第24話 エリク・マスクウェル市長
─デアルンス国 インテール パノプティ・タワー
インテールには、市街の中央に鎮座している大きな塔がある。その歴史は浅く、内戦が終わり町の敷地の端が崩落し現れた大きな穴、後にラビリンスと呼ばれるダンジョンが出来て以降に建てられたものだ。元々は大穴に対する蓋の役割として機能していたが、次第に行政を行う役所としての役割が大きくなっていた。
塔の名前は、パノプティ・タワーである。
「…」
「…」
2人の冒険者は無言で歩いている。
あの審判のあと、シャルルはミコからある話をされていた。しかしそれについて本格的に話す前に、ギルド職員とルックウッドから塔に向けて連れ出された。レーゼーはその仲間には加わらず、自分の装備を取り戻すと早々に転移魔法を使用して何処かへと消えていた。
ギルドから目的地の塔まではそう遠くはない。現在の時刻は昼過ぎである。春風がシャルルの金髪に吹き付ける。風が吹く度に手入れをしていない割にしなやかな金髪が目に入ってくるので鬱陶しい。
「座ってくれ」
昇降機で上の階へあがり、部屋に入ると主審を務めていたルックウッドが促した。ちょうど、見た事のあるブロンドの髪の小柄な男がいた。
彼女らはいまタワー最上層の応接間にいる。
「は、はあ…」
ミコは困惑しながらも腰掛けた。机を挟んで前屈みに座っている男は、先程の審判で見覚えのある人物、3人の高等尋問官のうちのひとりであり、一番右に座っていた正体の分からない者だったのだ。
「自己紹介をしよう。僕の名前はエルク・マスクウェル。普段はインテールの市長をしている。こっちはルックウッド。さっきの審判でも聞いたと思うけどギルドナイトをしている」
エルク・マスクウェルと名乗る男は快活に笑って自己紹介した。
「ええっ!?」
シャルルは思わず声を上げた。ミコも声が出ないほど驚いている。この子供のような─自分たちも子供なのだが─男が街の市長であるとは到底思えなかった。そして辺りをキョロキョロしてそれが本当なのか少しでも情報を得ようとした。
応接間は地上のギルドのそれとは違い、装飾は豊かであるものの全体的に青や紺など寒色の色使いでどこかに緊張感を感じさせた。異世界人のシャルルから見ればガラス窓に見える透明のそれは部屋の一面を使って街中を見下ろすことができるようになっており、景色とのバランスを考えるとこの色使いはマッチしていると言ってもいいだろう。
「お前、市長の前で失礼であるぞ」
ギルドナイトであるルックウッドが注意した。
「すいません」
注意を受けたシャルルはふと疑問に思った。
(なぜギルドナイトと行政官が一緒に?)
シャルルとミコは、初めてギルドを訪れた際にギルドそのものについていくつか説明を受けていた。その中でギルドナイトという役職も説明された。
ギルドナイトとは、デアルンス国と契約して冒険をする冒険者とは違い、仲介業などを行っている組合である冒険者ギルド直属の騎士である。
シャルルの疑問はそこからだった。
インテールの街では街の運営の枠組みとして構造がいくつかに分かれていた。ちょうど今日行われた審判の構造がそれである。
まず街を管理運営する『行政』。これには警察局や公安局なども含まれている。
次に『ギルド』。冒険者自体は国と契約しているものでギルドも国によって設置されたものだが、組合として権力的に独立している。
最後に『市民』。この国の成り立ちとして、冒険者や商人などを始めとして市民というものが王政への反抗を行ったことで生まれた経緯がある。
「今日の審判は、そういうことですか?」
「どういうことだい?」
シャルルからの質問に、マスクウェルは快活な笑みを維持したまま質問で返した。
「今日の審判の目的は何となくわかります。…問題はその筋書きを用意して実行したのが、行政に携わる市長と、ギルドの騎士であると」
シャルルは今日起きた事態が、ある種腐敗とも言えるような経緯があったのだと推察した。
