第84話 欠陥奴隷は魔女の洗礼を受ける

「検証はこれで終わりかしら」


「いや、まだ少し残っている。そんなに手間はかからないだろうが」


 敵がいた方が確かめやすい能力があるが、付近には魔物がいない。

 またサリアにおびき寄せてもらうか、森の中を散策する必要があった。


 するとサリアが良い笑顔を見せる。


「ちょうどよかったわ。もう呼んでおいたのよ」


「何をだ?」


「ほら、あそこ」


 サリアが空の彼方を指差す。

 ちょうど森の木々の隙間だった。


 俺は目を細めて指の先を追う。

 遥か遠くに赤い点がある。

 昼間から星など見えないはずだ。


 怪訝に思っているうちに点が大きくなってきた。

 その時点で俺は凍り付く。


 赤い点は翼を持つ巨大な蜥蜴だった。

 しかし、ただの蜥蜴ではない。

 圧倒的な魔力を内包している。

 まだ距離があるというのに、肌がひりつくほどの威圧感を湛えていた。


 それは間違いなくドラゴンだった。


「は……?」


「上手くかかってくれて良かったわぁ。誘導するのも一苦労なのよ」


 サリアが達成感に溢れた顔で言う。

 彼女が魔術でドラゴンを誘い出したのだ。

 この付近にドラゴンの住処なんて存在しないので、遥か遠くから呼んだのだろう。


 具体的な手段は不明だが、そんなことはどうでもいい。

 目の前にいるのは魔女だ。

 どれだけ常識外なことができても不思議ではなかった。


 サリアはドラゴンを眺めながら呑気に呟く。


「随分と怒ってるわね。私の術が気に食わなかったみたい」


「おい、どうするんだ! こっちに突っ込んでくるぞ!」


「やることなんて決まってるでしょ。ルイス君が倒すのよ。放っておいたら街に被害が出ちゃうし」


 サリアは当たり前のように答える。

 俺は縋るようにして尋ねた。


「手伝ってくれるのか?」


「うーん……ちょっとだけね」


 少し考えたサリアは指を鳴らす。

 接近するドラゴンを中心に結界が出現した。

 縦長の箱型で、俺達もその内部に閉じ込められている。


「これで逃げられることはなくなったわ。存分に戦ってね」


「……それ以外の助けは?」


「もちろん無いわ」


「ははは、最高だなっ」


 俺はやけになって大笑いすると、無理やり戦意を奮い立たせた。

 すぐさま【魔導戦慄】で身体能力を大幅に上げて【墜貌の怪異】によって全身を鱗と甲殻の鎧で包む。

 背中に翼を生やした状態で飛び立ち、ドラゴンに向かって接近していった。


 追加で発動した【軍神の戯れ】の効果でいくつもの倒し方を閃く。

 案が増えるごとに心は冷静になっていった。

 勝利の確信が恐怖や焦りを薄めているようだ。


 対するドラゴンが炎を吐き出してきた。

 予想できていた攻撃なので、俺は落ち着いて【炎熱耐性】と【守護神】を有効化する。


 襲いかかってきた火炎で表面の鎧が焼け焦げていくが、死ぬ気配がない。

 とは言え消耗はあるので、【貪欲な強奪者】で火炎に混ざる魔力を取り込んでいく。

 浴びせられた火炎を糧に俺はさらに加速した。


 ドラゴンは空中で静止して俺を待ち構えている。

 圧倒的な体格差があり、まさか負けるとは思っていないのだろう。


「甘いんだよ」


 呟いた俺は【侵蝕の眼差し】を使う。

 魔族から得たスキルだ。

 片目に魔力が集中し始める。

 同時に宿る禍々しい力は瘴気だろう。


 視線が能力を帯びてドラゴンへと投射された。

 ドラゴンが大きく震えて体勢を崩す。


 憎悪の滾る目は焦点が合っていない。

 俺の視線を受けて様々な状態異常を発症したのだ。

 しばらくは体調不良に苦しむことになるだろう。

 これで万全の力は発揮できなくなった。


 ドラゴンはこちらに向かって火を吐こうとするも、まったく別の方向に放ってしまった。

 おかげで森が燃え始めるが、すぐに水が撒き散らされて消火される。

 たぶんサリアがやったのだと思う。

 その辺りの対策は万全のようだ。


 ドラゴンがふらつきながら前脚を振り上げて、その爪を俺に叩き付けてこようとする。


 俺は淡々と【破滅の案内人】を使用した。

 全身に瘴気らしき力が浸透し、限界以上に強化された肉体がさらにその先へと飛躍する。

 そこに【乾坤一擲】と【屍越の英雄】を加えて、両手に骨刃を生み出した。

 迫る爪へと衝突させる。


 ドラゴンの爪が宙を舞った。

 断面を晒して高速回転している。


 俺はその合間を飛び抜けると、驚愕に染まるドラゴンの顔面に着地した。


「くたばりやがれ」


 ドラゴンの目に骨刃を刺し込んだ。

 手首を回して眼球をくり抜き、そこにありったけの触手をお見舞いする。

 触手に頭の中を喰わせつつ【呪毒の嗜み】で汚染していった。


 取り込んだ血液は【鮮血女神の呪護】でさらなる力に変換する。

 駄目押しとして、触手の口から【魔導波】を放つことで徹底的に破壊していく。


 ドラゴンが悲鳴を上げた。

 腐ってぐずぐずになり始めた頭部を振って墜落し始める。


 俺は翼で飛んで退避して、空中から様子を見守る。


 ドラゴンの巨躯は一切の減速をせず森に落下した。

 大地を揺るがす衝撃に合わせて、数百本の樹木が薙ぎ倒されて土煙が舞い上がる。


 ドラゴンは起き上がって来ない。

 頭部から腐敗が侵蝕しており、だんだんと形が崩れていった。


「あ、スキル」


 我に返った俺は慌てて近付くと、激臭に耐えながら死体に触れた。



>スキル【咆哮】を取得

>スキル【竜爪】を取得

>スキル【竜牙】を取得

>スキル【竜鱗】を取得

>スキル【飛行】を取得

>スキル【赤竜の息吹】を取得

>スキル【超越種族】を取得

>スキル【絶対強者】を取得

>スキル【破壊の権化】を取得

>スキル【火炎吸収】を取得

>スキル【竜魂】を取得

>スキル【蹂躙】を取得

>スキル【防御貫通】を取得

>スキル【耐性貫通】を取得

>スキル【竜の逆鱗】を取得



 ドラゴンとだけあって収穫は上々だった。

 【軍神の戯れ】が囁くままに行動しただけだが、作戦が恐ろしいほどに成功してくれた。

 次にドラゴンがどう動くのか分かる上、それに対する最適解も直感で理解できる。

 本当にあっけない戦いだった。


 俺は感心しながらサリアのもとに戻る。

 彼女は拍手で迎えてくれた。


「やればできるじゃない。これであなたも竜殺しよ」


「それは……嬉しいな、クソ」


 俺は文句を言う気も失せて苦笑する。

 予想外の戦いながら、一人でドラゴンを瞬殺できた。


 まさに英雄の如き強さだ。

 それを手にしたのは間違いないだろう。


 俺の胸には、何とも言えない充実感が満ちていた。

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