第25話 護送船団

 ─ラビリンス第三界層『燻りの炭鉱』サーベイランサー


 息苦しくなるような熱風を吐くこのラビリンス第三界層『燻りの炭鉱』では監視施設がある。暑苦しいこの界層において数少ない人間が快適に過ごすことが可能な場所がここだ。

「14歳にしてもうレベル3になった奴がいる??」

 ベアトリス・ハルトマン所長が尋ねた。室内に置かれた椅子に長く伸びるように身をゆだねている。

「ああ。しかも地上の防衛戦闘に参加し、悪魔城の討伐にも加わったらしい」

 彼女の副官が答えた。

 ふーん。と彼女は両手を頭の後ろで組んだ。どんな子なんだか。俺より早く昇格してるのか。長いブーツを履いた足も組み、師団長は深く帽子を被った。


 シャルルとミコのパーティは、既に若手冒険者の中でも注目株となっていた。




 ─ラビリンス第一界層『狭間の森林』


 シャルルたちは、審判を終えてから地上の拠点でじっくりと休息をとった。彼女らがラビリンスへ戻ってきたのは審判から4日後のことだった。


「うわっまぶしいですね」

『システム』から烈風の月斬りという2つ名を貰っていた冒険者は手で光を遮った。

 狭間の森林は常に昼間のような明るさを保っている。

 シャルルも昇降機から現れた。休息を取れたおかげでいつもより金髪の艶が良い。

 2人は少し歩き、ラビリンス・キャンプ内にあるギルドの出張所のようなところまできた。

 以前までここにギルドの施設は無かったのだが、先日の悪魔城の一件でギルドは現地に拠点を作るという考えに辿り着いたらしい。


 そして彼女らは目当ての一団を見つけた。数はおおよそ20数人だろうか。冒険者、商人、その他見慣れない者たち。そこに見覚えのある顔を見つけた。

「どうもどうも!よろしくお願いしますよ!フルフドリス様!」

「あなたは…」

 ギルドの14番窓口にいるエルフ耳の職員だった。ミコは意外そうな顔をした。

「ギルドの職員が依頼に出てくるものなんですね~」

「ええ、カウリバルス様。今回はギルド、いやラビリンスで活動する全冒険者に関係する超!超!重大なミッションなのです」

 職員は途中から芝居がかって言った。職員はこちらへ、と言って少女ふたりを誘導した。シャルルは今回の依頼に参加するものらの集まりに混ざり、職員のほうはというと全員を見渡せるよう踏み台に上がった。

「選ばれし冒険者よ!皆さんには!第3界層の監視施設サーベイランサーまでこれらを護衛してもらいます」

 そう言うと右手をばっと後ろへやって視線を誘導した。たくさんの荷物を積んだ荷車が複数見える。

 おおお、と沸く冒険者らを尻目に、ミコは耽った。

(割のいい仕事って、ギルドの案件か。そういえばの時もとんでもない量の金貨を貰ったっけ。悪魔城の依頼でもそれなりの金を貰ったし、そろそろ新しい装備でも買うか?)

