桜祭り



 ——翌日。祭りの開始を知らせる空砲が数発、澄み渡る大空高くに響き渡った。柔らかな春風が吹き抜け、毎年恒例の桜祭りが開催されていた。満開の桜が咲き誇る中、たこ焼きや焼きそばなどの屋台や射的、輪投げその他にも変わり種として足湯など様々な出店が出店し地元住民で賑わいを見せていた。地元のケーブルテレビも取材に着ており、祭りのようすをカメラに納めていた。


 特設ステージの裏側。本番開始一時間前、用意されたイベント用テントでは司たち一行が演奏の準備を始めていた。譜面の確認や指先のストレッチ、楽器のチューニングなど本番に向けて着々と準備を初めていた。


「はぁ〜ここかんほぉひてまふね〜。今日、カメラきてふのに……」


 そんな中、真面目に準備をする仲間たちをよそに別の事に勤しんでいる者が約一名。『パンパンパンパン』と力強くファンデーションを叩き込む奈々。演奏の準備はそっちのけ。取材ビデオカメラが入っている事を知り、写り映えを気にしてか念入りに毛穴という毛穴をファンデーションで隠していく。

 テントの横幕が開き、司が戻って来た。何か探してるのだろうか困った様子で『いないな……』と、呟きながらテント内を見返す。フィンガーボードに指先を添えイメージトレーニングをしていた藍が尋ねる。


「? 司くん、どうかした?」

「いや、さっきから梅の姿が見えないんだ……」

「あれ、本当だ。どこいっちゃったんだろ」

「梅には客席で見学させようと思ったのに」


 先程まで一緒にいたはずの梅が見当たらず困惑する司。すると灯油ストーブの前で談笑していたリワナと華が応えた。


「あ、梅くん? 梅くんならおつかいに行かせたよ!」

「は?」

「演奏前は甘い物が食べたいし!」

「それに、どんなお店が出てるか気になるしネ、偵察に行かせたのヨ!」

「梅を……パシリに行かせたのか……?」

「うん!」

「恩!」


 悪ぎれもなく平然と頷く二人に、沸々と怒りの感情が湧き上がる。何年経っても変わらずの二人に司は拳をギュッと握り締め二人を叱責する。


「お前たちは梅を指導する立場だぞ?! パシリに使うなんて何考えてんだ?! 今すぐ連れ戻しに行け!! ったく、大体いつもいつもお前たちは——」

「……」

「……」


 と、いつもの如く説教が始まる。だが二人はどこ吹く風。目と口をポカーンと開き薄ら笑いを浮かべるリワナと半目で面倒臭そうにシラける華は話を真面目に聞いてるのかいないのか。そんな二人の適当な態度に司は額に青筋を立てる更にブチギレた。


「俺の話を真面目に聞けぇ!!!!」


 三人の様子を側から見守る月たち。毎度の事なので特には気にせずにいると、横幕が開きテントの中に一人の初老男性が小さい男の子を連れて入って来た。


「ほほほ。朝から元気ですなぁ」

「あ……町長さん! お早うございます」


 白髪に白い髭を生やした老人はこの町の町長。皺だらけの顔は微笑を浮かべる。説教に夢中の司は町長の存在に気付いていない。代わりに月と藍が応対する。


「お見苦しいところをお見てしまいすみませ〜ん。で、どうかなさいましたか?」

「いえ、ちょうど近くを通り掛かったので、挨拶がてら様子を見にました」

「それはわざわざ……。町長さんもお祭りに?」

「えぇ。孫と一緒にね」


 そう言うと手を繋ぐ小さな男の子の方をちらりと見る。


「この祭りを盛り上げてくれてありがとう。皆さんの素敵な演奏、楽しみにしていますからね。では後ほど」


 軽く会釈をしテントを出ようとしたその時、お使いから戻って来た梅と入れ違いになった。梅は軽く挨拶を交わして中へ入って来る。その手にはじゃがバターと綿菓子を持っていた。おそらくリワナと華に頼まれいたものだろう。


