第30話

 冷たく、暗い部屋で、アミは血まみれになってベッドに横たわっている。その腹は大きく膨れ上がり、板のように硬かった。アミはもう、息をしていない。

 ケイドはベッドの脇にある椅子に座ったまま、ぼうっと虚空を眺めている。

 ゆっくりとうつむき、ケイドは「ハハハ」と乾いた笑いをこぼして、勢いよく立ち上がり、天を仰いだ。

「水槽の脳の人生を操れる管理者がいるように、私にも、私の人生を牛耳る管理者がいるのだろうな!」

 ケイドは声を荒げたまま、続けた。

「なあ!答えてくれ!私の人生はハッピーエンドか?私の愛する者は死んだ!私はまた一人ぼっちだ!俺はこのまま、アミの遺体をどうすればいい?私はこのまま、何を糧に生きればいい?なぜ俺の周りの人間は、こんなにもあっけなく死んでしまうんだ!」

 ケイドの目は血走っていた。ケイドはしばらく天井を見つめていたが、やがてだらりと力なく首を落とした。

「もう、知らない。この不幸が俺に課せられた試練だとしても、俺はお前の思い通り生きない。」

 そう呟くと、ケイドは部屋をでていった。

 アミの遺体が横たわる部屋に戻ってきたケイドは、太い縄を持っていた。その縄を強く結んで、輪っかを作った。ケイドは椅子の上に立って、自分の顔の前に輪っかが来るように縄の長さを調整し、天井のフックに縄を結び付けた。

 そしてケイドは、再び天を仰いだ。


「俺はここで死んでやるぞ。」

 お好きにどうぞ。

「俺にこんな人生を歩ませて、何が楽しかったんだ。」

 結構楽しかったよ。

「もう死ぬ。みんな、さよなら。」

涙が出ているよ。本当は死にたくなかったんじゃないの?



 ケイドは首に縄で作った輪っかをかけ、足場にしていた椅子を蹴飛ばした。

 しばらく足をバタバタさせていたが、やがてケイドは動かなくなった。



 愚かなものだ。ケイドは自分が水槽の脳の意思など気にしてもなかったくせに、いざ自分も管理されている側だと気づいた瞬間、己の意思を誇示する。なんとも自分勝手な人だ。

ケイドは答えの出ていない問いに何度もぶつかり、自分なりの答えを導きだそうと必死だった。

「人間とは何か」

だが、その答えは出なかった。答えを出す前にその生涯は終わってしまった、終わらせられた。なぜなら、ケイドもアミも、シェルドもエディゴも、操られている、水槽の脳の一つだったからだ。

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水槽の脳 岩橋藍璃 @Iwahashi_Airi

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