代理戦争の終幕
「ほら、フェンリルちゃん、ご飯ですよ!」
「私は自分で獲物くらい捕って来れますから……」
「まあ食っとけ、シャミアの料理は美味いぞ」
「ご主人様がそう仰るのでしたら」
あれから少しして男は突然謎の力を得て失踪していた村から捜索隊が来て引き取られていった。そしてその晩……
『いやー助かったよ、アレは人間にもよくない存在になってたからね』
「てんめーーーーーーーーーーーー!!!」
夢の中での俺の拳は空を切った。
『無駄だよ、夢の中でぼくを殴ることは出来ない』
「お前はどうしようもないクソだな」
『酷いいわれようだね、きみはもうすでにぼくを殴っているんだよ?」
「デタラメを言うなよ実態も出せないチキン野郎め」
『君たちが倒したあの男だけどね、ぼくの神としての力を思わず分け与えちゃってね、力を持ち過ぎちゃったんだけどぼくと感覚を共有しちゃってね、いやースキルクラッシャーはあんなに痛いんだね!』
コイツには何を言っても無駄だな……いっそ無視が一番効くのじゃないだろうか?
『まあ君たちは腹を立てているだろうけどね、おかげで邪神くんとも仲直りできてお互いを認める関係になれたのはきみのおかげさ』
「嬉しくない情報だな、人の神と邪神がなれ合っている姿なんて想像もしたくない」
『おやおや、言うねえ! ところがぼくは結構邪神くんとは仲が良くてね、定期的にゲームをしているのさ。この前はチェスと言ったがカードなんかもするんだよ』
神と仲の良い邪神……気に食わないな。
『ああ、そうだ、きみには今後邪神くんの支援が入るからもう少し生活が楽になると思うよ』
「なんで邪神様が助けてくれるんだ? そして何故それを伝えるのがお前なんだ?」
『ぼくが邪神くんに謝ったら邪神くんも『待った』の一回や二回認めてやるべきだったと仲直りできてね、きみの話をしたら自分も是非支援したいと言ってくれたのさ』
「邪神様から直接聞きたかったよ……」
『まあそういうわけだから、皆のことは任せたよ、人間界の神と邪神の代理人くん!』
「おい! それはどういう意味……」
そこで意識は覚醒した。
「それにしてもフェンリルちゃんがこんなに大きかったのにはびっくりしたよ!」
「私もご主人様と人間が共に暮らすとは驚いていますよ」
案外フェンリルは自然に受け入れられた。馬鹿げた魔物が大量に出てくる森なのだから白い狼の一匹くらいどうって事はないのかも知れない。
「ところでルード様、フェンリルさんのことを名前もつけないのはどうかと思うんですよ!」
「いえ、私は明日をも知れぬ身ですので名前などという大層なものは……」
キャッキャしているフェンリルとシャミアを眺めながら本当に平和になったなと思う。あの時大活躍したおもちゃのロッドは無茶がたたって魔石だけでなくロッド本体にまでひびが入り、俺たちへの回復魔法で完全に砕け散ってしまった。シャミアは新しいのを買って欲しいとブーブー言っているので今度商人が来たらかってやろう。
今回の戦いの決着をつけたヤツには、そのくらいの特典はあってもいいはずだ。
「ルード様、なんでフェンリルちゃんには愛称がないんですか? 種族名で呼ぶなんて愛を感じられませんよ!」
「魔物なんて帰属意識の欠片もないのがほとんどだから一々愛称なんてつけないんだよ。そいつが特別俺に懐いただけで普通はペットなんて概念魔族には無いんだよ」
「ご主人様、私はペットなのですか?」
フェンリルが悲しい目を俺に向けてくる。戦いに一段落付いたのに賑やかなことだ。
「ルード様! フェンリルちゃんに名前をつけてもいいですか?」
「ダメです! 愛称を頂けるなら絶対にご主人様から賜りたいです!」
フェンリルに却下されてしまったシャミアは少しだけ落ち込んでいた。
「そうだな……フェンリル……『リル』ってのはどうだ?」
「ご主人様の決断に異論などありません! このリル、余生の全てをご主人様のために使わせて頂きます」
やれやれ、何処まで忠誠心が高いのだか……
「リルちゃん! もう少しモフモフさせて!」
「あなたはご主人様ではない……ああ! しがみつくのはやめてください! 毛並みが荒れてしまいます!」
「なあリル……」
「はい! なんでしょうご主人様!」
「一応今回の戦いはシャミアがいなかったら死んでたわけだし今日くらい言うことを効いてやれよ」
そう、今回シャミアが俺の部屋から改造済みロッドを持ち出さなければ神の傀儡に言いようになぶり殺されていただろう。想像するだに恐ろしいことだ。
「はぁシャミア様、今日だけですよ?」
「やったあ! リルちゃんもフモフだあ!」
