下(叛乱と決着)

ハリーの名声の高まりと領内の繁栄に歯ぎしりしていたのは、ベリー男爵と息子のギャスパー、軍部主戦派の一党、そして甘い汁が吸えなくなった徴税請負人である。


彼らは密会を重ねる。

「あの小僧の声望は高まるばかり。このままではエレナの婿となり当主になってしまう。早くアイツを排除しなければならん」


ベリー男爵の声に軍部強硬派カーク将軍も同調する。

「最近は魔族どもがあちこちに大きな顔して歩き回り、それを歓迎する声すらある。これでは伝統あるパンドラー家がおかしくなる」


徴税請負人ディーパックは太った身体を揺すり、「私らも儲け口がなくなって困り果ててます。これでは皆さんへの贈り物も満足にできません」と言いながら、金が入った重そうな袋を持って、これで準備をお願いしますよと渡す。


クックックと集まった男たちは怪しく笑い、陰謀を企てる。


その日は和平協定から2年経った和平祭。

旧要塞イゼルの交易場は祭典で大賑わいであり、双方の要人も記念式典に集まった。最近紛争が無くなったためか、その割には警備の兵が少ない。


魔王国からは来賓として対岸の領主、チャン家の息女カレンが来ていた。

「ハリーはん、お招きおおきに。

イゼルちゅう有名な要塞を交易場にするとは和平のメッセージと貿易の実利と一石二鳥。この繁栄ぶりが羨ましいわ。今度はうちの領地に来て政をやってくれへんか。うちを嫁にしてくれてもええよ」


訛はあるが、その言葉はエレナにも通じた。

「この男はアタシの婚約者。何を言ってるの!」

「初めて会ったときに気に入らんから殺そうとしたと聞いたで。

いらんもんを引き取ってあげるとゆうとるのよ」


二人の令嬢はハリーを間に睨み合う。


「まぁまぁ。一度カレンさんのところに行ってアドバイスをやりますよ」

「ホンマに。ゆってみるもんや!」

その後、ハリーはカレンの耳元で何事かを囁く。

カレンは一瞬顔色を変え、しきりと頷くとどこかへ姿を消した。


エレナは機嫌悪くそれを見ていたが、カレンが去るとハリーに聞く。

「何の話をしていたの?」

「大した事じゃない。着ていた服に小さな穴がありますよと言ったら着替えてくるそうだ」

「ふーん。そんなところまで見てるんだ。相手が美人だからとデレデレしてんじゃないわよ」


エレナの剣幕にハリーは退散する。

(あ~あ、アタシは何してるんだろう)

エレナが物思いに耽る間に和平記念の式典が進む。

王と魔王のメッセージが代読され、その後、両国の要人のパーティーとなる。


そこへ完全武装の兵が多数現れる。

「何だ貴様らは!

ここは記念式典の場。武装兵は外を警護していろ!」

主催者の伯爵が怒鳴りつけるが兵は立ち去らない。


「兄上、警護ではなく皆さんのお命を頂戴しに来ました。

こんな魔王国との和平など初代様が見ればお怒りになります。

私が当主となり正しい道に戻します」

ベリー男爵の言葉に続き、カーク将軍が言う。


「この式典で魔族のテロが発生、伯爵様達が殺害され、その報復でそこの魔族達はここで惨殺。パラグター軍は伯爵様の仇を取るため、魔王国に全面的に侵攻します。これで王国と魔王国の和平も破綻。軍の力は復活します」


