第20話 お嬢様、あなたはとてもお優しく、そして、勇敢です。

「つーか、お前ら、執事専門学校を首席で卒業し、貧民街スラムタウンを出ていく時に言ったよな? 俺は暗殺者アサシンから足を洗う、だからお前らも、これからは暗殺の依頼は一切受けるなって」


 灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした変態執事、デセオ・バーリッシュの真剣な表情に、少年たちは顔を引き締めたが、ぶあっと涙が溢れてきた。


「だって仕方がなかったんだよ! 食う物がなくて! 弟や母ちゃんたちも死にそうで!」


「食べるものがないってどういうこと? 配給制度で、ちゃんと食事が取れるはずだよね?」


 配給制度。


 このファレンダー国、人間法の中にある一つだ。


「確かに最初はちゃんとした食事が配られたよ! 久しぶりに腐っていないあったかいご飯が食べれて嬉しかった! でも、本当に最初の数日間だったんだ!」


「そんな……。勇気を出して発案したのに……、そんなことって……」


「え……」


 驚きの表情を浮かべた少年たちを見て、デセオは何故か、自慢げに笑った。


「ガキ共、驚くな? いや、驚け! 配給制度を法律に組み込んでくれたのはな! 何を隠そうここにおられる! ピノ・アリーレンお嬢様なのだぞ!」


「えぇー!」


 デセオは胸を張り、少年たちは驚愕した。

 そんな話題の主、ピノは、悩ましげに考え込んでいた。


 人間法、第五十一条、第一項。

 配給制度。


 この部分に触れるには、まずこの国の政府について知らねばならない。


 この国の政府は、主な機関としてまず、上議員 と下議員からなる。


 上議員は大半が権力と財力のある名家が何代も続けてなっている。

 この仕組みに不平不満を持つ、一般市民は多いが、権力に敵わない。不平不満を言おうものなら、条例改正などをされ、生活が困難にさせられるかもしれないならだ。


 その不公平な上議員に相反するように生まれたのが下議員である。

 下議員も上議員同様に権力財力のある名家の者もいるが、八割が市民による投票で決まった議員ばかりだ。つまり、一般市民の味方、市民の代表と言っても過言ではない。


 そんな下議員に、ピノは僅か六歳で出馬し、見事に当選した。

 ピノは幼い頃から、貧民街の現状を何とかしたいと、優しい心を悩ませてきた。

 そんな、少女の訴えは、市民の胸を打ち、心を鷲掴みにした。



 上議員だけの上議会、下議員だけの下議会、そして、両議員が揃う中議会と、国会は三種開かれる。


 中議会、大抵は途中解散となる。上議員は下議員を見下していて、聞く耳を持たないからだ。


 数年前のある日の議題は、貧民街についてだった。

 ただでさえ下議員を見下している上議員からすれば、貧民は人間ではない。そんな奴らに割く時間はもったいないと、少しも議題に参加していなかった。


 当時、七歳のピノは、緊張で心臓がうるさい中、そんな大人たちにも負けずに、貧民街の現状を伝えた。


 写真や映像を交え、何人も餓死していると、母親と共に、お腹の中で亡くなった赤ん坊もいると。

 もう見過ごせる状況ではない、彼らをこれ以上見殺しにするのなら、それはもう、人間のする事ではない、と。


 強く、ただ、ひたすらに、訴えた。


 貧民など、どうでもいいと思っている上議員は、それが況してや少女の、子供の訴えなど、さらにどうでもよかった。


 だから、早く帰りたくて、ピノの心を折るために、ヤジを飛ばした。



『そんなの知ってるっつーの!』



と。


そして、この言葉に連れて、「ギャハハ!」と、下品に他の上議員たちは嘲笑した。


大人からのヤジ、そして、四方八方から聞こえる嘲笑。

それに、ピノの心は砕かれた、かと思った。


 ピノは血が出るんじゃないかと思うくらい強く口を結ぶと、俯き、そして、真っ直ぐな光を宿し、上議員たちの大人たちを見据え、こう言った。


『貧民街の人たちに、一日に必要な栄養素が摂れる、食事をさせてあげるべきです。それは、人間として普通の事であり、それすらもさせてくれないというのなら、人間への冒涜です』


 可愛らしいけれど、凛とした声に、上議員の嘲笑は静まり返った。

 説得力のある、大人を頷かせられる、力強い言葉だった。


 こうして、この後の投票により、賛成多数で、ピノの案は可決され、人間法に新たな条項が組み込まれた。


 人間は、人間らしく生きられるための、栄養素を摂れる食事をしなければならない。と。


 この時の中議会の様子は各報道に大きく取り上げられ、ピノ少女の勇姿は新聞一面に大きく載った。


 こうして、貧民への配給制度が始まったのだ。

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ペンギン令嬢と飼育執事〜婚約破棄の原因が体型なのに、執事が可愛いから痩せるなと、ダイエットさせてくれません〜 冥沈導 @michishirube

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