ep15/落日の誓い(ジルミード)
燃え輝く太陽が、
帝都ドルガーナの西部に広がる砂漠地帯。その荒涼とした大地を
走ること約四十分。
無造作に巨石群が横たわっているが、それらの表面は
サークル状に配置された岩石群の中心には、暗い大穴がぽっかりと口を開けている。
穴の周囲にはロープが張り巡らされていたが、リゼータはそれを構わずに乗り越えると、滑り込むように洞穴に侵入していった。
壁面に埋め込まれた
洞窟の底にはもはや陽光は届いておらず、リゼータはランタンを
オレンジの
さらに十分ほど歩いた頃、暗闇に
光源に向かって進めば、ついに洞窟の終点へと辿り着いた。
終点に
空洞の中央には、巨大な
しかし巨陣跡の上を多くの落岩が
「じゃあ次は……そこの岩を壊して下さい。なるべく細かく」
そして
絹糸のような銀色の髪。透き通った
『ウガガガ~~~~ッ!』
ジルミードの指示を受けて、三体のマッチョな精霊が岩石を粉砕していく。
彼等は精霊商会から借り受けた、土木工事に特化した精霊である。費用はそれなりに高額だが、現在のジルミードの稼ぎからすれば
ジルミードは精霊任せにせず、砕け散った岩を手ずから
かなりの重量のものあり、人力で片付けるのは相当骨が折れるはずだ。かといって、いちいち霊術を使えば、たちまち霊力が
リゼータの目から見ても、ジルミードが疲労しているのは丸わかりだったが、その瞳に不屈の意志が宿っているのに気付けば、口を挟むのも
物陰から不安げに見守っていると――やがて空洞内に『カン、カン、カン、カン!』と
「終業時間です。また次もよろしくお願いしますね」
ジルミードが終わりを告げると、精霊たちは『ウガガ~~ッ!!』と荒々しく
しかしジルミードは、精霊たちが去った後も小休憩を取らず、単独で作業を続行しようとしたので――ついにリゼータが、待ったとばかりに声を掛けた。
「お疲れジル。手伝いに来たぞ」
「……リゼータ。また来てくれたんですね」
ジルミードの冷たい
ところが何かを想ったのか、急に微笑みは消え、
「リゼータがこうして手伝いに来てくれるのは、本当にありがたいです。でも、あまり手を
「気にするな。俺が好きでやっていることだ」
「……ありがとうございます」
ジルミードは
「待てジル。少し休んだ方がいい。明らかに調子が悪そうだぞ」
「いえ、私は大丈夫ですよ。それに休憩の時間までは大分ありますし」
「予定を崩すのも時には大切だろう。あまり根を詰めても能率は下がるだけだ」
「ふふっ……平気ですってば。全く、リゼータは心配性ですね」
苦笑しながら、リゼータの提案を
しかしリゼータからすれば、とっくに限界に達しているように見えた。
(全く……放っておくと、相変わらず無茶ばかりする奴だな)
優等生に見えて問題児。これがリゼータのジルミードに対する認識だった。
実際に
それを意地を張って隠そうとするから、早めに治療すれば三日で完治する風邪を、重度の肺炎になるまで
現在の撤去作業も、彼女の細腕だけでは荷が重い。
しかも学会用の論文を完成させる為に、ジルミードは連日のように徹夜をしていた。どうにか完成したのはいいものの、それから
(まぁ……その根性がジルの長所なのも確かなんだが)
取得が困難な霊式考古学の博士号を、十代で取得する事に成功し。厳しい修行を
それは肉体的不利を跳ね返す程の、
「ほら、見て下さい。本当に私は大丈夫――――」
問題無い事を証明しようと、ぴょんぴょんと跳ねて見せるジルミードだったが――突然、糸の切れた人形のように、その場に倒れ込んでしまう。
「ジル!?」駆け寄ったリゼータの視線の先には、顔を真っ青にしながら、苦しそうに息を切らす彼女の姿があった。
結論から言えば――ジルミードの異変は、睡眠不足と疲労による貧血だった。
ジルミードは空洞の
「……大げさですよ。こんなのいつもの事なのに」
「いいから。今は黙って安静にしてろ」
「…………っ」
不服そうなジルミードを、強い口調で制するリゼータ。
気まずい沈黙が続く中、たまに聞こえるのは
やがてリゼータの横顔を遠慮がちに
「リゼータ……その…………怒ってますか?」
「これ以上無理をするようなら、本気で怒るぞ」
「…………ごめんなさい」
両手で自分の顔を
まるで親に叱られた子供のように、力無く意気消沈している。
「自分の身体の弱さは分かってるはずなのに。感情まかせで無茶をして突っ走った
その
むろんリゼータは、
「ジル。俺にだって、お前の焦る気持ちは分かってる。
だけど無理は禁物だ。もしも病気や怪我をしようものなら、もっと時間を無駄にしてしまうんだからな。それはお前も本意じゃないだろう?