「あ、お帰り。お使いご苦労様〜」

「ただいまです」

「司くんの指示でね、私たちが演奏している間は梅くんは客席で見学しててね」

「あ、はい。分かりました」

「……」


 相変わらず口数が少ない梅。人差し指を口元に当てながら、藍が唐突にある提案をする。


「梅くんさ、歌ってみない?」

「……え?」

「会長がスカウトした梅くんの歌唱力がどんなものか僕、聴いてみたいな」

「いいですねぇ。わたしも聴きたいです!」


 手鏡で目元を覗き込みながらマスカラを塗る奈々も藍の提案に賛同する。


「ちょ、ちょっと二人共、急にそんな事……」

「別に。いいですよ」

「え、いいの……?!」

「オレ、(友人の)カラオケ大会で優勝してますから。歌唱には自信があります……!」

「そ、そうなの……?」


 やけに自信がある瞳で主張する梅。……そもそもカラオケ大会での優勝は経歴に入るのだろうか……? と、やや疑問に思いながらも本人のやる気を尊重して月は納得する。


「はい決まり。じゃあ……そういう事だから!」


 藍はまだ説教を続ける司に投げかけた。話の成り行きを聞いていなかった司は何の事だと困惑する。


「えっ、えっ? 何が? 何の話だ??」


 ……と、何だかんだで急遽、梅の歌唱が決まった。イベントスタッフに追加の参加者を伝えると最後のプログラムに組み込んでくれた。

 イベント開始数分前になりスタッフの指示の下、司たちは楽器を持ってステージ上へと移動する。


「見て。お客さんあんまりいない。空席祭りだね!」

「祭りだけにね」

「藍ちゃんうま〜い!」

「…………。くだらないこと言ってないでさっさと準備しろ……」


 ケラケラと笑い合うメンバーに司は呆れながら呟いた。

 時間帯もあってか客席には殆ど客がおらず数人程度。長椅子には空席が目立っていた。祭りに訪れた客は桜観賞や屋台の買い物に夢中。そんな中、司たちは黙々と演奏の準備に取り掛かる。チューニング、試し打ち、アンプの確認。次第に会場内には様々な楽器の音が響き渡る。


「皆様お早うございま〜す。只今より桜祭り恒例、カラオケ大会を始めたいと思います! 本日イベントの司会進行を務めます、スズミです。どうぞよろしくお願いします!」


 進行役のスズミは軽くお辞儀をする。

 時間になり定刻通りステージイベントが始まった。スズミのハキハキとした活気でイベントが進んでいく。


「そして今回演奏してくださるのは、INSTRUMENTALISTSの皆さんです! どうぞ、よろしくお願いします!」


 司会者に紹介され、観客は拍手を送る。


「とっても豪華ですね! それでは早速、張り切って参りましょう! 第二十六回桜祭り、カラオケ大会スタートです!!」


 今年のカラオケ大会には総勢十五組の参加者が集まり趣向を凝らした演出で登場する。着物姿でコブシを効かした地元出身の演歌歌手や可愛い園児たちの合唱団まで。……中には、お世辞にも歌が上手いと言えないようなクセの強おじさんも登場し会場の笑いを誘う。素人演芸会ならではの演出だ。気づけば疎らだったステージ周辺には人集りが出来ていた。

 一方その頃、ステージの裏では梅が一人、黙々と歌唱の準備を進めていた。身体を軽く捻りほぐしていく。

 イベントも佳境。最後の出演者は地元の中学校に通う女子学生グループ。自前の衣装で息の合ったダンスを披露し客席には同級生らが声援を送る。参加者全員の歌唱が終了し最後、司たちの演奏になった。


「——素敵な歌声、ありがとうございました! 続いてが最後になります! プログラムラストを飾るのは急遽、参加する事になりました梅さんです! INSTRUMENTALISTSの皆さと一緒に、あの名曲を披露します! それではどうぞ!」


 バンド編成【Gt. 司 Ba. 華 Kb. 奈々 Sax. 月 Dr. リワナ Vn. 藍】


 司会者の説明が終わり、ステージ上に梅が登場した。全員が演奏の準備を整えたのを確認したリワナは首に掛けていたヘッドフォンを再び装着しステックでカウントを取る。巨大スピーカーからイントロダクションが流れ始め、ステージに一人の人物が上がった。


