第22話 高等尋問官・ギルドナイト・鞭護士

 ─デアルンス国 インテール 冒険者ギルド 地下留置所


 ふたりの冒険者と、ひとりの師団長は、牢にいた。

 あの後に彼らは取り調べを受けて、何故かそのまま拘束されたのだ。その罪とはインテールの街中で人を殺したというものだった。

「ふざけてやがるッ…」

 なぜこんな罪に問われるのかが分からない。シャルルは憤慨した。もしこの異世界に正当防衛という概念がないとしたら、あまりにも歴史というものを深めていない未熟な世界だ。それに、あの数十人全員を殺したわけではない。そもそも、『教皇領』の特務機関カルケドンというところから来た仮面の男を殺したのは、自分たちではなく『銀翼』なのだ。

 思わず格子を殴った。鈍い痛みが右手にじんじんとする。すぐにやらなければよかったと後悔した。


「そう荒れるでない。おぬしらもわらわも悪いことはしていない。わらわたちは人を助けたのじゃ。…噂をすれば、『鞭護士べんごし』様の到着じゃ」

 レーゼーは前を指さした。ぞろぞろと一団が現れた。それは─。

「ミコはうちのリディアを助けてくれたのかしら。鞭護士くらいやるかしら」


「おぬしはーあのー、なんじゃったか。そう、『沈黙』のやつじゃな」

「アナスタシア!」

 彼女たちの前に現れたのは、『沈黙の旅団』の一行だった。シャルルからしたら、不思議な邂逅だった。独特なキャラを持つ知人同士が鉢合わせたのだ。この空間の密度のような物が高くなる気がした。


「あのー、鞭護士ってなんなんですか?ウチたちはこれからどうなるんですか?」

 牢の奥の方から声が聞こえた。ミコが目覚めたようだった。彼女は事件後ずっと寝ていたようで、留置所の牢の中でもぐっすりだった。

「これからわらわたちは『裁判』を受ける。ただそれは国の司法に則ったきちんとしたものではない。冒険者を裁く為の裁判…『インテールギルド審判』じゃ」

 レーゼーは腕を組みながら話した。そしてそのまま話を続けた。

 シャルルが話を聞く限り、裁判のシステムは元の世界と変わらないようだった。検事がいて、裁判官…ではなく『高等尋問官』というポジションがいて、そしてシャルルたちを弁護する『鞭護士』がいる。


「出ろ。審判の時間だ」

 アナスタシアたちに割り込むように看守が牢の戸を開いた。

 …

 ……

 ………


 ─デアルンス国 インテール 冒険者ギルド 地下第一法廷


 三人と鞭護士たちは、コツコツと音を響かせて地下通路を歩いた。

 そして大きな扉の前に行き着くと、看守がそれを開いて中に入るよう促した。

 地下第一法廷。冒険者ギルドの地下にあるここは、馬の蹄のように楕円を描いた構造をしていた。最奥には高等尋問官がいて、左右に鞭護士と検事の席があり、高等尋問官に相対するように縄とポールで仕切られた被告人のスペースが設けられていた。そして彼らを取り囲むように少し高い位置に傍聴席が設けられ、シャルルが見る限り大勢の人とメディアがいるようだった。


 シャルルたちは、被告人の席に着いた。そして鞭護士たち、沈黙の旅団も所定の位置へと移動した。

 検事や鞭護士などそれぞれの机には丸められた羊皮紙があり、彼らが席へ着くと羊皮紙と羽根ペンが空中へ浮かんだ。どうやら、魔法の力で自動で速記を行う代物らしい。


「あのひとたち、誰ですか?」

 ミコが高等尋問官の席に向かって指さした。彼女の指の先には、元の世界では裁判官と呼ばれるポジション、高等尋問官が3人いた。そしてその奥には裁判長と思われる甲冑を纏った中年のやや色黒な男がいた。まるで、北欧神話に出てきそうな無骨だがどこか均整のとれた顔立ちだ。


「あれらは高等尋問官─もう知っておるな。左からギルド職員、インテールの法律家…右端は…分からん。もしかするとインテール市民かもしれぬ」

 レーゼーは声を潜めながら教えた。シャルルもそのヒソヒソ話に参加した。

「あの1番奥の男は…?」

「あやつはこの審判での『主審』。確か─」


 話の途中だったが、レーゼーが主審と言った人物が手元の木槌を叩いた。

「静粛に。これより、インテール市内で起きた殺人事件の審理を開廷する。公安ども、鞭護士ども、準備は万全か?」

 主審と呼ばれた男は威厳を感じさせる声で左右を見た。

「検察側、準備完了しております」

 スーツ姿の細い男はメガネをくいっと上げた。

「鞭護側…ご覧の通りかしら」

 アナスタシアはドレスのような礼服を着て貴族の一族らしく優雅に礼をした。しかしすぐ横に大きなハルバードが立て掛けられており、みなの注目はそこに集まっていた。


「ふむ。ゲッベルス高等尋問官。今の法廷の各人を紹介せよ。今回は新聞社の連中も多いようだ」

「はっ!」


 ゲッベルスと呼ばれた緑色の服を着た職員は、立ち上がって説明を始めた。

「えー、ではですね。検察側より『デアルンス公安局』のエンゲルス検事。そして鞭護側ですが…これは珍しいケースですが、冒険者【黒い沈黙】のアナスタシア・ローゼンとその仲間『沈黙の旅団』。そして今回の審判を取り仕切る『主審』は、インテール冒険者ギルドのギルドナイト、グラン・ルックウッド様でございます」


