第28話 サンズ・オブ・マキーフ

 ─ラビリンス第三界層 『燻りの炭鉱』 赤砂の台地


 冒険者たちは足早に目的地へと向かっていた。

 場所は第三界層から6kmは離れている。

「奴らがキャンプから転移魔法か何かを使ったにしろ、痕跡が残るかしら!」

 出発前にアナスタシア・ローゼンから言われたこの言葉をシャルルは反芻していた。実際にアナスタシアはその痕跡を辿っているようで、ミコやシャルルにもうっすらとそれを認識することが出来た。

 周りを見るとボタ山─炭鉱での作業から生まれた廃棄物を集積したもの─が数多くあり、恐らくここも以前は鉱山として扱われていたことが分かる。

 しかし、炭鉱夫の姿は見えない。恐らく何らかの事情でここは閉鎖されているんだ。とシャルルは推測した。


 酸化鉄の混ざる砂地は熱を帯びており、踏みしめるだけで靴の底から熱さを感じさせる。

 嫌な感触をこれでもかという程味わった時、先頭を走るアナスタシアの足が止まった。


「2人とも、上を見るかしら」

「うえ?」

 人間二人分の全長はあるハルバードが上空を指した。天井は地下世界故に暗く、先が見えない。その黒いキャンバスの上に、僅かな赤い火花がまるで自由意志を持っているかのようにチラチラと遊んでいた。

「なんですか?あれ...」

「あれはラビリンスに潜る冒険者用の救難信号魔法かしら。たしか、正式名称は...」

「敵性反応信号魔法第3種だな」


 シャルルにはあの魔法が見覚えがあった。そしてその正式名称も聞かされていた。

「てき、なんて言ったのかしら?」

 アナスタシアはキョトンとした。彼女はこの手の細かい事は頭に残しておかないタイプらしい。


 打ち上げられた火花の魔法は、彼女達の会話の最中にいつの間にか消えてしまっていた。


「まあいいかしら。奴らの居場所の目星が着いたかしら」

 アナスタシアはそう言うと、ハルバードの先端を真っ直ぐ正面へと向けた。刃の先には、標高およそ200mの丘がそびえ立っている。

 丘は中腹からスッパリと横から切られており、横幅の広い所も合わさってまるで切株のような佇まいだった。

「ふん…」

 旅団長は鼻を鳴らした。

「ミコ、シャルル、わざわざ向こうから出向いてくれるかしら」


 呆れたように呟き、彼女はこちらを見ながらハルバードを下ろした。

「うん」

 シャルルも魔力感知で気づいた。

 遠くの方で、土煙が吹き上がっている。それは徐々にシルエットが大きくなっていき、こちらへ近づいて来ることが分かった。

「デザートパンサーかしら。構えてっ!」



 ─ラビリンス第三界層 『燻りの炭鉱』 監視施設


「アナスタシア・ローゼン。知っての通りだとは思うが彼女は遅くとも来年度には師団長に任命されるだろう」

「率直に聞く。あいつはどれくらい強い?」



 アンクは硬く真っ直ぐと張った木製の椅子に、足を広げて前かがみになりながら話した。

 歳のせいか腰に囁くような痛みが響いている。この部屋は応接室とは名ばかりでさっさと客人を追い出したい部屋なのだろう。アンクは心の中で愚痴った。

「ふぅン、奴と俺は腐ってる縁がある。だがその実力は地上生活の長いお前らの方が正確に測れるんじゃないのか?総合評価だって確認出来るだろう」

 アンクとは対照的にベアトリスはふかふかのソファに沈んでいる。こちらも応接室にあるべき品格と厳格さなど持ち合わせていないと主張するかのように、詰め込まれた綿が師団長をリラックスさせている。


「いや、単純な、疑問だ。彼女についてのだ。本当に強いのかどうか…」

 紺碧の師団のメンバーである彼は一呼吸置いた。そしてさらに続けた。

「数週間前の魔救の師団の副師団長の反乱…『ゲイル・ドゴールの乱』で、紺碧の師団おれたちは壊滅した。地上じゃ損害は一時的な静養を要するもの、と扱われてるが実際はもっと酷い」

