エピローグ



 ※※※



 ある日、誰もが空を見上げた日。あるビルから何の前触れもなく光の柱が立ち、信仰心深い者たちが揃って「神の怒り」と恐れた日。オカルト好きが終末論を振りかざし、その動画は何本もネット上にアップされ、何が原因かを何十回にもわたって討論され、ネットニュースに掲載され、――そして誰からも忘れ去られていった頃。


「やめてっ! やめてよ!」


 人気のない路地の奥に、ひとりの子供が追い詰められていた。


「いいから来るんだ!」

「ちょっとやめなさいよ。……ユイコちゃん、あなたが協力してくれることでこの国が救われるの。一緒に来てくれるね?」


 乱暴な男と優しい微笑みを浮かべる女。行く手を塞ぐふたりを泣き出しそうな顔で睨みつけながら、ユイコはランドセルの紐を力いっぱい握る。


「やだっ! そこ、そこどいてよっ! 家に帰るんだから!」

「チッ、聞き分けのねえガキだな……お前を『特別』にしてやるから黙ってついてこいってんだよ!」

「ちょっと! あんた研修で何学んだわけ? 恐がらせたって確保に失敗するだけでしょ!」

「優しく時間かけて何人も候補が来るならいくらだって優しくしますよ。けど俺たちには時間がないってこと忘れてねえっすかね、先輩」


 どうやらユイコそっちのけで言い合いを始めたらしかった。

 意識が逸れたことを感じながら、ユイコはそっと足を忍ばせる。


「『魔法使い』は何とか確保したまま逃亡できたが、研究所は壊滅。金づるも例の騒動でいなくなっちまった。立て直すのに時間かけちゃいられねえってのは先輩もよくわかってるでしょ」

「っそれは、そうだけど」

「俺らはさっさと次の『魔法少女』を作って売り出さなきゃならねえ。新しい売り場を見つけねえと」


 魔法少女、騒動。


 ユイコは「辰布里大臣、非人道的行為に関与か。被害者は魔法少女!?」とデカデカと書かれたテレビのテロップを思い出す。送られてきた身元不明の音声データに記録されていたという「魔法少女」という似合わないファンシーな単語は目と耳を引き、ユイコの通う小学校でも話題になった。


 父親にかみ砕いて教えてもらった内容は「えらい人が人としてやってはいけないことをしているかもしれなくて、精神に異常を抱えている可能性もあるとして検査中」というあまり面白みのない内容だったが。


「なら、さっさとこいつをつれて行かなきゃって話でしょうが!」

「だ、だけどね、無理やり連れて行ったとしても長続きしなきゃ、」

「続けさせりゃいいってだけでしょう。何が何でも」


 あれは、本当だったんだ。


 ユイコは震える足を叱咤しながら会話に耳を澄ます。父親が笑って「ありえない」と言った内容を、大人たちが大真面目な顔で話し合っている光景は、あのテレビの内容が真実だと信じさせるのに十分な材料だった。


 魔法少女はいる。魔法もあって、魔法使いもいる。

 そして今、恐らく、自分が狙われている。


「っ!」

「あ、ちょっと!」

「っおいこら!」


 隙をついてユイコは駆け出した。頭の中をニュースで聞いた「拉致、監禁」という言葉がぐるぐると回る。


 捕まっちゃいけない。


 「拉致」も「監禁」もまだ漢字で書けないユイコであったが、それでも危険だということは理解できた。


 走る。ゴミ箱の間を抜け、落ちている空き缶を蹴とばし、路地から脱出する。


「――誰かっ!」


 叫ぼうとした。だが、そこまでだった。

 子供の歩数にあっという間に追いついた女の方が手でユイコの口を塞ぐ。


「だ、駄目よ! お願い、大人しくして」

「ナイス先輩! そのまま拘束して、」


 嫌だ、怖い。誰か、誰か、誰か――!


