聖なる愛

愛の告白

五月七日

今日は運命の人と出会ったの。いつもの電車よりちょっと早い時間。長い休み明けで出掛けるのが億劫だったとかそんなの全部吹っ飛んだわ。一目見てあぁこの人だって気づいたの。だって今までこんなかっこいい人会ったことない。目を奪われるってきっとこのことね。明日もまた会えるかしら。あぁ、今からドキドキしてきた。彼も私のこと覚えてくれているかしら。どんなことが好きなんだろう。趣味は何かしら。あぁ、また会えるのが楽しみで仕方ないわ。

六月○日

今日もまた彼に会えたわ。彼、今朝は寝坊したのかな。寝癖がついていたわ。あぁ、そういえば昨日はなかなか仕事が終わらなくて大変だって言ってた。あくびもしていたし、目の下に少し隈があった。心配だわ。よく眠れるようポプリでも作ってみようかな。たしか彼、ラベンダーの香りは苦手だって言ってた。ジャスミンのポプリはどうかしら。きっとこれにもリラックス効果があるわ。そういえば今、六月だったわね。ちょっと恥ずかしいけど、コスモスも入れようかな。戀人（れんと）さん喜んでくれるかな。気づいてくれたらもっと嬉しい。早く作らなきゃ。

七月○日

戀人さんにポプリを渡せた！　彼、最近よく眠れるって喜んでくれたわ。好きな人の笑顔を見るのって嬉しいものね。実は彼とお揃いで私の分も作ったの。戀人さんにも内緒。私だけの秘密。それに、彼のやつはとっておきのおまじないも込めて作ったの。早く叶うといいな。明日はどんな話をしてくれるのかな。そういえば、今夜はスポーツ観るって言ってたわ。彼の応援してる人、優勝してたわね。明日はその話ばかりしてそう。きっと夜更かしすると思うわ。彼のためにハーブティーも持っていこうかな。早く会いたい。

十一月○日

久しぶりに彼に会ったの。何週間ぶりかしら。お互いに忙しくて、顔も合わせられなかったんだけど、彼を見て安心したわ。でも、彼ったらおかしいのよ。もう何度も会ってるのに、全然私のこと知らないふりするの。まぁそんな意地悪なところも好きだけど。恥ずかしがり屋なのね。いいわ、だって秘密の関係だもん。もちろんわかってる。ちゃんと秘密にするわ。でも来月は会いに来て。待つのは得意。でもね、来月は記念日なんだから。

十一月十九日

おかしい。戀人さんが会いに来てくれない。とうとう我慢できなくなって彼に会いに行ったの。いつもの駅のホームで彼を待った。彼が来て胸が高鳴ったわ。でもすぐ、おかしいのに気づいた。ねぇ、貴方の隣にいるその女……だれ？　全然、貴方好みじゃないじゃない。そうよね、仕方なくなんでしょう？　お見通しなんだから。大丈夫、私が切ってあげる。

　女は楽しんでいた。愛しい男をたぶらかす悪い魔女を退治するために、自分には何ができるのだろうと、あれこれ悩んでいた。そして彼女は思いついた。彼の心よりも、憎き魔女を彼の元から追い出してしまう方がよいのだと。

　十一月二十一日

　あの女の居場所がわかったわ。何よ、調べれば調べるほど全然あの人に釣り合わない。戀人さん優しいから、あの女に仕方なく付き合ってくれているんだわ。なんて図々しい女なの。本当に許せない。早く彼から引き剥がさなきゃ。いつだっておとぎ話の悪い魔女は倒されるものよ。待っててね、今いくから。私を怒らせると怖いのよ。あの魔女に私の【存在】を知らしめなきゃ。

　十二月二十二日

　なかなかしぶといわね。やっぱり手紙だけの【お願い】じゃあの魔女には効かないか。やっぱり電話でお願いするしかないのね。あぁ、怖いわ。考えただけで恐ろしい。でもやらなきゃ。彼の為だもの。しつこい女は嫌われるのよ？　早く出ていって！　たしかに彼はとっても魅力的。でも釣り合わないじゃない。そうでしょ？　早く一方的だって気づいて。貴女と私じゃ愛の重さが違う。私には勝てないのよ！

十二月二十三日

うん、やっとあの魔女も諦めてくれたわ。私の【お願い】ちゃんと聞いてもらえてよかった。怖かったけど、これで私たちを邪魔するモノはなくなったわ。お気に入りのコートだったけど、もうダメね。捨てなくちゃ。ひどい雨だったもの。でも、これも彼の為だって考えたら、全然気にならないわ。今日はすごく疲れた。【お願い】をする為に説得しに行ったけど、難しいものね。思ったよりも時間かかっちゃった。次はうまくやらなくちゃ。戀人さん、意外と虫に好かれやすいのね。まだ虫がいるみたい。急がなきゃ。もう記念日は明後日なの。まだ準備が終わってない。でも楽しみね。ねぇ、今どんな気持ち？

十二月二十五日

今日は彼と会うの。どんな服を着ようかしら。彼、喜んでくれるかな。彼に会う準備は整ったし、もう行かなきゃ。ギリギリ間に合ってよかった。この姿を見せるのは戀人さんだけよ。特別だもん。それじゃあ行ってきます。

女は鼻歌混じりに上機嫌で部屋を出ていく。彼女のイヤホンからは楽しげな男性の声が聞こえ、彼女はおもむろにスマホを操作した。きれいにネイルを施した指先が、ＧＰＳを起動させる。目的地を定めると彼女は唇を弧に描き、歩き出した。

目的の愛しい男を見つけると、彼女は満面の笑みで駆け寄り、言葉をかけた。

「こんにちは。はじめまして、愛しい人」

　二月十四日、某所にて連続殺人事件容疑者逮捕。被害者は香山（かやま）戀人(二十代男性)

なお、彼女はその他にも三人殺人の容疑がかかっており、現在も捜査中である。

上記文章はすべて彼女の手記である。