ep14/復讐の歌姫(アローゼ)

※今回は残酷描写があります。



 『ムーラン・ヴィオレ』は裕福層をターゲットにした、瀟洒おしゃれなキャバレーだ。

 くゆる紫煙しえんの中で語らう客は、名の知れた成功者や富豪ばかり。彼等は薄暗い店内で酒をあおりながら、ステージで行われる多様な演芸に、談笑まじりに耳を傾けていた。


 やがて客席に、おさえがたい興奮と期待の空気が漂い始める。

 彼等が心待ちにするのは最終演目――帝都一とうたわれる歌姫の出番だった。


「――さぁ、紳士淑女の皆様方レディース&ジェントルマン。長らくお待たせ致しました!」


 暗闇にスポットライトが差し込み、白いタキシード姿の司会が浮かび上がる。

 どよめく観客に微笑を向けながら、司会は淡々と己の役割を果たしていく。


「それでは、今夜のメインイベントの開幕です! 我が『ムーラン・ヴィオレ』における看板歌手にして、もはや誰もがその歌声と美貌びぼうとりことなっている、魅惑の歌姫――ロゼミア嬢の登場です! 皆様、盛大な拍手でお迎えください!」


 一転して、色とりどりの照明がステージが照らし出す。

 やがて楽団のメロディー合わせ、ゆったりとした歩みで歌姫が登場した。

 観客たちの誰もが視線を奪われる。そこには――もはや人とは思えない、妖艶ようえんな美の化身がいたからだ。


 優雅ゆうがに結い上げられたローズピンク――正体を隠す為に染めた――の美髪。つややかな褐色かっしょくの肉体を強調する、真紅のセクシードレス。豊満な胸元に輝くのは黄金のネックレス。真っ赤に彩られた唇からは、ぬめやかに光沢が放たれ。興奮に濡れた琥珀色こはくいろの瞳の下には、ルビーでこしらえた星形のムーシュつけぼくろが輝いていた。


 一体誰が気付くだろうか。彼女が先の獣災で活躍した英雄の一人――アローゼ・セキュレーンであることを。ちなみにロゼミアとは歌手としての芸名である。


 神々こうごうしさと淫靡いんびさが並び立つ矛盾むじゅん。理性を崩壊させるたたずまい。

 それはまるで極限まで磨き抜かれた宝石。全ての男を魅了する淫魔いんま容貌ようぼう

 今宵のアローゼは悪魔のごとく扇情的であり、そして女神のように美しかった。


 それに容姿だけではない。悠然とステージの中央に立つアローゼの姿には、帝都一の歌姫―――いや、愛歌あいかの女王とたたえられるに相応しい、圧倒的な自信とプライドがみなぎっていた。


 愛歌女王クィーン艶貌えんぼう威風いふうを前にして、観客のボルテージは最高潮に達した。

 アローゼは歓声に向かってつややかな笑みで応えると、背後にひかえていた楽団の音色に合わせ、ゆるやかに美声を響かせ始めた。


 一曲目は、軽やかな恋の歌だった。

 無邪気で我が侭な美女が、面白おかしく男を翻弄ほんろうするもの。

 観客は小悪魔のようなアローゼとの、楽しいデートを夢想した。


 二曲目は、甘く切ない恋の歌。

 変哲へんてつも無い町娘が身分違いの恋に落ち、最後には失恋するもの。

 観客の心は青春時代に戻り、アローゼに甘酸っぱい恋心を重ねた。


 そして三曲目は、情欲に満ちた愛の歌だった。

 その娼婦は悲しみの底にいた。心から愛した人は、もうこの世にはもういない。

 喪失感を埋めようと新しい愛を探すが、彼女を満たす者はいつまでも現れない。女は愛しき人の幻影を追い求めながら、毎晩のように空虚くうきょな快楽におぼれるしかなかった。

