第85話 欠陥奴隷は英雄の道を歩む

 その日、俺は緩やかな丘の上にいた。

 目の前には二つの墓石が並ぶ。

 どちらも真新しく、そこに刻まれた名前には覚えがあった。


「私達は同じ孤児院の出身だった」


 隣に立つ人物が呟く。

 俺は墓石から視線を移す。


 そこに立つのは"霧葬剣"ニアだ。

 魔族との戦いで唯一生き残った英雄である。


 今日は彼女の誘いで墓参りに来たのだった。

 墓石に刻まれた名は、あの戦いで命を落とした英雄――ダンとウィズのものだ。


「昔は喧嘩ばかりでよく怒られていた」


「そうか」


 俺は相槌を打つ。

 風が吹き抜けて、墓石に添えられた花束が倒れてしまった。

 ニアが屈んで位置を直す。


「戦いの中で死ぬ覚悟はあったけど、あんなに突然だとは思わなかった」


「誰だってそうさ。死期を悟った奴の方が珍しい」


 俺は答える。

 脳裏を過ぎるのは貧民街での日々だ。

 最底辺の生活で、いつもどこかで誰かが死体となっていた。


 俺はいつ仲間入りを果たしてもおかしくなかった。

 死なずに済んだのは運が良かっただけだ。

 それと他の人間より臆病だったからだろう。


「世界なんて理不尽なものよ。悪趣味なくらいに残酷。そんなものでしょ」


 後ろから冷めた声がした。

 振り向くとサリアが立っている。


 彼女は小脇に紙袋を抱えていた。

 その中には酒と肉が詰め込まれている。

 道中で購入したものだ。

 水のようにボトルを呷るサリアは、いつもの微笑を浮かべて言った。


「弱肉強食。とても分かりやすい構造ね。死にたくなければ、強くなるしかないの」


「あなたは、冷酷なのだな」


「正直者なだけよ。慰めの言葉でも欲しかった?」


「……いや、大丈夫だ。すまない」


 ニアが苦い顔で首を振ると、踵を返した。

 サリアの横を通って丘を下っていく。


「あなたはまだ成長できるわ。頑張ってね」


 寂しげな背中にサリアが声をかけた。

 ニアは軽く剣を掲げて応じた。

 彼女の姿はそのまま小さくなっていった。


 英雄を見送った俺は、どこか満足そうなサリアに話しかける。


「妙に優しかったな。気に入ったのか?」


「若い英雄っていいものよ。振れ幅が大きいから楽しいの」


「振れ幅?」


「光と闇は表裏一体。英雄はどちらにでも転がり得るわ。その過程が面白いのよねぇ」


 サリアは涼しい顔で言う。

 彼女の目には、善意と悪意と好奇心が入り混じっていた。

 それを一言で表すなら、狂気だろう。


「性格悪いな。治した方が……いや、もう手遅れか」


「ふふ、魔女にそんな口を利けるのはあなただけよ、ルイス君」


 サリアが苦笑する。

 別に怒っていないことは知っていた。

 むしろこういったやり取りをサリアは楽しんでいる。


 新品のボトルを取り出した彼女は、それを墓に供えながら尋ねてくる。


「これからどうするの?」


「王都に向かう。呼び出しがかかっているんだ」


 たぶん魔族討伐についてだろう。

 ギルド経由で連絡があって、俺も今朝に聞いたばかりだった。

 これから準備をして、明日には出発しようと思っている。


「無視すればいいのに。厄介事に巻き込まれるわよ」


「あまり面倒なら叩き潰してやるよ」


 俺は甲殻に覆われた腕を見せる。

 表面には触手が巻き付いて口を開閉させていた。

 垂れた消化液が地面を溶かす。

 配分を考えて呪毒も混ぜてあるため、ドラゴンの鱗すら溶かすほどに強力だった。


 それを見たサリアは少し呆れたように笑う。


「叩き潰すって、英雄の言葉じゃないわね。誰に似たのかしら」


「魔女の弟子だからな。それくらいの気概はあるさ」


「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない」


「嬉しいのか……」


 嫌味のつもりだったのだが、褒め言葉として受け取られてしまった。

 俺は肩をすくめる。


「サリアも一緒に来るか?」


「当たり前でしょ。私だって英雄なんだから」


「そういえばそうだったな」


 一応は自覚があったらしい。

 魔女と呼ばれていた人物が英雄を名乗るとは面白い時代だ。

 その要因の一端が俺なのだから、何がどうなるか分かったものではない。


 俺とサリアは丘を下っていく。

 空は快晴で、太陽の光が容赦なく照り付けてくる。


 その暑さを鬱陶しく思っていると、サリアが足を止めた。

 彼女は俺をじっと見つめた後、微笑んでみせる。

 いつもの涼しげなものとは違う、自然な笑みだった。


「ルイス君。これからもよろしくね」


「――ああ、こちらこそ」


 俺は頷いて応える。


 貧民街で最弱だった俺は、ひょんなことから未来を得た。

 夢にまで見た英雄になったが、ここで終わりというわけでもない。

 まだ人生は続くし、英雄のその先へ進もうと思う。


 そう、俺は欠陥奴隷。

 力を継いで進む新たな英雄だ。




(あとがき)

最後まで読んでくださりありがとうございました!

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欠陥奴隷の英雄偽譚 ~レベル上限のある世界をスキル強奪チートで這い上がる~ 結城からく @yuishilo

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