「もちろん内政など見る暇はありません。

以前と同じく我ら徴税請負人が税を取り立て、御用立てしましょう」

ディーパックはまた鴨が捕まったという顔で上機嫌である。


伯爵、エレナ、ハリーなど王国側とともに魔王国の来賓が小突かれながら一箇所に集められる。


「エレナ、お前だけは俺の妻になるなら命を助けてやるぞ。

ハリー、お前は嬲り殺しだ。荷物持ちの子孫ごときがでかい顔しやがって」

キャスパーがニヤつきながら声をかける。


「時流を逆転させることは神でも無理です。

アンタたちは流れに取り残された哀れな孤児だよ」

反乱兵に拘束されてもハリーは平然と言い返す。


「文官風情が強がりを言いやがって。本当はビビっているくせに。

まあ、これを見てもそう言えるか。これで和平は終わりだ!」

キャスパーはハリーの顔を何回も殴りつけ、その後、顔をヴェールで隠した魔王国の令嬢カレンの首を剣で斬ろうとする。


彼女が殺されれば魔王国は許すまい、エレンは思わず目を閉じる。


周囲から悲鳴が上がるが、首の刎ねられる音でなくカチンと金属のぶつかる音がする。


何?とエレンが目を開けると、カレンではなく、女装した剣士アルミンが篭手で剣を防ぐ姿があった。

「いやー、この窮屈な姿でいつまでいるのかと思いましたよ」

アルミンは内股から隠していた剣を出し、キャスパーを容易く斬り倒す。


「おい、さっさとそこの捕まえた奴らを殺せ」

ベリー男爵が怒鳴るが、同時に魔王国の従者に変装していたアトス、ポルターその他の騎士が前に出る。


「お前たちはもう終わりだ。

和平反対派を炙り出せという宰相様の指示に従い、泳がされていたのが分からなかったか。

王国内の反乱軍は騎士団がすべて鎮圧した。連携した魔王国の反対派も潰されているぞ」


アトスの言葉に男爵はガックリと膝をつくが、カーク将軍はハリーに向かい、「お前だけは道連れだ」と走ってきた。


三剣士も決着したと油断していたため、ハリーの前は誰もいない。

「死ね!」

カーク将軍の剣に、ハリーは逃げようとするが間に合わない。


「ハリー、ぼーとするんじゃない!」

ハリーの隣りにいたエレナがスカートに隠してあったレイピアでカークの腕を突く。

「痛い!」

将軍の手から剣が落ち、ポルターが彼の上に伸し掛かる。


「やれやれ、危なかったなあ。

ハリーさんに危ないから隠れときと言われて助かったわ」

カレンが見物人の中から出てきた。


「カレン様が無事であることが和平に一番大事ですからね」

ハリーは先程殺されそうになったとは思えない、平然とした顔で言う。


「アンタ、死にそうになったのに平気なのね」

普通は真っ青な顔になるのにと不思議に思ったエレナが尋ねる。


「和平交渉で魔王国に行ったときはもっと怖かった。

カレン様にスパイと疑われて、丸太に縛られ矢の練習台にさせられたからね」


カレンは気まずそうに横を向き、アハハと笑う。

(だからアタシがレイピアを突きつけても平気だったのか)

そうだとエレナは思いついたことがあった。

「アンタ、こんな危ない橋を渡るなら、アタシが武術を教えてあげようか」


「好意はありがたいが、そんな時間があれば他にやることが山積している。

強い護衛がいればそれで済む」


せっかくの提案をすぐに拒否され、不機嫌になるエレンにカレンが小声で話しかける。


「うちも言うたんやけどいらんって返されたわ。

武術の稽古やったら二人きりで親しなれると思ったんやけどな」

そしてニヒヒと笑い、競争やなと言った。


徴税請負人ディーパックは騒動の間に逃げだしたが、ハリーは捜索しなかった。

「あの男、多くの妻子を売り飛ばし、恨んでいる者は数知れない。

必ず惨殺されるよ」


その他の反乱者は騎士団に護送されて王都で裁かれる。三剣士も同行する。

彼らは宰相の命でハリーを守るとともに、彼を餌に反乱を煽る工作をしていた。


「あのクソジジイ。魔王国の要人が無事なら、僕や伯爵様は死んでもいいと思っていたな」

アタシのことは心配しなかったのかとエレナに詰問されたハリーは、「狙われているのは魔王国人だけと聞いていた、軽視したわけではない」と懸命に弁解した。


さて、和平祭から半年。

反対者も居なくなりハリーの施策は順調、エレナは彼の横に居て、施策を勉強する。

「僕の居なくなった後はエレナ様が指揮を取るんだよ。

優秀な婿をとって仕事を分担してもらえばいい」


いくら止めてと言ってもエレナ様と呼び、別れた後のことを話すハリーの態度を悲しく思うエレナだが、自分からここに残ってくれというのはプライドが許さない。


ハリーが魔王国に出張に行っている間に、エレナが彼の部屋に資料を探しに行くと机の上に㊙とある書類が置いてある。


何かと思って中を見ると、今後のパラグター領の発展についてだった。

ボルガ河からの灌漑による農地の開発、銀製品など手工業の振興、魔王国との交流の深化など長期的な構想であるが、最後に、『実行できる人材がいない。ここを去るのが残念だ!』と書いてあった。


(何よ。あんな顔してアイツもここに居たいんじゃないの)

エレナはハリーの仏頂面を思い浮かべて少し笑う。

そして彼を引き留める方策を父に相談に行った。


帰ってきたハリーは王都に戻る準備を進める。


そして、パラグター家を去る前、ハリーとエレナの婚約解消を兼ねたお別れパーティが開かれる。彼が来てから3年、伯爵家の家臣や領民から別れを惜しまれる。


「エレナ様、お世話になりました。

初対面ではすぐにお別れと思ったんですが長い付き合いになりました。

ここまで育てた領地、うまく成長させてください」


寂しさを隠すためか皮肉げに挨拶するハリーに、エレナは深刻そうな顔をして答える。

「アンタに言うことがあるの。

最近身体が痛くて、それも段々酷くなるの。

調べてもらうと身体の問題じゃなくて呪い。

心当たりが無かったけど、どうやら初代の戦士様の誓約のためみたい。

その誓約には、兵站を十分に用意してくれた荷物持ちに感謝し、その子孫と縁があれば婚姻すべしとあって、それに違約するのが原因よ。

アンタなんかを婿にもらうのは本意じゃないけど初代様の命令なら仕方ない。

それにアタシを妻にすれば、武芸の心得のないアンタを守ってあげるわ。

商人流にいえばとてもお得な取引よ」


そう言い終わると真っ赤になってそっぽを向いた。

唖然とするハリーに、伯爵や家臣が口々に言い募る。

「まさか結婚せずに娘の生命を危険に晒すなど言うまいな。

勇者パーティーの末裔同士の婚姻なら初代様も貴様の先祖も喜ばれる」

「姫君の為だ。早くハイかイエスか決めろ」


「ハッハッハ

わかりました。御先祖様の名を出されれば仕方ないですね。

エレナ様には生命を救われた身。オマケに護衛もして頂けるとは有り難い限り。私で良ければ婿となりましょう」

ハリーの一言で、エレナとパラグター家は安堵する。


結婚後、ハリーは伯爵家の当主を譲られ、益々所領を発展させ中興の名君と呼ばれる。その夫人エレナとの仲は睦まじく、5人の子を成すが、偶にある夫婦喧嘩では妻をエレナ様と呼び、掌の古傷を痛そうに撫でて夫人を閉口させたという逸話が残る。


























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破産寸前の名門ツンデレ令嬢と領地再建屋 @oka2258

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