 観客はみだらで哀れな娼婦――その面影をアローゼに投影し、狂おしい劣情と庇護欲ひごよくき立てられるのだった。


 劇場を揺らす爆発的な声量。卓抜たくえつした表現力。歌女神ムーサのごとき歌唱力。

 歌に全てを捧げるアローゼの魂が、観客たちの魂と激しくぶつかり合う。

 誰もが力尽くで分からされる。彼女には想像を絶する天賦てんぷの才があると。


『うおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉッッッ!!』

『ロゼミア! ロゼミア! ロゼミアあああぁぁぁッ!』

『いくらだ!? 一千万か一億か? いくら出せば君と一晩過ごせる!?』


 もはや誰もがアローゼに魅了され、気が付けば全ての演目が終了していた。

 アンコールの返曲が終了しても、波濤はとうのごとき求愛は鳴り止まない。

 絶叫するとりこたちに手を振りながら、魅惑の歌姫は壇上だんじょうを後にするのだった。





 そして今日もまた――アローゼは悪夢ゆめを見る。

 いつまでも変わらぬ青空と、どこまでも続くような緑の平原。

 それは大草原を放浪していた、幼い日々の記憶だった。


 アローゼが生まれた一族の名は、歌巫覡族セイレーナといった。

 彼等と暮らした日々は、アローゼにとっては遠い昔の出来事であり、もう明確な記憶は残ってはいない。だが放浪の旅の中で、いつも誰かの歌声がひびいていたことだけは覚えている。


 遊牧民族である歌巫覡族は、草原にむ守護精霊たちに導かれながら、広大な平原を渡り鳥のように転々として暮らしていた。

 嵐吹く春を越え、灼け付く夏を越え、実りの秋を越え、厳寒の冬を越え。

 水場を探し、獣を狩り、家畜を育て、果実を摘み、時には他部族と交易する。

 百年、五百年。そして千年。終わりなき旅路を、そうして続けてきたのだった。 


 ところで草原の精霊たちは、霊歌れいかによる歓待かんたいを何よりも好んだ。

 歌とは礼拝の手段の一つであり、高度な歌い手になるほど、精霊たちは多くの力を貸し与える。それに伴い歌巫覡族セイレーナたちの霊歌は、長い年月をかけて洗練されていった。


 当然のごとく、物心がついた頃にはアローゼも霊歌を覚えていた。

 生来の気分屋であり、なまけ者でもあった彼女は、家畜の世話といった子供の義務から逃がれる一方で、霊歌に対しては並々ならぬ情熱を見せた。


 朝も昼も夜も。七つの季節も。ひまさえあれば霊歌を口ずさんだ。

 そして気付けばアローゼは、歌巫覡族において比類無き歌い手となり、守護精霊たちから最も寵愛ちょうあいを受ける存在となり、部族の重鎮じゅうちんたちから大切にされるようになった。


 しかしこれまで、部族に尽くしてきた者たちからすれば面白いはずがない。

 特に嫉妬しっとあらわにしたのは、同年代の女子たちだった。大人の目の届かぬ場所で陰口かげぐちを叩き、嫌がらせをした。彼女が人並み以上に美しく、男衆から人気があったのも原因だったのだろう。


 だがアローゼは、迎合げいごうする事よりも孤高ここうを選んだ。

 そもそも幼い頃に両親を失い、一族かられ物扱いされてきた彼女にとって、孤独など今さらの話だった。

 しかしそんなアローゼにも、一人だけ心の許せる者がいた。


『お姉ちゃんは、本当に歌が上手だねぇ』


 二つ年が離れた年下の男子。その名をルコといった。

 ルコも幼くして両親を失っており、一族で肩身の狭い思いをしながら暮らしていた。

 そうした境遇きょうぐうに親近感を感じたのか、それともただ寂しかったのか。アローゼは血の繋がった弟のようにルコを可愛がった。ルコもアローゼを本当の姉のようにしたっていた。

 