 アンクが苦々しく話しているのを尻目にベアトリスは痺れを切らしたように口を挟んだ。彼女はせっかちだった。


「話の流れが見えねえ。結論をさっさと言え。お前らの雑魚っぷりエピソードを聞いて同情でもして欲しいのか?せいぜい数万の魔物相手に、みっともなくくたばるようなお前らの話をか?」


「小娘!お前はあの戦場を知らないッ!」

 アンクはガタンっと椅子を揺らした。


 若き師団長ベアトリス・ハルトマンはゆったりとソファに沈んだまま、右手だけ真っ直ぐアンクの方へ向けていた。

 その手には青く魔力の光が宿っており、傍に立てかけていた剣もひとりでに男に刃を向けていた。

「変な気は起こすなよ」


 アンクは今にも机越しにいる師団長の首を絞めに行きかねない形相だったが、身体は必死にそれを抑えている。

「ぐっ…あの時、襲って来たのは魔物だけじゃない…ゲイル・ドゴールもこちらに攻撃をしていた」


 少しだけ沈黙が流れた。ベアトリスは既に右手を下ろしており、刀も静かに元の位置に立てかけられていた。

「ゲイル・ドゴール本人が?」


 ベアトリスはようやくアンクの話に興味を抱いたようで、背筋と腹筋に少し力を込めて姿勢を正した。

「やつが現れたんだ。遠距離からの『魔力炸裂演算魔法』だ。かつて『爆炎の英雄』が使用したとされる、『アレ』の模倣だ」


 師団長は意外そうな顔をした。

(聞いていた話と違うな。ドゴールの野郎が魔物と一緒に襲撃していたとは…やはり上も上で都合の悪いことをひた隠しにしてンだな。)


 いや、今気にするべきはそれじゃないな、とベアトリスは切り替えた。

「ふん、理解した。お前ら紺碧が副師団長一人にいいようにされたって不幸自慢は聞き飽きた。何が聞きたい?」


「お前は忘れているな、ハルトマン」

 アンクは静かに言った。アナスタシア・ローゼンについて師団長と自分との間に理解の差があるらしい。


「アナスタシア・ローゼン率いる沈黙の旅団、それに『暗月』と『烈風』は、そのゲイル・ドゴールの死体を持って帰ってきたんだぞ」



 ─ラビリンス第三界層 『燻りの炭鉱』 赤砂の台地


 痛烈、一閃。

 シャルル、ミコ、アナスタシアの臨時パーティは瞬く間に魔物【デザートパンサー】を一掃していた。

 起きた出来事を正確に述べるならば、派手に砂塵を巻き上げながら突進してくるデザートパンサーに対して、身を低くして気配を完全に消したシャルルが『重力拘束魔法』を術符から放ち、砂地に平伏す魔物に対してアナスタシアとミコの両名が蹂躙していったのだ。


「ふぅ。この界層でもまだコレが通用するか」

 シャルルは砂で汚れた髪を手で払った。そして向こう側─主戦場となっていた方向─に声をかけた。

「アナスタシア!やっぱり強いな!」

 シャルルは珍しく人を褒めた。シャルルが14歳として生まれ変わって以降、人を褒めたのはミコ以外では初めてだ。


「あら、あなたがそんな甘い言葉吐くなんて珍しいかしら」

 3人は合流し、息を整えた。ミコは2人の会話を聞きながらニコニコとこぼれるような笑顔でいた。

『黒い沈黙』という2つ名を持つアナスタシア・ローゼンは2人を促しながら、再度行方不明の仲間を目指して歩き始めた。

 アナスタシアは自分より何歳か年下の冒険者がきちんと着いてきてるのを確認しながら、戦闘中気になっていた事を心の中で漏らした。

(やっぱりこのシャルルという少女、あたくしの魔力検知にどうやっても引っかからない…天賦の才か、何かスキルを使っているのかしら?)


