ep16/灼熱の野望(ゲルト)
帝都の外れの
双剣を握るリゼータが、兄弟子であり親友でもあるゲルトと模擬戦を行っていた。
「ははははははッ! 腕を上げたじゃないか、リゼータ!」
笑い声を上げながら、黄金の大剣を振るうのはゲルト・ドライガー。
まるで絵画から飛び出してきたような、
「そっちもな。相変わらず見事な剣筋だ」
リゼータは極斬流の
リゼータは激しく動き回りながらも、隙あらば打ち込もうと静かに機を
「悪いけど……そろそろ決めさせてもらうよ!」
しかし、先に勝負に出たのはゲルトだった。
疾風のごとき踏み込みで、まるで大剣をナイフのように光速で振るう。
切り落し。切り上げ。突き。払い。回し切り。上段。下段。中段。
暴風のごとき
「このまま押し切らせてもらう!」
防戦一方のリゼータを崩そうと、ゲルトが得意技の水平斬りを放つ。
だがその瞬間に、リゼータは交差させた双剣を、
「……その一撃を待っていた」
――――ガキイィィィン!
凄まじい金属破音と供に、赤々と火花が舞い散る。
リゼータの狙い澄ました
「なっ!?」ゲルトの眼が、
ゲルトの態勢がぐらりと崩れる。むろん、そんな機を見逃すリゼータではない。
ここぞとばかりに、ゲルトの頭頂に向かって必殺の右剣を振り下ろす。
「ぐっ……舐めるなよ、リゼータあああああッッッ!」
しかしゲルトは天性の
――――かくして。
定期的に行われる模擬戦は、両者
模擬戦を終えた二人は、
それから晩飯を終えて風呂に入った後、リゼータの部屋で合流すると、今日の模擬戦についての反省会を行っていた。
「正直、今日の結果には納得いかないね! 明日もう一回やるべきだ!」
すでに一時間ほど酒を入れているせいか、顔は赤くなり
「少なくとも三日は空ける約束だ。お前が決めたルールだぞ」
リゼータの言う通りで、『模擬戦も実戦のように緊張感をもって戦うべきで、闇雲に戦っても得られるものは少ないから、せめて三日以上の間隔は空けよう』と、初めに提案したのはゲルトだった。
その事を思い出し頭を抱えるゲルト。それでもどうにか再戦をしたいようで、何だかんだと
ゲルトは悔しそうに顔を
「ふん……あまり調子に乗らない事だね! 僕はまだまだ本気を出してないんだから。勝ち星もトータルでは僕の方が上なのを忘れちゃ困るよ!」
ゲルトが全力を出していないのは真実だ。
あくまでも先ほどまでの戦いは練習に過ぎず、もしもゲルトが本気になって奥義を出したら、リゼータに勝ち目は無いだろう。
だが本気で勝負をすると言うならば、リゼータも今回のように立ち回るつもりは無かったし、そもそも定めたルールに文句を付ける方がおかしい話だ。
普段から揉め事は避ける
「今さら見苦しいぞゲルト。ルールに文句があるなら、初めからやらなければいい。ちなみに忘れるなよ。ここ十戦では五勝四敗一分で俺の方が優勢だからな」
「ふんっ、十戦の戦績なんて大した問題じゃないね! 直近の百戦で計算したら、五十勝四十五敗五引き分けで、僕の方が優勢だし!」
「おいおい、嘘はよくないぞ。俺の五十一勝四十六敗三引き分けだ。記録を見せるか?」
たまにゲルトはハッタリを使うので、対策としてリゼータは日記を付けていた。
ぐうの音も出なくなったゲルトは、顔を真っ赤して駄々っ子のように
「むぎぎぎぎ~~! 日記を書いてるなんて卑怯だぞ~~!」
「いやいや、それは無茶苦茶だろ」
「ちくしょー、酒だ酒だーっ! もう飲まなきゃやってられないよ!」
このワガママな酒乱が、世界中から英雄の
ぐびぐびぐびぐびぐびぐび…………!