『お姉ちゃんの歌を、もっと聞きたい』


 ルコにせがまれる度に、アローゼは得意になって歌った。

 すると、どこからか精霊が集まってきて、草原は彼女が主役の舞台になった。


 大草原の ふところで

 旅を続ける 歌巫覡族セイレーナ

 精霊様の 導きを

 いつも信じて どこまでも


 我等われらはいつも 楽しげに

 精霊様に 歌います

 北で南で ルラルララ

 東で西で ルラルララ


 いつかあの子は 父となり

 いつかあの子も 母となる

 大草原の 愛の下

 精霊様の 愛の下


 いつも感謝を 捧げます

 大草原の ふところで

 精霊様の 導きを

 いつも信じて どこまでも


 歌い終われば、ルコと精霊たちは惜しみない賞賛しょうさんおくる。

 それがアローゼにとって、何よりも満たされる時間だった。



『いつか二人で、この小さな草原から飛び出そうよ』


 ある日、楽器をき始めたルコがそんな事を言った。

 いつも内気な義弟おとうとの、大それた発言に驚くアローゼ。それは歌巫覡族セイレーナへの裏切りなのだが、しかしアローゼとしては部族に大した愛着があるわけでもなく、外界への憧れもあって、ルコの甘い計画に乗ることに決めた。


『お姉ちゃんが歌って、僕が楽器を弾いて。歌芸人をしながら世界中を旅するんだ。お姉ちゃんの歌があれば、絶対に上手くいくはずだよ!』


 キラキラとした瞳で、ルコは夢を語り続ける。

 そんな楽しそうな義弟を、優しく見守るアローゼ。

 幼いアローゼは、そんな未来が来ることを心から願っていた。



 ……しかし。幸せな記憶はそこで『かたきを』終わり。

 ひび割れ『仇を』た夢から、ドロドロと鮮血せんけつが『殺せ』あふれ出してくる。

 彼方から悲『仇を』鳴と狂笑が聞こえる。真紅の『アローゼ』悪夢が牙をく。


 赤。赤。赤。赤。一面の赤。目に映る全てが、ひたすらに赤かった。

『仇を』『仇を』『仇をとって』『ゆるせない』

 激しく燃え盛る草原も。火柱を上げるゲルテントも。炎に照らされた湖も。

『仇を』『仇を』『いたいよ』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』

 ぽっかりと胸に穴を開けて、皆殺しにされていた歌巫覡族も。


『………………ルコ?』


 そして――小さな楽器を抱えた、誰よりも大切な義弟おとうとは。

 皆と同じく心臓をえぐり取られ。恐怖に歪んだ顔で虚空を見つめながら。

 死にぎわに誰かの名前を呼んだように、その口元は大量の血で汚れていた。


『お姉ちゃん』


 ぎょろりと――――死んだはずのルコが目を動かした。


 胸に空いた穴の奥には、やはり心臓が無い。それなのに。

 大量の血を失い、青ざめた肌からは生気が感じられない。ありえない。

 しかし、ルコは言うのだ。ドボドボと赤黒い血を吐き出しながら。


『……がだぎを……どっで……!』


 地獄の底から響くような呪詛じゅその声。憎悪に燃えている赤い眼。

 変わり果てた義弟に言葉を失っていると、何者かに強く後ろ髪をつかまれる。

 悲鳴を上げてアローゼが振り返ると、そこにはおぞましい亡者の群れがいた。


 気付けば、アローゼは『くるしい』腰の下まで血の沼につかって『殺せ』おり。

 血塗ちぬれた『仇を』歌巫覡族たちが、真紅の涙を『死ね』流してアローゼを見つめていた。

 幾百の手が『死ね』からみつき、アロー『殺せ』ゼを血の沼に『仇を』引きずり込むと。いつまでも、いつまでも、いつまでも『どうして』いつまでも、いつまでも――壊れたように『仇を』憎悪を叫び続ける。


『仇を』『仇を』『どうして』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『死ね』『仇を』『仇を』『仇を』『くるしい』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『なんで』『仇を』『仇を』『仇を』『お姉ちゃんだけが』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『死ね』『仇を』『殺せ』『仇を』『おまえだけが』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『アローゼだけが』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『たすけて』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『あんただけ』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『許さない』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『ずるい』『いたい』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『生きてるの?』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『仇を』『死ね』『仇を』『殺せ』『死ね』――――――!!






「いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッッッ!!」


 アローゼの狂おしい絶叫が、古びた屋敷にひびきき渡った。

 それを耳にしたリゼータは、ほうきとエプロンを投げ出して、アローゼの部屋へと走った。仲間の他三人が、外出していて幸運だったと思いながら。


 確認も取らずに扉を開け放つと、昼間にも関わらずアローゼの部屋は真っ暗だった。

 リゼータが暗闇に目をらすと、いくつもの空瓶からびんが転がる床の上で、毛布にくるまり丸くなったアローゼがガタガタを震えていた。


「はあっ、はっ、ハッ、ひっ、ヒッ、はあっ、はっ――!」


 アローゼは激しく息を乱しながら、悪魔と遭遇そうぐうしたかのように嗚咽おえつらしていた。

 そこには、帝都一の歌姫や愛歌の女王と呼ばれた威風いふうなどどこにもなく、ひとり暗闇の中でおびえ続ける哀れな子羊がいるだけだった。

 

「大丈夫かアローゼ?」

「…………リゼ君? リゼ君、リゼ君、リゼ君ッッッ……!」


 リゼータが呼びかけると、その存在に初めてアローゼが気付く。

 それから迷子の子供のように、泣きじゃくりながらリゼータの胸にすがり付いた。

 リゼータはそんな彼女の背をでながら、優しい声色で質問を重ねていく。


「また悪夢を見たんだな? 大丈夫だ。俺はここにいる」

「ごめんね。リゼ君、ごめんね。また迷惑かけてごめんね。嫌いにならないで」

「気にするな……嫌いになんてなるものか。それより、睡眠薬は飲んだのか?」

「今朝、劇場から帰ってきて……飲んだはず、いえ確かに飲んだわ。でもダメなの。どうしても悪夢から逃げられないの。苦しいの。辛いの。私、もう嫌なのぉ…………!」


(前回の発作ほっさから二週間か。どんどん間隔かんかくが短くなっている……)


 アローゼをあやしながら、彼女と出会った頃を思い出すリゼータ。

 廃棄域スラムで出会った頃のアローゼは、毎晩のように悪夢にうなされており、その度にリゼータが今のように寄りってはげましたものだった。

 しかしやがて、その状態はいくらか改善かいぜんした。空猫ノ絆スカイキャッツを結成して廃棄域から脱出し、探獄者ダイバーとして我武者羅がむしゃらに活動している頃には、発作も大分収まっていたのだが。


(やはり……復讐が近いからか。嫌でも意識してしまうんだろう)


 アローゼは、復讐という妄執もうしゅうに取りかれている。

 かつてアローゼは同胞どうほうを皆殺しにされ、放浪の末に廃棄域へと流れ着いた。

 彼女は殺戮者さつりくしゃに復讐を誓い、その行方を長年追い続けていた。その事はリゼータも知っていたし、真相の究明きゅうめいをする為に協力は惜しまなかった。


 アローゼが探獄者の合間に、ムーラン・ヴィオレで歌手として活動しているのも、全ては復讐の為だった。彼女は有力な客に取り入って、少しずつ真実の断片を集めていった。

 そしてついに――長年の苦労がむくわれようとしていた。殺戮者と思われる者の目星が付いたのだ。更に彼女が神還騎士アルムセイバーになれば、並大抵の権力では握り潰すことは出来ないだろう。


 だが、復讐に近付くほど、アローゼの心には暗黒の嵐が吹き荒れていく。

 果たして、このまま復讐を果たす事が正解なのだろうかと、リゼータは不安になっていた。

 むろんリゼータも『復讐に意味は無く、何も生み出すことは無い。ゆるすことが大事なのだ』などと、どこかで聞いた綺麗事きれいごとを言うつもりはない。


(しかし……どんどん、アローゼの心は壊れていく。もう限界だ)


