第26話 第三界層へ
─ラビリンス第一界層『狭間の森林』
第三界層まで荷物を運ぶ旅は続いていた。
各自がこの旅に妙な違和感を抱きつつも、旅自体は進行している。
「急にどうしたんだろう」
シャルルは前方から歩いてくるギルドの職員を見つけた。
彼女は荷車ごとに存在している護衛部隊にそれぞれ話をしている。最後に最後方シャルルたちの所へきた。
彼女の顔は相変わらず楽しそう─少なくともシャルルから見れば─な顔をしていた。まあ、悪い話ではないのだろう。きっと。
金髪の冒険者がそんなことを考えていると14番窓口の職員は護衛部隊と並走するように横に着いた。
「これから第二界層へと入りますよ!」
職員は朗らかに言った。
えっ、とミコは声を出した。シャルルとミコは同じことを感じていた。
「第一界層から第二界層までのルートって複数あるんですか!?ウチ知らなかったです」
ミコは口をあんぐり開けていた。その顔を見て満足そうに職員は続けた。
「もっとも安全で、移動距離の短いルートはカウリバルス様もご存知の連絡通路⋯通称修験の道です。しかし、あの道は非常に狭く今回の行軍には適しません。そこで我々が向かうのは『
狭間の森林と呼ばれる第一界層は、最上層に位置するだけあって構造の分析は最も進んでいる。
第二界層への界層跨ぎの方法もいくつか見つかっており、ポビュラーなものは先程ギルドの受付係が述べた(シャルルとミコにとって苦い思い出のある)連絡通路だ。
一方でなだらかで長く、屈折しながら第二界層へ向かう回廊のような洞窟もあり、それが雪の回廊だった。ちなみに、界層主が復活して悪魔城も復活した当時この道は封鎖されていた。
「そのルートは敵が強いんじゃないのか?」
いかにもベテランそうな雰囲気のアンクが割り込んだ。年齢は30を超えており冒険者の歴も長いアンクとしては当然の認識だった。
「ええ。そうです」
受付係は落ち着いた様子で答えた。アンクは冷たい目でいる。
「ですので、皆さんご注意を」
「わかりました!」
なにか言いたげなアンクを尻目にミコは元気よく答えた。シャルルは黙ったままだった。
「なにか質問はありますか?─ああ、ちなみに、第二界層へ到達したとしても寒さは心配しなくていいですよ!そのまま地下へ入って第三界層へと向かいますので」
「!」
─ゴゴゴゴゴッ!
「きゃあっ!」
ルリの小さい悲鳴が向こうで聞こえた。
地鳴りにも似た重い振動が音を伴って響く。しかしそれは一瞬で収まった。
「なあ、これダンジョンごと崩れたりしない⋯よな?」
シャルルは冷や汗をかいた。こんなところでこんな死に方はしたくない。
「安心してくださいカウリバルス様。ラビリンスが出現して14年、未だそのような崩落事故は確認されていません」
シャルルとミコはほっ、と一息ついた。
「我らギルドが確認していないだけかもしれませんが」
若い冒険者たちは背筋が凍りついた。
⋯
⋯⋯
⋯⋯⋯
─ラビリンス第一界層『狭間の森林 雪の回廊』
隊列は地鳴りのことは歯牙にもかけず予定通り雪の回廊へと入っていた。
冷たさも感じながら、青く光る魔鉱石を頼りに隊列は進んでいく。洞窟は広く、中央には第一界層の森林から流れてきた水が川となって流れている。
「そこらじゅうに魔物の気配がするね⋯ミコ、気を付けて」
シャルルは相棒に警戒を促した。ふたりともレベルアップに伴って魔力検知のスキルを有している。
だが、その心配は杞憂だった。何度か先頭、あるいは中央の護衛部隊へ魔物が飛び出して来ることはあったものの、隊列全体がストップして対処する程の自体にはなっていない。護衛部隊が列から何人か飛び出してまとめて処理をし、また戻ると行った流れだった。
さらにミコたち最後方の護衛部隊には敵が来ていなかった。
「第三界層ってどんなところなんですか?」
暇を持て余していたミコは今度は走り回らずに雑談をしていた。
「そうだな⋯端的に言うと、熱くて稼ぎ場所がある」
「稼ぎ?」
アンクの返答に対してシャルルが食いついた。返事の代わりにアンクは人差し指を見せた。
「第三界層まではいわゆる『上層』だ。つまり、ギルドの規定によってレベル2以下の冒険者がこれる限界がここだ」
14歳の冒険者ふたりが興味深そうに聞いているのを見て、少し満足気に目を細めてからアンクは話を続けた。
「あそこは『燻りの炭鉱』と呼ばれるだけあってあそこにはミスリルからアダマンタイトから地質を無視して色んなものが採れる。もちろん、このラビリンスでしか採れないものもな」
「なるほどね」
シャルルは足元にある石を蹴っ飛ばしながら理由を理解した。石はぼちゃんと音を立てて川へ飛び込んだ。
「どういうことですか?」
ミコはまだ理解しきっていなかった。
アンクの話によれば、第三界層で鉱石を掘ってそれを納品すれば相応の金貨と実績が稼ぐことが出来るのだという。
「だがそれだけじゃレベルアップするのに半年から長くて2年はかかっちまう。⋯情けない話だが、冒険者なのに炭鉱夫みたいになってるやつは大勢いる」
「それじゃあ、最初から冒険者じゃなくて炭鉱夫に仕事をさせたらいいんじゃないですか?」
アンクは両手を少し上げて開いていやいや、と肩をすくめた。
「いや、魔物が出てくるのは忘れちゃ困る。地上の炭鉱と違って魔物の強さも出現頻度も段違いだからな。冒険者にやってもらう方がギルドとしてもいいんだ」
それに、とアンクは続けた。
「あそこには町がある。地上程ではないがな。監視施設─知ってるとは思うが、レベル2以下の冒険者が下の界層へ行くのを防ぐ為の施設だ─があって足止めされる冒険者が多いんだ」
荷車はちょうど大岩を避けて通るところだった。その影からゆらりとなにかが現れた。
「っ!」
動体視力と反応速度に限ってはミコに劣らず、ミコより周辺を警戒していた彼女は、咄嗟に術符を取り出しシャムシールをいち早く引き抜いて影を目で追った。
しかしその影は予想外にも敵や岩ではなかった。
「人だ!」
驚きながら右手に持った曲剣をしまう。そしてばたりと倒れた人間らしきものに駆け寄った。
「シャルルさん!」
栗毛の冒険者も駆け寄ってくる。
暗がりの中でみなはようやくそれが人間であり、その顔を認識することが出来た。
「誰だ?」
「誰でしょう?」
14歳の冒険者ふたりは覗き込んだ。
どうやら冒険者ではあるらしい。身なりはぼろぼろで髭は伸び放題であった。上着の胸元に勲章の様なものを付けている。
「こいつは⋯!」
アンクはふたりを押しのけるようにして倒れた身体に近づいた。
「そいつを荷車に載せるぞ。まだ死んではない」
「で?誰なんだ?そいつは」
アンクによって荷車の端に載せられた男をちらっと見ながらシャルルは尋ねた。アンクは難しい顔をした。
「『魔救』の師団⋯師団長だ」
「はあ!?」
「えええええっ!?」
⋯
⋯⋯
⋯⋯⋯
─ラビリンス第三界層『燻りの炭鉱』サーベイランサー
所長、と声がする。
「地上からの物資が間もなく到着するようです。ちょうど今
「そうか、遅かったな」
ベアトリス・ハルトマン所長は事務作業を行いながら生返事をした。監視施設とは冒険者が想像するよりも仕事が多いのだ。その程度のことまで俺に言う必要は⋯あるか、一応。
自分に対してツッコミを入れたベアトリスに対して部下からの報告は続いた。
「それと、輸送隊の連絡係から妙な報告も入っています。『魔救』の師団の師団長⋯【魔救の伝道者】が見つかったと」
「魔救の?」
彼女は意識を事務作業から報告へと移した。羽根ペンを置き、目線を部下へ向ける。
魔救の師団。デアルンス国の陸軍が保有する12の冒険者パーティのうちのひとつだ。
師団、と呼ばれるパーティは、実力としてはその名の通り軍の戦術単位として最大級である『師団』に相当すると言われ、有事には主力部隊のひとつとしてカウントされる。
「例の外患誘致罪パーティか」
彼女は笑いを込めながら言った。どのような表情であったのか、部下からは分からなかったが、意地汚いものであるということは容易に想像できた。
「あいつらの処遇はどうなったんだっけ?」
