さんと楽しそうに話している。


 俺はまだ現実を受け止めきれずに目の前の会話は全く頭に入ってこない。


「よかったわね、翔太。ソラちゃんも明日から一緒の高校だって! 同じクラスになったらいいわね」


 母さんが少し揶揄うみたいに言った。それ大丈夫なの⁉ だって、犬だよ⁉ これは夢なのか⁉


「一緒のクラスだったらいいなぁ。その時はよろしくね」


 横でソラがウインクして可愛く言った。何その可愛い顔。また俺は恋に落ちた。


 ◇


 あり得ないあり得ないあり得ない。


 飼っていた子犬がふらりといなくなって人間の女の子になって戻って来るとか。しかも、俺好みの美少女に。あり得ない。


 目が覚めても俺の妄想は止まらなかった。


「あ、翔太起きた? おはよ♪」


 目が覚めたら制服姿のソラが部屋にいた。


「ソラ……なんで俺の部屋に……」


「えー、ずっとこうやって起こしてたよー」


 確かに、毎朝ソラは目覚ましが鳴るとその音に興奮して俺を起こしてきた。顔を舐めたり、甘噛みしたり。


 じゃあ、今朝も……? この美少女が? 俺の顔を舐めたりして⁉


 ……一気に目が覚めた。


「顔洗って降りておいでね! おばさんが朝食できたって言ってたよ!」


 そう言うとソラは部屋の扉を閉めて階段を下りて行った。


 マジかよ。俺の妄想は継続中だ。


 でも待て。いくら何でも高校に行けばそんな妄想は打ち砕かれるはず。彼女は俺のイマジナリーフレンド的なものに違いない。母さんも俺と同じく集団催眠的な感じで俺と同じ妄想を見ているに違いないんだ。


 俺が1階のリビングのテーブルで食事をしている時、ソラはソファに座って朝の情報番組を見ていた。


「ソラちゃん、ご飯は食べたの?」


 母さんがソラに聞いた。


「はい! うちで食べてきました」


 何食べたの? ドックフード? あと、うちってどこ。


「ほら、翔太もぼーっとしてないで食べなさい。ソラちゃん待たせてるわよ」


「あ、おばさん、大丈夫です。別に約束してたわけじゃないですし、私が早めに来ただけですからー」


 なんだこれ。なぜ、俺の妄想美少女がうちの母さんと当たり前みたいに話をしている。


 でもまあ、それも学校に着くまでの話。学校にはさとるめぐみもいる。こいつらは俺の幼馴染。小・中・高と同じ学校になった腐れ縁だ。めちゃくちゃいいヤツらで、俺がこっそりソラを飼い始めた話をしたらお小遣いから犬用品の費用をカンパしてくれたほどだ。俺も画像や動画を見せたくらい感謝している。


 犬が美少女になるとかあり得ない。彼らが見たら俺も現実に引き戻されるはず。ソラとあいつらさえ会えば……。


 そして、その瞬間は学校に着くより前に起きた。


「あれ? おはよ、翔太」


 通学途中で悟に声をかけられた。


「よう、あ、恵も」


 横には恵も一緒だった。そう言えば、高校に入ってから二人は付き合い始めたって言ってたな。これまでも一緒に登校していたのかもしれない。


「あれ? その子は?」


 悟が俺に訊いた。はいキター! 俺の妄想を壊す存在。いや、待て。なぜ悟にもソラが見えている⁉ 


 ここで確実に妄想を打ち砕いておかなければ! 俺が正しい現実に戻れなくなってしまう。


「これは、ソラだよ。戻ってきたんだ」


 さあ、あり得ないことを言ったぞ! 悟も恵も「なに言ってるんだよ」くらいのことを言って俺を現実に引き戻してくれ!


「えー! ソラなの⁉ 可愛くなってー!」


「嘘うそ! ソラ⁉ かわいー! その制服、もしかしてうちの学校?」


「そうなの! 今日転校初日なの」


 おいおいおいおい! なぜお前たちまで俺の妄想に引きずり込まれてるんだよ!


 ソラだよ⁉ 犬だよ⁉ こいつらの目を俺が覚まさせてやる!


「ちょっと待てよ! 何そんなに簡単に受け止めてるんだよ! こいつはわんこだぞ! ソラなんだぞ!」


「ああ、分かってるよ。どうしたんだよ翔太」


 逆に心配そうな顔をしてくる悟。いや、俺はお前たちの方が心配だよ。


「だって、マンガとかアニメとかじゃないんだぞ! あのわんこが女の子になって帰って来るなんて! あり得ないだろ! しかも、こんなに可愛くなって!」


「ぷーっ! もしかして、翔太! マジか! マジなのか⁉」


「ほらー! やっぱりー! だから私 いつか言った方がいいって言ったのに!」


 俺の暴露に悟も恵も思った反応じゃない感じ?


