ep17/最後の晩餐
――――五年前。
荒れ果てた路地裏に、死へと
ちょろちょろと這い回るのは、飢えたネズミたち。見開かれた
そんな
リゼータ、ゲルト、アローゼ、ラピア、ジルミード。
それは幼年時代の
それは今後の命運に関わる――非常に重要な話だった。
五人が住む地域は、
バラーガル大陸の西部の砂漠地帯に存在する巨大スラム。罪紋者、犯罪者、重病人といった
そんな劣悪な世界で、五人の子供たちは必死に生き抜いてきた。
運命に
やがて無法者の孤児が集う十三番区で頭角を現し、日夜繰り広げられる
しかし、その後にやってきたのは更なる凶事。巨悪の誘いだった。
これからは本格的に犯罪組織の
話し合いは揉めに揉めた。議論が白熱してアローゼとラピアが取っ組み合いになり、それを止めるジルミードがべそをかき始めた頃――沈黙を貫いていたゲルトが口を開いた。
「……なぁ、みんな。僕の考えを聞いてくれないか」
リーダーであるゲルトの真剣な呼びかけに、三人娘は何事かと振り返る。
ゆっくりと深呼吸をすると、ゲルトは覚悟を決めたように心の内を吐き出した。
「みんなでこの廃忌域を出て――――
「「「はあっ!?」」」
喧嘩のことなど忘れ、大口を開けて呆気に取られる三人娘。
それもそのはず、それは廃忌域に生きる者からすれば、有り得ない話だったからだ。
冒険者――例えば、
しかし神還騎士団を目指すというのは、あまりにも非現実的だ。
神還騎士は探獄者の頂点と呼ばれ、とてつもない偉業を成し遂げた英雄であり、世界中から
三人娘たちは『冗談は止めろ』と反発しようとしたが、ゲルトの瞳に燃える執念に気圧されて、ぐっと口を
「僕は本気だ! 何があろうと、絶対に
そしていつか必ず、僕の前にひれ伏せてみせる。僕をこの廃忌域まで追いやったクソ親父たちを。そして、のうのうとふんぞり返っている王侯貴族どもを。
君たちにも叶えたい望みがあるんだろう!? それはこのまま廃忌域でケダモノのように生き続けて、手に入る願いなのか!? もしも夢を諦めて無いなら――僕と来い!」
ゲルトの叫びは、三人娘にとっても心に響くものがあった。
確かに彼女たちも、それぞれに成し遂げたい望みがある。しかしそれは過酷な廃忌域の日常に、いつしか
ゆえに眼前の浮かぶ希望を前にして『これが最後のチャンスなのかもしれない』と、激しく胸がざわめくのだった。
思案の沼に
やがて――アローゼが顔を上げ、不安げな声でリゼータに問うた。
「ねぇ……リゼ君は……どう思う?」
その言葉に引きずられるように、ジルミードとラピアもリゼータに答えを求める。
「リゼータの考えを聞かせてください。私たちは……どうすればいいんでしょう?」
「あたいさ……バカだから分かんないけど。リゼ兄ぃの決めた事なら従うよ」
五人で最も腕が立つのはゲルトだが、精神な支柱となっているのはリゼータだ。
誰よりも仲間を大切にする姿勢と、子供らしからぬ
ちなみにリゼータだけは、事前にゲルトから相談を受けていた。そして今日に至るまで回答を保留していたが、答えは既に決まっていた。
全員の視線を集めながら、覚悟を決めリゼータは口を開いた。
「俺は――――ゲルトの野望に
リゼータの選択に、ゲルトが「よしっ!」と歓喜の叫びを上げた。
そのままリゼータは、己の内に溜めてきた気持ちを伝えていく。
「このまま
真剣な眼差しで『こくこく』と、何度も
「確かに
力強く『そうだ』と
「俺の夢は……みんなと楽しく生きていく事だ。その手段は、どうやら廃忌域から出て行くしかないようでな。ゲルトが言い出さなくとも、むしろこっちからお願いしたいくらいだった」
リゼータの奇妙な言い回しに、思わず噴き出すアローゼ。
「地道にやっていこう。まずは探獄者になって、五年か十年か……時間はかかるかもしれないが、じっくりと実力とランクを上げていく。正々堂々としてやり方で。評判の悪いスラム出身者にも、まともな奴がいるって世間に認めて貰う
そしていつか英雄になるんだ。俺たち五人が力を合わせれば――――」
リゼータは一旦口を閉じ、消えかけていた火に
四人は
「不可能な事なんてあるものか。
リゼータの力強い言葉が、波紋のように伝わっていく。
