ep18/幸福の対価
「夢って
暗闇に照らし出された黒髪を
「誰しも若い頃は夢を信じているもの。出来ない事など無いと全能感に
上機嫌で喋り続けるルルエに対して、客人はひたすらに沈黙している。
闇夜のように暗い室内では、客人の年齢も性別も分からない。ただ一つだけ確かなのは――客人は酷く怯えており、その息は荒く乱れ、身体は小刻みに震えていた。
「……でもね。成長するにつれて、そんなのは無理だって分かるの。ちっぽけな人間の手に
一瞬だけ
そして
「ところであなたは、世界平和を夢見た事はある?
いえ、具体的にどうこうという話じゃないわ。
世界中から戦争が無くなり、差別が無くなり、貧困が無くなり、病気が無くなり、誰もが平等で笑い合って暮らせる……そんな美しい世界を夢想したことは? きっと誰でも、一度くらいはあるんじゃないかしら?」
「……けれどね。やっぱり、大人になるうちに不可能だと気付くの。
現実はあまりにも無慈悲だから。こんな話をしている間にも世界中のどこかで、誰かが病魔に
「でも、いちいちそんな現実を直視したら、生きることが辛くなってしまうわよね?
趣味に没頭する事も出来ないし、色恋に
「だから人は自分の心に嘘を
自分が信じたいものだけを見て、不都合な現実からは目を
「そうやって人は――あなたも。世界中に
唐突な糾弾に当惑する客人に、その
しかし微笑みは冷笑へと変わっており、細める眼には怒りの種火が宿っていた。
「だって、ちょっと想像すれば分かるはずよね? 路地裏に足を運べば、ありとあらゆる不幸が見られる事ぐらい。あなたはそれを知らんぷり。
違うと言うなら、なぜ彼等を助けにいかなかったの? どうして今まで都合良く忘れていたの? 『仕方ないことだから』の一言で、全てを
「あなたの気持ちは分かるわ。私だってあなたと同じ弱い人間だから。
ただ私が我慢ならないのは――あなたが己に吐いた嘘を忘れて、罪に
もはやルルエは、
ヒステリックな狂笑を上げ、光無き瞳で呪い殺さんばかりに見下ろしている。
「ふふふっ……確かにあなたは英雄となった。裕福な暮らしを手に入れ、帝国の救世主と持て
「でもね――決して忘れないで。勝利の下には
もしも地獄に
「うふふふっ……きっとそれが私だったら、絶対に許せないでしょうね。
激情に震える白い指先で、客人の
とうとう客人は心が折れてしまったのか、か細い
「……あらあら、ごめんなさい。怖がらせるつもりは無かったの。
私はあなたと仲良くなりたいの。何せこれから、共に
一転して、聖女と見まごう笑みを浮かべ、客人の手を優しく握るルルエ。
びくりと身を固くした客人の耳元で、
「たった一つだけ……小さな嘘を吐いてくれればいいの。それだけであなたは、望んでいた未来を手に入れる事が出来るのよ。
悩む必要は無いでしょう? もうあなたは充分に罪深いもの。それにまた全部忘れて幸せになれるはずよ。だってあなたは自分に嘘を吐くのが得意じゃない」
しかし、
「断ってもいいけど、私としては悲しいわね。せっかくの新しいお友達が、心の無い操り人形になるなんて。そんなの美しくないもの。
それと……勘違いをしてるようだから教えてあげるわ」
何か言いたげな眼の客人に、ルルエは先回りするように答える。
「
あなたたちに求められているのは、英雄を演じる道化になること。そしてそれは……操り人形にだって可能な仕事なのよ?」
無情な真実を突き付けられ、力尽きたように
その
「さぁ、そろそろ返事を聞かせて? あまり時間は無いの。うふふふっ……この後に、あなたのお友達とも会う約束をしていてね」
人とは思えぬ、
「子供じみた夢と友情ごっこはもう終わり。幸福の対価を払う時よ」
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〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
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※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
ABYSS×BLAZER【長編ファンタジー】 紅星 @abaaba
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