聖なる愛
柴深雪
愛に殺される
愛が欲しかった。私はずっと愛が欲しかった。そのために、努力を惜しまなかった。
好きなあの子のために、毎日一緒に遊んだ。
大好きなあの子のために、毎日ご飯を作った。
愛しいあの
「お前といると疲れる」
どうしてそんなこと言われるのかわからなかった。私は愛しい
「ねえ」
「……」
「ねえったら」
「恋人の話くらい聞きなさいよ!」
彼は、私をガン無視して洗い物をしてる。お皿に向かって何をぶつぶつ言っているのかしら……。
彼は
戀人は少し無愛想で、お喋りじゃなかったけど、はじめて私を「重い」なんて言わなかった。いつも、私の愛を少しはにかみながらも受け止めてくれた。そんな彼が大好きだった。いえ、今でももちろん大好きよ。ただ、最近ちょっと様子がおかしいのよ……。
以前は、私の行動なんて気にしなかったし、電話とかLINEも少ないくらいだった。今思うと、私の方が頻繁にしていたくらい。
でも、最近はまるで性格が逆転したみたい。外出の際にはどこに行くのか絶対聞かれるし、少しでも返信が遅いと、鬼のように電話がかかってくる。
嬉しいとは思ってる。でも過剰でちょっと怖い……。”愛されてる”ってわかるけど、突然のことだから正直、戸惑いを隠せない。それに目下の問題は、彼が何でもやってくれるおかげで、私が彼に尽くせないこと。今度こそ、じわじわと胃袋を掴んでやろうと思ったのに。
そんな彼を、恨めしく思いながらじっと見ていると、彼が顔をあげた。
「なぁ、今日の夕飯何がいい?」
呆れた。
「さっきお昼食べたのにもう夕飯の話?」
「今聞いとけば、あとで一緒に買いに行けるだろ」
「グラタンにしようと思ってたけど。たまには私が作るわよ。もう材料だってあるわ」
ちょっと得意気に言う。
「でもお前、疲れてるだろ? 最近忙しかったって言ってたし」
まずい。このままだと今日も尽くせない。それは嫌。
「貴方のためだったら苦じゃないわ」
あ、すごく不満げな顔。よっぽど私に作らせたくないのかしら。でも私だって、戀人のために尽くしたい。クリスマスも近いし、何かしてあげたいの。そう思ってると、彼はしょうがないなという顔をした。
「わかったよ。今日は君に任せる。でも、二十五日は俺が作るからな」
それを聞いて、私は二つ返事で了承した。やったわ! うんとおいしく作らなきゃって思った。その時の彼の表情なんて、見えてなかった。
※
その日の夕食は、予定通りグラタンとなった。
久しぶりに台所に立てて、すっかり上機嫌の私は、彼が私の手料理を食べる姿を見て、大満足だった。
いつも通り、はにかみながらご飯を「おいしい」と言って食べてくれた。これよ。この顔のために生きてる。
それからしばらくは、当番制にして家事をした。彼が家事が好きだなんて、少し意外だったわ。でもなんだか、まだ不安があるの。
私が当番の日の、彼の目線がすごく怖い。どうして? 普段はとても優しい彼が。もしかして、私の料理が嫌いなのかな。いいえ! 残さず食べるし、いつも感想を言ってくれるわ! でも……我慢していただけなら……? そうよ、そうじゃなかったら、わざわざクリスマスに自分が作るだなんて言い出さないわ。
ひどい。ひどいひどいひどいわ! 私を裏切ったのね‼
※
クリスマス当日、私はある決心をした。
夕食の時に、正直に最近の行動の理由を聞くの。少し怖いけど、今後の私たちのためだもの。
ある程度お腹が満たされてきた頃、私は彼に例の話を切り出した。
「今日のごはん、とってもおいしかったわ。でもね、一つ貴方に聞きたいことがあるの」
「……何」
「最近さ、よく家事をしてくれるよね」
「……そうだね」
「最初は純粋に、嬉しかったの。でも、私だって貴方のために色々してあげたいし、突然の事だったから、なんでこんなことしてくれるのかわからなくて」
