210、指切りげんまん、嘘ついたらもっとボコす

 わかりやすく、簡潔な言葉。痩躯は一瞬簡単すぎるそれが飲み込めず呆然とした表情を作ったが、それも一瞬のことだった。


「お、終わらせる? つまり魔法少女をたちに協力してもらうのをやめろと言っているのかい?」

「利用してた、でしょ? こっちだって色々知ってんだから」


 チカが本気で言っているということを理解し、痩躯の顔が絶望に染まる。隠していたはずの何もかもがバレてしまったということもそうだったが、これまでの研究成果が無に帰すということは、痩躯にとって死刑宣告に等しい。それも、絶対に止められないであろう相手から告げられているのだ。


 これがただの魔法少女や魔法少女を憂いた機関の暴走であったならどれほど良かっただろう。


 痩躯は震える手で冷汗を拭いながら、未知の技術を振るう元、魔法少女に対峙する。本当に耳から飛び出てしまうのではないかと錯覚してしまうほどに、心臓の鼓動がうるさい。だが、それでも今までの研究結果を捨てて引き下がる訳にはいかなかった。


「チカ君、君はどうも誤解しているようだ。これは国にとっても必要なことで」

「必要なら私たちが死んでも良かったんだ? 多数が幸せになるなら少数派切り捨てても問題ないって?」

「ち、違う! そうだ、我々も魔法の副作用に関しては知らなくて、」


 太った男が床に転がっているということも忘れて、痩躯は温度を感じさせないチカの言葉に食い下がる。

 勘違いをしているのだと、悲しい思い違いがあったのだと、そう説得しようとした。魔法機関はあくまで国のエネルギー問題解決のために動いている組織であって、少女たちを食いものにする場所ではないのだと。


 そこに少しの侮りもなかったかと言われれば、嘘になる。圧倒的力を見せつけられても、部屋の中で強者として君臨されてもなお、痩躯は思っていたのだ。「まだ高校生じゃないか」と。


 痩躯にとってみれば高校生など人生の半分も生きていない未熟な子供に過ぎず、思いこんだ理由を書き換えることなど容易に思えた。


「もし魔法を使ったことでの体調不良で君が苦しんでいたのなら、それは本当に申し訳なく、」


 しかし、痩躯はわかっていなかった。


「シャーロット、あれは嘘? 本当?」

【身体の震え、発汗、体温上昇を確認。嘘でしょう。詳細な説明は必要ですか?】

「いらない。どうせそうだろうなって思ってたし」


 口先の言葉などもう届かない程度には、目の前の少女が機関に失望しきっているということを。


「チカ君、誰だか知らないがそんな嘘つきに騙されちゃいけない。我々は、」


 焼け焦げる音。


「嘘ばっかついてる奴と友達と、どっちかが騙してるってなったらどっちを信じると思う?」


 ふくらはぎが妙にスカスカするのを感じて、痩躯が視線を落とすとスーツのパンツの一部が焼け焦げて、ぱっくりと穴が開けているのが目に入った。

 撃たれた。そう気づいた途端、足から力が抜けていき、痩躯はその場にへたり込む。

 根拠のない「子供なら丸め込める」という謎の自信は、突風の前の紙屑の如く吹き飛んでいった。


 命の危機にガタガタと震え始めた痩躯に呆れたような表情を向け、元は管理下にあった少女が言う。


「もう魔法少女は無し。勧誘も、これ以上増やすのも駄目。わかった?」

「ひ、しっ、しかし、それじゃっ、怪物っ……」

「その程度の尻ぬぐいだったらやってあげる。だからあんたらは安心して手を引くこと。いい?」

「ひっ、ひっ……ひゃが、っだが」

「あ、あと」


 少女の手がパチンと空気を震わせる。すると、聞き覚えのある声が部屋中に響き渡った。


『減ってんなら増やせばいいって話じゃないのか? 今までのように小娘を騙して魔法少女とやらに引きずり込めばいい』

『そもそもさ、そんな怪物作ったりなんて回りくどいことをせずとも、拉致でも監禁でもして魔法使わせればいいって話だろうに』


 妙に鮮明に聞こえてくる内容に、今度は太った男が青くなる番だった。


「これ、録音してたやつ。テレビとか色んなメディアに流すから。そこの転がってるおじさん、あんたが非人道的行為に関わってましたって」

「ほ、本気か貴様っ!?」

「そうだけど?」


 何を当たり前のことを言っているんだと言いたげにチカが首をかしげる。


「どうせお金があったら同じことやるんでしょ。がっつり失墜させとかなきゃ」

「あ、悪魔め……!」

「どっちがよ」


 太った男の言い分を鼻で笑った後、「言いたいことは終わった」と、そう言いたげに白い鎧をまとった少女は男ふたりに背を向ける。


「じゃ、念のためあんたらの研究施設も潰しに行くから。おじさんたち、約束したからね」


 一枚ガラスの巨大な窓を割るつもりなのだろう。ステッキが構えられる。

 これが最後のチャンスだ、と。男たちは目の前に晒された無防備な背中に同じことを考えた。


「ふざけ、ふざけるなよガキがっ!」

「小娘が! どこまでも舐め腐りおって!」


 震えた足をもつれさせながら、そばに転がったソファーをつかんで振りかぶりながら、痩躯と太った男が少女の背中に飛び掛かる。

 研究成果を台無しにされてたまるか。小娘の好きにさせてなるものか。それぞれの思惑がチカへと襲い掛かり、


「――弱い者いじめは趣味じゃないんだけど、やっぱやめた」


 一瞬だった。


 痩躯の顔面と腹に拳がめり込み、その衝撃で宙で一回転したかと思うと、チカは空いた足で投げられたソファーを太った男へと蹴り返す。ソファーに押しつぶされる形で太った男は転がるように吹き飛んでいき、壁に当たるとそのままがっくりと意識を失った。


「じゃあね。またやらかしたらもっとボコしに来るから」


 床に転がった視界で薄れゆく意識の中、鼻血の海に溺れながら痩躯が最後に見たのは、夜の闇を白い鳥のように飛んでいくチカの姿だった。


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