ep14/復讐の歌姫(アローゼ)
※今回は残酷描写があります。
『ムーラン・ヴィオレ』は裕福層をターゲットにした、
くゆる
やがて客席に、
彼等が心待ちにするのは最終演目――帝都一と
「――さぁ、
暗闇にスポットライトが差し込み、白いタキシード姿の司会が浮かび上がる。
どよめく観客に微笑を向けながら、司会は淡々と己の役割を果たしていく。
「それでは、今夜のメインイベントの開幕です! 我が『ムーラン・ヴィオレ』における看板歌手にして、もはや誰もがその歌声と
一転して、色とりどりの照明がステージが照らし出す。
やがて楽団のメロディー合わせ、ゆったりとした歩みで歌姫が登場した。
観客たちの誰もが視線を奪われる。そこには――もはや人とは思えない、
一体誰が気付くだろうか。彼女が先の獣災で活躍した英雄の一人――アローゼ・セキュレーンであることを。ちなみにロゼミアとは歌手としての芸名である。
それはまるで極限まで磨き抜かれた宝石。全ての男を魅了する
今宵のアローゼは悪魔のごとく扇情的であり、そして女神のように美しかった。
それに容姿だけではない。悠然とステージの中央に立つアローゼの姿には、帝都一の歌姫―――いや、
アローゼは歓声に向かって
一曲目は、軽やかな恋の歌だった。
無邪気で我が侭な美女が、面白おかしく男を
観客は小悪魔のようなアローゼとの、楽しいデートを夢想した。
二曲目は、甘く切ない恋の歌。
観客の心は青春時代に戻り、アローゼに甘酸っぱい恋心を重ねた。
そして三曲目は、情欲に満ちた愛の歌だった。
その娼婦は悲しみの底にいた。心から愛した人は、もうこの世にはもういない。
喪失感を埋めようと新しい愛を探すが、彼女を満たす者はいつまでも現れない。女は愛しき人の幻影を追い求めながら、毎晩のように
観客は
劇場を揺らす爆発的な声量。
歌に全てを捧げるアローゼの魂が、観客たちの魂と激しくぶつかり合う。
誰もが力尽くで分からされる。彼女には想像を絶する
『うおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉッッッ!!』
『ロゼミア! ロゼミア! ロゼミアあああぁぁぁッ!』
『いくらだ!? 一千万か一億か? いくら出せば君と一晩過ごせる!?』
もはや誰もがアローゼに魅了され、気が付けば全ての演目が終了していた。
アンコールの返曲が終了しても、
絶叫する
そして今日もまた――アローゼは
いつまでも変わらぬ青空と、どこまでも続くような緑の平原。
それは大草原を放浪していた、幼い日々の記憶だった。
アローゼが生まれた一族の名は、
彼等と暮らした日々は、アローゼにとっては遠い昔の出来事であり、もう明確な記憶は残ってはいない。だが放浪の旅の中で、いつも誰かの歌声が
遊牧民族である歌巫覡族は、草原に
嵐吹く春を越え、灼け付く夏を越え、実りの秋を越え、厳寒の冬を越え。
水場を探し、獣を狩り、家畜を育て、果実を摘み、時には他部族と交易する。
百年、五百年。そして千年。終わりなき旅路を、そうして続けてきたのだった。
ところで草原の精霊たちは、
歌とは礼拝の手段の一つであり、高度な歌い手になるほど、精霊たちは多くの力を貸し与える。それに伴い
当然のごとく、物心がついた頃にはアローゼも霊歌を覚えていた。
生来の気分屋であり、
朝も昼も夜も。七つの季節も。
そして気付けばアローゼは、歌巫覡族において比類無き歌い手となり、守護精霊たちから最も
しかしこれまで、部族に尽くしてきた者たちからすれば面白いはずがない。
特に
だがアローゼは、
そもそも幼い頃に両親を失い、一族から
しかしそんなアローゼにも、一人だけ心の許せる者がいた。
『お姉ちゃんは、本当に歌が上手だねぇ』
二つ年が離れた年下の男子。その名をルコといった。
ルコも幼くして両親を失っており、一族で肩身の狭い思いをしながら暮らしていた。
そうした
『お姉ちゃんの歌を、もっと聞きたい』
ルコにせがまれる度に、アローゼは得意になって歌った。
すると、どこからか精霊が集まってきて、草原は彼女が主役の舞台になった。
大草原の ふところで
旅を続ける
精霊様の 導きを
いつも信じて どこまでも
精霊様に 歌います
北で南で ルラルララ
東で西で ルラルララ
いつかあの子は 父となり
いつかあの子も 母となる
大草原の 愛の下
精霊様の 愛の下
いつも感謝を 捧げます
大草原の ふところで
精霊様の 導きを
いつも信じて どこまでも
歌い終われば、ルコと精霊たちは惜しみない
それがアローゼにとって、何よりも満たされる時間だった。
『いつか二人で、この小さな草原から飛び出そうよ』
ある日、楽器を
いつも内気な
『お姉ちゃんが歌って、僕が楽器を弾いて。歌芸人をしながら世界中を旅するんだ。お姉ちゃんの歌があれば、絶対に上手くいくはずだよ!』
キラキラとした瞳で、ルコは夢を語り続ける。
そんな楽しそうな義弟を、優しく見守るアローゼ。
幼いアローゼは、そんな未来が来ることを心から願っていた。
……しかし。幸せな記憶はそこで『
ひび割れ『仇を』た夢から、ドロドロと
彼方から悲『仇を』鳴と狂笑が聞こえる。真紅の『アローゼ』悪夢が牙を
赤。赤。赤。赤。一面の赤。目に映る全てが、ひたすらに赤かった。
『仇を』『仇を』『仇をとって』『ゆるせない』
激しく燃え盛る草原も。火柱を上げる
『仇を』『仇を』『いたいよ』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』
ぽっかりと胸に穴を開けて、皆殺しにされていた歌巫覡族も。
『………………ルコ?』
そして――小さな楽器を抱えた、誰よりも大切な
皆と同じく心臓を
死に
『お姉ちゃん』
ぎょろりと――――死んだはずのルコが目を動かした。
胸に空いた穴の奥には、やはり心臓が無い。それなのに。
大量の血を失い、青ざめた肌からは生気が感じられない。ありえない。
しかし、ルコは言うのだ。ドボドボと赤黒い血を吐き出しながら。
『……がだぎを……どっで……!』
地獄の底から響くような
変わり果てた義弟に言葉を失っていると、何者かに強く後ろ髪を
悲鳴を上げてアローゼが振り返ると、そこには
気付けば、アローゼは『くるしい』腰の下まで血の沼に
幾百の手が『死ね』
『仇を』『仇を』『どうして』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『死ね』『仇を』『仇を』『仇を』『くるしい』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『なんで』『仇を』『仇を』『仇を』『お姉ちゃんだけが』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『死ね』『仇を』『殺せ』『仇を』『おまえだけが』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『アローゼだけが』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『たすけて』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『あんただけ』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『許さない』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『ずるい』『いたい』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『生きてるの?』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『死ね』『仇を』『殺せ』『死ね』――――――!!
「いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッッッ!!」
アローゼの狂おしい絶叫が、古びた屋敷に
それを耳にしたリゼータは、
確認も取らずに扉を開け放つと、昼間にも関わらずアローゼの部屋は真っ暗だった。
リゼータが暗闇に目を
「はあっ、はっ、ハッ、ひっ、ヒッ、はあっ、はっ――!」
アローゼは激しく息を乱しながら、悪魔と
そこには、帝都一の歌姫や愛歌の女王と呼ばれた
「大丈夫かアローゼ?」
「…………リゼ君? リゼ君、リゼ君、リゼ君ッッッ……!」
リゼータが呼びかけると、その存在に初めてアローゼが気付く。
それから迷子の子供のように、泣きじゃくりながらリゼータの胸に
リゼータはそんな彼女の背を
「また悪夢を見たんだな? 大丈夫だ。俺はここにいる」
「ごめんね。リゼ君、ごめんね。また迷惑かけてごめんね。嫌いにならないで」
「気にするな……嫌いになんてなるものか。それより、睡眠薬は飲んだのか?」
「今朝、劇場から帰ってきて……飲んだはず、いえ確かに飲んだわ。でもダメなの。どうしても悪夢から逃げられないの。苦しいの。辛いの。私、もう嫌なのぉ…………!」
(前回の
アローゼをあやしながら、彼女と出会った頃を思い出すリゼータ。
しかしやがて、その状態はいくらか
(やはり……復讐が近いからか。嫌でも意識してしまうんだろう)
アローゼは、復讐という
かつてアローゼは
彼女は
アローゼが探獄者の合間に、ムーラン・ヴィオレで歌手として活動しているのも、全ては復讐の為だった。彼女は有力な客に取り入って、少しずつ真実の断片を集めていった。
そしてついに――長年の苦労が
だが、復讐に近付くほど、アローゼの心には暗黒の嵐が吹き荒れていく。
果たして、このまま復讐を果たす事が正解なのだろうかと、リゼータは不安になっていた。
むろんリゼータも『復讐に意味は無く、何も生み出すことは無い。
(しかし……どんどん、アローゼの心は壊れていく。もう限界だ)
復讐を果たせば心の闇は晴れるのか。綺麗さっぱり悪夢は消えてくれるのか。
もしくは、このまま正体不明の闇に
それでも、一つだけ確かな事があった。
以前は、悪夢による発作はここまで酷くなかった。だが今目の前にいるアローゼは正気を失っており、そして復讐の日が迫るほどに、その心の状態は悪化していっているのだと。
「……ね、ねぇ。リゼ君。いいでしょ? いいわよね?」
アローゼの
もはやアローゼの狂気は、酒でも薬でも
最後に残された手段は獣に
「な、何でもしてあげる。あ、あなたが望むこと何でも。どど、どんなに
呂律の回らぬ舌で
しかし彼女の手を押さえ、リゼータはどうにか説得しようとする。
「なぁ、アローゼ。やはりこういうのは良くない。後で互いに苦しむだけだ」
むろんリゼータとて、アローゼに魅力を感じていないわけではない。
しかしアローゼは大切な仲間であり、もはや家族のような存在になっている。そんな彼女と
さらに、仲間たちに知られるのにも問題があった。
ラピアはそういった事にまるで
ゲルトはリゼータとアローゼの関係に、薄々勘付いている様子だったが――とにかく仲間たちに現在の関係が知られれば、パーティの団結に
「……ごめん。ごめんね。ごめんなさいリゼ君。で、でもお願い。怖い。怖いのよ。おねが、お願い。お願いします。でも、リゼ君じゃないと嫌なの。昔みたいに、他の男に抱かれるなんて嫌なの。お願い。お願いだから。私を抱いて下さい……!」
その
そんな今にも壊れてしまいそうな姿を見せられれば――リゼータの胸が哀しみで張り裂けそうになる――どうしても
「…………分かった」
その返答を聞くや
二人は生まれたままの姿になり、強く、激しく、いつまでも
拷問のような快楽の海に溺れるアローゼは、襲い来る絶頂と罪の意識に涙しながら、発情したケダモノのように
そしてリゼータは――自分の上に
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
今回は特に暗い展開でしたね。難産でした。
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※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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