木製ジョッキ一杯に注いだ米酒を、水のように一気飲みするゲルト。
いよいよ本格的に酔いが回ってきたようで、
「ゲルト……流石に飲み過ぎだ。身体を壊すぞ?」
「なんだよ~まだ全然大丈夫だって~~! ボカぁ英雄なんだよ~~?」
酒量が増えるにつれて、意味不明な発言が増えていくゲルト。
それを残念そうに見詰めながら、リゼータは出来る限り優しく
するとゲルトが口から酒気を漂わせながら、ぐいとリゼータの肩に腕を回した。
「ところでリゼータさぁ、先週の
「…………緑曜日が……どうかしたのか?」
恐る恐る問い返すと、
「その時さぁ~、アローゼとエッチしただろ?」
「――ぶはあああぁっ!」
ちびちび飲んでいた酒を、盛大に噴き出すリゼータ。
「家に帰ったらさぁ。君から微かに香水の匂いがしていてねぇ。あれはアローゼがよく付けているものだった。それと晩飯の時に、スキンシップがやたらと多かったよねぇ~?」
「げほ、げほっ、げほっ! お、おい待てゲルト!」
激しく
しかしゲルトは止まらず、不都合な真実が
「それと、ジルとラピアとも何かあっただろ? 最近二人とも熱い眼差しで君を見てるし、他の女性がリゼータに近付くと、明らかに不機嫌になるんだよねぇ~~?」
「…………俺は今、お前に恐怖を覚えている」
ゲルトの推理は完全に的中しており、その女性に対しての並外れた洞察力の前には、リゼータとしても
「それで君は、三人のうちの誰を選ぶわけ? いちおう空猫ノ絆のリーダとして、しっかりと君の考えを聞いておきたくてね」
愉快そうに酔っていたゲルトは、すでに真剣な顔付きに戻っている。
これまでも彼は、リゼータ・ジルミード・ラピア・アローゼの四角関係に、出来る限り気を配ってきたのだ。
「前々から、彼女たちが少なからず君を想っていたのは知っていたけど……この前の獣災で君が死にかけてから、明らかに様子が変わったよね。
恐らく君への想いを再認識したんだろう。たまに君がいない時とか、三人が
「すまん……迷惑をかけた。だがしかし……俺は一体どうすればいいんだ?」
「いや、知らないけど。でもまぁ……そうだねぇ……」
消沈するリゼータに、呆れたような口振りで、それでも相談に乗るゲルト。
何だかんだ言っても面倒見が良く、特にリゼータに対しては、不器用な弟に世話を焼いているような気配があった。
「このままいくと
「……その未来は、出来る限り避けたいんだが……」
「そもそも、君としてはどうなの? あの三人の誰に一番魅力を感じてるわけ?」
「い、いや。そういう目であいつらを見るのは良くないだろう……」
「そういうのいいから。君の本音が聞きたいのよボカぁ。ほら、正直に言ってみなよ」
司祭が罪人の
しばらくリゼータは
「ラピアは……妹のように
アローゼは……気まぐれで、だらしないのが玉に
女性としては問答無用で魅力的だ。あれほど色香を持った美女は、そうはいないだろう。
いつか……あいつの復讐に囚われた心を解き放つ手伝いがしたいと思っている。
ジルは……
だが時折、意地を張って無理をしすぎる所が、見ていて不安になってしまう。俺たちの中で一番、身体が弱いのに。まるで、娘を持った父親のような気持ちにさせられる。
ただ最近は、少しずつ他人を頼る方法を覚えてきたようで、嬉しく思っている」
こうして、三人への偽りの無い気持ちを語り終えるリゼータ。
すると長く沈黙を守っていたゲルトが、げんなりとした様子で口を開いた。
「……三人への愛が嫌ってほど伝わってきたよ。もうハーレムでも作れば?」
投げやりなゲルトの言葉に、リゼータがむっと顔を
「馬鹿を言うな。あいつらは俺にとって、大切な
「いやいやいや……君がそうしたくても、三人が納得できるかは分からないだろう。恋愛感情って、そう簡単に割り切れるものじゃないからね? 君ってそういう所が
っていうかそもそも、リゼータって誰かと本気で付き合いたい願望ってあるの?」
「…………無いな。今の俺にそんな余裕は無い」
リゼータの口振りに『今は
「……あのねぇ。君の気持ちは嬉しいよ。でも君が僕たちの幸福を願うように、僕たちも君の幸せを願っているんだ。僕たちが
三人のうちの誰かと付き合うのも良いだろうし、他の女性でも……あっ、獣災の時に居た
ゲルトに問い掛けられて、リゼータの脳裏にメルティアの顔が浮かんだ。まるで太陽のような、眩しくて力強い笑顔が。
獣災後に別れて一月、彼女とは
「……ふぅん。なるほどね」
沈黙するリゼータの表情から何かを読み取ったのか、ゲルトはどこか満足そうに笑うと、最後の
夜も深まり、男二人の宴会もそろそろ終幕となった頃――少しだけ酔いが
