第23話 逆転審判
─デアルンス国 インテール 冒険者ギルド地下第一法廷
冒険者を裁く法廷、『インテールギルド審判』は新たな局面を迎えようとしていた。
「教皇領の外交特使がゴロツキを率いていた?主審、これは鞭護側の荒唐無稽なでたらめです」
エンゲルス検事は不服そうに主審のグラン・ルックウッドギルドナイトへと声をかけた。
「…鞭護士よ。お前の言っていることも可能性として有り得るだろう。しかし証拠がない。なにかあるかね?」
ルックウッドが持ち前の低い声で詰問する。先程からざわついていた法廷もその声で静かさを取り戻したようだった。
「現場には認識阻害の術がかけられていたかしら。被告人が現場へ向かうことになったのは人を助けるという突発的なことだったかしら。あそこまで強力な認識阻害を施すのには時間がかかるかしら…言いたいことがわかるかしら?」
アナスタシアの淡々とした答えとは対照的にエンゲルス検事は噛み付くように声を出した。
「しかし!『黒狐』の師団長であればそれも容易だろう!」
アナスタシアは首を振った。
「あの認識阻害の術式をきちんと分析したのかしら?あれには光属性の魔法に加えて祈祷や奇跡の類も混じっているかしら。ギルドの『システム』を見たところ被告人3人がその術式を同じように完璧に作ることは不可能だと分かったかしら」
「公安局の検事と言ったかしら?あなた冒険者についてどれほどご存知かしら…」
貴族の一族らしく丁寧な所作と共に、貴族の一族らしい嫌味たっぷりな笑顔を見せられ、エンゲルス検事の顔は真っ赤になった。
アナスタシアはまだ追撃を続けた。
「そして被告人は被害者を殺すための計画を立てる時間が圧倒的に足りないかしら。被告人がインテールを到着したのが事件の日の3日前かしら。ゲッベルス高等尋問官。国家の機関であるギルドの職員としてお聞きするかしら。この情報は一般には知らされていたのかしら?」
アナスタシアは今度は3人の高等尋問官のうち一番近くにいる緑の服を着た人間に尋ねた。
「いや、テロ対策を考えて秘匿に秘匿を重ねていた」
ゲッベルス高等尋問官は答えた。
「待った!しかし噂と言うものは広まる!いくら箝口令を敷こうが限界がある!」
エンゲルス検事はようやく落ち着いたのかまた噛み付いてきた。
アナスタシアは嫌味な顔を止めなかった。
「なるほど、確かに3日あれば噂が広まるには十分かしら」
「何が言いたい…」
「被告人がラビリンスから地上へ戻ってきたのは事件当日かしら。彼らは旅の大部分をラビリンス第二界層で過ごしたかしら。それも第一界層との連絡通路が閉ざされていた状態で─」
ここまで言うと、アナスタシアは息を吐いた。最初の緊張もほぐれてきたようだ。
「─被告人は事件当日に連絡通路を通って第一界層へ到達、そのまま地上へ帰還しているかしら。彼らに事件の計画を立てる時間的余裕も、そもそも教皇領の要人がここへ来ているかどうかも知ることは困難かしら」
アナスタシアは言い終えた。法廷の空気ががらりと変わった。シャルルは肌でそう感じた。
「鞭護士よ、よく分かった。しかし被告人らはどういう流れであろうと外交特使を殺したという目撃情報がある。これについてはいかがか」
ルックウッド主審は鎧をガチャつかせた。見ているシャルルとミコは形成が逆転してきたことに少し安堵していた。
「この証拠品を見て頂きたいかしら」
アナスタシアはそう言うと懐からまた何かを取り出して魔法のレンズの前にかざした。それはネズミ色の立方体の石のようだった。シャルルが目を凝らすとそれはシワや模様が多く人工物であるようだった。
「これは以前ゴブリンキングを倒した際に手に入れたものかしら。そして今回の事件でも、同様の石が被害者から発見されたと聞いているかしら」
「それがなんだと言うんだ?」
エンゲルス検事は不満そうに言った。
「この石が教皇領のものであるとしたら、疑問の多くが解決するかしら。しかし今は被告人が被害者を殺したかどうかという点で話を進めるかしら」
「警察局の刑事。被害者から発見された石に、被告人の痕跡は残っていたかしら?」
アナスタシアの質問に対し、先程まで証言をしていた刑事が慌てて証言台へと戻ってきた。
