婚約破棄された悪役令嬢の逆転劇〜侍女は真実の愛を見た〜

ギッシー

第1話

「美味しい! こんなオシャレなカフェを知ってるなんてさすがですマリアお嬢様!」

「おーっほっほっほっ! 一流のわたくしなら美味しいカフェの一つや二つ知っていて当然ですわ!」


 私の名前はタチアナ、目の前で高笑いを響かせているマリア・フローラルお嬢様の侍女です。

 マリアお嬢様は頬に手の甲を当てて高笑いを上げる典型的な悪役令嬢に見えるけど、オシャレなカフェに侍女の私を連れてきてくれるいい人です。

 マリアお嬢様に使えて半年になりますが、侍女になれて本当に良かったです。


 マリアお嬢様と楽しいお茶の時間を過ごしていると、私は見てはいけないものを見てしまいました。

 後ろの席にマリアお嬢様の婚約者である第一王子のクラウス様と貴族令嬢風の女性がやってきたのです。


「どうしたのかしらタチアナ? そんなに慌てちゃって」

「お……おおおお、お嬢様。う……後ろの席ににににいい」


 私に言われるとマリアお嬢様が振り返って確認しました。

 幸いなことにパーテーションがある為、向こうはこちらに気づいていません。

 後ろの席をこっそりと確認したお嬢様の顔は、まるでデーモンのように恐ろしいものでした。


「あれはクラウスとイリーナ……なぜ二人きりで私に内緒でお茶をしばいていやがりますの?」


 クラウス様達に気づかれないように小声で事情を伺うと、イリーナ様は親同士の爵位も近いマリアお嬢様をライバル視しているらしく、何かと張り合ってくる方のようです。


 その後、私達に気づかず話すクラウス様達の話は酷いものでした。

 自分が愛しているのはお前だけだとか、イリーナ様もマリアお嬢様にいじめられていて辛いだとか……。

 一応確認したところ「いじめなんてだっさいまね、この私がするわけないでしょ」とのことです。


 最終的に週末に行われる舞踏会で、大々的に婚約破棄と真実の愛を誓う計画を立て始めました。

 それを聞いたマリアお嬢様の顔はお伽話に登場する魔王様のように怖かったです……。

 クラウス様達が私達に気づかないまま帰るとお嬢様は口を開きました。


「このまま婚約破棄されるようでは三流、やり返してざまぁしたところでようやく二流、では一流の私ならどうするか分かりますかタチアナ?」

「わ……わかりません。どうされるのですかお嬢様?」


 固唾を吞んで伺うと、マリアお嬢様はゆっくりと口を開きました。


「周到に準備してその場でざまぁしてさしあげます! それでこそ一流! 私に不義理を働いた罪、とくと味わわせてやりますわ!」


 それって二流と同じ内容じゃないですか? と思いましたが、私は突っ込みませんでした。

 だって、マリアお嬢様が乗りに乗っていて楽しそうでしたから。

 マリアお嬢様のキラキラ輝く瞳を見ていると、何だか私まで楽しくなってきました。


「こうしてはいられません! すぐに準備に取りかからなくては! 行くわよタチアナ!」

「はい、マリアお嬢様!」


 マリアお嬢様はそう言ってカフェを出ると、その日のうちにやり返す準備に取りかかったのです。



◇◇◇



 そしてやってきた舞踏会の日。

 私はマリアお嬢様のお付きとして、一緒に舞踏会に参加させていただくことになりました。


 この舞踏会はマリアお嬢様の通う学校で行われる伝統行事で、卒業後社交界へとデビューする貴族の方々の予行演習的役割のパーティーです。

 普通であればマリアお嬢様のパートナーは婚約者のクラウス様が務めるのですが、カフェでの一件以来何の誘いも連絡もなかったそうです。

 まあ、私としてはマリアお嬢様と一緒にパーティーに参加できてラッキーなんですが。


「とても似合っているわ。綺麗よタチアナ」

「素敵なドレスまで用意していただいて、本当にありがとうございます」


 着ていくドレスのない私の為に、マリアお嬢様はご自分のドレスから私に似合うものを手ずから選び着せてくれました。

 私の為にここまでしてくださるなんて、やっぱりマリアお嬢様はお優しい方です。

 怒ったお顔が魔王様みたいだなんて思ってごめんなさい。


 舞踏会が始まりマリアお嬢様からお友達を紹介していただいたり一緒にダンスを楽しんでいると、婚約者のマリアお嬢様を差し置いてイリーナ様を伴ったクラウス様が、みんなに大事な話があると言って注目を集めます。

