エピローグ『始まり』
「――そっか。彼の妹がね」
「はい」
影から聞こえてくる声に、少年は嗤う。月光が雲に隠れた、今宵の闇夜ではその顔を見て取ることは出来ない。ただ、聞こえてくる声が未だ幼さを残していることから、少年だろうことが伺えた。
「で、彼の精霊はどんな感じだい?」
「対象に感化され、試行錯誤しているようです」
報告を聞いて笑みを深めた少年は、ゆっくりと立ち上がる。高度80mほどから見える夜の街を見下ろせば、ウェストミンスター宮殿が人工の光に照らされよく見えた。
――イギリス、ビッグ・ベン。
「キミはこの世界、どう思う?」
「自分は影。考える知能を持ちませぬゆえ」
遠回しに答えられない、と伝えた影に、少年は面白くなさそうに眉をひそめる。
「キミの意見が聞きたかったんだが、それは残念だ」
「……。一般論ならば、現実と幻想が入り混じった世界だと」
あくまで自分の意見ではないことを主張しつつもそう口にすれば、少年は先程の表情が一転、嬉しそうに頬を緩めた。
「なるほどね。現実と幻想が入り混じった世界、か。――歪だよね」
「…………」
それに影は答えない。少年も答えを求めていなかったのか、そのまま独り言のようにつぶやき続ける。
「幻想は幻想であるべきだ。人間がまだ幼い、神代の時にしかあってはならぬもの。家畜を作り、農業が栄え、天然資源を利用し……果てに原子力さえも操ってみせる現代には、消え去っていなければならない力」
人間とは、もうすでに神からの御慈悲を待つだけの存在ではない。神に勝るとも劣らないその技術力をもって、自らの足で歩くことの出来る存在だ。
「だけど、人間は相変わらず精霊を中心としている」
凄まじい力を手に入れることで、『英雄』と祀られる時代はもうすでに過去の話。現代にとって、超常の力はただの『駒』でしかなかった。
「集金力として」
<
「国力として」
人間には強すぎる力を持つ
「見るに堪えないね、人間っていうのは。――そう思うでしょう、ミアさん」
「……バレてた」
闇夜の中で爛々と人工の光を放ち続ける街を見続ける少年の背後から、不意にもう1つの影が現れる。
それは小さな魔法使いだった。目深なトンガリ帽子と体全体を覆う黒いローブによって、容姿が殆ど見て取れないが、辛うじて女の子であろうことが分かる。
小さな魔法使い――ミアは、少年に対して首を傾げて問いかけた。
「でも、あなたも、一緒。違う?」
「えぇ。そうですね。ボクも一緒です」
月の影に隠れた少年の表情が、ふっと苦笑したように見える。苦笑したとしたのなら、それは自嘲か、諦観か、それとも――。
「いえ。ボクも、ではないですね」
少年は右手を掲げて、嵌め込まれた指輪に目を向けた。光なき夜の中でも、指輪に嵌め込まれた金色の宝石は極光のように輝いている。
不意に、月の光が積み重なる雲の隙間から差し込んだ。まるで天から舞い降りるスポットライトのように、月光は細い筋で街を照らすと――最後に少年の姿を照らし出す。
「ボクこそ――
黄金の髪が光に反射し、見るものを魅了する青い瞳が強い意思を秘めていた。
「『核兵器』と比喩される”Sランク”を超えた、世界でただ1体の”SSランク”。その精霊と契約する、このアーサー・クラウンこそが世界の歪みを誰よりも表現している」
自らを『歪み』と評した絶世の美男子――アーサーは、町並みを見下ろす。今や世界をリードする国として、イギリスは真夜中だというのに活気づいていた。
「この国が世界のトップたれるのは、過不足なくボクのせいだろう。本来ならこの国は、
土地の広さ、科学技術の投資。様々な部分で世界のトップとは言えないはずのイギリスは、ただ『アーサー・クラウンが居る』というだけでトップに居座っている。
これほど歪んでいる状況もない。
「言い切ろう。この世界は歪んでいる。幻想が現実に侵食されているんだ」
幻想は幻想であるべきだ。現実が現実足り得るからこそ幻想は輝き、現実を歩む力を与えてくれる。
だが幻想たるべき
「――だから、ボクはキミを待っているよ」
差し込む月光を見上げながら、アーサーはどこか眩しそうに目を細める。
アーサー・クラウンは幼き頃から”神童”と謳われた。そして人生ガチャにて”神引き”し、最強となることが約束された