「君が……大切だからね」
歯切れ悪い。なんなの。
「もう! 本当の事言ってよ! 私の作る料理がおいしくなかったんでしょ⁈ 他の家事だって、私のやり方が気に入らなかったんでしょ⁈ ちゃんと言葉で言ってよ! 言ってくれなきゃ直すこともできないじゃない!」
彼の返事に我慢できなくて、とうとう言った。だって私たちのためだもの。思ったことは、はっきり言わなくちゃ。
私は満足げに戀人を見た。その表情に凍りついた。
笑っていたのだ。彼はまるで、小さい子のわがままを聞くかのように笑っていた。その表情に困惑し、また、怒りが込み上げてきた。
「なんなの! 人の訴えを半笑いで聞くなんて、ふざけてる! どうせ私の行動を陰で笑っていたんでしょう⁈ 貴方は私の事なんか愛してないんだわ!」
叫んだ直後、彼から笑みが消えた。
「俺はそんなこと思ってないよ。あーあ、何も気づかず、かわいい彼女のままでいれば良かったのに。君はずっと【愛】が欲しかったんだろ? 俺は【愛したい】んだ。自分の持ちうる全てで、君を【愛したい】。まさに理想的じゃないか! 俺たちは運命だったんだ。互いを理解しているし、何より利害が一致してる。君もそう思うだろ?」
何を、言っているのだこの男は……。初めて彼が多弁な姿を見たが、それ以前にこの男はなんと言った? 愛したい? 本当にそれだけか?
「……いいえ。おかしいわ。だってそれだけなら、毎日何処に行くか、聞いたりしないわ。私、知ってるのよ。私のスマホチェックしてるでしょ」
彼の目から光すら消えた。私はさらに焦る。
「それも全部、君のためだよ。君を守るためだ。何度も言うが、俺はただ、君を【愛してる】だけなんだ。信じてくれ」
そう言って彼は私の手を取ろうとした。
パン!
私は思わず、彼の手を払った。
「嘘よ……。信じられない。そんなの愛じゃないわ」
おかしい。この男が言う【愛】とはなんだ。私には理解できない。今、彼の手を取ってはいけない気がした。
「ねえ、もう寝よう? 今日はちょっとお互いに飲みすぎたんだよ」
そう言って部屋に戻ろうとした。いきなり強い力で左腕を掴まれた。自分の骨が、ミシミシと軋むのがわかる。
「逃がさないよ。今度こそ一緒になれると思ったのに。君は、どうして最期には勘づくんだろうね? またやり直しだ。次の”君”は従順だと良いな」
勘づく? やり直す? なんの事? 怖い。
「狂ってる。あんたのそれは愛じゃない! 狂気だ!」
私は、歯が震えるのを必死で我慢しながら言った。
だが、ふと気づいた。そうよ、こうすれば良かったのよ。私は笑みを浮かべた。
「でもやっぱり、そんな貴方も愛してるの。大丈夫、今度は私が、本当の愛を教えてあげる」
私は、ポケットに忍ばせていたナイフを取りだし、彼の首元に当てた。
「貴方の言う通り、次の”貴方”はきっと素敵だわ。でも私はまだ一緒にいたいの。だから、ね? 私の言うこと聞いてちょうだい?」
笑った。戀人は掴んでいた私の左腕を離し、私の大好きな笑顔を見せた。
次の瞬間、お腹が熱くなった。だがそれはやがて痛みに変わり、血が流れ出した。
腹部には熱と痛みが混在し、冷たい鉄が内臓深く突き刺さっているのがわかる。
右手にあったナイフはいつの間にか奪われ、彼はいつもと変わらぬ笑顔で私を刺したのだ。
消える、消える。戀人を愛すための私の全てがなくなってしまう。どうして? ただ愛してほしかっただけなのに。
運命だと思った。寡黙で優しい彼はまさに理想だった。こんなことなら、こんな話するのではなかった。
薄れゆく意識の中、彼がいつもと変わらぬ、あのはにかんだ笑顔で私を見下ろす姿が見えた。
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