 手をばたつかせ、しかしそれも抑えられ、無力感に涙で前が見えなくなる。近づいてくる男にユイコは足をばたつかせたが、それも大した妨害にはならない。

 手が伸ばされる。手首がひとまとめに拘束され、


「……は?」

「え、あ」


 そのときだった。

 突如、ふたりの間抜けな声と共に拘束が緩む。ユイコは無我夢中で女の腕から抜けだして駆けだそうとし、しかし何かにぶつかって尻もちをつく。

 騒ぎを知って誰かが助けに来てくれたのだ。

 そう安堵を胸に、ユイコは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、


「ガ、ァァァァッ! ニクイ、ニクイ、クソガキガァッ!」


 二度目の絶望だった。

 目に飛び込んできたのは大人たちが見上げるほどの巨体に、どろどろをまとった、溶けかけた人のようなシルエット。


 瞬間、ユイコの頭に実にシンプルな単語が浮かぶ。

 ――化け物。


「朝カラ晩マデピーピーギャアギャア、ウルセエンダヨォ!」

「あ、あ、ふ、怪物フリークスっ……!」

「なんで、何でこんなタイミングで!?」


 路地の出口を塞ぐように立ちはだかったそれにどうしていいかわからず、背後の大人たちを振り返る。だがユイコを追い詰めていたはずの彼らは目を見開いており、何ならユイコよりも慌てた様子だった。


「逃げっ、どうし、ねえ、先輩っ!」

「おちっ、落ち着きなさい! ……これっ、これで!」


 女の方がプラスチックでできたおもちゃのように小さなピストルを取り出し、化け物に向けて構えようとした。だが、手が震えるせいでうまくいかず、最終的には手からそれを取り落とす。


「あ、ああっ!」


 地面に跳ねたそれはカランカランと転がっていき、化け物の足元まで転がると、その足の下でぐしゃりと潰れる。それを見ていた女の顔が紙のように白くなった。


「――い、嫌、嫌ぁっ!」

「助けてっ! 誰っ、誰かぁっ!」


 半狂乱になりながらスーツたちは路地の奥で頭を抱えて縮こまり、怪物の前には呆然としていたユイコだけが取り残された。


「――ぁ」


 何も言えない。声が出ない。

 わかるのは、怪物の怒りに満ちた眼差しがこちらに向けられているということだけ。


「ガキ、コノ、クソガキ共ガァッ! オレ、オレノコトヲ馬鹿ニシヤガッテェッ!」

「っや、」


 振り上げられた腕に反射的に頭を庇う。訪れるであろう痛みと衝撃にユイコは身を固くし、ぎゅっと目を閉じて、


「オ前ラナンカ、オ前ラナンカ、消エッチマエバ――――」


 そのとき、風が吹いた。

 瞬間、影がふっとなくなったのを感じて、ユイコは恐る恐る目を開ける。

 凛とした声が聞こえた。



「消えんのは、あんた」



 ――化け物が蹴り飛ばされている。


「グギャァッ!?」

「何も知らない子に八つ当たりして、恥ずかしくないわけ?」


 突如として横から飛んできた蹴りに化け物は身体をくの字に曲げ、ユイコの視界の外へ回転しながら飛んでいく。

 ユイコの目は、自然と目の前の少女へと吸い寄せられた。

 真っ白で硬そうな服に、ステッキ。そして目の覚めるようなオレンジの髪と瞳。


「ったく、油断も隙もない。……っと、大丈夫? 怪我はない?」

「え、あ……だい、だいじょうぶ、です」

 

 鬼神の如き表情で化け物を蹴り飛ばしていたとは思えない、優しい声だった。

 少女は怪物が吹き飛んでいったことを確認すると、腰を抜かしたユイコの前にしゃがみ込み、優しい手つきで頬を撫でる。ひんやりとした手が頬に心地いい。


 まるで正義の味方みたいだ。

 安心感にそれ以上の言葉が浮かんでこず、ユイコがぽーっとした表情で目の前の少女を見上げると、少女はユイコが怯えていると思ったのか、心配そうな顔で言う。


「大丈夫じゃないでしょ。こんなに泣いて……って」


 しかしその優しげな表情も、路地の奥に目を向けるまでだった。

 少女は路地奥で縮こまるスーツたちを見つけると、表情を一変し目を吊り上げ、敵意をむき出しにして彼らを睨みつける。今にも唸り声が聞こえてきそうな顔であった。

 

「……あんたら、この子に何しようとしてたわけ?」

「チ、チカさん。あのう、えーとこれは、その……誤解、でして」

「言ったわよね。私、魔法少女作るなって。やったらまたボコすって」


 男の方がぶんぶんと首を振るが、チカと呼ばれた少女は聞く耳を持つ様子もなく、ステッキを握っていない方の手をパキポキと鳴らす。


「あっそう。ふうん、こんな早く約束破っちゃうんだ。へーぇ?」

「ひっ、ひが、違うんですぅチカさん! わたしたち、脅されてて」

「脅されてて、それで? こんな子を泣くまで追いかけまわすんだ。ふーん……」


 チカは哀れっぽく許しを請う女を無視し、ずんずんと路地の奥へと進んでいったかと思うと、大人ふたりを片手でそれぞれ持ち上げる。細身の身体からは考えられないパワーに、ユイコは思わず口元を押さえていた。


