第38話 賑やかな門出

 ――その後、ジュキの契約巫女だった夜見は、立ち上がることもできず、その場で泣き続けた。


 そして後からやってきた三回生、四回生やその教官、そして精霊巫女養成所の所長らの手によって、捕縛された。

 夜見は、抵抗することはなかった。

 既に、契約精霊を失ったことによりただの少女となり、その力も、気力も失ってしまっていたのだ。


 今回、巫女達に犠牲者は出ず、民間にも大きな被害は出なかった。

 四つ星の妖魔複数体を倒した成果だけを考えれば、今回の遠征は大成功だった。

 しかし……その結果は、あまりに辛いものだった。

 闇に染まった聖獣体のジュキに操られていたとはいえ、夜見は間接的に魔獣を創り出してしまっていた。

 そして、南向藩への復讐をも企てていた……。

 それが公になれば、死罪は免れない。

 その仕打ちがあまりに可哀想だと思った一、二回生達だったが、魔獣や妖魔を倒す使命を担っている以上、減刑の嘆願すら出すことがかなわなかった。

 しかし、物事は予想外の方向へと進んだ。


「精霊や精霊巫女が、藩に刃向かうはずがない。今回大暴れしたのは、五つ星に近い大妖魔だった」


 そんなこじつけの理屈がまかり通ってしまったのだ。

 それは、様々な人物達……巫女養成所の所長やその取り巻き、そしてさらには南向藩主の意向もあった。


 伝説として語られるほどの「聖獣体」は、正義のためにのみ働く存在でなければならないのだ。

 夜見が、巫女養成所に所属する正式な巫女でないことも幸いした。

 今は何の能力も持たない十六歳の少女。彼女が闇の聖獣体、ジュキと契約していたなどと知っているのは、一、二回生とその教官である茜だけだ。他には誰も証明する者がいないのだ。


 そんな事実はなかった。

 これで、巫女や聖獣体が藩に刃向かおうとしていたなどという、藩主や所長にとって都合の悪い事実は消え去る。

 四つ星以上の魔獣との戦いは、藩だけに留まらず、幕府に報告せねばならない案件だ。

 そこでそんな不祥事があったなどと、言えるわけがなかったのだ。


 さらに、一、二回生達にとっても、都合が良かった。

 自分たちは、ただ妖魔にまやかしを見せられて、魔獣と戦っていたに過ぎない……そういうことにすれば、夜見の命は助かると聞かされたのだ。

 こうして、僅かながらわだかまりが残るものの、全員が聖獣体・ジュキとの戦闘などなかったことに合意した。


 ――夜見は、尼となった。

 ジュキや貫三郎、そして魔獣の犠牲になった人々の菩提を弔うことで、一生をかけて罪を償っていくこととなったのだ。

 優奈たち一回生は、年が近い彼女のことを不憫に思うこともあったが、それでも、生きているだけでも良かったと考えるようにした。


 さらに、思いがけない展開もあった。

「聖獣化」を果たせるようになった「妖狐」の凛と契約巫女のナツミ、「青龍」の雪愛と契約巫女のハルカ、そして「大狼」のタクと契約巫女の優奈は、揃って「幕府」へと出向となった。


 元々、「聖獣化」できる精霊など、現在のこの国に十体と存在していなかったのに、南向藩で一度に三体も出現した。

 そのことで、国家レベルでの精鋭部隊へ配属が決まったのだ。

 これは藩にとって非常に名誉なことであり、かつ、藩主にとっては「万が一にも刃向かわれては敵わない」者を体よく追い出す口実になっていた。


 その決定に対して、彼女達に拒否権はない。

 地元を離れることにはなるが、事実上の大出世だし、また、「強大な魔獣に怯えている人々を救い出す」という彼女達の信念にも合致していた。


 ライバルかつ戦友であった二回生や、最初は多少わだかまりを持っていたいた三回生、四回生達も、最後には素直に祝福してくれた。

 また、最後まで養成所長や藩主には秘密にしていたこと……言っても信じてもらえないことが、一つだけあった。


 タクが成し遂げた、「聖獣体」のさらに上の存在……数百年に一度しか出現しないという、「聖獣人化」だ。

 タクも、追い込まれたあの一回だけその姿になれたので、もう一度そうなれるか自信はなかった。


 しかし、一度「聖獣人化」したことで、その能力の概要を、タクはもちろん、目の当たりにした凛や雪愛はステータスを確認することができた。

「幕府」本拠地の江戸へ彼女達だけで向かう道中、凛が、そっと皆にその詳細を打ち明けた。


「『聖獣人化』した精霊は、武装した状態だとほんの一分半ほどしかその姿を維持できません。でも、武装を解けば何時間でも人間の姿を維持できるそうですよ。さらに、それが男性だった場合……契約巫女との間に、子を成すこともできるそうですよ」


 凛のその爆弾発言に、全員の目が点になる。

 一瞬遅れ、精霊の姿のタクと優奈が見つめ合い……そしてお互い、真っ赤になった。


 ナツミが咳払いし、雪愛とハルカが、どこまで理解しているか分からないが、笑顔で祝福する。

 優奈が


「そんな……私なんて、タク様にとても釣り合いません……」


 と、顔を赤らめたまま両手を交差させる。


「そんなことを言ってはダメですよ……ほら、タク様が悲しそうにしてるじゃないですか」


 と、凛がさらに煽る。


「り、凜さん……からかわないでください、俺がもう一度『聖獣人化』できるかどうかもわかりませんし……」


「あら! だったら、『聖獣人化』できれば、そう成りたいと……つまり、夫婦の契りを結びたいということですね!」


 目の前の美少女、優奈と、一時とはいえ本物の夫婦になれるかもしれない……その事実に、ヌイグルミ型の精霊体であるにも関わらず、鼓動が高鳴るのが分かった。


「……私は、その……タク様がお望みになるなら……全て受け入れます……」


 優奈が、覚悟を決めたようにそう宣言して、特に雪愛とハルカがはやし立てた。

 そんな賑やかな道中、一時の休息。

 しかし、ここから先は、さらに苛烈な戦いの日々へと巻き込まれていくのだった。


   ~ 第一部 完 ~

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無垢の美少女とぬいぐるみの転移精霊 ~俺と契約して、精霊巫女になってくれっ!~ エール @legacy272

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