AI旦那
ぶるうす恩田
第1話
どんな新婚カップルも一年経てば倦怠期に入りセックスレスになる。
聖子はしばらく考えたいと切り出し、夫と別居することになった。夫は実家に戻り、多少通勤時間は長くなるがそこから会社へ通うという。聖子には夫と住んでいた2DKのアパートががらんとやけに広く感じられた。
きっかけは夫の浮気である。女は五感で夫がいつもと違うことに気がつくものだ。隠しきれているつもりでいる夫にも腹がたった。バレていないと思ってどこぞの女との関係を続けているのも気に入らない。一度の過ちなんかで別れる気はないが、とりあえず証拠をつきつけてどう開き直ってくれるのか見てやろうと、聖子は探偵事務所に調査を依頼した。
その「AI探偵社」はAIを駆使した迅速調査が売りで、人間よりも数倍の早さで精度の高い調査をすると話題になっていた二。AI探偵社はわずか三日で、夫が女とラブホテルへ入る写真を撮影し、同一のワイングラスから二人のDNAを採取した。
仕事で疲れた(ふりをしているように見える)夫に、聖子が調査結果を見せて問い詰めると、
「お前がセックスしてくれないからだろ」と、逆に責められた。
「はあ?」聖子は頭に血が上り、そのまま夫を玄関から叩き出した。
それが一週間前のことだ。その後から別居が続いている。
休日に呼び鈴が鳴った。インターホンの映像を見ると、夫よりいくらか腹がスマートな背の高い男性が玄関の外に立っていた。
「こちら聖子様のお宅でしょうか。わたくしAI探偵社の者ですが」
浮気調査の費用を振り込み忘れていただろうか? いくらか金額を間違えただろうか? とまずお金のことが頭をよぎった。聖子の給料では、このアパートの家賃を払い続けるのは少し厳しく切り詰めないといけないかと考えていたところだった。いやでもしかしそんな事務的なことなら電話かメールで済むはずだ。何か夫のことで追加の情報が得られたとか、そういったことだろうかと訝しがりながらも、聖子はドアを開け男を招き入れた。すんなりと部屋に通してしまったのは、パリッと着こなしたスーツ姿や細面の顔と髪型が聖子の好みであったことも理由の一つであるだろう。
「そろそろ一人暮らしが寂しくなる頃かと思いまして」と男が切り出す。
「バカにしないでよ、あんな奴いなくてせいせいしているくらいよ」
「みなさん最初はそうおっしゃいます。ですが広いお部屋にたった一人でテレビの音だけというのでは、あっという間にふけてしまいますよ。こういった状況ですと、女性の場合はペットを飼う方が多いですね」
「押し売りですか? うまい商売をしていますね」
「いえいえそういうわけではございません。元の旦那さまより少しだけ都合の良い『AI旦那』というサブスクリプションサービスのご紹介に参ったのございます」
「はあ」
「恋愛結婚というものは結婚する前が一番幸せで、だんだんと相手の嫌な部分が見えてくるものです。だいたい二年以内に離婚する方が四割ほどという調査結果も出ております。そこで我社では、おならもしない、タバコも吸わない、浮気もせず、炊事掃除洗濯はしてくれる優秀な『AI旦那』の提供をしております。いかがでしょうか。ご興味はありませんか」
「それ、ただの家政婦と一緒ですよね? それにそんなお金私にはありません」
「そこが我社の目の付け所です。ただの家政婦ではございません。いえこの場合は男性ですから家政夫でしょうか。いずれにしても違います。『AI旦那』は平日九時から十七時まで働きに出るのです。まあAIですから単純な工場作業となりますが、それでも外に出て給料を稼いできてくれるのです。そのお金は聖子様の口座に振り込まれます。その給料の一部を我社にいただくことで聖子様の身の回りのお世話をさせていただくというシステムとなっております。聖子様の収入にもなりますし寂しさもまぎれるでしょう。不必要な時は電源をOFFにしていただければただの人形になります」
そんな巧い話があるだろうか。都合の良すぎる二号君。
「すでに都内で数千人の方にご利用いただき高い評価をいただいております」
「じゃあ例えば、夜のあの、あっちの方は? してくれるの?」
本音では聖子は欲求がたまっていたのだ。
「一応『AI旦那』に性器は付いております。オプションプランとなりますがセックスは可能となっております。が精子は生成できませんので妊娠するご心配はありません。通常プランですと会話と添い寝だけさせていただくことになっております」
魅力的なプランを提示され、聖子はタブレットにサインをした、少し遊んであげるつもりで。男が立ち去ったあと、聖子は午後いっぱいをかけて久しぶりに部屋の大掃除をしてピカピカに床や浴室を磨いた。
その夜、聖子の部屋を訪れたのは、昼に来たセールスマンその男だった。
(つづく)
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