「ソラちゃんは最初から女の子だよ。 翔太ずっと勘違いしてたんだよ」


 どういうこと⁉ ソラは子犬で、俺が公園で拾って来たんだよ。最初から人間のはずがないだろう。万が一、そっちが妄想だったとしても部屋に拾ってきた女の子を匿うって言って母さんが許すわけがない。


 悟なんか窒息しそうなほど笑っている。俺の勘違いってなんだ?


 そうだ、ソラ! 俺が空の方を見ると、顔を真っ赤にしてもじもじしていた。


「ソラ?」


「可愛いって……。翔太のばか……」


 なに照れてるんだよ! 問題はそんなとこにはないだろう!


 四人で一緒に登校することになったけど、俺には違和感しかなかった。


「ソラがあんなに変わったのに、翔太はあんまり狼狽えないんだな」


「狼狽えまくってるよ! お前の方こそすんなり受け入れておかしいだろ!」


「俺は別に……。ソラに懐かれてたのはずっと翔太だったし」


 なんでこいつはこの非現実的な状況をすんなり受け入れてんだよ!

 俺と悟の後ろをソラと恵が並んで話しながら付いてきている。


「ソラちゃんホント可愛くなったねー」


「ありがと。翔太を驚かそうと思って頑張ってきた」


「えー、じゃあ、やっぱりー?」


「待って! 言わないで!」


 漏れ聞こえる彼女たちの会話からも何の違和感もなく受け入れられている。絶対におかしい。

 そして、その異常は教室でも続いた。


 ◇

西野にし美空そらです。西の美しい空って覚えてください♪」


 ソラは俺のクラスに入ってきた。


 みんなの前で自己紹介をした。実に慣れていて、少ない言葉で最大限の好感度を掻っ攫って行った。


 そして、男子だけではなく、女子の人気も集めたった一日でクラスの人気者にのし上がった。


『めちゃくちゃ可愛くね? 好感度が固まって具現化した存在』

『自己紹介が秀逸だった』

『なんかワンちゃんみたい。無いはずのしっぽを振っているのが見えるよう』


 昼休みになると みんなが一緒に昼食を取ろうって集まってきた。


「西野さん一緒に昼食食べない? お弁当?学食?」

「よかったら一緒に購買いかない?」

「うちらのグループで一緒に食べる?」

「よかったら僕たちと……」


 数々の誘いを全部断って彼女は言った。


「ごめんなさい、お昼は翔太と食べることにしてるから」


 そう言うと、ソラは弁当の包みを左右に1個ずつ持ち、肩の高さまで持ち上げて見せた。


 またその時の「ごめん」って感じの笑顔の可愛さよ!


 俺は腕に抱き付かれて言われるがままに教室を出た。


「どっか二人でご飯食べられるとこある?」


「屋上……かな」


 うちの学校では屋上が解放されている。ただ意外に風が強いので利用する生徒は少ない。教師の喫煙所も兼ねているのでわざわざ行く生徒はいないってのもある。


 ただ、今日は背に腹は代えられない。俺たちは屋上に移動した。



 ◇

「どうなってるんだよ!」


「どうって?」


 屋上のベンチに座って二人ソラが作ってくれた弁当を食べている。


 ドックフードではなくて、ちゃんとした弁当。ご飯に、ハンバーグに、たこさんウインナーにたまご焼き。理想のお弁当じゃないだろうか。


「この弁当だよ!」


「……口に合わなかった?」


 俺が食べるのを見ていたソラが慌てて自分の弁当から玉子焼きを取って食べる。味を確かめたのだろう。


「いや、めちゃくちゃうまいよ! そうじゃなくて!」


「よかった。ちゃんと味見したし、悪くなったのかと思ったぁ」


 胸をなでおろすソラ。


「急にいなくなって、ふらり戻ってきたと思ったら、女の子になってるし、クラスの人気者になるし、弁当だって俺が好きなものばっかり!」


「そりゃあ、私だって翔太がひっくり返るくらい驚かせてやろうって思っていっぱい努力したし。その割に比較的 簡単に受け入れられてちょっと肩透かしって言うか……」


「いやいやいやいや、最大限に驚いたし!」


「じゃあ、あの約束覚えてる?」


「やくそく……?」


 犬と約束なんて出来る訳がない。俺は何かを言ったのか……?