何よりも、もっと自分を大切にしてくれ。俺は……お前の事が心配なんだよ」
「………………はい。本当にごめんなさい」
リゼータの気持ちが届いたのか、
その返答に手応えを感じたリゼータは、話は終わりだと言わんばかりに立ち上がる。そして湯を吸ったタオルを絞ると、寝そべるジルミードの横に
「分かってくれたならいいさ。ほら、
「んむっ……ちょっと熱いですっ……!」
「我慢しろ。すぐ終わるから」
「んんんん~~っ!」
熱々のタオルで、
ジルミードは小さい悲鳴を上げるが、抵抗せずにされるがままだ。
その
それから、二人は少し遅めの昼食を取る事にした。
リゼータが持参したランチボックスを開ける。そこには色とりどりのサンドイッチが詰め込まれている。大半を占めるのはハムとタマゴのサンドイッチだ。
それを目にした
「ジルはこれが好きだったよな」
「はい、大好物です。昔、父様がよく作ってくれました」
「さぁ、食べよう…………どうした?」
リゼータが呼びかけるが、ジルミードは身を起こそうとしない。
そして何を思ったか、寝たままで『あ~ん』と口を開けた。
「……食べさせてください」
「なに?」
「私、今は病人なんですよ? 一人じゃ食べれません」
「……お前なぁ」
突然の子供じみた要求に、面食らうリゼータ。
昔からジルミードは、気弱になると甘えん坊になる事があった。
他の仲間には
「…………ダメですか?」
「くっ!? その顔はずるいぞ……!」
悲しげに
激しく父性本能を刺激されたリゼータは、
「……ったく。ずいぶんと今日は甘えん坊だな」
リゼータが苦笑すると、ぷくっと
「……むぅ。私だって、そういう時もあります」
「……はいはい。どうぞおあがり下さい、お姫様」
それからリゼータは、親鳥よろしく
終いには「
しばらくして――二人は焚火の
すでにジルミードは復調していたが――大事を取って今日は休む事にした――毛布に
リゼータもマグカップを口に付け、暗闇の中で輝く巨陣跡を見詰めながら、今までの苦労の数々を思い出していた。
「それにしても……もう二年か。長かった作業も、いよいよ終わりに近づいて来たな」
「……はい、おかげさまで。でも、これからが本番ですよ。本命の
「保護局は面倒だな。ここに入る許可を得るだけでも、かなりゴネてたからな。お前が霊式考古学の博士号を取って、やっと重い腰を上げたが」
「ですが私が
突然、ジルミードが『父親の死』を切り出した事に、絶句するリゼータ。
その件に関しては、
リゼータが知る、ジルミードの父の死の
約八年前に、ワージマル遺跡の調査団が結成された。世界中から霊式考古学の権威が集められ、発見された
ジルミードの父親は、遺跡調査団のリーダーを務めていた。
彼は世界的に知られる優秀な学者で、古代巨陣跡について並々ならぬ興味を抱いており、調査団も彼の人望によって結成されたと言っても過言では無かった。
しかし、突然の悲劇が調査団を襲う。
崩落事故が起き、古代巨陣跡の調査は中止を余儀なくされたのだ。
事故によって調査団の多くが命を落とすこととなり、更にその事件は国際的な問題となり、ジルミードの父親は厳しく責任を追及され――市民階級出身の彼が、貴族階級の研究者たちから嫉妬されていたせいもあって――名誉と
幼かったジルミードは、
頼れる親戚も
「父様はいつも言っていました。『自分の研究を人類の平和に役立てたい』と。研究馬鹿で、変わり者で、だらしなくて、決して理想の父親と呼べる人ではありませんでしたが……私の誰よりも大好きな、誰よりも尊敬する父親でした」
必死に激情を抑え込み、心の内を語り続けるジルミード。
血が
どうしようなく理不尽で。何も出来なかった自分の無力さと、不義が
「だから私は必ず父様の無念を晴らし、
最後まで言い切ると、ジルミードはついに
その悲しみに震える小さな背中を、壊れ物を扱うように
「…………つらかったな。お前は頑張ったよ。本当に頑張った」
八年前の崩落事故によって、誰よりも愛する父親も、穏やかな生活も、希望に満ちた未来も――ジルミードは何もかもを失ったのだ。
しかしそれでも、彼女は決して諦めなかった。
父親の汚名を晴らすために、己に定めた
それこそが――ジルミードの生きる原動力となっているのだった。
(……落日の誓いか)
リゼータは
ジルミード・ラディエール。沈着冷静な努力家であり、献身的に仲間を守る
ジルミードの進む先には、これからも幾多の困難が待ち受けているだろう。
だがそれでも、彼女が悲願を果たすまで
もはや家族と言っても
「……ごめんなさい。もう泣かないって決めていたのに」
やがて
真っ赤に充血した眼に、
「ジル……お前なら絶対にやれる。お前は本当に凄い奴なんだ。俺たちには出来ない事が出来るし、知らない事を
そしてお前には
お前が戦い続ける限り、俺もお前の
だからもう、
炎のごとき決意を前に、ジルミードはその瞳を大きく見開く。
それから太陽に
「…………はい。ずっと私の
ジルミードは瞳を閉じると、全てを
その羽根の様な身体を受け止め、寄せられた頭を
それから二人は、互いの体温を肩越しに感じながら、無言で大空洞の
漆黒の天蓋には、いくつもの光彩が
複雑に光彩が
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
本当は倍以上のテキストがあったのですが、どうにかコンパクトにまとめました。今回は難産も難産でした。そしてリゼータは実に罪な男ですね。
応援・感想・評価などを貰えるとありがたいです。
誤字脱字の報告もしていただけると助かります。
レビューから星を付けてくれると歓喜のあまり昇天します。
※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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