「…………それにしても、ついに僕たちも
「そうだな」と
「あの忌々しい
ゲルトは遠い目をして、過酷だった幼少時代を語り始める。
とある子爵の
後にアローゼとラピアとジルミードも合流し、弱肉強食の廃棄域を皆で生き抜いて来た。
「覚えてるかい? 初めて僕の夢を君に聞かせた日のこと」
尋ねられたリゼータは「もちろんだ」と力強く答えた。
剣師ガラン亡き後は、その愛弟子だったリゼータとゲルトは――最初のうちは対立していたが――協力して生きることを決め、やがて二人には固い絆が芽生えるようになる。
そしてある日――ゲルトは心の内に秘めていた野望を、リゼータに告げたのだった。
『僕はいつか絶対に、
その
それはまさに――灼熱の野望だった。
奈落から這い上がろうとする、燃えるような意志と生命の力。
夢も無く希望も無く、ただ剣だけを振るって生きていたゼータにとって、そんなゲルトの夢を語る姿は、黄金のように眩しかった。
そしてその時、ゲルトの夢を叶える為に尽力しようと――ずっとその隣を並んで歩いていきたいと、子供心に強く願ったのだった。
(……あの時から、
ゲルトが始めた夢物語。彼がいなければリゼータの道は閉ざされる。
後に入った三人娘は、時にゲルト以上に自分を頼りにしてくれる。しかし結局自分はゲルトの夢を運ぶ車輪なのだと、リゼータは己の役割を理解していた。
そして今をもリゼータは、ゲルトを支えるのに喜びを感じている。
ゲルトと一緒にいれば、いつまでも黄金の夢を見せてくれる気がして。
しかしその長かった夢は――ついに終着駅に至ろうとしていた。
「……そうだな。神還騎士か。ついに俺たちはゴールに辿り着いたんだな」
リゼータが我知れず、
「…………くっくっく。いやいやリゼータ。僕の野望はまだまだ終わらないよ」
しかしゲルトは同意せず、不敵な笑みを浮かべながら否定する。
その
その時、リゼータはゲルトの瞳に、野望の炎が
それはかつてゲルトが己に示したもの。廃棄域で這うように生きていた自分たちを、まだ見ぬ新世界へと
「……ゲルト。お前、また何かを企んでるのか?」
「くくくっ……ああ。絶対に口外はしないでくれよ?」
「ああ。約束する」
重々しいリゼータの返答に満足したのか、ゲルトはいったん酒で唇を湿らせると、湧き上がる激情を抑えるように語り始めた。
「もうすぐ僕らは神還騎士になるよね。そうすれば、晴れて貴族の仲間入りをするわけだ。だが僕からすれば、神還騎士なんて夢の序の口に過ぎない」
「……どういうことだ?」
「僕はもっと上に行くよ。必ずや帝国騎士団長に昇り詰め、強大な権力を手に入れる」
「驚いたな……ゲルトは騎士団長の座を狙っていたのか。いや……その口ぶりだと、それ以上の地位を望んでいるのか?」
そう問われて、ゲルトの野望の炎が一段と激しく燃え上がった。
「もちろんさ。騎士団長となって
「なっ……!?」リゼータの
「皇帝になったら、もう僕を馬鹿にする奴はいない。どんな理不尽な暴力にも権力にも屈する必要はない。誰かのくだらない
その
それはリゼータからすれば、あまりにも
一瞬たりとも想像をしたことが無い未来。そして冷静に考える程、不可能に限りなく近い子供の絵空事に思える。しかしゲルトは、そんな有り得ない未来を、本気で手に入れようとしているようだった。
人間の尊厳や命などゴミ同然の
その黄金のような眩しい生命の輝きに――今も昔もリゼータは憧れていた。
放心するリゼータを見て、ゲルトはぷっと噴き出すと、愉快そうに高笑いを上げた。
「あはははははははははははっ! 冗談に決まってるだろリゼータ!
でもそれくらいの夢を持った方が、人生は面白いと思わないかい?」
ゲルトは
それを有難く受けながら、脳裏に焼き付いた言葉を思い返すリゼータ。
しょせん酒の席での
(だがひょっとして、ゲルトなら――――)
ふと一瞬だけ考えて頭を振ると、リゼータは苦笑しながら酒を飲み干した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
ゲルトというキャラクターは複雑で、表現するのが難しいのです。
応援・感想・評価などを貰えるとありがたいです。誤字脱字の報告もしていただけると助かります。レビューから星を付けてくれると歓喜のあまり昇天します。
※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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