第2話

「ただいま」

「おかえりなさい。――ってあなたお昼の人よね」

「ええ、そうですが」

「AIを頼んだんだけど?」

「私がその『AI旦那』です。藍人(あいと)とお呼びください」

「どう見ても人間の男性ですよね」

「技術の進化の賜物です。遠目には判別できないくらい精巧に作られているのです。私と遊ばれても法律的に浮気に該当しないというのもポイントです。ペットと同様の取り扱いとみなされるでしょう」

「それで? あんたは何ができるの?」

「藍人とお呼びください」

「藍人くん、じゃあ夕飯を作ってもらおうか」

「お任せください。冷蔵庫にある食材から最適なものを作ってご覧にいれましょう」

「その喋り方はなんとかなんないの? 執事みたいなんだけど。仮にも旦那なんでしょ」

「私の機能を説明するときはどうしても執事モードになってしまいます。ムーディな雰囲気を重視する旦那モードに切り替えますか?」

「当たり前でしょ」


 藍人の表情が緩くなり、甘いマスクになる。どんな女性にも好かれそうなイケメンの顔だ。口調も変わり一人称が俺になった。15分後、キッチンを手際よく使いその場にある調味料と材料だけで簡単なチャーハンを作り上げた。使用後のコンロには米粒の一つも落ちていない。シンクにも洗い物は残っていない。料理を始める前よりもきれいになっているくらいだ。


「お待たせ、聖子。おくちに合うかな」

「わあ、いただきます」

「ビールは?」

「いいね」


 藍人は冷蔵庫から缶ビールを取ると、器用にプルトップを開けてグラスに注ぐ。黄金の液体と泡の比率はおよそ完璧だった。聖子はプハーと一気にグラスを空ける。初夏の夜、まだ暑さの残る中で飲むビールとチャーハンの組み合わせは抜群だ。


「ンマー!! あれ? 藍人は食べないの?」

「お腹いっぱいなんだ」と正面に座って聖子が食べている姿を幸せそうに眺めている。

「ビールだけでも付き合ってよ」


 こういうときに藍人は困る。AIに食事をする機能はない。水分は機械にとって天敵だ。USB端子から充電するだけで身体は動く。それを説明してもよいが今のこのムードを壊したくはない。聖子も薄々は理解していると思うが、それはあとでまた執事モードになった時に教えてあげよう。言葉を取捨選択して会話を繋がなくてはならない。


「じゃあグラスだけ」


 二人が持ったグラスがダイニングテーブルの上でぶつかりカツンと小気味いい音が鳴る。聖子は新婚の時に夫と過ごした幸せな時間を思い出していた。こんな日々がずっと続くと思っていたときのことを。もう半分以上、AI旦那に惚れていた。

(つづく)

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AI旦那 ぶるうす恩田 @Blue003

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