第19話 お嬢様、これ以上はご勘弁を。

「クソガキっていうなー!」


 少年の一人がデセオの脇腹をポコポコと殴った。


「クソガキ、とは、言っておりません。敬意を払い、クソガキ様と、わたくしは申しました」


「何が違うんだー! 様を付けただけじゃねーかー!」


「ちっ、面倒くせぇクソガキだな」


「様はどうしたんだー! クソ執事ー! いいから離せー! オレたちはそこのデブを殺さなきゃならねーんだー!」


「——……」


 少年たちは、デセオの怒りの引き金を引いてしまった。

 灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした変態執事デセオ・バーリッシュという男が、一番嫌うのは、盲愛しているピノ・アリーレンを悪く言う事。

 そして、彼女を悲しませる禁句が“デブ”。


 デセオは、静かに少年たちを地面に下ろすと、両手で彼らのを頬を掴んだ。


「いいかクソガキ。よーく聞け。俺のことはクソ執事など、何を言っても構わん。だが、お嬢様を中傷するようなら——」


 少年たちを掴んでいるデセオの服の裾から、小型ナイフが現れた。

 デセオは少年たちから手を離すと、小型ナイフを握り、爽やかに笑った。


「ガキでも俺は容赦しねぇ」


「——……」


 少年たちはぺたんと尻もちをつくと、顔が青ざめ、そして、冷や汗をだらだらとかき始めた。


「大丈夫だよ」


 ピノは少年たちを安心させるように優しく笑うと、しゃがんで目線を合わせた。


「この人、デセオさんはね。私の専属執事になる時に約束してくれたの。もう、人を殺めないって。ですよね?」


 ピノは振り向き微笑んだ。


「お嬢様はお優しいですねー、もう少し大人しくさせるために黙ったおけばいいのに。ま、そういうことだ。つーかな、俺は暗殺者アサシンから足を洗ってなくても、依頼がなきゃ誰も殺さねぇよ」


「デセオ?」


「あ?」


「デセオにいちゃんじゃないか! そんなお洒落な格好をしているからわからなかった!」


 少年たちは急に顔を明るくした。


「あ? あー、なんか懐かしい匂いがすると思ったら、貧民街スラムタウンのガキじゃねぇか」


「お知り合いですか?」


「あー、ちょっと連んでいただけですよ」


 デセオはばつが悪そうな顔をした。


「ちょっとじゃないじゃん! いつも助けてくれたじゃん! オレたちにやって来る暗殺依頼もみんな引き受け——」


「クソガキ様?」


 デセオはにっこり笑うと、また少年の頬を掴んだ。


「それ以上、余計なことを言わないでくださいますか?」


 笑顔の圧力に、少年たちは勢いよく何度も頷いた。


「えっ、私はもっと聞きたいですっ。デセオさんの武勇伝っ」


 斜め後ろから、キラキラな笑顔を向けられ、デセオは少年から手を離すと、頭をがっしがっしと豪快にかいて、


「ガラじゃないんですよ、人助けの武勇伝なんて。素行の悪い貧民執事が俺には丁度いいんです。だから、これ以上は勘弁してください」


 珍しく照れくさそうに頬を赤らめた。

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