中(領内の荒廃と改革)

エレナは起床すると、ハリー達は既に出立したと聞き慌てて追いかける。

「居候が勝手に出かけないで」

追いついたエレナは文句を言うが、ハリーはそれをスルーし、雑草と廃屋だけが残る一面の荒野を眺め、おもむろに土を掬って舐める。


「豊かな土壌だ。それが荒地になっているのは何故だと思う?

そもそも初代王となった勇者は、戦士に魔王国からの守りを託す代わりに広く豊かな領地を与えているんだ。それを破産同然にするとは勇者と戦士が泣いているよ」


嘆くように言うハリーに、エレナは噛みつく。

「なんでそんなこと知ってるのよ!」


「我が家の先祖は勇者パーティーの一員の荷物持ちだった。

物語では端役で馬鹿にされるが、御先祖は兵站をすべて担っていた。

誰も金銭に無頓着な癖に、求める水準は高く随分苦労した。とりわけ戦士からは質量とも揃った食料や武器を要求され弱ったそうだ。

御先祖は魔王戦が終わった後、宮仕えはせずに商人になったが日記を残していたから事情は知っている。

さて次の場所に行こうか」


「待ってよ。我が家は栄光ある戦士の末裔。

荷物持ちの子孫のアンタを婿になど形だけでも御免よ!

融資だけ貰えばお払い箱よ」


「僕もご先祖には誇りがある。馬鹿にする家はお断りだ。

御宅の再建のメドがつけば王都に戻って良いと言われているが、経営再建には次期当主という権力が必要だ。それまでは協力してくれ」

そう言うと、ハリーは口を閉じ馬を飛ばして山の方に進んでいく。


何処に行くのかエレナは訝しく思うが、やってきたのは廃坑となっている銀山。

「残念でした。初代様から暫くは銀がザクザク採れたらしいけど、もうかなり前に採り尽くして廃坑になったのよ」


「そうかな。この岩は光っている。

中には銀が入っているようだ」


「素人はそう思うけど、銀を抽出する費用の方が高いのよ」

エレナは自分が聞いた話を得意げに言う。


「そうかな。知らないようだが他国では新技術で廃坑を復活させたと聞く。

今日はここまでかな」

ハリーは銀の含まれる岩石を大きな袋に入れて護衛に持たせ、引き揚げるが、その途中で名主、農民、商人などを捕まえ片っ端から話を聞く。


声をかけられた彼らは怪訝な顔をするが、領主の娘エレナを見るとすぐに応諾する。ハリーは巧みに彼らから話を聞き出し、エレナは民の生活の苦しさを初めて知り、心を痛めた。


