映らない鏡

風と空

第1話 映らない鏡

 須賀原家すがはらけ長女 志帆しほ(26)の朝は早い。

 取り分け今日は朝日を見に行く為に、まだ暗い中おき出す。


佳奈かな起きて!ほら行くよ」


 次女佳奈の部屋で、まだ布団を被っている佳奈を揺さぶり起こす志帆。佳奈はまだ夢の中。ビクともしない。


「もう!先に美恵みえか」


 佳奈を一旦諦めて三女美恵の部屋に向かうと、ベッドの上で

 ぼー…… としている美恵を見つける。


「美恵偉い!さ、準備して行くよ」


「ふぁい」


 目を手でゴシゴシしながら、起きる美恵。

 美恵は大丈夫、と安心し頑なに起きない佳奈を起こしに取り掛かる志帆。起こさないとそれはそれで怒る佳奈。なかなかに難しい年頃なのだ。


 何とか佳奈を起こしてバタバタと家を出る三姉妹。


 行き先は近所の高台にある神社。

 そこは朝日を見る絶好のスポットなのである。


 一旦起きると元気な佳奈。まだまだ眠い美恵と志帆の先を歩く。志帆はそんな二人を見ながらポケットからあるものを出す。


 志帆が出したのは手鏡らしきもの。年末に両親から送られてきたものだ。あまりに怪しいからどうしようかと悩み、コートに入れっぱなしだったのだ。


 何でこんなもの送ってきたんだろう?


 志帆が悩むのも当然。なぜならそれは鏡に似ているが、なにも映らない鏡なのだ。


「志帆お姉ちゃん何見てるの?」


 不思議でつい立ち止まっていると、美恵が近づいてくる。


「あれ?志帆姉それまた父さんから来たやつ?」


 佳奈もまた近づいて来た。


「そうなんだ。また父さん変なのにお金使ってんだよ。ほら見て」


 二人に鏡を見せる志帆。


「何これ、鏡の型の何か?なにも映らないよ」


「みーちゃん、これまた父さんつかまされたんだよ。この間はなんだか変なお面送って来たじゃない。めちゃ南米の原住民かってやつ」


 そうなのだ。須賀原家の父は変わったものを集めるのが趣味なのである。それを楽しんでいるのは本人だけ。家族はいい迷惑である。


 おかげで須賀原家の一室は民俗学研究所かというくらい不思議な物があるれている。当然両親の部屋なのだが。


「でもこれさぁ、なんかインスピレーション湧くやつだね」


 手鏡を見ながら美恵が言い出す。


「あ、わかった!みーちゃんこれ不思議な力が宿っているとか思ったんでしょう?」


「えー、だって佳奈姉その方が夢あるじゃん。新年だし」


「あ、面白いね。神社に着くまで考えて見ようか。一番面白い人には今日のお昼の要望を通そう」


 志帆も美恵の遊びに乗って来た。やはり須賀原家は面白い物に目がないのだ。立派に血筋である。


「じゃ、今回私先!」


 早速美恵が手をあげる。眠気は飛んだようだ。


「はい、じゃあ美恵」


「あのね、これは真実を映す鏡なの!事件現場で活躍するやつ!」


「あー、過去に何があったのか映すのか。どう?佳奈」


「んー、ひねりが欲しい。三十点」


 なかなかに厳しい次女である。


「じゃ、佳奈姉は何?」


 ちょっと膨れながら言う美恵に佳奈はニヤっとしながら話し出す。


「ズバリ鏡の世界に入る鍵よ!なんか模様周りに書いてるじゃん。これ絶対暗号だって!」


「それ佳奈姉好きな話なだけだよね。推理物と冒険もの」


「えー!一番夢あるじゃん!冒険と宝だよ!ねぇ志帆姉」


 同意を求める佳奈に志帆は苦笑い。


「んー、五十点かな。だって昨日見たやつ鏡にしただけだし」


「そんなぁ。じゃ、志帆姉は?」


「ん?幸運の鏡。持ってると宝くじ当たるの」


「「現実的だ」」


 志帆の考えに思わず声が揃う二人。やはり家計を預かる長女である。


 そんな話をしていながら歩く事数分。

 ようやく高台の神社に着く。


 流石元旦。人が多く集まっている。

 何とか良いポジションを見つけて朝日を待つ。


 「一年の計は元旦にあり!間に合ったね」


 一番起きなかった佳奈が嬉しそうに話す。「佳奈姉が言うな」と美恵。戯れ合う二人を横目に朝日が出てくるのを待つ志帆。


 人の熱気はあるが空気は冷たい。

 手の先が真っ赤になっている。

 妹二人もピッタリくっついて待っている。


 ふいにどよめきが起こる。


 夜を押し上げ、光が顔をだす。

 不思議な事に一年の初めの朝日は神秘的だ。

 だからだろうか。皆が手を合わせて祈っている。


 日本人だよなぁ


 志帆は思う。何気なく取り出した鏡をみるとあれだけ映らなかった鏡に自分が映っている。


「佳奈!美恵!見て!」


 横にいる二人に思わず差し出すと、二人も驚く。


「え?何で?」「さっきまで真っ黒だったのに」


 二人とも驚きを隠せない。

 三人が顔を近づけてしばらく見入っていると、鏡はまた元の何も映さない鏡に戻った。


 それは朝日があたった瞬間だけだったらしい。


 気がつけばすっかり顔を出している朝日。

 三人は顔を見合わせたまま黙ったままだ。


「これ…… また志帆姉勝ったんじゃない?」


「みーちゃんもそう思う?私もそう思う」


 口火を切った美恵に佳奈も同意する。

 じっと二人から見られている志帆もそう思っていた。


「…… じゃ、当たるかもね。宝くじ」


「そうだよ!一等三億円!当たるかもよ!」


 佳奈がはしゃぎ、志帆に抱きつく。


「うわぁ!どうするどうする?当たったら!」


 キャイキャイ騒ぎ出す妹達に当然志帆も乗る。


「良し!今度は夢ある使い方を提案した人にお昼の権利あげる!」


 その場で更に騒ぐ三人の姿は新年にはしゃぐ若者や、参拝客の中に紛れていく。


 一方自宅の父から送られてきた箱の底で、メモがカサリと音を立てた。メモには父の直筆で何やら書いてある。


『家内安全の縁起ものの鏡らしい。どこかに飾って置いてくれ』


 なぜ鏡が家内安全なのか、それは買った本人もわかっていない。ただ、夢を語る三人の目に着くのはしばらく後になりそうだ。

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