「…おい!おい!」

 シャルルは肩を叩かれていたことに気づいた。声の主はベテランの冒険者だった。

「ん。ああ、なにか?」

「もう出発しちまうぞ」

 あっ、とシャルルは我に返ったが、ミコが近くにいないことにも気づいた。

 目を凝らすと相棒は冒険者に取り囲まれていた。


「あなたが【烈風】ですかっ?!」

「えっはい、一応ウチは烈風の月斬りってなってますが…」

「この見た目でもうLV3なんて…!」


 ミコは同世代ぐらいの冒険者に囲まれていた。


「私より、ミコのほうを心配したほうがいいんじゃないか?」

 シャルルは苦笑いしながら先ほどの冒険者へ向いた。



 地上時間のわかる時計をちらりと見た職員は時間ですね、と他の職員に声をかけた。

 パシッと鞭が打たれる音が響く。ぞろぞろと集団が動き始めた。

 ひとまとまりの集団が、隊となり長い二列になる。

 ミコとシャルルのパーティは隊列最後方、つまりしんがりの担当だった。動き始める集団を見ながら、金髪の冒険者と栗毛の冒険者は仕事仲間を見に行った。

 隊列最後方を担当するのは冒険者5人。シャルルとミコの他に先ほどのベテランの冒険者。名前はアンクという。

 残りのふたりのうち片方は知っていた。

「ルリさん!…とお兄さん?」

 ミコはそのパーティをいち早く見つけていた。

「あ!あああ!!る、ルリのライバルなの!」

 背の小さい彼女は短い髪をふりふりさせながら兄と思われる男をつついた。男はぺこりと頭を下げた。シャルルの目ではその男は印象に残らない者だった。

 一方、ルリ・リリリカの方は先の悪魔城討伐に参加したこともあってレベルが2に上がっていた。


 護衛対象の荷車がそろそろスタートするようだ。5人は位置についた。ミコらは左の列、ルリのほうは右の列だった。残りのアンクはどっち付かずといった様子で真ん中へついた。

 護衛対象の荷車は、ポニーのような小さい馬に引かれている。この馬がやっかいであり、おっとりとした気性なのはいいもののとんでもなく遅い。

 始めはシャルルもミコも荷物とともに(サボってやろうと)揺られようと荷車に乗り込んでいたが、あまりの遅さに嫌になった。結局随伴して歩くことにした。


 ...

 ......

 .........


 多くの冒険者たちによって踏み固められた道をしばらく歩き、隊列は深い森へと入っていた。シャルルとミコがこれまで入ってきた森よりも更に深く、恐らく聖水による魔物避けもなされていない。

 シャルルはアンクと雑談を交わしていた。ミコはというと有り余る運動神経が居ても立っても居られなくなり、隊列を先のほうまで行ったり来たりしていた。

「ふーん、あんたら悪魔城の討伐にまで参加してたのか」

「ああ⋯ところで、アンクはなんで一人なんだ?」

 シャルルがその質問を投げかけたとき、男の目が一瞬泳いだのがわかった。

「人数の都合だ」

 シャルルは何かを察した。この男、何かあるな。よくよく見れば二つ名こそないがレベルも4か。年齢相応に実力があるのか。


 警戒心が芽生える寸前に、異変は起きた。

 前方集団からシュルシュルと音が聞こえたと思いきや、直後乾いた破裂音が辺り一帯に響いた。

「何事だ!?」

 なにかモヤモヤを晴らすようにアンクが飛び出していく。

 アンクの目には空中に浮かぶ火花が映っていた。隊列前方のほうがなにやら騒がしい。

「敵性反応信号魔法第3種...お前ら、敵襲だ!」

 後半の言葉は振り返りながら言った。

「てきs、なんて?」

 シャルルは突然の用語の面食らいながらもシャムシールを抜いた。

「『暗月』の!気を付けろ!どうも様子がおかしい」


 確かに異様だった。シャルルもこのラビリンスの冒険歴が長い訳ではないが、妙な緊張感を肌に感じていた。

 まるで地下世界の大気が圧縮され、大地が隆起しうねっているような気がするのだ。


 鈍足過ぎる馬と荷車もストップし、隊列は完全に敵襲への迎撃態勢へ移った。

(ミコはきっとあの戦闘に参加してるはずだ。普通なら大丈夫だろうが…)

 周囲の茂みからガサガサと音がする。こっちにも敵が来たか。


 ─ラビリンス第一界層『狭間の森林』先頭護衛群


「『霧雨一文字!』」

 栗毛の少女が剣を振るう。

 シャルルの推測は当たっていた。彼女はいま戦闘に巻き込まれている。

 陽光のような魔鉱石の明かりが葉の隙間から差す。細身の直剣は輝いていた。


 戦闘状況はすこぶる悪い。

 ミコが戦っている中でも、木々の葉を全身に纏った異形【ウィルドオーガ】が、先頭の護衛集団の中でも最も弱いレベル1の冒険者の左腕を曲がってはいけない方向へ曲がるようにしていた。


(ウチが遠目のスキルで奇襲を警戒出来ていれば⋯!)