城に帰るとエレナはハリーと別れたが、彼はその夜遅くまで文官を呼び出し聞き取りをしていたようだ。


次の日、ハリーは魔王国との国境であるボルガ河を見に行く。

「この大河が敵の侵攻を防ぐ天然の砦よ。

そしてあそこに見える不落の要塞イゼル、兵五千は籠もれるのよ。河と城、そして伯爵家の強兵が我が国を守っている!」

エレナの熱弁に取り合うことなく、ハリーは河の幅や深さを測り、付近の漁師から年間の水量を聞き、エレナの案内でイゼルを見学して帰る。


それから2ヶ月間、ハリーは昼は領内視察と聴き取り調査、夜は自らのブレーンや伯爵家の文官と検討を重ねていた。エレナは彼の部屋の灯りが消えたのを見たことがない。


「お父様、彼は何をやっているのかしら」

エレナは父の伯爵と食事を摂りながら話していた。

「さあな。探りを入れてもなにも言わんが、そろそろ纏まるようだぞ。

何を言ってくるやら」


エレナが部屋を出ると、伯爵の弟のベリー男爵とその息子キャスパーがニヤニヤしながら徴税請負人と話しているのと会う。


「エレナ、相変わらず美しいな。

王都から来た文官のお守りをさせられているんだって」

流行りの装いをしたキャスパーが軽薄に声をかける。

彼がエレナの婿と次期当主を狙っていることは周知のことだが、エレナはこの遊び人の従兄弟を嫌悪していた。


「エレナ様、これは贈り物でございます。

今後もよろしくお願いします」

領内の最大の徴税請負人、ディーパックが恭しくエレナに宝石を渡す。

「まあ、嬉しいわ」


エレナがニコニコして受け取っているときに、ハリーがやって来た。

「ディーパック、民から搾り取り儲けているようで何よりだ。

エレナ様、あなたも民の血と汗と涙の結晶の賄賂を貰うとは見損ないました」

「ハリー様、まだ居られたのですか。さっさと王都に帰られたらどうですか」

ハリーとディーパックは険悪な雰囲気で睨み合い、エレナは賄賂と言われショックを受ける。


ハリーはそのまま伯爵の執務室に行き、エレナも黙って後ろを付いていく。

「伯爵様、領内改革案と融資額の試算ができました。

改革案のポイントは3点。伯爵軍の傭兵・出稼ぎ、銀山の再興、魔王国との貿易です。更に、徴税請負人に丸投げしていた民政と税務を伯爵家で行うことが重要です。民は徴税請負人に最大限搾取され逃亡しています。このままでは領内に人はいなくなります。

この案を承認頂ければ、このために必要な投資と運転資金、合わせて10億ゼニーを融資してもらうよう王都の豪商に説いて回ります」


ハリーの顔はこれまでの淡々としたものでなく、緊張感漲るものであり、エレナはドキッとする。


伯爵は重臣を集め議論を重ねた。ベリー男爵などの保守派は猛反対したが、金庫にあるのは借用書ばかりで飢えに苦しむ家臣が出ている中、他に手はなかった。


伯爵の承諾を得たハリーは融資の依頼に王都に赴くこととするが、エレナは伯爵家の証人としてそれに同行する。


王都では、宰相とハリーの父はこの案を認めてくれたが、肝心の融資してくれる筈の豪商達はなかなか首を縦に振らない。

連日、詰問にも似た詳細な問答を重ね、説明と懇願を続けるハリーは疲れ切っていた。

「商人くんだりが、王政府も認めているのに金を貸さないなんてふざけてるわ!」

見かねたエレナが怒り出すが、ハリーはそれを宥める。

「お金は商人にとって騎士の武功や恩賞と同じ。

ギリギリまで粘るのは当たり前。それを理と利で説き伏せられない僕が悪い」


「アンタ、なんでそこまで我が家のためにしてくれるの?」

エレナは疑問に思う。

パラグター家は彼のことをモヤシの文官と馬鹿にしているのに、心身を抛って頑張る彼の行動が不思議だ。


「やりかけの仕事は仕上げたいという意地だな。それと御先祖が生命の危機を戦士に助けられたので、迷惑にも子孫にその恩返しを誓約されているためだ。

知っての通り、誓約の違反は生命に関わるからね。

まあ必ず成功させるから心配しないで」


エレナはそれを聞き、ハリーのやり遂げる覚悟に感銘を受けるが、表に出さず

「ふん、心配なんかしていない。ちゃんと成功させてくれないと我が家も困るのよ」と肩を怒らせる。


1ヶ月かけて、無事に豪商を説き伏せ融資を受けると、直ちにハリーは実家の手代達を部下として引き連れて改革に邁進した。

その為にはエレナの婚約者の名を存分に使って家臣の反発の抑え込みや徴税請負人の追放を行い、剛腕を振るう。


まず即効性のある銀山から手を付けるが、融資を使い導入した技術により銀が産出される。その成功はハリーの名を高め領内の空気を明るくさせる。

それに乗じて、軍の若手と手を組み、王都のギルドと提携し、警護や傭兵その他の仕事に精強と名高いパラグター兵を派遣することで大きな収入を得る。


更に最も反対の大きかった魔王国との貿易に着手し、要塞イゼルを交易場に改装し、そこに魔王国商人を呼び寄せ、両国の物資のやり取りをし、金を落とさせる。新たな物資の流れは伯爵領に大きな繁栄を生んだ。


「よくやってくれた。これで破産寸前の我が家も一安心だ」

伯爵がハリーを褒める。

この間約2年、ハリーは不眠不休で走り回った。

伯爵家が全面的にバックアップしていることを示すため、エレナも同行し、彼の苦労をつぶさに見る。


豊かになった家中や領民は、表向きのエレナとハリーの婚約者という話を信じ、ハリーが当主となることを望む声が高い。

そういう声を聞く度に、エレナは返答に困るが、ハリーは笑っているだけだ。

(やはり王都に帰るつもりなのね)

何故かエレナの胸は痛むが、ハリーの様子からその時期はそろそろのような気がした。










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