「はっ!⋯たしか、地上からの噂では、『師団』としての役割を解任され、しかも一切の冒険者としての活動を凍結させられたと聞いております」
ぷっ、と薄紫色の髪をした師団長は吹き出した。彼女にとってその処遇はこの上なく『ざまあない』と言いたくなるものだったのだ
「ギャハハハハ!いい気味だなァ。─俺らが数年ぶりに新規師団として登録されたと思ったら、その2時間後に
「所長。例の師団長ですが、こちらで収容するということでよろしいでしょうか?」
彼女がひとしきり笑い終えると、部下がそろそろと尋ねてきた。ベアトリスは丁寧に笑い涙を指で拭き取りながら答える。
「そういうことになるだろう。あのヤローが野垂れ死のうと勝手だが、見つけて運んで来てるんだから仕方ない。⋯あとどれほどで着くと?そうか、俺はしばらく休むから、その旨他の連中に言っといてくれ⋯」
「あの!例の件と関係があるのでは⋯」
部下が声を上げたが急速にボリュームを下げて引き下がった。大きないびきが聞こえてきたのだ。
─ラビリンス第三界層『燻りの炭鉱』
第三界層の監視施設へ向けて出発した輸送隊は、既に目的地であるラビリンス第三界層『燻りの炭鉱』へとちょうど足を踏み入れたところだった。
隊列がようやく洞窟を抜ける。むわっとサウナのような熱風が全体に吹き付けた。
「うわっ!⋯げほっ、なんですかこの暑さ!」
熱風が口内を循環し喉にぶち当たったせいでミコはむせ返ってしまった。
シャルルの発見した思いもよらぬ人物─魔救の師団の師団長保護のニュースは、たちまち先頭集団のギルドの職員にまで伝わり、スピードアップの補助魔法を十二分に受けた伝令によって監視施設まで届けられた。
「あついあついあついです!」
ミコは鎧をパカパカさせて通気性の確保を図った。さらに髪も振って籠る熱を逃がした。
うだるような熱がそこかしこから発せられる。自然は非常に少なく、含有する酸化鉄によって赤土色となった地面、壁からは時おりフシューと水蒸気が吹き出しており、さらに溶岩を思わせる紅い光が見える。
界層自体は非常に広く勾配もなだらかではあるものの、落石で出来たような大岩が点在しており、鉱石がくっついているのか、あるいは地表より下の土壌で堆積している土によってまばらに黒く染まっている。
(まるで火山地帯のようだ⋯硫黄臭は⋯不思議とあまりしないな)
シャルルは辺りを見回して匂いを嗅いだ。鼻の奥に焼けるような風が入る。すぐにそれをしたことを後悔した。
輸送隊は進む。道の傍に佇むサボテンのような植物をゆうに10回ほど見かけたころ、丘が見えた。
「そろそろ着くか」
アンクが言った。
(ようやくか、昼からスタートして5,6時間と言ったところか?地上時間だと⋯もう真っ暗だな)
シャルルはミコからもらっていた時計を見つめた。彼女は転生前に日本の夏を経験している。まだこの暑さに耐えることは出来た。
ミコはというと暑さにやられ既に支給された水分を飲み干しており、ふらふらと歩いていた。雪の回廊から道と共に続いていた川は第三界層へ入るとさらに地下へと流れていったようで、水分を取ることは叶わなかった。
あからさまな人工物が見えたことに隊の冒険者たちは感激の声をあげた。目の前に柵と魔物避けの聖水が括られている。それがあるということはつまり、集落が近いのだ。
目線をさらに丘の上への方へ向けると、遠くに街が見えた。恐らく、監視施設もそこにあるのだろうとシャルルは推察した。
街へ入ると、シャルルとミコが思った以上の規模の大きさと人口の多さに驚愕した。
「うわぁ〜!シャルルさん!食べ物屋さんがたくさんありますよ!」
ミコの目は輝いていた。半分露店のように構えた飲食店が数多くならび、ちょうど
「ほんとだ。どうやって食料を賄ってるんだか⋯」
幾度も道を曲がり、ようやく塀に囲まれた雰囲気の違うどこか暗さを感じさせる施設へ到着した。
ここが、監視施設 サーベイランサーである。
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