気付けば四人の顔からは、恐怖や
「そうだ……リゼータの言う通りだ! 僕たちなら絶対にやれるぞっ!」
「さすがはリゼ兄ぃ! やる気が出てきたぜっ!」
「うふふっ……リゼ君が言うと、本当に出来そうな気がするから不思議よね」
「私も覚悟を決めました! みんなで神還騎士団を目指しましょう!」
黄金のように輝く希望。未知の世界に想いを
そんな仲間たちの姿を、リゼータは
きっといつか彼等なら夢を叶えるだろう。しかし罪紋者である自分には無理だろうが――そんな
ラピアが「それなら、すぐ出発しよーぜ!」と
ジルミードが「砂漠を越える必要がありますね」と逃走の算段を立て。
アローゼが「ギャングに気付かれないようにね。時間との勝負よ」と注意点を示す。
三人娘が興奮気味に語らう中、ゲルトが「ゴホン!」と咳払いをして、再び注目を集める。そして
「さてさて。今夜をもって、僕たちは神還騎士を目指し、
ゲルトの発案を悪くないと思ったのか、三人娘はしばらく真面目に思案を巡らせる。それから十分ほどして、それぞれが自信満々にアイディアを述べていく。
しかしやがて、お互いの意見にケチを付けはじめ、気付けばいつものように『ぎゃあぎゃあ』と喧嘩が始まった。
ゲルトが満を持して『
ラチが開かないと思った三人娘が、頼みのリゼータを振り返る。
「「「リゼータ・リゼ兄ぃ・リゼ君はどう思う!?」」」
突然の問い掛けられて、ふむと考え込むリゼータ。
あまり変じゃなければ、何でもよかったのだが。
「……そうだな」
その時――ふとリゼータの脳裏に、空猫の姿が思い浮かんだ。
聞けばゲルトたちは、荒野を
リゼータも同様に空猫の導きにより、大切な仲間たちと出会う事ができた。
空猫は道に迷った者を助けと
『ならば、それにちなんだチーム名なんてどうだろうか?』と少し考え、直感的に浮かんだ名前を提案してみる事にした。
「それじゃあ……
「――――リゼ兄ぃ、そろそろ乾杯するってよ!」
唐突に掛けられた声に、過去へ飛んでいたリゼータの意識が呼び戻される。
慌てて顔を上げれば、目の前には不思議そうにしたラピアの顔があった。
「どしたの? ぼーっとしちゃって大丈夫?」
「ああ……すまない。少し昔の事を思い出していた」
「……そっか。分かるかも。あたいも今朝は昔の夢を見たもん」
ラピアはそう言うと、懐かしそうにリゼータに笑いかけた。
リゼータも微笑み返すと、その視線を騒がしくしている空間へと向けた。
いつも目にする
木壁には
十卓にも及ぶテーブルの上には、この場の人数では到底食べきれない程の――リゼータ本人が家事妖精と共に作った――趣向を
そして現在、このパーティに参加しているのは六名。
リゼータをはじめ
それぞれが雑談を交えつつ、エールの入った木製のジョッキを片手に、宴会の開始を今か今かと待ち
「え~~~それではっ! 今日というめでたき日に――空前絶後にして完全無欠、眉目秀麗にして最強無敵、空猫ノ絆の絶対的リーダーであるこのゲルト・ドライガーが、超ありがた~~い祝辞を述べようじゃないかっ!」
中央に特設された小台の上で、黄金のタキシードに身を包んだゲルトが、気取ったポーズを決めながら声を上げる。
すでに泥酔しているゲルトは、皆の呆れた視線にも気付かず、ベラベラと能書きを垂れはじめた。
「思い返せばあれは十年前、
まずは対立する十三番区の少年ギャングたちを、千切っては投げ千切っては投げ、あっという間に廃忌域にその名を
『ゲルトすてき!』『期待のニュービー!』『百年に一度の天才!』廃忌域は僕の噂で持ち切りになった。もちろんモテモテさ。いい男の宿命か、廃忌域でもモテてモテてモテまくり、哀れな男たちからは喧嘩を売られる始末。
やがて僕の才能に
そして僕は最強にして無敵の存在となった。そんな
ついにキレたラピアが「ぐだぐだうるせえっ!」と、ゲルトの尻を蹴たぐる。
痛みにのたうち回るゲルトは無視して、三人娘が高らかに
「「「
そして
海の幸、山の幸。普段はお目にかかれない美食の数々に、これまた高級な酒を
『みゅみゅみゅみゅ~~~!』と、家事妖精たちも元気一杯に働き――お