 私はいよいよ始まるのかとドキドキしてきましたが、マリアお嬢様は薄く笑っていました。


「今日集まったみんなに聞いてもらいたい話がある! 私はマリア・フローラルとの婚約を破棄し、イリーナと婚約することをここに宣言する!」


 とうとうクラウス様が婚約破棄を宣言しました。

 私はマリアお嬢様からどのように対策を練ったのか聞かされていないので、心配で心臓がバクバクしてきました。


「なぜ婚約が破棄されたかわかるだろう? お前がイリーナにおこなったいじめの数々、とっくに調べはついているぞ! 証拠もある! おとなしく捕まって牢獄で反省するんだな!」


 クラウス様はマリアお嬢様に指をビシッと向けて声高に言い放ちました。

 正義は自分にあると確信した自信に満ちた表情をしています。

 隣に寄り添うイリーナ様は勝ち誇った嫌らしい顔をしていて、何だか私もムカムカしてきました。


「へ~、証拠があるって話だけど何を用意したのかしら? 私にはイリーナに嫌がらせをした記憶が全くないのだけれど」

「ふんっ、イリーナの証言と証人を用意した。言い逃れはできんぞ! 覚悟しろ!」

「はうう。マリア様にいじめを受け続ける日々はとっても辛かったよお〜。どうか罪を認めてほしいですう〜」

「ああぁ、イリーナ……こんなに怯えて可哀想に……」


 クラウス様とイリーナ様が罪を認めろと責めますが、マリアお嬢様は余裕の表情を崩しません。

 だって、マリアお嬢様はこの日の為に準備してきたのですから。

 っていうかイリーナ様、カフェでお見かけした時から思ってましたけど、その喋り方絶対キャラ作ってますよね?


「その顔は認めていなそうだな。だが、イリーナのクラスメイトが証言してくれたぞ。お前が嫌がらせをしたことをな。前に出てきてくれ!」


 クラウス様が促すと数名の男子生徒が前に出てきました。

 どうやらマリアお嬢様とイリーナ様のクラスメイトのようです。


「俺達はマリアがイリーナをいじめているところを毎日見ていた。いじめのあるクラスに嫌気がさしたんだ。この学園から出ていけ!」


 証人として出てきたクラスメイトが責め立てると、静観していたマリアお嬢様が口を開きました。


「虐めていないし証拠もあります」


 マリアお嬢様はそう言ってドレスの胸元に隠していた魔道具を取り出しました。

 あれは以前見せていただいたことがあるから知っています。

 映像を記録する魔道具です。


「この魔道具に密談、買収現場、全て記録してあります。覚悟するのは貴方達ですわ!」


 マリアお嬢様が宣言するとクラウス様達の顔色が悪くなり、一気に形勢が逆転しました。

 魔道具で映し出された映像にはマリアお嬢様を陥れる作戦会議からクラスメイトを買収する現場まで、様々な証拠映像が記録されていました。


「これを見てもまだ私が悪者だと言えるのかしら? もし言えるのならある意味大物ですわ。そもそも婚約者がいるのに浮気した貴方がたのほうが悪者ではなくて?」

「ななななぁぁ、なんだその映像は! そんなものは嘘だ! 偽物だ! 私は認めないぞ!」


 映像を見たクラウス様は非常にわかりやすく慌てふためいています。

 でも、マリアお嬢様の言うように先に浮気しておいて切り捨てるなんて、本当に男って最低ですね。

 あっ、マリアお嬢様の話にはまだ続きがあるみたいですよ。


「でもクラウス、貴方は被害者でもあるのよ。黒幕はイリーナ、貴方よ!」


 マリアお嬢様は腰に手を当て、真直ぐにイリーナ様に指を突きつけました。

 その堂々としたお姿は本当にかっこいいです。

 会場の皆様見ましたか?

 うちのマリアお嬢様は美しくてかっこいいんですよ!

 でも、私には今のところクラウス様が悪いように見えるのですが、イリーナ様が黒幕とはどういうことなんでしょうか?


「はうう、私に言い寄ってきたのはクラウス様です~。マリア様は何か勘違いなされているのでは~?」

「はうはう言ってられるのも今のうちよイリーナ。その首にかかったネックレスを見せなさい」

「はうう、嫌です~。これは我が家に伝わる大事なネックレスなんです~。いくら爵位が上でもそんな権利はないはずですよ~」


 はうはう言ってる割には質問を冷静に躱していくイリーナ様にマリアお嬢様が苛立ってます。

 マリアお嬢様、神経を逆なでするような喋り方をされても冷静に、冷静にですよ!


「貴方のネックレス、それ魅了の魔道具よね? 使い方は魅了対象の身体の一部をロケットの中に仕込むこと。もし違うと言うなら中身を見せてくれないかしら。きっとクラウスの髪か何かが入ってるはずよ」

「……嫌だ……」

「はぁ? 見せないってことは貴方が犯人だと認めるってことでいいのかしら?」

「嫌だって言ってんだろアバズレが! 誰が見せるかボケッ!」


 ひ~! イリーナ様が本性を現しました!