 …

 ……

 ………


「不味い!強化デザートパンサー部隊がやられた!」

「ハア?つい5分前にここから出たばかりだろう」


『遠目』のスキルを使用していた見張り員は台地に埋め込まれるアジトの監視塔で汗をタラタラと流していた。

「やばいぞやばいぞやばいぞ!!もうここに来ちまうかもしれん!」

 両手を上げて相方に対して涙目で訴える男に対し、もう一方の男は冷静だった。

「なに、落ち着けって。俺達『魔救の息子達サンズ・オブ・マキーフ』がたかだか3人の冒険者に…」


「『地塊よ、隕鉄の如き質量をもって─彼の者を討ち滅ぼす槍となれ』岩石砲」


 空気を切り裂く高音が奏でられる。握りこぶし程の大きさの塊が、己の語りに集中するあまり警戒を怠っていた男に背後から襲いかかった。

「ヒュっ…」

 岩の塊は初速130km/hのスピードで、正確かつ無慈悲に男の首と、そこに内包している頚椎を砕いた。

 今の今までこちらに話をしていた仲間がベロをだらんと出しながら倒れ込んでくる。

 汗を滝のように流していた彼には状況が理解出来なかった。だが愚鈍な彼が理解する前に、次の塊が飛んできていた。


 監視塔の近くまで来ていた金髪の冒険者、シャルルは完全な詠唱を以て2人の冒険者を無力化した。

 正確に言えば、一人は死んでいるか、今後冒険者として生活できないレベルで無力化し、もう一人も最初に倒した冒険者と違って状態が定かではないが、ともかく気を失って倒れていることは確かだった。

 彼女はレベルが上がったことによって魔力の流れを、そして4日間の休日の時間で自己研鑽したことによって土属性の魔法について理解が深まっていた。


「…完了か」

 シャルルには『任務』があった。

 このラビリンスの調査と、このデアルンス国の国家戦力として扱われる冒険者の抹殺だ。


 不幸なことに、シャルルは人間を殺すことに抵抗はなかった。

 殺さなければこの世界では生きていけないことに『一回目の転生』の段階で嫌という程味わってきた。


「ミコ、アナスタシア」

 シャルルは少し後ろで待機していた2人に合図した。彼女たちはシャルルが見張り兼門番を排除するまでに、このアジトの侵入経路を遠目から探りに別行動を取っていた。


「首尾はどうだった?」

「ウチの方は特に何も無かったですぅ」

 ミコは申し訳なさそうに舌を向いた。柔らかな頬がぷるんと弾みながら同様に下を向く。

「あそこの井戸の近くに通気口があったかしら」

 アナスタシアは左の方を指さした。かつて炭鉱労働者が渇きを潤すために殺到していたであろう、枯れた井戸の近くの壁、この部分に粗末な格子と空洞があった。


「よかった、正面突破はせずに済みそうだね」

 シャルルのプランは以下の通りだった。

 魔力感知に引っかからないシャルルが単騎で監視塔まで向かい、見張りを無力化ないし注意を引きつける。

 その間にミコ、アナスタシアの両名は本来監視塔の視界に晒されるアジトまで接近し、侵入経路を探る。

 なお、攫われたルリとフローレントの早急な保護を念頭に、探索範囲をこの丘で最も人工物の多い正面入り口側で絞っていた。

 そしてもし2人に成果がなくとも、門番を兼ねている見張りには定時連絡の任務があるだろうと推測し、無力化したことでいつかあの正面の扉が開かれると読んでいた。


(結局杞憂だったな。)

 シャルルはそう思いながら、通気口の格子を取り外し先行して入っていった2人に続いて行った。


 ─『儀式』完了まであと2時間─


 続く。

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二度目の転生をしたがロリにされた俺、ラビリンスに潜る テラ生まれのT @schlieffen_1919

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