第27話 黒い沈黙
─ラビリンス第三界層『燻りの炭鉱』サーベイランサー
第三界層におけるラビリンス・キャンプに付属する形で監視施設は存在している。
ラビリンス『上層』における最終地点のためにここで滞在する冒険者も多く、監視施設は自然と行政の機能も兼ねるようになった。
だが、それは行政施設と言うには余りにも空気は重苦しく、街からはどこか隔絶している感が漂っている。
ガタガタと音を立てながら敷地への門が開く。護衛の任に着いていた冒険者達はここで待たされ、荷車と共に監視施設へと向かったのはギルドの職員とアンクだけだった。
「あれ?あれ?」
少女の声がする。困っているようだ。
「ルリさん?どうかしましまか?」
ミコがすぐさま声の主の居場所を特定した。その少女はルリだった。
「兄さんが、いないの⋯街へ来た時はいたはずなのに⋯きゃあっ!」
弱々しい声でミコに話していたルリは急に訪れた地鳴りに声を上げた。
第一界層で体験したそれより振動も音も大きい。
周りの冒険者からもどよめきが聞こえてくる。
「なんなんだろう、なにかの予兆なのか?」
シャルルが口に手を当てて考えていると、ルリが急に駆け出した。
「兄さん!」
この地鳴りにいても立ってもいられず、自らこの街に兄を探しに向かったのだ。
「あっ、ちょっと!」
ミコの脇をルリが通り抜ける。それを見たシャルルは咄嗟の判断を下した。
「ミコ、追いかけよう。あいつを一人にさせるとまずい!」
(なんだか嫌な予感がする…!)
シャルルとミコも駆け出した。
…
……
………
「それで」
と、ベアトリスは長いブーツを履いた足を組み直した。
「どういう風の吹き回しでこんな所へ来たんだい。しかも、『紺碧』んとこの奴が」
「………」
その話し相手はアンクだった。彼はなかなか質問には答えなかった。ベアトリスはつまらなそうな顔をしてまた口を開いた。
「まあいいさ、『紺碧』は師団長以外が尽く悲運に見舞われたと聞いている。フッ、地上に居すぎて錆び付いちまった、眠れる獅子かね」
「黙れ!ルーキーが!今日は『紺碧』の一員じゃなくギルドに依頼された冒険者として来てんだ」
意地悪くニヤリとした、監視施設を護る師団長に対して、アンクは噛み付いた。
「今日来たのは…ラビリンス内の冒険者殺しと……『銀翼』についてだ」
後の方に出た銀翼、という言葉を聞いて流石のベアトリスも姿勢を正した。
(『内戦』で冒険者側として戦ったメンバーにしてそのナンバー2、銀翼…)
「銀翼なんて、俺がここで居着くようになってから銀翼のぎの字も見たことないが。本当に実在するのか?」
片目を完全に覆う前髪に加えて制帽を被る彼女はその影から瞳を覗かせた。
一方で先程までバカにされていたアンクもやっと落ち着きを取り戻した。
「ああ。5日前、インテールで銀翼が目撃された」
「!」
ベアトリスは目を見開き、そっと無意識にソファの横に立て掛けていた剣を触った。マジでいたか。伝説が。
そう思ったベアトリスは今年で18になる。生まれも育ちもインテールの彼女は当然、幼い頃にあの内戦を経験している。
「へぇ。それで…なるほど。言いたいことが分かった」
理解の速さにアンクは少しイラつきが収まった。
「そいつは良かった。で?どうだ」
ベアトリスは己の役職からアンクの問いたい事が分かっていた。
「俺はラーベイランサーの所長として毎日欠かさず第四界層へと繋がる穴…『アームズ・ホール』をチェックしているが、その銀翼らしき人間は見ていない」
アンクはその答えに表情は変えなかった。想定内の答えだったからだ。
「そりゃそうだろうな。長年姿を見せなかった師団長がそう易々と見つかるわけねえ」
そういえば、とアンクは話題を変えた。
「お前はあいつを知ってるか?あのーなんて2つ名だったか」
「あ?」
ベアトリスは少しの間その人物が分からなかった。が、例のように直ぐに理解した。
「…ああ、今日物資を運んできた輸送隊の護衛の。確か『烈風』と『暗月』だったか?詳しくは知らないが」
「違う違う。お前の同期か1つ下の…確か、黒い何とかっていう。バカでかいハルバードを持ってる」