シャミアを脇にくっつけたままリルは俺に問いかけてきた。
「それで、神からの謝罪の一つでももらえましたか?」
「ああ、申し訳なさそうにはしてたけど直接の謝罪は無かったよ、アイツ謝ると死ぬんじゃねーかな? それでも邪神様と和解したってのは俺たちにはいい話だったな」
「なんと!? 人の神と邪神が和解したのですか!?」
「ああ、だから今後は俺の体に邪神の力を入れることを噛みが許可したらしい」
「ご主人様は神にでもなられるおつもりですか?」
「それを言うなよ……一番気にしてるんだぜ?」
そう、神と邪神の力を得た人間に対抗できる相手など現在の地上にいないだろう。俺は地上においては神に限りなく近い存在になったと言える。
「しかしまあ、神界に行けば末席もいいところだろうよ。俺なんて新米ぺーぺーの神と呼べるかも怪しいヤツだよ」
そう答えるとリルは少し困った顔をした。
「そうなると神に仕える私は神獣とでも言うことになるのでしょうか?」
「あんまり深く考えない方がいいと思うぞ? 神ってものすごく俗っぽいって事がここのところのできごとで分かったしな。リルが仕えているのは邪神でも神でも無く俺だろう?」
「それもそうですね、長く生きていると深く考えすぎていけませんね」
俺はシャミアを指さして言った。
「だからリルもシャミアのいい加減さを見習っても良いんじゃないか? コイツが俺の言いつけを守って俺の部屋に入らなかったら今頃俺もリルも死んでるんだぜ?」
「考えるだけでも恐ろしいですね」
「そうだろう、たまにはいい加減さも必要……」
「えへへーモフモフすきー……」
「まあ程々にな」
「ですね」
「ところでご主人様」
「なんだ?」
「何故我々は今まで放っておかれたのに突然神の怒りに触れたのでしょう?」
「あー……気になるよなあ……やっぱ」
俺はあまりにもくだらない神界で起きた小競り合いの顛末を話した。
「邪神と人間の神と呼んでいましたがどちらも結構邪悪なのですね……」
「人間も魔族も神が自分を模して作ったと言われているし、感情までそっくりにしたんじゃないか? おかげでこんな世界になったわけだ」
「酷い話ですね」
「まあな」
そんな話をしているところでシャミアがリルから離れた。
「ルード様! 今晩からはリルちゃんへも夕食が必要ですね? 何か食べられないものはありますか?」
「いや、リルは割と何でも食べるぞ。俺が初めて会った時なんて魔物の腐肉を食べていたし」
「あの後ご主人様に頂いた生肉の美味しさを超えるものには未だ出会えませんね」
「よし! じゃあ晩ご飯はステーキにしますね! 全員が無事帰って来れた記念です!」
「ああ、食事のことは任せるよ」
そして俺はリルと屋外で会話を続けた。
「しかし神ねえ、あそこまで勝手なものだとはなあ。なあリル。その事を人間達に広めたら信仰を失うと思うか?」
「やめておいた方がいいでしょうね、ご主人様が異端者扱いをされて迫害されそうです」
「それもそうだなあ」
あの神に少しでも嫌がらせをしてやりたいところだが、人間達は神とは完璧な存在で一切間違いを犯さないと信じている。まさか神はチェスで負けてマジギレしますよーなんて言って回ったところで誰も信じないだろう。
「まあいいではないですか。私はご主人様のお言葉を信じていますしシャミア様も同様でしょう。真実を知っているものが三人もいれば十分ではないですか?」
リルが言っているのはどうせ誰も信じないけれど一人でも仲間がいればそれを伝えていくことは可能だということだ。
「ルード様! リルちゃん! 焼く準備が出来たので集まってくださーい!」
シャミアの越えにそちらを向くと、屋外に鉄板が出ていた。
「じゃあ焼きましょうか、神様のことを忘れて今だけでも楽しみましょうよ!」
「それもそうだな。当面人間に関わらないって言ってたしな」
「ご主人様は肝が据わっていますね」
「奇跡なんてものにはもう慣れてしまったよ」
「ルード様! リルちゃん! 今は神聖な食事の時間ですよ! そんな与太話をしていないでお肉を焼きましょう!」
結局、俺たちの平和な生活にリルが加わっただけかも知れない。しかし少しずつでも何かが変わっていくのだろう。魔族は人に負けた、それでもこうして元魔王とその部下が暮らしている、きっといずれで合うだろう他の魔族たちのためにも居場所は残しておいてやらないとな。そう! 例えば……この森とかな!
【一章完結】その森には賢者と呼ばれる魔王が住んでいる スカイレイク @Clarkdale
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