「……」


 ギターの弦を震わせ司は想う。

 反復練習に励んだ指先は数年経っても感覚が覚えている。誰一人欠ける事なく苦楽を共にした仲間たちとまたこうして演奏出来る事がなにより嬉しい。司はそんな事を思いながら視線を前方に向け、仁王立ちで中央に立つ人物を見据えた——。


「——」


 マイクを持った梅の後ろ姿はどこか凛々しい。歌唱に入る前に梅は静かに呼吸を整える。閉じていた瞼をそっと開け、真剣な眼差しを向ける。梅はマイクを強く握りしめ口元に当てがう。大きく肺いっぱいに空気を吸い込むと歌い始めた——。


「——」


 スピーカーから『キィーン』とハウリングすると同時に梅の歌声が会場中に響き渡った。電柱に留まっていたカラスたちがバサバサと鳴きながら一斉に飛び立ち、茂みにいた野良猫も逃げ出す。それまで素通りしていた通行人も何事かとステージの方に注目する。

 ……後ろで演奏するメンバーたちも驚き思わず声を漏らした。


「えっ?!」

「へっ……?!」

「!」

「——!!」

「哎呀!?」


 身体全体を使い独特なリズムを取る梅。熱唱する本人は至って真面目。だが地声で音程を思いっきり外していた。姿勢も悪く肩が強張り猫背。くどいビブラートにクセが強い独特のアレンジ。そして高音パートでは首の血管を浮かせ無理矢理高音を出す梅はどこか辛そうだ。

 『あ、あいつ……まさか……!!』と司は予想外な出来事に動揺する。司、華、藍、月、奈々の五人は頭の中で同じ言葉を思い浮かべていた。"""""——お、音痴……?!"""""


「……ヒッ、ヒッヒッヒ!! 哈哈哈!!」


 華は堪えきれず口元を歪ませしゃっくりのような引き攣った声で笑う。次第に弦を押さえる指先に力が入らず、ベースのリズムが狂う。


「おい華! 遅れてるぞっ!!」


 演奏中にも関わらず司は思わず声を荒らげてしまう。バンドにとってドラムとベースは最も重要な役割があり演奏するにあたって全体の土台になる。幸いにもドラム担当であるリワナはヘッドフォンを着けているおかげでドラムのリズムが乱れる事はなかった。他のメンバーたちもつられて流されないよう、自分の演奏に集中するが——。


「うぇぇぇ〜〜い↑↑↑」


 悦に入っているのか間奏の間にスキャットを入れる梅。サックスを吹く月も堪えかね吹き出し音を外す。藍に至っては演奏を止めて梅の歌唱に耳を傾ける。奈々もプルプルと笑いを堪えながら弾く事に集中する。頭を抱えて笑う華を怒る司。唯一、ドラムを叩き続けるリワナ。


「え、ウソ、なにアレ〜」


 通りすがりの女子高生はクスクス笑う合う。ケーブルテレビのカメラマンも司会者も笑いを堪える。

 先程のクセの強いおじさんよりもっと酷い。梅は歌い続ける。勢い余って歌詞が飛ぶが構わず歌い続ける。そんな彼の姿に会場からは笑いが起こる。



 桜の木の下。風に煽られ桜の花弁がゆらりと舞い落ちる。演奏を終えた司たちは屋台で食べ物とお酒を購入し、人が少なく静かな場所でレジャーシートを敷きイベント後のプチ打ち上げを行っていた。