 ミコは悔やんでいた。

 ミコが暇つぶしに歩き回りちょうど護衛部隊の先頭まできたタイミングで、突如として魔物が現れたのだ。暗い森の奥から閃光が飛び、準主力と言えるレベル2の冒険者2人をその魔法によって拘束した。


 この近接戦闘の直前に、ギルドの職員である14番窓口の受付は空へ向かって信号魔法を打ち上げた。彼女は渋い顔をした。

(ハーフナー様が戦闘不能。しかもこのタイミングでオーガの襲来⋯)

 しかし、と職員は悲観していなかった。

 彼女の前にはレベル3の─しかも二つ名付きの─冒険者がいる。その冒険者はあの『銀翼』の子供だ。『爆炎の英雄』に次ぐ実力を持ち、冒険者の暗部の象徴とも言える人間の子なのだ。


「はああああああっっ!!」

 目の前のオーガを斬り殺したミコは、今にも左腕以外の骨も折られそうな隣の冒険者の救援へ向かっていた。

(思ったより数が多いですね⋯)

 ミコはジロリと戦場を見た。分析をしながらも、一体、また一体と敵を倒していく。

 オーガと言えどミコの敵ではなかった。例えパワーが優れていても彼女のスピードにはついていけないのだ。


「大丈夫ですか?」

 ミコは彼女の前へと到達し、敵に相対して冒険者を守るように立った。

「あ、あ、あ、助けて⋯」

 レベル1の冒険者は腰を抜かしていた。

 彼らの周りには未だ多くのウィルドオーガが存在している。

 いち、に、さん、更に増えていく。遂にミコたちは包囲された。

「大丈夫ですよ」

 ミコはふぅ、と息を吐いて細身の直剣を腰の鞘へと戻した。

「なっ、気でも狂ったのか⋯?」

 ヘタレこんでいた冒険者が呟いた。しかし、目の前の彼女の姿を見て口を塞いだ。

 腰からするすると新しい得物が現れる。

 それは、鍛えられた鋼と以前の持ち主が吸わせた敵の血と油によって仕上げられた刀だった。

 更に界層主の祝福によって青白い冷気がほとばしる。


 業物、しかも妖刀とも言える『桐霜』をミコは抜いてゆっくりと構えた。刃は腰より下の辺りまで下げている。

「『霧雨流─雪風!』」

 刀身が加速する。そこに存在するだけで空気を凍てつかせるそれは、一振りで氷の刃を生み出した。

「グボォオォァォァ!!」

 まだ明らかに間合いより外にいるはずなのに、冷たい刃で身体を切り裂かれたオーガたちは苦しんだ。

 その隙をミコは逃さなかった。


「『霧雨流─旋風!』」

 一二歩駆け出した彼女はその助走を使って高く飛び上がり、回転しながら魔物たちの胸から上を斬り裂き、更に降りながら膝の辺りを斬った。


 一陣の渦巻く風が辺りに吹く。

 直後にミコによって斬りつけられた合計7体の魔物は灰のように崩れ去った。

 それを見て他の魔物たちは次々に蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

「⋯ふぅ」

 ミコは今度は緊張をほぐすような脱力したため息を吐いた。そしてやや手間取りつつ桐霜を鞘へと戻した。

「慣れるまでもう少し時間がかかりそうです」

 桐霜という刀は元々ミコの持ち物ではない。

 本来刀を扱うための訓練を積んだ成人男性用のものだったのだ。

 独特の剣筋とミコにとってはやや長い刀身によって取り回しが難しかった。


「みなさん無事ですか?!?!」

 ギルドの職員が声をかけながら近寄ってくる。

 戦闘中ずっとツタに拘束されていた冒険者たちも解放されたようで、どさりと音を立てて尻から着地した。

 ミコは腕をおられた冒険者を立たせ、辺りを見回した。

 商人や冒険者らがざわついてはいるものの、戦闘の雰囲気はない。

 どうやら今この瞬間まで戦闘があったのはここだけらしい。


「あっそうだ!」

 ミコは突然大声を出した。

「すみません!ウチ、自分の持ち場に戻ります!」

 どうしたお前、という言葉が顔に出ている周りの冒険者たちを尻目に、彼女は腰に据えている二振りの刀をしっかり掴んで隊列の後ろの方へと駆け出していった。

「嵐のようにやってきて嵐のように⋯」

 拘束されていたある冒険者が呟いた。




 ─ラビリンス第一界層『狭間の森林』最後方護衛群


「『流水脚ッ!』」

 アンクが前方に思いきり飛びながら回し蹴りを放つ。

 命中し魔物が怯んだその瞬間、さらに同等のエネルギーを有した水がどこからともなく突っ込んでくる。


(こいつ、相当強いぞ)

