第51話 唐王朝の衣食住展の話+α
掲題の通り、飯田橋にある日中友好会館主催の唐王朝の衣食住展に行ってきました。以前、黄梅劇と変面の講座を受講した(https://kakuyomu.jp/works/16817330651319871394/episodes/16817330655234071426)日中学院に隣接している建物です。
余談ですが、飯田橋には印刷博物館とKADOKAWA本社もあり、比較的最近になって足を運ぶ機会が多い場所になりました。
無料ということもあってか、展示室はさほど大きいものではありませんでした。展示品130点とありましたし、じっくり見ても小一時間もあれば十分でしょうか。
多彩な髪飾りと、唐の各時代のメイクの変遷が眼福だったほか、創作的には数多くの衣装がセットで&マネキンに着せた状態で展示されていたのが参考になりそうでした。衣装の組み合わせや色遣い、紋様の詳細等々、間近に見られて楽しかったです。
前回の古楽+唐装束講座で、盤領袍の襟の上のところを返す
場内では、唐代の管楽や胡旋舞の映像も流れていました。前回もパフォーマンスを見せてもらった上海の古楽演奏団体・自得琴社さんの動画も含まれていて、営業活動頑張っておられる……などと。
開催期間中最初の連休ということもあってか、大阪を拠点に古楽や古代中華の風俗を研究されている大阪七絃琴館さんによるファッションショーとコンサートも開催されたので、しっかり観てきました。前回に引き続き、聴覚部分からも描写の解像度を上げることができそうで実りの多い一日でした。
唐王朝の衣食住展自体は、2024年12月1日までの開催です。大阪七絃琴館さんのパフォーマンスは明日(2024年10月13日(日))も行われるとのことです。
また、そのほかにも期間中に諸々のイベントや公演が行われるとのことなので、公式ホームページを確認の上、ご都合合う方は行ってみると良いのではないかと思います。図録が1000円は大変お買い得だと思いましたので、ゲットするためにも、ぜひ。
以下、+αの話です。あるいは中華とは何ぞや、の話でもあります。
最近、twitter(現X)上で、ライト文芸の中華ものは唐をモデルにしていることが多い、というポストを見かけました。
確かに唐代に流行した斉胸襦裙はこのジャンルの表紙で比較的頻繁に見かけるし、四夫人九嬪二十七世婦……の後宮制度もよく採用されている、気がします。
けれど一方で、唐の宗室である李氏は(漢民族ではなく)鮮卑系です。中華といえば、な儒教もまだそこまで浸透していない時代だし、科挙の制度も固まり切っておらず、門閥貴族なるものがまだ健在でした。
多くの書き手さんが参考資料として挙げる「大唐帝国の女性たち」(高世瑜 著、 小林一美、任明 翻訳、岩波書店、1999年)を読むと、後代の女性が儒教社会の中で抑圧されたのに比べれば、唐代の女性たちのフリーダムさアグレッシブさが目につきます。正直、蛮性高いな……と思ったし、公主や后妃の振舞いに至っては風紀乱れてるな……とさえ感じましたし、実際そんな評価もあるとのことでした。
やや横道に逸れますが、つい先日、本エッセイでもたびたび言及している明治大学の加藤徹先生のオンライン講座をまたも受講しました。
題して「中国女性史 逆ハーレムの中国史」というめちゃくちゃ面白いテーマだったのですが、中国史において愛人を囲ったり「逆ハーレム」を築いたりした有名な女性は唐以前の時代が多い、というお話がありました。
その理由としては、儒教思想が浸透していなかったり、後宮制度が確立していなかった(緩かった)りが挙げられる、とのこと、則天武后が出現する余地があったように、唐代の気風は後の時代と比べてやはり独特なものがあったのでは、という気がします(中華王朝史、最後の最後で西太后が出てきたりもするのですが)。
唐王朝の衣食住展の展示品を見ても、唐代のものって「いわゆる中華」でイメージするものよりはだいぶ色鮮やかだったりデコラティブだったり、西方風味というかエキゾチックな雰囲気のものだったりする気がします。あと、影響受けたから当然なんですが、日本人の目からすると「奈良時代っぽい」と思うんじゃないかな、などと……。