「かんぱ〜い!!」


 軽快な音頭と共に軽く打ち付ける。

 リワナはラムネ。それ以外は全員缶ビール。キンキンに冷えたビールが口の中に広がり、乾いた喉をキュッと締める。


「お前たち、今日の演奏は過去一酷かったぞ」


 司は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべポツリと呟き先程の演奏に関して苦言を呈した。


「いや〜僕たち頑張ったよ?」

「ウンウン!! アタシたちガンバったヨ!」

「ん? なに? なんの話??」


 皆んなの反応に一人だけ何も知らないリワナが焼きそばを食べながら問いかける。だが誰一人として答えようとしない。それは本人が目の前にいるからという気遣いでは無い。


「まったく。……すまない、お前にあの曲は少し難しかったかもしれないな」

「いや、別に」

「べつに?!」


 梅は焼きそばを頬張りながら即答した。


「ははは〜。自覚が無いタイプの子かぁ〜。やっぱり自分じゃ気づけないだね……。はは。黒歴史だねぇ……」


 ビールを飲みながらケラケラ笑う藍。それを呆れた様子で司はボソリ『運動音痴がなんか言ってる……』と呟き、まだ笑う藍に釘を刺した。


「藍、笑ってるけどお前も梅とどっこいどっこいだぞ」

「ははは〜! ……え?」


 司の言葉にピタリと笑うのを止める藍。


「あっ、ね、ねぇ見て! あそこに咲いてるの梅の花じゃない?」


 徐に話を変える月。指を差し視線を向ける先には大きな梅の木。白、薄桃、ピンクと小さな蕾が咲き誇っていた。月は視線を落とし、梅に優しい表情で語りかける。


「来年、あの花が咲く時には、梅くんも素敵な音楽家になってるんだろうね! 梅くんはどんな音楽を作るのかな?」

「……。オレ、出来ますかね? 音楽の経験、ないですよ」

「大丈夫! 楽器が弾けなくても楽譜が読めなくてもアプリがあれば曲が作れるよ!!」


 リワナは自身のiPhoneを取り出した。


「あぁ、いいね。彼、トラックメイカーで音楽プロデューサーだから」

「え、こんなワンコみたいなのが?」


 音楽プロデューサーはもっとこう、寡黙で気難しく無口なイメージを勝手に待っていた。ゴールデンレトリーバーのようなほんわかと優しく屈託のない笑顔を向けるリワナがプロデューサーだと梅はちょっぴり驚く。


「うん。海外のアーティストに曲を提供したりプロデュースもしてる。音楽ジャンルにも詳しくて業界の人脈とコネもある。指導役としてはこの中の誰よりも適任だね」

「へぇ……」

「梅くんは普段どんな音楽を聴くの? 好きな楽曲は? 好きな歌手はいる? 曲作りは難しく考えないで楽しく自由にやればいいんだよ〜♪」

「自由に……」

「誰もが、物凄いポテンシャルを秘めてるんだから!!」

「ポテンシャル……」

「ぽてんしゃるぅ??」


 華は珍妙な顔し梅を見る。そして当の本人もよく分かってない様子。


「何でスカウトされたノ??」

「さぁ? オレもよく分からない」


 高校を卒業し地元でフリーターをしていた梅。バイト先の店に会長が遊びに来ており、そこで出会った。スーツを着た身なりの良い長身の男に声を掛けられたのが始まりだ。


「……なんか胡散臭い男に突然、『歌手にならない?』って言われて。まぁ……断りましたけど」


 最初のうちはスカウトを断った。だか連日『きっと音楽が好きになるよ!』と執拗に誘われ、遂には『もう、副業でいいよ! 片手間でいいから歌手にならない?』と、とんでもない事を言い出した。

 音楽は割と好きで良く聴くし、歌うのも嫌いじゃない。上手く言えない。自分の気持ちを辿々しく言葉に出す梅に仲間たちは耳を傾ける。


「趣味だから。音楽を仕事にするのは違うし、荷が重い。音楽に対して熱意とか情熱? は分からないしオレには無い」

「じゃあ、なんで歌手になろうと思ったの?」


 藍にそう問われ、梅は一拍置きビールを一口飲む、そして真剣な瞳で応えた。


「『曲がヒットすれば印税収入でずっと遊んで暮らせる』って、言われたから……!!」


 長い静寂が流れウグイスが鳴く。

 志望動機は金。

 梅の不純な動機に『ゴホ"ッ』と咽せる司。そして面接時に感じていた違和感はこれか、と合点がいく。


 新しい季節の始まり。

 暖かい日差が降り注ぐ。春の気配を感じながら桜の花びらが舞う中、梅は新たな門出を迎えたのだった——。

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CAPRICCIO 夢野 幻 @yumenogen20221010

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