「いえ!それが被告人の痕跡どころか誰の痕跡も残っておりません!」
刑事の答えに、アナスタシアは満足気な顔をした。
「これらの石は、再生能力を与えるものかしら。これは再生能力を持ったゴブリンキングを倒した際にドロップしたものかしら。…ゲイル・ドゴールという売国奴に操られていたかしら」
「魔物であればコアを破壊すれば死ぬけれど、人間の場合はそれに該当するものはないかしら。回復が間に合わない程の火力を投射する他なく、現実的では無い。もし、被害者を殺すとすればこの石を破壊することが手っ取り早く、石に被告人の痕跡がないとすれば被告人は被害者を殺していない…正確には外傷は与えても殺すことは出来ないのかしら」
アナスタシアの長い話に、法廷中は耳を傾けていた。彼女の話す声以外に誰一人として口を挟まず、唯一他の音が聞こえるとしたら自動速記を行ってる羽根ペンの音だけだった。
「うむ。見事だ。鞭護人よ、その石と現場で発見された石が同種のものである場合、何が考えられる?」
ルックウッド主審は頷いた。そして新たに問いを出した。恐らく、これを言わせることがこの裁判の主目的なのだろうとシャルルは推測した。
「ゲイル・ドゴールは西側の国に買われたような話をしていたかしら。そして教皇領の人間が持っていたこの石は、辻褄が合うかしら。彼らの目的はこのデアルンス国に対して破壊工作を行うことかしら」
新聞記者たちがうおっと声を出した。中には急いで情報を伝えようと外へと出ようとする者もいる。それほどまでにこのニュースは大きかった。
だが、アナスタシアの言葉はまだ続いた。ここからはこの『審判』を主導した勢力でも誤算だっただろう。
「では誰が被害者を殺したのか。あたくしにはわかるかしら。『銀翼』。…『銀翼』かしら」
「『銀翼の師団』の師団長、インテグラ・フェルメールのことか。確かに彼女は謎が多いが、あまりに突飛ではないかね?」
主審を務めているルックウッドは困惑の表情を浮かべた。彼は厳かな場を取り仕切る主審からギルドナイトという冒険者に近い存在へと戻りつつあった。
「お母さん…?あの夜やっぱりお母さんがいたんですか…?!」
ミコはシャルルに向かって小声ながら声を上げた。シャルルは反応に困った。インテグラに対しては命を救ってもらった恩義はあるものの、なかなか好きにはなれない。そしてこの娘の母親が、周りからどう思われているのかを知っているかどうか分からなかった。
「ああ、多分そうだと思う」
結局、シャルルはどっちつかずな返答をした。レーゼーは懐をまさぐっていた。しかし目当てのキセルタバコが没収されていたことを思い出したようだった。
「石からは誰の痕跡も出なかった。誰かに壊されたとしたら何の痕跡もでないのはおかしい。しかしそれを可能にする人物がいるかしら。それが『銀翼』、そしてあいつの持っている『ゲヴェーア』という遺物なら可能かしら─犯人は『銀翼』かしら!」
「もう良い鞭護人。お前の役割は真犯人を特定することではない。もう十分であろう。お前の話は後ほど聞かせて貰おう」
目をらんらんと輝かせるアナスタシアに対してルックウッドは初めて動揺したようだった。そして木槌を叩いた。
─カンッ─
「少なくとも、検察側の被告人が被害者を殺したという主張は適当ではないようだ。…まず第一にすべきは教皇領の要人の正体を洗い直し、国家としてどう立ち回るかを今後は決めるべきだ。真犯人についても捜査を続けて行くべきだろう。が、しかし。まずは被告人に対して判決を言い渡すべきだろう─高等尋問官諸氏…異論はありますかな?」
ルックウッドは最後に瞳を落として下の段にいる3人の高等尋問官らに尋ねた。全員異議は唱えなかった。1番右にいた人間は身体を振り向かせて分かりやすく首を振って見せた。シャルルはどこかそれに気になるところがあった。
「被告人、冒険者シャルル・フルフドリス、レイゼイ・アンズ、ミコ・カウリバルスよ。お前らを無罪とする」
全ての人間が、仕事を終えたように立ち上がってザワザワとしだした。被告人だったシャルルとミコはまだそれを受け入れることが出来ず椅子から離れられなかった。逆にレーゼーは立ち上がってシャルルの顔にしっぽをぶつけた。