 復讐を果たせば心の闇は晴れるのか。綺麗さっぱり悪夢は消えてくれるのか。

 もしくは、このまま正体不明の闇にまれ、狂人になってしまうのか。心の医者でもないリゼータには、皆目見当かいもくけんとうも付かない。


 それでも、一つだけ確かな事があった。

 以前は、悪夢による発作はここまで酷くなかった。だが今目の前にいるアローゼは正気を失っており、そして復讐の日が迫るほどに、その心の状態は悪化していっているのだと。


「……ね、ねぇ。リゼ君。いいでしょ? いいわよね?」


 アローゼのうつろろな瞳に、色欲の炎がともった。

 もはやアローゼの狂気は、酒でも薬でもやせない。

 最後に残された手段は獣にかえり、力尽きるまで人肌の温もりと肉欲におぼれて、全てを忘れる事だけだった。


「な、何でもしてあげる。あ、あなたが望むこと何でも。どど、どんなに卑猥ひわいな事でも。き、今日は特別に、後の穴も使っていいのよ? リゼ君も好きでしょ……ふふふっ」


 呂律の回らぬ舌でみだらにささやきながら、リゼータのベルトに手を掛けるアローゼ。

 しかし彼女の手を押さえ、リゼータはどうにか説得しようとする。


「なぁ、アローゼ。やはりこういうのは良くない。後で互いに苦しむだけだ」


 むろんリゼータとて、アローゼに魅力を感じていないわけではない。

 しかしアローゼは大切な仲間であり、もはや家族のような存在になっている。そんな彼女と悪戯いたずらに情交に及ぶ事に、ぬぐい難い違和感と抵抗感があったのだ。


 さらに、仲間たちに知られるのにも問題があった。

 ラピアはそういった事にまるでうとく、ジルミードは性に対して潔癖症けっぺきしょうな所がある。

 ゲルトはリゼータとアローゼの関係に、薄々勘付いている様子だったが――とにかく仲間たちに現在の関係が知られれば、パーティの団結にひびが入る可能性は大きいだろう。


「……ごめん。ごめんね。ごめんなさいリゼ君。で、でもお願い。怖い。怖いのよ。おねが、お願い。お願いします。でも、リゼ君じゃないと嫌なの。昔みたいに、他の男に抱かれるなんて嫌なの。お願い。お願いだから。私を抱いて下さい……!」


 その端整たんせいな顔立ちを涙でぐちゃぐちゃにしながら――昨晩の舞台の為に塗った化粧もドロドロに溶けてしまっている――あまりにも無様に愛欲をうアローゼ。

 そんな今にも壊れてしまいそうな姿を見せられれば――リゼータの胸が哀しみで張り裂けそうになる――どうしてもこばむことが出来なかった。


「…………分かった」


 その返答を聞くやいなや、リゼータの服を剥ぎ取ったアローゼは、自分の服をも脱ぎ捨てると、嵐のようなキスをぶつけてくる。まるで狼のような息遣いきづかいで、蛇のごとく舌をからめながら。


 二人は生まれたままの姿になり、強く、激しく、いつまでもまじわった。

 拷問のような快楽の海に溺れるアローゼは、襲い来る絶頂と罪の意識に涙しながら、発情したケダモノのようにみだらにあえぎ続けた。


 そしてリゼータは――自分の上におおかぶさって、狂い続ける大切な義姉かぞく痴態ちたいを――無力感とむなしさに打ちひしがれながら、ひたすらに見詰め続けるしかなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


〈作者コメント〉

どうも。クレボシと申します。

今回は特に暗い展開でしたね。難産でした。

応援・感想・評価などをつけて頂けると嬉しいです。

誤字脱字の報告もしていただけると助かります。

※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。

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