ちなみに一番付き合いが古いメイド長は、彼等の出世が嬉しいのか『み"ゅ"う"う"う"~~~っ!』と、感極まって
「チームを結成してから五年か。それにしても俺まで神還騎士とは……夢みたいな話だな」
空猫ノ絆のドッグタグを
しかし神還騎士になったとて、罪紋者であるリゼータには苦難の道が待つ事は間違い無く、母神教会や騎士団内での扱いも未知数だった。
そんな不安を
ジルミードも同意して「そうですよ。リゼータはもっと胸を張ってください。あなたは実力で神還騎士団になったんです。誰に恥じる必要もない」と
アローゼは
口々に励ましの言葉をかける三人娘。その
「みんなありがとう。その言葉だけで頑張れるよ」
真っ直ぐに想いを向けられ、三人娘は
照れを隠すように、アローゼが「ほらっ、リゼ君! どんどん飲んで!」と、リゼータのジョッキになみなみとエールを
「さぁさぁ、アローゼ! そろそろ景気の良いヤツを一曲を頼むよっ!」
突然のゲルトの頼みを「しょーがないわねぇ! じゃあ、とっておきを聞かせてあげる!」とアローゼが満更でもない顔で引き受ける。するとラピアが「いいぞー」と
小さな台に登ったアローゼが「リゼ君。空猫ノ絆の詩で」と伴奏を要求すると、リゼータが「やってみるか」と用意していたリュートを
赤ら顔のゲルトが「よぉし、じゃあ僕も一緒に歌おう!」と意気込むが、アローゼは「あんたは酔うと
そしてアローゼは居住まいを正すと、
「……こほん。ではリクエストに
ふふふっ……私の歌は一晩で三百万は稼げるんだから。ありがたく聞きなさい?」
冗談めかした前置きの後、アローゼの美声が宴会場に
極上の音色に合わせて、家事精霊たちが舞い踊り、幻想的なステージを演出する。
英雄ゲルト
五人の友を
輝く
新たな時代 斬り
小さきラピア
獣の心 身に宿す
悪しき
精霊さえも その
氷の賢者 ジルミード
防ぎて全て
双剣使い リゼータは
強き
仲間の
我等の
軽快なリュートの旋律が
ゲルトが手を叩きながら「ブラボー! 実に素晴らしいよアローゼ! 普段のだらしなさとは対照的に、歌だけは本当に素晴らしい!」と、褒めてるのかどうか分からない言葉を贈り「あんたはいつも一言多いのよ!」と張り倒された。
ラピアは「やっぱアローゼの歌はスゲーな!」と瞳を輝かせ、ジルミードは「すごく感動しました……!」と涙ぐんで拍手する。そしてメギルも「流石だな」と
次々と上がる
「とってもノってきたわ! ほらほらリゼ君。どんどんいくわよっ!」
「了解だ。次は何にする?」
「何でもいいわ! メジャーなのを片っ端から弾いちゃって!」
それを見ていたラピアが、もう我慢が出来ないと「よーし、あたいも歌うぞっ! ほら、ジルも一緒に歌おうぜ!」意気込んで立ち上がる。
突然の誘いに
そしてゲルトは
「あはははははっ! 楽しいねぇ! 僕らの永遠の友情に――――乾杯っ!」
「なら、あたいは……
「ええと、じゃあ私は……慈悲深き母神様に乾杯!」
「それなら私は……リゼ君の
それから何度も、誰かしらの乾杯の
その度に飽きること無く、会場に楽しげな
その勝利の美酒は今まで飲んできた何よりも
やがて空が白んだ頃合いで、
その舞台となった木造の
「本当におめでとう。そして、今回は私も呼んでくれてありがとう。お前たちの事はずっと眼を掛けてきたからな……こういった場に立ち会えて良かったよ」
「ふふふ……そう言ってくれて嬉しいよ。さて……明後日の
酒癖の悪さを
どうしたのかと尋ねれば、リゼータが
「……メギル。これをあんたに
「何だ……この手紙は?」
不思議そうに封筒を見詰めるメギルに、リゼータは硬い声で告げた。
「……もしもの話だが。俺の身に何かあった時は、これを開けてほしい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
全くリゼータ君は心配性なんだから。
応援・感想・評価などを貰えるとありがたいです。誤字脱字の報告もしていただけると助かります。レビューから星を付けてくれると歓喜のあまり爆発します。
※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます