ep13/故郷を夢見て(ラピア)


 今朝方けさがたまで雨に見舞われていた帝都は、やっとの事で顔を出した太陽に照らされ、キラキラと宝石箱のように輝いていた。

 そんな帝都の城壁の上に人影がある。もうすぐ夏だというのに、頭巾外套フードつきコートで身を隠すその男の正体は、帝都に名をせる空猫ノ絆スカイキャッツの一人――リゼータ・ドライガーだった。


 きょろきょろと周囲を見回していたリゼータは、壁塔へきとうに座り込む小さな影を見付けた。探し人であるその少女は、青空の下で風に吹かれながら双眼鏡をのぞき込んでいる。

 大きく鋭い眼に草色の瞳。ボサボサに跳ねた栗色の髪。幼さが残る華奢きゃしゃな身体。リゼータにとっては、可愛い妹分でもあり、頼りになる仲間でもある――ラピア・ビスタだった。


「……よぉ、ラピア。何をしてるんだ?」


 夢中になって郊外を見詰めていたラピアに、リゼータが背後から声を掛ける。

 しかしラピアは獣じみた勘のおかげか、すでにリゼータの存在に気が付いていたようで、驚くこと無く質問に答えた。


「おっす、リゼ兄ぃ……見て見て。あそこら辺が良さげなんだよね」


 ラピアから手渡された双眼鏡を覗き込むリゼータ。言われた先に焦点ピントを合わせてみれば、黒々とした肥沃ひよくな土地をとらえる事が出来た。


「村を作るなら、土は何よりも大事でしょ? もしも神還騎士団セイバーズに入れたら、あそこら辺一帯を買い占めたいと思ってるんだよね。へへへ……良い考えでしょ?」


 ラピアの笑顔には、まばゆいい希望と共に寂しげな郷愁きょうしゅうも隠れていた。

 彼女の故郷であるビスタ村は、十年前に発生した獣災スタンピードによって壊滅していた。

 幸か不幸か、村民の大多数は生きびることが出来たが、それから村民は新しい住居を求めて、大陸中に散り散りになってしまう。

 ラピアは道中で盗賊に襲われ、親兄弟や村の仲間たちと引き裂かれ、どうにか逃げ延びて廃棄域スラムに流れ着いたのだ。


 そこから色々あったが――ラピアは空猫ノ絆に入り、今は探獄者ダイバーとして活躍している。

 このままいけば神還騎士団に入り、爵位しゃくいを得ることも確実だろう。そして晴れて貴族に仲間入りしたあかつきには、領地を手に入れてビスタ村を再興しようと考えており――リゼータはその夢を心から応援していた。


