第二部 第1章

第21話 騎士団長 エミリア・フォン・ヴァレンタイン

 ─デアルンス国 インテール 火花祭前夜祭


 大きく月が浮かぶ夜には時折春風が吹き、インテール市の中心部ではキャンプファイヤーが行われている。そんな中インテール市街のある一角は、外から見れば静かであった。

 しかしそれは認識阻害の魔法が巧みに施されたからである。

 先程までは熾烈な戦闘が繰り広げられており、その戦闘の終わりを告げる破裂音によって今この広場には2人の冒険者の荒い息遣いだけが残っている。


 そして彼女らを見下ろすように、屋根の上には銀髪の女が長い物体を担いで立っていた。


「『銀翼』?…あれが例の?」

 シャルルはその女から目を話さずに、レーゼーに尋ねた。銀翼。シャルルが知る限り12ある師団のうちの一つを率いている。だがアナスタシア・ローゼン曰く銀翼の話を地上ですることはタブーなのだという。それはなぜ─。

「そうじゃ。あやつこそが【銀翼の暗殺者シルヴァー・バレット】、インテグラ・K・フェルメール。やつよ」


「昔話でもしてるのぉ?」

「!」

『銀翼』ことインテグラは音もなくシャルルたちの側まで降りたっていた。レーゼーは驚きの表情と共に戦扇を構える。シャルルはあまりの出来事に剣を抜くどころか一歩も動くことは出来なかった。ぬるい汗が頬を伝う。彼女はこの他にも驚くべき点を見つけてしまったのだ。

(レベルが…10だって!この国の『システム』上ではレベルの最大値が10のはずだ。こいつはヤバい、とにかくヤバい)


「そう怖がらないでよ。今は君たちを殺そうとなんて思ってない。…ウチの娘が世話になっているようだね?娘は単純な所もあるけど付き合ってくれてどうもありがとう」

 インテグラは、にっこりと笑ってシャルルの方を向いた。この状況から言って、「ウチの娘」とは向こうで倒れているミコのことだろう。シャルルはミコ・カウリバルスという冒険者が『銀翼』の娘であることが確定し、驚きを隠せなかった。しかしそのまま黙って頷いた。


「おぬし、いったいどこで何をしておったのじゃ。深層に潜っているという話も聞けば、まだ『冒険者殺し』をしているとも聞く」

 その言葉は冷たく尋問しているような雰囲気だった。レーゼーという冒険者はこのインテグラに対して不機嫌そうに視線を送っていた。


「レーゼー、それは言えないよ。ただ一つ言えるのは『戦っている』とだけ。今日だって街にネズミが紛れ込んでいたんだもの」

 インテグラはそう言うと、右肩に掛けているライフルの紐を引っ張って銃の姿勢を正しながら2人に背を向けた。レーゼーは苦い顔をしたままだった。

 シャルルはついにインテグラへ向けて口を開いた。一番気になっていたことだ。


「あの!あなたはなんでを持っているの?」

 シャルルの質問に、インテグラはピクっと身体を反応させた。逆にレーゼーは質問の意味が分からないという顔をしていた。

 当然だろう。

 シャルルがこの世界で過ごしてきてまだ一年も経っていないが、ある程度文明のレベルから時代を推測することが出来た。少なくとも元の世界ではこの時代に銃というものはまだ存在していないし、シャルルが見てきた限りこの世界でも銃は存在していない。


 だからこそインテグラが持っている銃はオーパーツと言える代物なのだ。もしラビリンスで遺物として流れ着いたのであれば、まだラビリンスが出現していない14年前の内戦の段階で『シルヴァー・バレット』という二つ名を獲得しているのは不可思議である。


 シャルルが過ごしてきた経験上、言語に関しては元の世界のそれと共通する部分が多く、バレットという弾丸を意味するこの単語もこの世界では同じ意味合いであると考えたのだ。


(デアルンス国より技術力が遥かに高い帝国であればもしかしたら火縄銃のようなマスケット銃くらいは着手し始めているかもしれないが…)


 そこまで考えると、シャルルは一瞬にして恐ろしい想像へと至ってしまった。

突飛な発想ではあるが、インテグラが帝国から支援されて内戦で活躍していた、というものである。


「君、これが知っているんだね?」

 インテグラは一瞬にして振り返るとそのまま長い銃身を金髪の冒険者に向かって突きつけた。

 シャルルはインテグラの放つ殺気に思わず顔に恐怖の色を浮かべた。だが頭は恐怖に支配はされず、インテグラの様子はきちんと頭に記録した。ライフルは少なくとも、火縄銃のような構造はしていない。もっと後世のものだろう。全体の作りがスマートでコッキング用のレバーが見えているのだ。

「………これに関してはラビリンスで手に入れたものだよ」

 彼女は少し黙ったあと、銃を降ろして質問に答えた。インテグラからすれば、14歳ほどの少女が自分とこの銃について核心を知っているわけがない、と考えたのだ。

 銃の様子を見るに彼女は嘘は言っていないだろう。シャルルからすればあのようなボルトアクションライフルはいくら帝国でも造ることは出来ないことはわかっている。しかし、その答えによって疑問は残されたままだった。