裁判において台本は存在しない。しかしこのマスクウェルという市長とルックウッドというギルドナイトは示し合わせてそれを用意した。教皇領が明確な敵であると証明するために。マスクウェルはシナリオを書き、高等尋問官として紛れ込み、ルックウッドはシナリオ沿って進行した。
「そうか、流石に気付いていたんだね。君は14歳にしては賢いようだ」
マスクウェル市長は少し息を吐き出した。しかし依然として笑みは保っている。
「君たちの無罪は少し調べれば分かるし審判なんてする必要がなかった。が、状況が状況だった。国において政治的に必要な事だった」
「あの、アナスタシアさんの鞭護については…?」
今度はミコが口を開いた。すると今度はルックウッドが鎧をガシャガシャとさせた。
「あれも俺が指導してやった…というより、資料を用意しただけだがな。ついでに、検事のやつはとびきり無能なやつを手配させた」
「………」
シャルルは冷たい顔で黙ったままだった。
(この国は、王政から解放されて出来た国だったはずだ。それなのに10数年経ってもう堕ち始めてきているのか…まあ、市レベルの行政なんて、こんなものか)
シャルルは心の中で毒づいた。
「ローゼンめ。やつも余計なことを言い出さなければ大人しく『師団』の席を用意してやったものを」
ルックウッドは目を閉じながら言った。シャルルは彼女の友人としてその光景が心底嫌だった。
「ゴホン、本題に入ろう」
金髪の幼い市長は咳払いをして2人を見た。
「君たちを審判に巻き込んでしまったことは大変申し訳なく思っている。そこでだ。割のいい仕事を与えたい」
「割のいい仕事ってなんですかっ?」
ミコは顔を輝かせた。
...
......
.........
依頼の内容を聞き、二線級冒険者たちは市長からの依頼に合意した。
シャルルは罪滅ぼしとも言えるような市長からの依頼を黙って反芻していた。一方で栗毛の冒険者は市長の昔話を聞いていた。
「市長も冒険者だったのですか?もしかして、内戦も?」
シャルルはミコの方をチラッと見た。その顔には疑問と共に好奇心と、僅かな不安も見える。
「僕は市長になる前は冒険者だったよ。内戦が終わってから市長はみな冒険者だ。それで─君は…なるほど…僕は君の母上とも肩を並べて戦ったことはあるよ。だが心配することは無い。僕個人はギルドの一部の連中と違って─」
マスクウェルは横目でルックウッドを一瞬見た。
「─罪のない子供に対して不当な扱いはしない」
「それなら教えてください!お母さんについて!あと、父についても…」
「…残念だが、僕にできるのは君自身についてだけだ。知っているだろうがこの街では『銀翼』の話は徹底的に避けるようになっている。内戦のことなら話せるが…すまないが、市長という行政官の立場上彼女について詳しく教えることは出来ない。ああでも、君の父親については言える。僕は君の父が誰なのかは知らない。これは本当だ」
市長は瞳の光が遠くへ行ってしまったように暗かった。
問答はそれで終わりだった。結局2人はそのまま帰された。
ラビリンス第二界層で諸々激戦を経験しさらに地上でも戦いを─しかも黒狐の師団の師団長ですら苦戦する程度の敵を─味わったのだ。彼女たちには休息と補給が必要だった。
「ミコ、その…ご両親のことだけど」
東門から出てすぐに、シャルルは気まずそうに話し出した。
ミコは暗い顔は見せなかった。
「いいんです。いつかシャルルさんにはウチのこと知って欲しかったので」
「ウチが冒険者になったのは、お母さんの影響もありますけど、お父さんを探すためなんです」
ミコは歩きながら話した。シャルルにはその様子が自分の秘密を明かしている、ある種の緊張を抱いてるのが感じられた。
「わかったよ、ミコ。わたしもそれに協力する。せっかく他の街へ行くし、色々聞いてみようよ」
シャルルはにっこりと笑って見せた。任務を帯びて転生したとはいえ彼女にとってミコは大切な仲間であった。
しかし、シャルルにはミコの父親というものが今後複雑に関わってくるとは全く思っていなかった。そして後に意外な形で、その父の名を見ることとなる。
続く
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