 得意気にしているラピアの頭をでながら「後もう少しだ。頑張ろうな」と、リゼータははげましの言葉をかける。


「……うん、あたい頑張るね。えへへっ……」


 するとラピアは撫でられるままに、くすぐったそうに笑うのだった。


 ゴーン。ゴーン。ゴーン。ゴーン。ゴーン。

 やがて帝都中に鐘が鳴り響く。時計台に置かれた午前九時を知らせる鐘だ。

 鐘の音を耳にしたラピアが、尾を踏まれた猫のように跳び上がった。


「やっべ! リゼ兄ぃ、そろそろ約束の時間だよっ!」


 ラピアは慌ただしく騒ぎ立てて、壁塔からするすると滑り降りる。

 そして歩廊を疾風はやてのようにけると、城壁から思い切って飛び降りた。


 「ていやあ~~っ!」楽しげな叫びを上げるラピアは、五回転ほど宙返りを決めた後、羽根のように民家の屋根に飛び乗った。

 それからリゼータを振り返り、大きく手を振りながら声を張り上げる。


「ほら、リゼ兄ぃも急いで急いで~~!」


 リゼータは「了解だ」と呟き、同じように城壁を飛び降りるのだった。



 モノトーンの街並みを、背広姿のつとめ人たちが通り過ぎていく。

 おごそかな石造りの高層建築物が立ち並ぶ、帝都の行政街。先月の獣災の被害が少なく済んだこの地域は、以前と変わらず粛々しゅくしゅくと役目を果たしていた。


 そしてその一角に悠然ゆうぜんと居を構えるのが、ウィラード銀行の本社である。

 世界的豪商であるボルザール・ベヒードラムが管理するこの銀行は、世界各地に多くの支社を持っており、その影響力は経済界において計り知れない。もしもウィラード銀行が倒産すれば、世界的恐慌が吹き荒れるとまでうわさされていた。


 そんなウィラード銀行の、最上階に作られた応接間。

 広々とした部屋には、金巨虎の一枚絨毯いちまいじゅうたんが床一面に敷かれ、金剛石ダイヤモンドのシャンデリア、黒竜皮のソファー、霊黒鋼アダマントのテーブル、霊銀鋼ミスリルの灰皿、霊金鋼オリハルコンのコーヒーセット、霊緋鋼ヒヒイロカネの万年筆――他にも様々な超級家具と希少アンティークが飾られていた。 


 そんなぜいを尽くした部屋の中央で、落ち着いた様子でソファーに腰掛けている男はリゼータ。一方その隣では、ラピアがせわしなく部屋を動き回っていた。


 やがてノックが鳴らされると、重厚な音色を立てて扉が開かれる。

 そして現れたのは、銀縁ぎんぶちの眼鏡を掛けた、品の良い黒髭くろひげの紳士だった。

 その脇には、重要な書類が入っているであろうかばんを抱えている。


「お待たせ致しました。ラピア様にリゼータ様。本日はどのような御用でしょう?」


 黒髭紳士はうやうやしく一礼すると、二人に質問を投げかける。

 彼もリゼータが罪紋者であることは承知だが、それでも敬意を崩さないのは彼自身の品格もあるのだろうが、空猫ノ絆スカイキャッツがウィラード銀行の高額預金者であるのが大きい。

 社会的知識にとぼしいラピアだけは、口座を利用するのにリゼータが後見人ごけんにんとなっていたが。


「これを……いつもの所に振り込んでおいてくれ」


 リゼータがふところから小切手を取り出し、黒髭紳士に手渡した。


「かしこまりました。では、振り込み先を確認させて頂きます。レイゼンバーク市のフワラ孤児院、グロッサム市のピルネア孤児院、ウォドリック市のキャントリー教会。その三個所に二千五百万シェルガずつ、合計で七千五百万シェルガを送金いたします。よろしいですね?」


「ああ。名義はいつも通りにラピア・ビスタで」

うけたまわりました。それでは、こちらの書類にサインを」


 リゼータはしかと書類に目を通すと、ラピアに確認した書類を回した。


「ラピア、ここにサインをしてくれ」

「うん! わかった!」


 ラピアは元気よく返事すると、不器用にペンを握ってサインを記入する。

 書き上がったその文字は、ミミズがのたくったような有様ありさまだったが、プロフェッショナルである黒髭紳士は、表色一つ変えずに契約書を受け取った。


「それと……ピルネア孤児院より、ラピア様あてに手紙を預かっております」


 黒髭紳士はクイと眼鏡を持ち上げた後、かばんから一通の手紙を取り出した。

 するとラピアは「本当っ!?」と、途端とたんに草色の瞳を輝かせて手紙を引ったくると、興奮をおさえきれない様子でリゼータに代読をせがんだ。


「リゼ兄っ! 読んで読んでっ!」

「そんなにあせるな。いま封を切る」


 ラピアは文字が読めないので、よくこうしてリゼータに代読を任せていた。

 リゼータは手紙を取り出して、一つ咳払いをすると、丁寧ていねいに文を読み上げていった。


× × × × × × × × × × × × × × × ×


 拝啓はいけいラピア様


 今回も、多大なる寄付きふをありがとうございました。

 ラピア様のおかげで、ピルネア孤児院の皆々は非常に助かっております。おかげさまで今年も子供たちは、病気も無く、飢えもせずに済みました。

 そしてビスタ村出身の子供たちだけではなく、他の子たちの分まで気を回していただき、子供たちの代わりにあつ御礼おんれい申し上げます。


 話は変わりますが、先に帝都をおそった獣災おいて、空猫ノ絆スカイキャッツの皆さんが大活躍したそうですね。帝都ドルガーナから遠く離れたグロッサムの地にも、あなた様方の英名はとどろいております。それを聞いた子供達の興奮具合といったら……それはもう、すごいものでした。

 けれど、あまり御無理はなさらないで下さいね。ラピア様方に何かあれば、私自身もそうですが、何よりも子供達が悲しみますので。


 まだまだ感謝の言葉を語り尽くせておりませんが、このぐらいにしておきます。子供たちが語りたい分を奪ってしまいますので。

 そして最後に。これからも空猫ノ絆の皆様の更なる御活躍と、無事を祈っています。母神アルメイダ様の加護がありますように。

【ピルネア孤児院院長、サーラ・ドレアムより】



 いつも色んなものをありがとう。ラピ姉ぇは私たちのヒーローだよ!

 でも怪我には気をつけてくださいね。いつも院長先生と一緒にお祈りしています。

【ターニャ・ビスタより】


 僕もラピ姉ぇみたいな立派な探獄者ダイバーになりたいです。

 それと、恐ろしい竜を倒したって聞きましたが本当ですか? 

 今度会った時に聞かせてください。すごく楽しみにしてます。

【ジェイル・ビスタより】


 ラピねぇがおくってくれたサツマイモ、すごくおいしかったです。

 またたべたいです。チーズもすきです。ドライフルーツもすきです。

 でも、トマトはあんまりおくらなくていいです。

【ポーリン・ビスタより】


× × × × × × × × × × × × × × × ×



「へへへっ……みんな元気そうで良かった……!」


 リゼータが手紙を読み上げた後も、ラピアは手紙を眺め続けていた。

 その瞳には、じんわりと涙が浮かんでいる。たとえ文字が読めなかったとしても、親しい人たちが書いてくれた手紙が嬉しくてたまらないのだろう。


 そんなラピアの喜びは、家族同然であるリゼータにとっても嬉しいものだった。

 空猫ノ絆で七年以上も苦楽を共にしたリゼータにとって、もはやラピアは実の妹のような存在となっていたのだから。


「リゼ兄ぃ! あたいのことヒーローだって!」

「ああ。良かったな」

「えへへへ……しかたねーなぁ、あいつらは! やっぱりあたいがいないとダメだな!」

「ラピアは随分ずいぶんと頼りにされているようだな」

「リゼ兄ぃもやっぱそう思う? へへ~~ん!」


 鼻高々はなたかだかになって『えっへん』とふんぞり返るラピア。

 これが大人ならば情けない話だが、まだラピアは幼さを残す十四才。調子に乗る様子すら微笑ましく、つい調子を合わせて相槌あいづちを打ってしまうリゼータだった。


「よ~~し! この調子でガンガン稼いで、すぐにビスタ村を再建してやるぜ!」

「ああ、そうだな。この調子で頑張ろう」

「リゼ兄ぃも、新ビスタ村に住んでいいよ! リゼ兄ぃなら大歓迎だいかんげいだよ!」

「…………ありがとう。そいつは楽しみだな」


 ――のどかな農村で、ラピアとともに野良仕事に精を出して暮らす。

 そんな未来を想像して『悪くない』と、リゼータは微笑みを浮かべるのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


〈作者コメント〉

どうも。クレボシと申します。

『あたい』って一人称、古いかもしれないけど好きなんです。

応援・感想・評価などをつけて頂けると嬉しいです。

誤字脱字の報告もしていただけると助かります。

※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。


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