 左手に何枚も術符を構えたシャルルは横目でその光景を見て思った。俺も負けてられないな。

「『岩石砲──ガントレット』」

 暗月、と呼ばれる金髪の冒険者は、術符を魔物の最も多いあたりに目掛けて切るように投げた。

 術符は飛んでいる途中で大岩となり、さらにグローブのような太い手に形成された。

 その手によって魔物たちがさらわれていく。

 いくらか得物が手に包まれた段階で、シャルルは左手をぐっと握りしめた。

 同時に術符で形成された方の手も握り潰され、中にいた魔物は尽く絶命した。

 空気中で握りこぶし状態となった岩はやがて制御を失い、落下した。


(今はワンアクションしか制御出来ないが、いずれは⋯!)

 シャルルは在庫の術符を確かめた。まだ沢山ある。彼女はオフの日に術符のストックを貯めていた。さらにレベルが上がったことによってより魔法の強度が上がり、術符製作もスムーズに行えるようになったのだ。

「やるじゃねえか!暗月の」

「⋯」

 後ろから声が聞こえた。どうやらアンクは辺りの魔物を一掃したらしい。

 最後方の荷車目掛けて現れた魔物は、なにかを察知したかのように退却を始めていた。


「まあ、あんたもな」

 シャルルは無愛想に返事をした。実際にアンクは強かった。シャルルの目から彼は武芸の心得があり実戦経験は豊富のように見えた。

 彼女の分析が終わるころ、ふとアンクが向こう側へ声を出した。

「⋯リリリカ!お前らは大丈夫か?」


「は、はい!ルリたちは無事なの!」

 ルリ・リリリカとその兄のパーティは無事だった。最後方への襲撃は隊列左側のシャルルの方へと集中していたのと、時おりアンクが守備範囲を広げて彼らを庇うように戦っていた点が大きい。

 ちょうどミコが帰ってきた。戦闘をしてきたのが伺える。

 二人揃って月の二つ名を持つパーティと、その他冒険者たちによる最後方護衛群は何とか襲撃を耐えたのだった。


 ⋯

 ⋯⋯

 ⋯⋯⋯

 ─ラビリンス第一界層『狭間の森林』先頭護衛群


 戦闘の騒ぎから落ち着き、隊列はゆっくりと歩みを始めていた。

 徐々に暗くなっていく森に対して、14番窓口の受付のエルフは荷車の上で手元のメモになにかを書き付けていた。

「課長」

 彼女を呼ぶ声がする。同僚のギルドの職員だった。

「なに?」

 課長、とは14番窓口の受付係のことである。驚くべきことに、彼女は役職を持ちながら日頃から冒険者の相手をする業務に注力していた。もっとも、それが彼女の望むことであるのと同時に、課長という役職も彼女が年齢を重ねているだけで与えられたという経緯もあった。

「損害報告です。⋯まさか第一界層であれほどの攻撃があるとは思いませんでしたよ」

 ギルドの職員は腕を伸ばしてメモのようなものを彼女の膝の上へと差し込んだ。

 冒険者の損害は以下の通りである。

「ありがとう⋯軽症者は8名、骨折レベルの損傷はうち2名か」

 受付係は目を通した。

「引き返しますか?」

癒者ヒーラーも着いてるから大丈夫だ⋯君も知っていると思うが」

 受付係は冷たい目で職員を見た。彼女は冒険者と話すのが好きだが同僚と話すのは好きではなかった。

「はい、知ってはいますが、今日のラビリンスは空気が変と言いますか⋯」

「⋯⋯⋯君の感覚は私にも分かる。が、感覚だけでこの補給物資の輸送を滞らせる訳にはいかない。理解してくれ」


 揺れる荷車の上で受付係は目を閉じた。

(この違和感。確かに変だが⋯)

 世界有数の深淵、ラビリンス。

 その第三界層への旅は、まだ始まったばかりだった。

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