師団長はニヤリとしてまた足を組んだ。ほう、あいつのことか。それならよく知ってる。
「『黒い沈黙』か」
─ラビリンス第三界層 ラビリンス・キャンプ
2人の冒険者は1人の冒険者を追っていた。が、妙に入り組む形で構成されているこのラビリンス・キャンプは獲物が逃げるには十分だった。
しかも現在は地上時間で18時過ぎで、腹を空かせた冒険者─その実、炭鉱労働者と化しているが─が拠点であるキャンプへ帰ってくるのもあって混雑している。
「はあっ…はあっ…見失ったっ!」
「はあっ…そうですねっ…」
シャルルとミコは珍しく肩で息をした。逃走者ルリ・リリリカの敏捷のステータスは凄まじく、速度には比較的自身のある方のシャルルとミコすら追いつくことは叶わなかった。
「シャルルさん、『魔力感知』はどうですか?」
「ダメ…はぁ…ふぅ。ここは余りにもノイズが多すぎて絞れない」
ミコからの質問に対してシャルルは息を整えながら答えた。
魔力感知、あるいは魔力検知と呼ばれるこのスキルは冒険者であれば誰しもが潜在的に備え、一定以上のレベルとなれば差はあれどスキルとして開花する。
その原理は微弱な魔力を一定範囲に放出し、そこに自身と別の魔力やそれに準ずるものがあれば『反応』として返ってくる。言ってしまえばソナーのようなものだ。
冒険者によって魔力感知のレベルは様々だが、シャルルのそれは『反応』から対象が人間かどうか、そしてある程度の背丈がわかるものだった。
「とにかく、多分こっちのほうだ」
「そうですね!あそこを曲がった辺りdぶぅ!」
疲労にまみれ、しかも遠くの方を見ていたミコは横の道から現れた身体に思い切りぶつかってしまった。
通路から人間が現れる。女性は完全に2人に気付いていなかった。
「ごめんなさい!!って、あなたは!」
ミコが頭を下げた。そして顔を上げると驚愕した。
「!...ごきげんよう、久しぶりかしら」
シャルルとミコは思わぬ再会を果たした。その人物は長いブロンドの髪をなびかせ、縦ロールも備えている。
「アナスタシア!」
…
……
………
3人の冒険者は並んで少し早歩きで進んだ。
「アナスタシア、審判の時以来だね。あの時はありがとう」
「いいえ、気にしなくていいのかしら」
アナスタシアは巨大なハルバードを片手に持ちながら冴えない表情で答えた。
「元はと言えば、あたくしの仲間が襲われていたのが原因だったかしら」
「そういえば、リディアさんはどうしたんですか?あと、盾を持った方も…」
ミコは周囲を見渡し、今この場にいる『沈黙の旅団』がアナスタシア1人だけであることを確認した。アナスタシアはより一層顔が曇った。
「リディアは、襲撃で精神的に病んでしまったかしら。あなたたちが助けに来る前に、強力な錯乱魔法と『真実を吐き出す呪い』を…」
アナスタシアの話によれば、3人しかいない沈黙の旅団の、魔法使いとしてアナスタシアを支援していたリディアは現在療養中だという。アナスタシアは彼女に最大限のサポートを約束したものの、リディアらパーティの足でまといになるとして固辞した。
「それじゃあ、リディアはもう…?」
「ええ、旅団を抜けたかしら」
「そうか…」
3人の間に嫌な沈黙が流れた。その気まずい空気の中で口を開いたのはアナスタシアだった。
「フローレントは、あのカタコトの大盾の騎士だけれど、昨日この界層に来てから急に『消えた』のかしら。だから今こうやっているのかしら」
(アナスタシアも人探しをしているのか)
とシャルルが感じた瞬間に、彼女に電撃が走った。男性の神隠しには覚えがあるのだ。
「奇遇だね。私たちもそうだ」
シャルルとミコは事情を話した。
…
……
………
「ふむ、そのルリという人物を探してみるかしら」
シャルルは沈黙の旅団のパーティリーダーを務める実力者に、魔力感知のスキルを頼んだ。
いくらシャルル達がレベルが上がったとはいえ、アナスタシアのレベルは5だ。対してシャルルとミコは3である。
(旅団長クラスの魔力感知スキルなら、或いは…!)
