ウサ太郎と入れ替わった私

金石みずき

ウサ太郎と入れ替わった私

 元日の朝、目を覚ますとうさぎになっていた。

 何を言っているかわからないと思うけど、安心してほしい。

 私にだってわからない。


 さらに頭を抱えたいことに、先ほどから目の前を〝私〟が跳ねている。

 無表情で、ぴょん、ぴょん、ぴょん。

 もはやシュールを通り越して不気味である。


 なぜこのようなことになってしまったのか、考えても考えても、さっぱりわからない。

 と言いたいところだけれど、思い当たる節がただ一つだけ。


 大晦日の昨日、夜空をとても綺麗に浮かんでいた満月に願ってしまったからではないだろうか。


 ――神様、今年もウサ太郎との平穏な一年をありがとうございました。来年はもっとウサ太郎のことを理解して、どうか幸せに過ごしてもらいたいです。


 確かに願った。

 願ったけれど……こんな展開は聞いてない!

 たしかにこれ以上ない理解できる方法だと思うけれども!


 あ、ちなみにウサ太郎とは私の飼っているペットのうさぎのことだ。

 きっと、ウサ太郎の中に私が入って、私の中にウサ太郎が入ってるんだと思う。


 つまり……。

 私たち、入れ替わってるー!?


 ………………という冗談はさておいたとして、この状況をどうしようか。

 なんとか戻れる方法を探したいところだけれど、神様に願った以上、戻れる方法なんてあるんだろうか。


 うーん……。


 と考えていると、不意にお腹がくぅと鳴いた。

 そういえばそろそろ餌の時間だ。


 餌箱を覗いてみると、もちろんそこにはいつものペレットフードが入っている。

 けれど……正直、食べる気がしない。

 ウサ太郎の気持ちを理解するためなら、食べた方がいいことはわかってる。

 でも、まだ私は精神までうさぎになりきってない上、新年最初の食事がこれってどうなの!?


 仕方ないので部屋を見渡して、何か他に食べるものは……と思ったところで、机の上にあった乾燥餅が目に入った。

 あれなら……食べられるだろうか?


 人間のときには硬すぎて食べられる気がしなかった。

 けれど、この立派な歯ならあるいは……いけるのではないだろうか?

 挑戦してみても、いいんじゃないだろうか?


 そう考え、私は椅子を経由して机に飛び乗ると、乾燥餅の袋を齧り切って中身を取り出した。

 ごくり、緊張から生唾を飲み込み、一思いに噛みつく。


 ゴリゴリと餅の削れる食感と、仄かな甘みが口内に広がっていく。

 ……案外、悪くないかもしれない。

 どのくらい栄養になるかわからないけれど、まあ糖質だし大丈夫だろう、きっと。

 少なくとも、ペレットフードよりも精神的によさそうだ。


 そこでふと、先ほどから〝私〟の跳ねる音が聞こえないなと思い、部屋の中に視線を巡らせてみると、みかん箱に頭を突っ込んで一心不乱にんでいた。

 そこら中、みかんの汁で大変なことになっている。


 呆然としていると、私が見ていることに気づいたのか、〝私〟がくるりと振り向き、こちらを見た。

 顎からみかんの汁が、ぽた、ぽた、と床を濡らし、とても怖かった。

 ――……うん、見なかったことにしよう。


 腹ごしらえも出来たことだし、そろそろ考えなきゃと机から飛び、床へと無事に着地。

 そして一歩を踏み出したところで、ぐらりと強いめまいがした。

 床の冷たい感触に身体が沈んでいき……世界は暗転した。




 次に目を覚ますと、人間に戻っていた。

 というより、餅もみかん箱もそのままだったので、どうやら夢だったらしい。


 どうしようもない安堵が込み上げてきて、目から涙が流れそうだ。

 初夢がこれって……!


 起き上がってウサ太郎を見ると、きょとんととぼけた顔を見せてくれた。

 衝動的に抱きしめると、迷惑そうに逃げられてしまった。

 残念。


 これ以上は迷惑かと思い、ウサ太郎から離れて窓を開けると、綺麗な朝陽が目に飛び込んできた。

 とんでもない悪夢を見たはずのに、なぜかとても清々しい気分だ。


 元日の今日、街は動かない。

 でも明日になれば、徐々に動き出す。

 そうなったら、いつものペレットフードより、少し上等なエサを買ってこようと思う。

 少なくとも、私が食べてもいいと思えるくらいのものを。


 とりあえず今日のところは――お餅で我慢してもらおうかな。

 きっと喜んでくれるはずだ。

 それなりに、美味しかったから。

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ウサ太郎と入れ替わった私 金石みずき @mizuki_kanaiwa

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