つまり、唐の文化は「中華」のモデルケースとして参考にするにはスタンダードな「中華」ではないのではないか──という疑問が、ここのところ中国の歴史の水際でちゃぷちゃぷしている身を悩ませているのです(スタンダードな中華王朝とはいったい何か、というのも深遠な疑問ですね)(たぶんそんなものはない)。
とはいえ、何も「中華もので唐制をモデルにするのは間違っている」と言いたいわけではありません。
調べれば上記のような差異が気になったり疑問が湧いたりする上でなお、唐は恐らく日本人にとっては一番著名な中華王朝であって、そのイメージを借りて・それに乗っかって創作するのは合理的な判断だと思います。
漢詩の中で唐代の作品が占めるウェイトが非常に多いように(先日読んだ漢詩の本、紙幅の6割くらいが唐詩に費やされていてなるほどそんな感じか……と思いました)、唐代に生まれた中華ならではの要素もたくさんありますし、唐代が好きだからモチーフにして創作するよ! も素敵なことだと思います。上述したような女性の強さや自由さは、現代のエンタメに仕立てるにあたってはキャラを作りやすく話を転がしやすい利点にもなるでしょう。
要旨としては、多くの読者が思う「中華」とはかなりふわっとしているし、特定の王朝を想定したものではないと思われるということ、よって(史実ベースの物語は別として)「中華もの」を書くにあたって必要なのは細かな考証ではなく、むしろ「ふわっと認識されている中華っぽさ」を上手いこと抽出して描き出すことではないのだろうか──ということです。
例えば私が中華ものに望むのは、衣装や建築、調度品の煌びやかさ、後宮や政治を取り巻くシビアな陰謀やドロドロな人間模様、厳格・残酷な制度の束縛や制約、そこから生まれる葛藤──などでしょうか。
上記の空気感を醸すために、史実のエピソードや制度、諸々の名称を調べることも必要だったり大事だったりはするでしょうが、必ずしも特定の王朝に倣っていなくても良いし、正確でなくても良い・大いに創作を交えて良いと思っています。物語上の説得力と面白さがあれば、すべてが捏造でもまったく問題ないかと……。
いわゆる「ナーロッパ」では、時代や国を特定せず、何となくドレスを着た王族や貴族がいて婚約破棄したり政略結婚したりしているように、何となく名前が漢字で漢服を着ているだけのふんわり中華も良いし(漢服可愛いですよね)、たぶんこれから増えていくのではないかとも思うのですが。今現在、あえて中華ものを書く・読むとしたら期待する・される雰囲気はあるはずで、それが何かを模索すると「っぽさ」が出せるのではないかなあ、などと思います。
この辺り、あるていど調べると誰でもぶち当たる問題なので、だから「フィクションです」「特定の王朝をモデルにした世界観ではありません」などの注意書きをよく見かけることになっているんだろうなあ、とも。
大切なのは「っぽさ」、読者のイメージを裏切らない雰囲気や空気感であって、特定の王朝の文化制度、風俗の細かな名称を調べ上げてその用語で作品を書くことは目的ではないのではないでしょうか。
だから考証はそんなに身構えなくても大丈夫ですよ、ともいえるし、何だかよく分からない「っぽさ」を描き出さなければならないのはもっと大変かも、ということでもありますね。
中華とは、中華っぽさとは何なのかという深く面白く難しいテーマ、みんなもっと取り組むと良いのですよ……。
本エッセイ、衣装についての話と後宮の位階の話のPVが突出して伸びています。
恐らく、中華ものを書きたいと思っている方がネックに感じる部分がそこなのかな、と思うのですが、上述の通り、そこはむしろ些末だと思います。参考になる情報をお出しできているなら嬉しく光栄なことではあるのですが。
書いている側としては「分からないところをこう想像で補ったよ/誤魔化したよ」「史実のこのエピソードをこう利用して話を作ったよ」「実際はこうだけど伝わらなさそうだからこう書いたよ」「こういう話があるらしいから描写に反映させようと思ったよ」みたいな話のほうが実際的で参考になるんじゃ……と思っているので、色んな話題を覗いてみていただけると良いな、と思うし、ほかの方の試行錯誤も見せていただきたいな、と思っています。
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