シャルルは内心そう思いながら頼んでいた。
「...これはっ…!」
ピクっとアナスタシアの身体が反応する。
ハルバードをもつ彼女の手が一瞬開きかけた。が、直ぐにその無意識下の理性によって手は握られた。冒険者にとって動揺という己の精神的都合によって自ら弱みを露にする行為は死に等しいのだ。
「どうした?」
シャルルからの問いかけを他所にアナスタシアは口元を歪めた。
「シャルル、良いニュースと悪いニュースがあるかしら。あなたのお友達は恐らくフローレントと一緒かしら」
「マジか」
シャルルは不思議な顔をした。彼女もまた動揺し、そして期待に応えてくれた喜びとで心は二分されていた。
「悪いニュースは…今この瞬間に攫われているかしら。しかも相手は『転移』の術式を使えるレヴェルの相手かしら」
灼熱の第三界層に温く嫌な空気が流れる。ラビリンス・キャンプ全体に貼られている結界の副次的効果によって、空間内の温度は幾ばくか調整されているのだが、それによってシャルルとミコらは背中に脂汗が流れるのをまじまじと感じている。
ルリ・リリリカは誘拐されてしまった。
「.....ふん」
豊かなブロンドの髪を持つ旅団長は不機嫌そうに先程自分で発見したルリ・リリリカ、そして自分の仲間の行方に対して鼻を鳴らした。
「取り返しに行く。シャルル、ミコ、協力してくれるかしら?」
彼女の提案に対して、ミコはすぐさま賛成の声をあげた。
「行きましょう!ルリさんも、そのお兄さんも、フローレントさんも助けましょう!」
その声に対してシャルルは対照的に反対意見を述べた。
「確かここには監視施設に師団長がいるんだよね?その人にまず協力を仰いでからじゃ...ってうわ!」
体躯の豊かではないシャルルはその細い身体を急反応させた。
アナスタシアが余計に不機嫌そうな顔になってハルバードに力を込めたのだ。刃の先端から彼女の魔法の属性である闇の光がゆらゆらと揺れめいている。
「悪いけど...アイツには頼りたくないのかしら!」
「OKOK分かった...」
どこまで格上の相手でも物怖じしないシャルルもこの時は─相手のレベルが、という訳ではなくその圧に負けて─弁えることに専念した。
...
.....
.......
─ラビリンス第三界層『燻りの炭鉱』赤砂の台地 地下
男が3人、暗がりで会話をしている。そこは天井がアーチ状に湾曲しており、奥へと長く真っ直ぐ続く通路だ。
彼らの話題はこの砦へと猛烈に襲撃を仕掛けて来ている冒険者らについてだった。
「トリスタン様!あの魔力反応は、
弱々しく声を震わせた一人は、監視役を務めていた若手だった。彼らは第三界層のキャンプから6kmほど離れた位置にある、比較的平坦な土地にずっしりと構えられた台地をアジトとしている。
「同志ヘンゼルよ、臆したかね?」
3人のうちトリスタンと呼ばれたもう1人が、先程ヘンゼルと呼ばれた若手の冒険者の肩をぎゅっと握った。
「ひぃっ!」
ヘンゼルの顔が恐怖で引きつった。肩を握る男は背丈はあるもののやや肥えており、薄暗く魔鉱石の灯りも微かなこの空間ではその丸っこいシルエットしか分からなかった。しかし、片目に付けたモノクルから覗き込む青白い瞳だけはヘンゼルは辛うじて認識していた。
「強化デザートパンサー班を出しておきなさい。我々は今儀式で手が離せないことを理解しておくように」
とトリスタンは言うと、3人目の男の方を向いた。彼は雇われの身の傭兵であり、冒険者でもデアルンス国の人間でもなかった。
「ところであなたの用件は?」
「アん、街で人間を攫ってきた。儀式とやらにいるんだろ?」
彼は口に飴のようなものを含んでいた。その姿勢や口調から、彼の仕事ぶりは決して精密なものでは無いということが物語っていた。
「ちゃんと、人間の青年を連れてきたのか?同志ネルサ」
ネルサという傭兵からの報告はさして重要ではなくトリスタンも流すように答えた。
「あ、...いや、少女スよ」
トリスタンは大きくため息をついた。儀式に少女は必要ではない。加えてトリスタンや彼の仲間は元々の教義として女を抱くという行為も禁じていたのだ。
「同志...貴公は最初に説明した話を忘れているようだ。記憶領域が欠乏していると見える。駄賃を追加でやるからちゃんと仕事をしたまえ」
懐から手のひらに収まる程度のサイズの金貨を一枚見せて傭兵に受け取るようジェスチャーをした。
「へへっ旦那は分かってるでないの!元々の安い賃金じゃケツも拭けねェっての...ぐうぅっっ!!!!」
ネルサは金貨を受け取ろうとした。
トリスタンは金貨を手に押し付け、数秒後に離した。彼が手を離した途端に、ネルサは倒れ込んで苦しみだした。
「ど、どうしたんだ!?」
ヘンゼルと呼ばれていた男が顔を汗まみれにしながら慌てふためいていた。
『魔法の救いと共にあらんことを』」
トリスタンはその言葉だけを残して既に砦の奥へと向かうために背を向けていた。
「グルルルルルルフッ!」
「うわぁっ!」
ヘンゼルが目を離しているうちに、足元にデザートパンサーが一匹現れていた。
その獣は誰かに命じられたように、砦の外へと向かって駆け出していた。ヘンゼルがその行く先を見ると、獣の群れが新たな仲間を待っていたのだった。
─ラビリンス第三界層 『燻りの炭鉱』 赤砂の台地
続く
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