 ソラが座ったまま下を向いて涙をボロボロ流し始めた。


「お、おい。ちょっと……」


「ひどいよ……約束忘れちゃうなんて……」


「ご、ごめっ……」


「手紙だってあんなに言ってたのにすぐに送ってくれなくなって……」


「手紙?」


「!」


 俺の反応にソラがショックを受けたみたいに目を見開いた。俺は犬と手紙を交わすようなことは絶対にない。ここにきてソラが何を言っているのか分からなくなった。


「もういいっ!」


 そう言ってソラは食べかけの弁当を片付けて一人屋上を降りて行ってしまった。


 頭では追いかけないと、と思うけど、何が起きているのか俺には分からない。椅子に座って食べかけの弁当を持ったまま動けなくなってしまった。


 その後、教室に降りて行ってもソラは何食わぬ顔で過ごしていた。


 放課後も一瞬こっちを見て俺と目が合うと、プイっと目をそらして一人帰ってしまった。帰ると言ってもどこに帰ったのか。


「どうしたどうした、早速ケンカか?」


 悟が話しかけてきた。


「あいつ……なんなんだよ。全然分かんねぇよ」


「まあ、約10年ぶりだからな。あの様子だと相変わらず翔太のことが好きってことだろうな。奇跡だよな」


「それは私も思った!」


 悟の横で恵も同意した。ちょっと待て。こいつらは何を言ってる⁉


「10年ぶりって……」


「そんくらいだろ? ソラが転校していったのって小1だったし、俺ら今16歳だからもう10年だろ」


 え? もしかして、あのソラって俺が小学校の時に引っ越して言った方のソラ⁉ でも、あいつは男で俺といつも一緒に遊んでて川に入ったり、森を探検したり、ゲームしたり……。


「ソラは男だろ⁉」


「あの制服で、しかもあんなに可愛くなって男とか無理だろ」


「いや、そうじゃなくて!」


 色々なことが一気に分かって行った。知らない美少女が家にいたんじゃなくて、10年ぶりに引っ越して戻ってきて俺の家に挨拶に来てたってこと⁉


 だから、母さんはあんなにすんなりソラのことを受け入れて。


 悟や恵がソラのことを知っているのって、俺らが小さい時から一緒に遊んでいたからってこと⁉


 じゃあ、俺はずっとソラのことを男だと勘違いして、あんなに可愛くなって戻ってきたソラのことをスルーして、犬が美少女になったとか訳の分からない妄想に取りつかれて弁当を作ってくれてもノーリアクションで……。


「でも、俺 あいつのことわんこって呼んだし……」


「それな。懐かしいと思ったよ。ソラの昔のあだ名。いっつもお前の後ろをくっ付いてたからみんなでそう呼んでたよな。思い出したよ」


「いや……」


 俺の方は今 その話を思い出した。


 そうだ。俺たちはいつも四人で遊んでいた。特にソラはうちの隣に住んでたからずっと一緒だった。


 あいつが突然 転校することになって手紙を送り合おうって言ってたのに俺はひねくれて送らなくなって、そのうちあいつからも来なくなって……。


「じゃあ、約束って……」


「約束?」


 俺は色々を思い出したらもう、走っていた。行先はもちろんうちの隣。とにかく走った。途中、鞄を教室に置いたままだと思い出したけど、そんなことはもうどうでもよかった。


 走って走って、ソラの家の前に着いた。玄関前にソラはいた。彼女は背を向けていた。今まさに家に入ろうとしていたようだ。


 門扉の外から俺は大きな声でソラに話しかけた。


「ソラ! ごめん! 俺、色々混乱して、勘違いして! 10年ぶりに戻ってきたんだろ! ソラは男だと思ってたから可愛くなってて驚いた! ごめん間違えてて!」


「翔太……」


 彼女は顔だけ少しこちらを向けてくれた。


「約束だろ! 大きくなったら結婚しようって言ったやつ! 俺はあの時お前のことを男だと思ってたから、男同士は結婚できねーよって思ってた! でも、お前ならずっと一緒にいるのもいいなって思って、分かったって答えてた!」


「……」


「まだ高校生だから結婚は無理だけど、俺と付き合ってくれ! ソラがソラだって気づかなくても一目で惚れた! すごく可愛いと思った! ソラー! 好きだ―!」


「翔太、そんなおっきな声で……近所に聞こえちゃうよ」


 ソラがこちらを向いてくれた。


 その旨には1匹の子犬が抱きかかえられていた。


「ソラ……その犬……」


 間違いなくソラだった。幼馴染のソラが抱きかかえている犬は1週間前にいなくなったソラだった。


「あぁ、うちの庭に迷い込んでたみたいで。首輪してないから野良犬かも。まだちっちゃいのに。うちで飼えないかなって……」


 ソラがこちらに来て門扉を開けてくれた。


「この子 飼えるように一緒にお母さんにお願いしてくれる?」


「もちろん!」


「かわいいでしょ? 名前は何がいいかなぁ?」


「そりゃ、もちろん……」


令和の世の中で、俺も高校に上がってもうすぐ16歳だというのに、まだこの世の中のことを理解していなかった。


 ファンタジーなど現実世界では絶対に起きない!


 ……そう思っていたのに。


マンガやアニメみたいなこと程度は非現実的なことは起こるらしい。

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