「ボクと同じ『世界でただ1体』でありながら、ボクとは真逆の”Fランク”の精霊。そして、彼女と契約したキミをね。――ユウト」
2人の”神童”は、それぞれ最強と最弱となり――それでも、交わした約束は色鮮やかに刻み込まれていた。
「待っているよ、世界の頂の上でキミと戦えることを」
「…………」
「…………」
まるで恋い焦がれるようなアーサーを、影とミアは静かに見守る。
それが、彼らに定められた契なのだから。
◇
――日本、光来学園。
大会参加試験の翌週、ホームルーム前の教室は騒然としていた。チャイムが鳴るギリギリに教室へと辿り着いたユウトは、浮足立つ雰囲気に違和感を覚える。それに答えを得るべく、リョウヤへと挨拶がてら近づいた。
「おはよう。何だか騒がしいけど、どうしたの?」
「おう、おはよ。学内大会に関して情報のリークがあったみたいだな」
「学内大会の?」
首肯するリョウヤを見て、ユウトは感じる違和感を更に強める。全国大会ならまだしも、たかが学内大会でそこまで盛り上がることはない。つまり、この騒がしさにはそれ相応の理由があるはずだ。
「もうちょいでホームルームだろ。恐らくそこでミナヅキ先生から連絡あるはずだし、ちゃんと聞いといたほうが良いぜ?」
「あぁ、分かったよ」
ユウトが頷いたタイミングでチャイムが鳴り響く。それに合わせて生徒たちが各々の席に着き始め、すぐに水月が扉を開けて現れた。
「おはよう。本日は大切な連絡事項があるため、早速だが朝のホームルームを始める」
キッチリとしたスーツと真っ黒のサングラスによって、相変わらずやり手キャリウーマンにしか見えない。だがそんな水月も、今日に限っては何処か浮ついている様子だった。
(教師陣も慌てるような情報って一体……)
規模の小さい学内大会で学生はまだしも、教師すら混乱しているのは明らかに異常だ。嫌な予感がジクジクと登るのを感じながら、ユウトは真剣な表情で聞きに徹する。
幸いなことに、そそくさとホームルームの行事を終わらせた水月のお陰で、すぐさま話は本題へと移った。
「さて、恐らくお前たちの中にも何人の耳にも届いているだろうが――学内大会の試合ルールが変更された」
(っ! ……なるほど、それは慌てるわけだね)
突拍子もない発言にユウトは驚いて、すぐさま納得が湧き上がる。その様子に対して魔石にいるアリナが問いを投げかけようとしたタイミングで、水月の説明が入った。
「例年、この光来学園の学内大会の形式は『トーナメント』だ。参加チームをブロックごとに分け、各ブロックの優勝チームが全国大会に出場できる。……だが、今回は全く違う形式で行うこととなった」
トーナメント形式は最もありふれた<
そのため、日本だけでなく世界中の殆どの魔術学園がこの大会形式を利用しており、光来学園もそこから外れてはいなかった。――つい、去年までは。
「学内大会は初戦と2回戦のみ行われる。その初戦の試合ルールが……これだ」
水月が教壇に置いてあるリモコンを操作すれば、電子音が鳴り響いて黒板代わりの巨大なモニタが起動する。そこに映し出されたのは、何処かを上空から見下ろした光景だった。
見渡す限りに広がる巨大な森は、パッと見で恐らく半径数kmはあるだろうか。凹凸なく平原のように植林されたような地形は、日本では見られない光景だった。
(これは、試合のフィールド? それにしてはかなり大きいような……)
基本的に学内大会の規模で行われる『3対3』というチーム戦のフィールドは、そこまで大きなものではない。学園が持つ半径100mほどのスタジアムに障害物を幾つか設置し、それをフィールドとするのだ。
しかし映像に表示される『広大な森』というフィールドは、チーム戦をするには
(……まさか!)
嫌な予感が確信へと変わっていくのを感じて、ユウトは思わず目を見開く。学内大会の初戦、その試合形式は――
「――魔術で形成したこのフィールドを舞台に、
いわゆるバトル・ロイヤルと呼ばれる、多数による生き残り戦。だが、<
「――<マジック・ロイヤル>」
波乱の学内大会が今、始まりを告げた――。
爆死の魔術師 ~人生ガチャで”Fランク”引いたけど世界最強になろうと思います~ おやくるーず @_sinya_
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