211、潰しにウキウキ、チカが行く
※※※
異世界に行っていた間の時間は、チカの世界では何秒も経っていなかったということがわかり、抱きしめた叔父叔母に怪訝な顔をされてから、一週間ほどが経っていた。
本当は少し、腰が引けていたのだろうと思う。
チカは今さらになってきた手の震えをステッキごと握りしめながら、闇の中から次の着地地点を探した。住宅街の上からきょろきょろと辺りを見渡し、煌々と光るコンビニの看板に照らされている電柱を見つけ、飛び石にでもジャンプするかのような気軽さでそれに移る。
そこで少し立ち止まった。空には住宅の明かりでかすんでいる星の光が見え、そこに白くなり損なった息がのぼって消えていく。変身しているせいか、肌寒さは感じなかった。
「ああは言ったけどさ」
念のため看板の明かりから遠のきながらチカが言う。
田舎の住宅街は昼も夜もあまり変わらない。どこかに行っているか、家に引っ込んでいるか、その二択なのだ。深夜まで営業している店も少なく、少し路地を行けば足元もわからなくなる程度の暗闇が残っている。
そんな中、出歩いている物好きがいないことはもちろん確認済みの会話だった。
「どう思う?」
【彼らが同じことを繰り返す可能性は高いでしょう】
「やっぱり?」
【あなたという脅威がわかったのです。防衛は強固なものになると理解してください】
「銃とか出てくるかなあ」
【ミサイルかもしれませんよ】
面白がっているかのように相槌を打つ新テルタニスもといシャーロットに、余計なことを言うな、と顔をしかめてから、チカは脱力したように息をもらす。
部屋に入ったとき、銃口がなかったことに安堵した。
テレビやゲームで見るような、壁に格納されたガトリング砲からの一斉射撃がないことに静かに息をついた。もしもそんなものが置いてあったらどうしようかと考えていた。
場数だけは踏んでいる自信がある。だが、チカはプロではない。魔法少女の万能感から解放されて、ひとり銃口を向けられてパニックになる可能性は少なからずあった。
チカは一時は命をかけて戦った相手が少なくとも半端な物は寄越さないだろうと信頼している。
自分の心配でなく、相手の心配だった。
【ですから、言ったじゃないですか。彼らは始末するべきだと】
「嫌だよ。それずっと引きずっていかなきゃいけないじゃん」
【しかし、彼らが報告することで確実に研究所破壊の難易度が上がったことは確かです】
シャーロットの言う通りなのかもしれない、と思う。
こうしている間にもあの男ふたりは鼻血の海と壁から起き上がり、懐から無線機が何かを取り出して「反抗者がそっちに向かった至急準備されたし警戒度レベル5まで引き上げろ」、なんて怒鳴っているかもしれない。「あの小娘を捕まえろ」と、コピー機でチカの顔写真が何百枚と刷られているのかもしれない。
そして怪しまれないよう簡素なビルに擬態した研究施設を核シェルターの壁が囲み、サーチライトが天を照らし、警戒用のドローンが飛び回る要塞と化すのだ。
だが、もしそうであったとしても、チカの「うまくやれた」という気持ちは変わらなかった。
「それでも嫌。だってあいつらの顔が一生ちらつくのとか御免だし」
【理解不能。あなたは『忘却』が選択できるはずでは?】
「そういうのって忘れたくても忘れられないもんなの」
もし、パニックになって手元が狂っていたら。もし、銃弾が跳ね返っていたら。
想像できる最悪の結末にチカはぶるりと身震いをした。考えたくもない。
「後悔に好き勝手されるのはもううんざり。だから好きにやるの。やりたくないと思ったらやらないだけ。いい?」
【……納得はできませんが、理解はしました】
空き巣に傷つけられたあの日から、何度「あのときああしていれば」と思ったかわからない。記憶が時間で薄まるまで、何度考えては後悔しただろうか。そのたびにチカの記憶は過去へと巻き戻り、今の時間を吸われてきた。
だから、少なくともやりたくないことをやって、むやみに後悔を作るのはやめたのだ。
「それにさ、どうせあんたからしたら楽勝なんでしょ。そのくらい」
【そういった過信はよくありません。そのような思考は判断を誤らせる可能性があり】
「あれ? できないの? あのテルタニスの部品じゃやっぱパワー不足?」
【――発言撤回。いいでしょう、十分に頼り、わたし無しではいられなくしてさしあげます】
「そうこなくっちゃ」
ずいぶんと軽口に乗ってくるようになったAIに笑いながら、チカは夜の中を飛んでいく。時折聞こえる自販機の稼働音に耳を澄ませ、ジュースが取り出し口に転がる音に足音を忍ばせながら。
「それに、奴らがまた性懲りもなく悪いことしようとしたら、」
【『またぶちのめせばいい』ですか?】
「そ。わかってきたじゃん」
【あなたは単純ですので】
元、魔法少女と異世界産のAIはまだ見ぬ研究施設を目指す。夜の中を楽しげに、跳ねるように。どうめちゃくちゃにしてやろうかと、極悪な考えに胸を躍らせながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます