破産寸前の名門ツンデレ令嬢と領地再建屋

@oka2258

上(和平成立と出会い)


「はあ、今なんと言われましたか?」

至急の案件と王宮に呼びつけられたパラグター伯爵は、飾り気のない執務室で対面に座る宰相の言葉が信じられずに聞き返す。


「長年の戦で耳が悪くなったか。

もう一度言うぞ、よく聞け。

我が国は魔王国と和睦することに決定した。

よって最前線で魔王国との防衛を担ってきた伯爵家への支援は打ち切る」

一見好々爺風の宰相は、伯爵の聞き返しに気を悪くした風もなく、淡々と言葉を繰り返す。


「げっ、何故そのようなことを決められた!」

聞き違えではなかったと知った伯爵は宰相の辣腕ぶりを知っていたが、所領の窮状を考えると言わずにはおられなかった。


「それでは初代様以来魔族と戦ってきた伯爵家の存在意義は?

また王政府の援助で成り立っていた我が家はどうすればいいのですか!」

筋肉ではち切れんばかりの巨体を立ち上げ、老いた痩身の宰相に掴みかからんとするかのように伯爵は吠える。


「うるさいわ。

戦場のように大きな声で怒鳴るな、馬鹿者」

歴戦の伯爵の様子にも宰相は恐れることもなく叱りつける。


「長年の戦でお前達が勝てなかったから和平するしかなかろう。

だが、初代王である勇者の友、戦士の末裔を潰すわけにはいかん。

援助金は送れないが、領地経営を立て直すために融資と再建人を送る。

和平の功労者であるグリューワイン子爵の次男だ。

貴様の一人娘の婿、次代の当主と言って存分に手腕を振るわせろ。

気に入れば本当に婿にしても良いぞ」


安心しろという宰相の言葉に、伯爵は天を仰ぐ。

グリューワイン子爵と言えば豪商出身で、その財務感覚を買われて破滅的な王国財政の改善に辣腕を振るった男。軍事費には特に大鉈をふるい、伯爵達主戦派の憎んでやまない敵である。

その次男を形だけとは言え婿にだと、気の強い娘の怒る顔が脳裏に浮かぶ。

しかし、ここまでの段取りを断れば、この老宰相は「じゃあ勝手にしろ」と見捨てるだろう。


「わかりました」

伯爵は力無く座り込み、身体に似合わない蚊の鳴くような声で応諾した。


その後、魔王国との和平が正式に調印され、パラグター家の居城へ10名あまりの男たちがやって来た。


衛兵に誰何された彼らの中から、黒髪で中肉中背、二十代前半の平凡な若い男が出てきて、「グリューワイン子爵の息、ハリーが来たと伯爵様に伝えてくれ」と言う。


衛兵が訝しげにその旨を伝えると、伯爵は苦い顔をして、中に通すように命じた。娘のエレナは芳紀16歳、その美貌と武術の名手であることから北方の宝玉剣と呼ばれている。彼女は印象的な大きな蒼い瞳を吊り上げ怒声を上げる。

「腰抜けの文官風情が武名高い我が家の婿になど形だけでもありえません。脅して追い返しましょう。相手が逃げ帰れば宰相様もやむ無しとするでしょう」


「ならいいがな。

奴の父親は王政府の有力者。怪我をさせずに帰ってもらえ」


「伯爵様、お客様は客間にお通ししました」

執事の言葉に伯爵とエレナはそちらに向かう。


簡素な部屋では、お茶も出されず貴族の身なりの若者とその後ろの従者らしき男たちが待っていた。

「待たせたな。当主のウィリアム・パラグターだ。

よく来てくれた。宰相様からは当家の婿の肩書で所領経営に当たると聞いているが、まずはその手腕を見せて欲しい」


「はじめまして。

ハリー・グリューワインです。伯爵様のお言葉、ごもっともです。

では当家の内政を預かり、改善の処方箋から作りましょう」


淡々としたその言葉が終わらないうちに、ハリーの喉にレイピアの切っ先が伸びる。

「はっ。私達が敵ならアンタはもう死んでたわね。

こんな手加減した一撃も躱せない平和ボケした文官が我が家の婿だと。ちゃんちゃらおかしいわ」

エレナが嘲笑し、それに合わせて周囲の騎士も爆笑する。

伯爵も止めずに苦笑するばかり。


ハリーは面倒そうにレイピアの先を掴むと、後ろで立ち上がる護衛を制止し、掌から血を出しながら切っ先を外す。

「なるほど。名も知らぬご令嬢、見事な腕前ですね。パラグター家の歓迎ぶりがよくわかりました。

では私は直ちに引き上げますので、宰相様には自力で頑張られますと伝えておきます」


「待て待て。

金は王政府が貸してくれるのではないのか」

伯爵が慌てて言う。


「王政府の金庫はカラッ欠ですよ。

宰相様から王国創設以来の名門をなんとかしてくれと父が頼まれた、僕にお鉢が回ってきたのです。

まずはここの処方箋と必要な融資額を見積もり、それを王都の豪商で融資する段取りだったのですが…」


「ではお前は我らの求める額をそのまま書けばいい!」

伯爵の隣に並んでいた一人の騎士がハリーに襲いかかる。

するとハリーは身体を後ろに滑らせ、代わって巨体の護衛が前に出てきて騎士の腕を掴むと背負投を食らわした。


それを切っ掛けに伯爵家の騎士とハリーの護衛が睨み合う。

そんな中、ハリーののんびりした声が聞こえた。

「アトル、暴力で解決するしか頭にない人達を相手にしても仕方ない。

もう帰ろう」


「アトルだと。では、他はポルター、アルミン。

その姿は騎士団最強と言われる3剣士か!

何故こんなところに?」


「当たり。軍事費を削られ給与カットの騎士団を退職、父が高額で雇いました。だから無駄な戦いをせずに帰らしてもらうよ」


このまま帰しては融資は無くなり、呆れ果てた宰相から見捨てられるのみ。

伯爵はプライドを捨て、頭を下げる。

「済まなかった。儂の統制が行き届かなかったことを謝罪する。だから融資の件は頼む」


伯爵の姿を見て、ハリーはため息をつき、わかりましたと言う。

「このまま喧嘩別れで帰れば宰相様も許してくれたのになぁ。

では、明日から領内を見て回り調査いたします。

領内を案内してくれる人として伯爵のご令嬢らしきあなたにお願いしますか」


そう言うハリーを睨みながら、エレナが手を上げる。

「わかった。アタシが案内する。エレナ様と呼びなさい。

コイツはひょっとしたら魔族と通じるかもしれないし、よく見張ってやる」


「はいはい、では明日からお願いします。

レイピアでなく、頭を使ってくださいね」

ハリーはそう言い捨てて、エレナや家臣団の怒りの表情を気にも留めず、掌の傷から血を流しながら与えられた宿舎に引き上げた。









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