 はうはう口調はやっぱり演技だったんですね!

 まったく、どっちがアバズレですか!

 ほら、隣にいるクラウス様が引いていますよ。


「はぁ、しょうがないわね。どうしても見せないつもりなら力ずくで見させてもらうわよ」

「寄るんじゃねえ三下があ!」


 マリアお嬢様が魅了の魔道具を確認する為に近づくと、イリーナ様は振りかぶって平手打ちしてきました。

 でも、そんなテレホンな攻撃はマリアお嬢様には通用しません。

 マリアお嬢様は平手打ちを間合いを詰めて潰し、足をかけてイリーナ様を転ばすと腕を極めて拘束しました。

 フローラル家の令嬢の嗜みとして、マリアお嬢様は戦闘訓練も積んでいるのです。

 そこらの遊んでばかりのお嬢様に負ける訳がありません!


「放せこら! いてててててっ!」

「大人しくしなさい! 貴方はもう終わりよ!」


 拘束されたイリーナ様を衛兵が連行していきました。


「衛兵、そこにいるクラウスと買収されたクラスメイトも共犯者よ。連行していきなさい」

「何っ! 俺はイリーナに魔道具で操られていただけだぞ! お前だって被害者だって言ったじゃないかっ!」


 この期に及んで自分は悪くないとクラウス様が騒ぎ出しました。

 あの人自分の恋人のせいにしましたよ。


「この魔道具はそこまで万能じゃないわ。心に思っていることの後押しをしてくれるだけ、つまり私を裏切ってイリーナについたのは貴方の意思なのよ」

「そ……そんなバカな……。違う! 違うんだマリア! 俺が本当に愛しているのはお前だけなんだ! 信じてくれ!」


 地面に膝をつき、手を合わせて懇願するクラウス様ですが、その様子を見たマリアお嬢様は「フンッ」と、鼻を鳴らして、


「信じる訳ないでしょうが、一度失った信用を簡単に取り戻せると思ったら大間違いよ。牢獄で反省してきなさい」


 罪を突きつけました。


「嫌だあぁぁ! 助けてくれえぇぇええ!」


 見苦しく喚きながら共犯者のクラウス様とクラスメイトは衛兵に連行されていきました。

 往生際が悪い犯人って実に見苦しいです。

 最後に罪を認めて潔く捕まれば更生の見込みもあるんですけど、あの様子じゃダメそうですね。


「お待たせタチアナ、全て終わったわ」

「お見事ですマリアお嬢様! これが一流のやり方ですね!」

「おーっほっほっほっ! さすがタチアナね。良くわかってるじゃない!」


 マリアお嬢様は頬に手の甲を当てて勝利の高笑いを上げました。

 私が嬉しくなって賞賛の拍手をすると会場からも拍手が巻き起こりました。

 マリアお嬢様、会場のみんなも喜んでいますよ。


「ありがとうタチアナ。私がここまで頑張れたのはあなたのおかげよ」

「えっえっえっ! マリアお嬢様……!?」


 マリアお嬢様が私に抱きついてお礼を言ってくれました。


「私、今回の騒動で男に嫌気がさしましたわ。そして気づいたのです。本当の気持ちに……。タチアナ、貴方が好きです。よろしければ私と婚約してくださらない?」

「はいっ!! 喜んでっ!!」


 即答です!

 憧れのお嬢様……マリアお嬢様が私を好きだと言ってくれ、婚約できるのだからそりゃあ即答ですよ!

 私はマリアお嬢様を愛していますもの!!


 えっ? なんで女性同士なのに婚約できるのかって?

 この国では女性同士で結婚することができるのですよ。

 他国ではまだ同性婚を認めていない国もありますが、この国は自由恋愛です。

 子供だって愛の女神に真実の愛だと認められれば同性でも授かることができます。


「嬉しいですわ。身分の差はありますが、私が必ずや両親を説得してみせます。二人で幸せになりましょうタチアナ」

「嬉しいです……マリアお嬢様ぁっ!!」


 抱き合って真実の愛を誓う私達に、会場から惜しみない拍手喝采が巻き起こりました。

 ちょっと照れくさいですが、私とマリアお嬢様を祝福してくれていると思うと素直に嬉しいです。


 こうして婚約破棄騒動は終わりを告げ、私とマリアお嬢様は婚約破棄からの逆転劇を演じたカップルとして有名になり、国民の支持を得ました。

 周りからの後押しを得た私達はマリアお嬢様の両親の説得に成功し、末永く幸せに暮らしていくのですが、それはまた別のお話。

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