「リディア!リディア!」


 周りが騒がしくなってきた。恐らく、あの仮面の男が死んだことによって認識阻害の魔法が解けてきているのだ。

「懐かしい匂いだ。ローゼン公の娘が来ているね。面倒だからそろそろお暇しよう」

 インテグラはまた背を向けた。

「若き冒険者よ。『暗月』くん、また会おう。あ、ミコもどうかよろしくね」

 銀髪の女は、夜の闇に溶けるようにどこかへと姿を消した。

 その直後に、大勢の冒険者やギルド職員などを連れて『沈黙の旅団』の旅団長アナスタシア・ローゼンが現れ、倒れている緑髪の冒険者の傍までいって安否を確かめた。

「ああリディア…無事だったかしら…」


 ………

 ……

 …


 ─帝国 王都ヴェルリィナ 近衛騎士団 執務室


 デアルンス国より北方、『帝国』と呼ばれる国の今日は全国雨模様だった。

 王都の雨はよりいっそう激しかった。小さく細い雨粒が大量に屋根を叩き、排水用のパイプから滝のような水が道路の横の排水溝に向かって吐き出されている。

 そんな陰鬱とした天気の中で、彼女は赤いレンガとコンクリート造りの建物にいた。

「また戦線を拡大するのか…困ったものだ」

 女は建物の二階の執務室でひとり命令書を見ながら座っていた。

 彼女の名前はエミリア・フォン・ヴァレンタイン。

 燃えるような赤髪の彼女は帝国の近衛騎士団で勤務している。エミリアは近衛騎士団─正式名称で呼ぶとすれば帝国国防軍近衛騎士師団であるが─の団長を務めている。名前に入っているフォンというワードが示すように、この国で彼女の家柄は貴族である。

 近衛、とは王都に駐屯している軍であり、催事の際に最も出番があるのが彼らである。


 エミリアが受け取った命令書の内容は、南方の国デアルンス王国への襲撃計画だった。

 鉄と血をもって豊かにする。これが帝国の国是だった。そのために帝国は近隣諸国と規模の差はあれど戦争行為を行い、他国の多くの領地を属州として獲得していた。

 そしてその魔の手は、無限の可能性を秘めた深淵、ラビリンスのあるインテールへとも伸び始めているのだ。


(しかもシャルルがいる所にこの私が指揮官として戦いに行くだって!!)

 彼女は命令書を持つ手に力を込めた。紙の端がくしゃくしゃになる。

 シャルル・フルフドリス。私の部下であり、近衛騎士団で働く参謀である。もっとも、彼自身は正式な手続きを経て軍人になったわけではない。シャルルが帝国国内で様々な功績を上げつつも、とある貴族に召使いとして働かされていたのを見掛けてヘッドハンティングしたのだ。

「はぁ〜〜〜…」

 彼女はそう思いながらガラス窓から外を見た。窓は湿気で曇りつつも外から吹き付けられる雨粒がいくつも張り付き、時折それは垂れていた。このガラス窓も帝国の工業力と、侵略によって獲得したドワーフ族の冶金技術の賜物だ。


「シャルルは元気にしてるだろうか。私のことを覚えているのだろうか?」

 エミリアは命令書の方に視線を戻した。しかし、心ここに在らずといった様子で命令書自体を見ているわけではなかった。

 当時のシャルルは、美しい銀髪に中性的な顔立ちだった。彼をひと目見た時に、エミリアは特別な感情を覚えたのだ。そして上級貴族の家柄と国防軍の騎士師団の師団長としての権力でもって彼をすると、より彼について興味が湧いてきた。

 よくよく話を聞くと彼は重度の記憶喪失状態にあるようで、帝国どころかこの世の何もかもを忘れていたのだという。まるで、どこか別の世界から現れたような存在だ。


 そういう、ある種特別な存在に彼女は余計に惹かれた。エミリアはシャルルを国防軍に引き入れるだけでなく、ただの騎士としてではなく団長付けの参謀という特別な立ち位置にまでした。そして軍人としての知識や騎士としての剣の扱いを叩き込んだ。剣の方は凡だが、頭を使う方はたちまちに飲み込みが良かった。


 そんな、エミリアにとっての特別なものを、帝国は奪った。帝国の科学技術の頂点である研究所の手によって子供にさせられ、デアルンス王国の14歳の女として『転生』させられたのだ。

 そういう中でシャルルは、自分の役割をこなしているらしい。命令書では軍令部に対してデアルンス王国の実情が報告されていたようであり、彼─いまは彼女であるが─が元気にしているということが分かって少しうれしい気持ちにはなった。しかし、そうはいってもエミリアの気分は落ち込んだままだった。


 それが命令書の内容だった。エミリアが率いる近衛騎士団ともうひとつの騎士団でインテール市を襲撃するのだ。もしかすれば、シャルルと戦ってしまうかもしれない。今や顔も分からない女と化したシャルルを、自分の剣で斬り捨ててしまうかもしれないのだ。


 帝国は、今は豊かな国だ。しかしいずれ際限なき戦火の代償を払う時が来る。エミリアは貴族出身でありながらそう考えていた。実際に、帝国の戦争行為は今年で20年続いていることになる。もしどこかで躓くことがあった場合、戦争による資源充実と内需経済が破綻するかもしれない。


 意見具申をしに行こう。


 命令書を受け取った際にそう思ったのだが、あいにくの大雨である。

 彼女はもう一度外を見た。時刻以上に外は暗く、雨足も強まっている。

 帝国で最近設立された気象庁のデータでは記録上最大規模のもので、軍令部と駐屯地のここを行き来する軍用馬車ですら余程急を要する案件でなければ運行することはなかった。


 それでも、彼女は軍令部へと行きたかった。

 帝国にこれ以上戦線を拡張する余裕はなくリスクが大きい、という建前と、シャルルのいる街を襲いたくないという本音があったからだ。

 部屋の防具立てに鎧の代わりに雑に置かれた外套と帽子を乱暴にとると、エミリアは外へと向かった。


(たとえ総統閣下が承認なされたとしても、この戦争は危険すぎる)


 そう思いながら、強い雨の中コウモリ傘を広げた。


 続く。

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