「ぐえっ!なんだよ!」
「早くタバコを返して貰いにいくのじゃ…」
………
……
…
「無罪!やりました!正直何がなんだか分かりませんでしたけど!」
3人は1階のギルドの応接間にいた。手続き上では本来は地下の法廷にある被告人控え室にいなければならないのだが、無罪に終わったこととレーゼーが煙草を吸いたいあまりに無理を行ってここで休んでいた。
「あ〜〜〜……至福じゃ……」
レーゼーはふかふかのソファに身を預けながらキセルタバコを吹かしている。シャルルから見る限り自分がそれを真似したら1秒と持たずに咳き込んでしまうような耐性だった。だが快適ようで、ソファの足元では数本ある尻尾がゆっくりと脱力しながら揺れている。煙草の方は相変わらず手入れをしていないようで、ズーズーと音を立てていた。
「そういえば『銀翼』の話はなんだったんでしょう。ウチのお母さんがウチ達を守ろうとしたってことですか?」
ミコが思い出したように顔に疑問を浮かべた。
シャルルはびくっとした。そして思った。いや、正直なところ親御さんについてはどうでもいいスタンスだったがいざ実際に会って現場に遭遇するとなあ…。
「そ、そうだね。話はアナスタシアが言った通りではある」
「そうなんですね…お母さんは捕まるんでしょうか?」
シャルルの返答に対して、ミコは悲しげな顔をした。その様子を薄目で見ていたレーゼーは身体を起こして会話に混ざってきた。
「それはないじゃろう。あやつは『内戦』で勝利に大きく貢献した人間じゃ。わらわたちを裁こうとした法律程度では軽すぎる。あやつが今更地上で人ひとりを殺した程度では捕まらんし、物理的に捕まえることは困難じゃ」
「レーゼーさん、お母さんについて何か知ってるんですか?」
ミコが身を乗り出した。今度はレーゼーも面食らったようだ。
「その質問をそっくりそのまま返したいが…おぬしは本当に『銀翼』の子供なのじゃ?」
ミコが頷いた。はぁ……とレーゼーが口から煙を漏らしながら息を吐いた。そして白塗りの壁と天井にそれは吸い込まれていく。煙が目で見えなくなった頃、レーゼーは話し出した。
「わらわが初めてあやつと出会ったのは15年前、故郷の山里を離れて各地を旅しておった時じゃ。場所はここ、インテール。ちょうど『英雄』が『システム』を作ったばかりの頃でのう」
「当時のインテールは豊かではなかった。所詮は小さな町じゃった。わらわはデアルンス国で活動するために冒険者ギルドへ行って登録をしたのじゃ。やつと出会ったのは初めてこの国で依頼を受けた時じゃった」
「毒触手土竜王の退治…あの時のわらわは査定上では『旅団長』として扱われておったから高度な依頼を受けた。だがそこでおぬしの母親『銀翼』に横取りされてのう。あやつは当時から『師団長』じゃった。それ以降、ことある事にわらわの依頼の邪魔をするようになった。頭にきたわらわは一度勝負を挑んだのじゃが…うむ、言わずともよいじゃろう」
レーゼーはひとりでに頷いた。
「内戦が始まる頃、特にこの国の事情に興味もなかったわらわはしばらく他国へと旅をしておった。どうせ、『銀翼』に邪魔されるでのう。そこで内戦の報せを知ったのじゃ。そして月日が流れてそれが終結し、更にその後に『ラビリンス』が現れたと聞いて、わらわはインテールへと戻ったのじゃ」
これがわらわと銀翼の話じゃ。と言うとレーゼーはまたソファに身を委ねた。
「その後は『銀翼』とは?」
シャルルが聞いた。
「うんにゃ、実際に会ったのはこないだがようやくじゃ。もっとも、色々と噂は聞いていたがのう…ところでミコよ。おぬしの父親は誰じゃ?あの『銀翼』と結ばれる男などウィンテゲ・キマイラを躾けて芸を覚えさせるようなものじゃろうが」
レーゼーはまた煙草を吹かしながらだらりとした体勢からミコを見上げた。
「お父さんは………いないんです」
「お母さんに聞いても教えてくれませんでした」
ミコの浮かない顔から放たれた言葉に、応接間の空気が一気に淀んだ。
続く。
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