「よろしい。高等尋問官は審理が始まってからそれぞれ名乗るように」


 グラン・ルックウッドと呼ばれた主審は頷いた。シャルルはこの流れを見て思った。

(話を聞くかぎり弁護…いや鞭護士を冒険者が担当するのはあんまりないのか…?うわ、アナスタシアのやつあんなこけおどしの分厚い本を机に置いてやがる)

 アナスタシアのテーブルには、六法全書のようなものと思われる分厚い本が何冊も積み上げられており、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


「検事、まずは貴公からこの事件の流れを説明するのだ」

「はっ!ではまずは刑事から説明させましょう」


 検事はシャルルたちの後ろにいる扉の辺りに立っている刑務官に向かって合図した。すると扉から刑事と思われる男が入ってきた。

「警察局のマイクです。事件が起きたのは昨日20時。場所はインテール市街地東2b地区。被告人は街のゴロツキに襲われていた冒険者を助けようと戦闘を開始し、そしてその場に居合わせた『神聖教皇領』からの外交特使、トバルカイン・ベルゼグスを殺しました」

 みなは黙ってそれを聞いていた。だが、シャルルだけはそれに従わなかった。

「ちょっと待て!わたし達はその男を殺していない!殺したのは─」

「被告人。静粛に」


 高等尋問官のひとり、中央に座っている法律家がシャルルを諌めた。


「例え冒険者であろうと地上では等しく法律が下される。殺人罪に加えて我が国での外交上の要人に危害を加えることは重大な罪となる」

 エンゲルス検事は冷たく言い放った。

「検事が言った通り、これが事実であるならば彼の者らは重い罪を犯したと言える…鞭護士よ、貴公には尋問の権利がある。刑事に対して尋問を行いたまえ」

 グラン・ルックウッド主審は法廷全体に向けて声を出した。途中からは、アナスタシアの方を向いた。


「し、承知したかしら」

 アナスタシアは余裕そうな表情を見せたが、シャルルにはそれがかりそめであることは明らかだった。

「…刑事よ、被告人が被害者を殺す場面を見た人間と、殺した証拠はあるのかしら?」

「それを見たのはゴロツキだ。彼は意識を失う寸前に被告人、ミコ・カウリバルスが被害者に向かって切りかかる様を見ている。そして遺体から魔法の痕跡や被告人の武器の刃の形状と一致する傷跡も発見された」


 刑事も負けずに返した。

「……」

 アナスタシアは少し考える素振りをした。今の話に言いたいことがあるのだろう。しかし次の質問へと移った。

「なぜ被告人が被害者を殺そうとするのかしら?動機かしら、動機。ムウビング・マシィン…」

「被告人は『神聖教皇領』の人間を殺したことがある。あなたも一緒の場面にいたはずだが。そして被告人はラビリンスにおいて目覚しい勢いでレベルを上げている。その全能感に酔いしれて因縁のある教皇領の人間を殺したのだと推測している」


 たしかにシャルルにとって教皇領の人間は因縁があると言っていいかもしれない。


「鞭護士よ。尋問は以上か?」

 グラン・ルックウッド主審はアナスタシアの方を向いた。彼女は首をブンブンと横に振った。

「刑事よ。いや、警察局と公安局が何を恐れているのかは知らないけれど、言っていることは違うかしら」

「…」

 刑事と検事は何も言わなかった。


「被害者の身元は確認したのかしら?あたくしが調べたところ…やつは教皇領の外交特使である他に、特務機関カルケドンの職員かしら」

 アナスタシアの言葉に、法廷中はざわついた。


「カルケドン?」

「あの冒険者、どうやってそんなことがわかったんだ」

「じゃあ被害者は工作員だったってことか?」


 ─カンッ!─


「静粛に!」

 主審が木槌を叩いた。

「カルケドンについては公安局の方が詳しいと思うけれど、あなた、被害者の身元はちゃんと調べたのかしら?」

「ぐっ!…そのような情報はない…というか、事件が起きて1日しか経っていないのだぞ!」

 エンゲルス検事は苦々しい顔をして見せた。


「鞭護士よ。お前はその証拠を持っているのか?」

 主審が尋ねた。

「もちろん。これを見るかしら」

 アナスタシアは懐から透明な袋に入ったボタンのようなものを取り出した。そして法廷内部に置かれた魔法のレンズにそれをかざすと、法廷の何ヶ所かにそれが拡大されて映された。

「これは被害者の上着のボタンのひとつ。この記号を見るかしら」

 彼女はボタンの裏に描かれたマークを見せた。逆十字に加えてそれに重なるように3つの円が少しだけ重なるように三角形のようなシルエットを描いている。

「これはっ!」


 高等尋問官や検事ですら声を上げた。どうやら、これは特務機関カルケドンのロゴであるらしい。


「ゴホンッ!しかし、だからと言って外交特使でもある被害者を殺していい理由にはならない」

 検事は咳払いをすると状況の整理をした。

「理由ならある。あたくしの仲間を襲ったゴロツキを率いていたのは被害者で、それを助けようと戦闘状態に陥ったのかしら」


 ようやく、シャルルたちが取り調べで話したことと話が一致してきた。しかし、なぜ取り調べの内容と裁判の内容がここまで一致しなかったのかが分からなかった。シャルルからすれば自分たちの話を無視して話をでっち上げてきた検察側に対して不信感しか無かった。


「シャルルよ。検察もバカではないのじゃ。取り調べとこの法廷で話すことの意味の違い、わかるじゃろう?」

 レーゼーが不満そうな顔をしているシャルルに向かって囁いた。

 そして理解した。これは、単に自分たちを裁くためだけの裁判ではないということを。


続く

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