「そんなにビームの威力が知りたいなら言ってくれればいいのに」


 ドスの効いたチカの言葉に、吊り上げられたスーツたちはまるで生きのいい魚のように暴れだす。


「っひぐ、ごべん、ごべんなさい! もうしません! しまぜんがら!」

「……謝んのは私じゃなくてその子でしょ」

「ずっ、ずいまっぜんでじだ‼」

「ゆるしてください‼」


 顔中から汁という汁をすべて出して号泣する大人を前に、ユイコはどうしていいかわからず、チカを見上げる。するとチカはふたりを吊り上げたまま言った。


「どうする? 気が済まないってんなら私が腹でも顔面でも何発か入れるけど」

「いっ、いえっ! い、いい、です!」

「そ? よかったねあんたら。あんたたちと違って優しい子でさ」

「あ、ありがとうございます!」


 ユイコは慌てて首を振った。怒っていないというわけでなく、純粋に情けなく泣きじゃくる大人を前にどうしたらいいかわからなかったのだ。


 しかしそれを「許し」だと思ったのだろう。ホッとした表情を浮かべる大人たち。しかしチカは彼らの襟首を掴んだ手を離そうとはしなかった。ニコニコと笑ったまま、むしろ手には力がこもったように見える。


「――じゃあ、次、

「はへ?」

「会いたかったわぁ。あんたら例の『魔法使い』連れて逃げちゃうしさ。こっちが後始末してやってんのに、あんたらときたらちょこまかちょこまかと……」


 言っている意味は理解できなかったが、それでもチカが怒っているということはよくわかった。ユイコは緊張にごくりと喉を鳴らしながら、チカの動作に注目する。

 大人たちが暴れだす。何かをされるという危機感に必死でもがき、手から逃れようとする。


「っひ、い、言います! 言いましゅ、からっ!」

「だから、これは私の苛ついた分」


 だがどれだけ暴れようとチカの腕はびくともしない。

 彼らの懇願に耳を傾けることもなく、オレンジの瞳はにっこりと笑った。


「――とりあえず、終わるまで、そこで反省してなさい、なっ!」


 瞬間、チカの手からふたりが消える。ユイコが気づいたときには宙に舞った男の顔面にチカのステッキがめり込むところであった。

 男は三回転しながら路地の壁へと叩きつけられ、女の方はといえばいつの間にか近くのごみ箱へ頭から突っ込み、足を生け花のようにばたつかせている。


 ほんの一瞬、瞬きの間の出来事にユイコは目を丸くし、「酷い目に遭ったね」と手を差し伸べてきたチカを眩しいものでも見るような顔で見上げた。


「お姉さんが、魔法少女なの?」

「……ううん。そんなんじゃない」


 思わず口から出てきたユイコの問いかけに、チカは困ったように笑う。先ほどまでの恐ろしさなど微塵も見えない、柔らかな笑顔。


「ただの高校生だよ」

【『暴れたりない』、が抜けていますよ】

「えっ?」

「おいこら、シャーロット」


 突然聞こえてきた新たな声にユイコは驚いて周囲を見渡すが、誰もいない。だが、その正体を聞く暇はなかった。


「フザケ、フザケンナァァァ――――ッ‼」

「っひ!?」

「馬鹿ニ、馬鹿ニシヤガッテッ! 潰シテヤル……全部、全部ダッ!!」


 怪物が起き上がり、路地全体に影を落とす。そのおぞましさにユイコは反射的に短く悲鳴を上げ身体を震わせたが、それも目の前に立つチカの背を見るまでのことだった。

 見ているだけで震えが止まるような、頼もしい背中。


「あー、もう! しつっこい! シャーロット!」

【はい。ターゲットを逸らしてロック、軌道演算完了。安全性確認、完了】


 チカがステッキを構えると、その先端に光が収束していく。自分より巨大な相手に立ち向かっているとは思えない、不敵な笑みが怪物へと向けられていた。


「チカ、ビィィィィィィィ――――ッム‼」


 声と同時に走る、白い閃光。それは化け物の横を通り抜け、雲を割き、柱のように天へと突き刺さる。

 それを見て、ユイコは知った。ビルを突き破った光の柱の正体。それから自分たちを守るために、戦っている人がいるのだということを。





―――――――――――――

あとがき


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見知らぬ科学の世界でも、魔法少女は暴れたい きぬもめん @kinamo

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