第27話 科挙についての話②

 明史選挙志について、および科挙について、前回と前々回では語り切れなかったので、もう少し続きます。今回は自作に活かしたいところ、活かしたかったけどどうも違ったっぽいところについてになります。つまりは、拙作「花旦綺羅演戯」の登場人物たちや筋書きに、科挙がどう関わり得るか、となるでしょうか。




 京劇(っぽい)芸能を扱った拙作に関わる科挙の規定としてまず上がるのは「俳優の家は受験禁止」ですね。出願時には曾祖父までの経歴を提出させるようなので、その範囲に俳優、というか芸に関わる者がいてはならないと解釈して拙作世界に当てはめると、(役者を父に持つ)燦珠の場合、曾孫の代まで科挙の受験はできない、ということになりますね。燦珠が子供を持つか否か、持ったとしてその子が芝居の道を選ばことがあり得るかはともかくとして、こうして具体的に考えてみると結構厳しい規定のような気がします。

 以前語った、役者の苦難についての話(https://kakuyomu.jp/works/16817330651319871394/episodes/16817330652237878320)でも言及しましたが、名優であっても子孫が役者を続けることを望まなかったケースがあるのも、より納得がいきますね。実現・合格可能性はともかくとして、科挙及第はかつての中国人の理想であったはずですから。比べると役者としての名声も霞んでしまうということだったのかもしれません。まあ、現代よりは戸籍ロンダリングもやりやすかったのではないかと思うし、実際そういう手法もあったそうですが、やらずに済むならそれに越したことはないでしょう。


 なので、拙作の登場人物の多くにとっては科挙は他人事であり関係ないもの(そもそも女性ばかりですし)──かというとそんなこともなくて、香雪や華麟の親類縁者は科挙及第を目指して必死に勉強しているのではないかと思います。特に華麟の謝家は、権勢を維持するためにも進士を輩出し続けなければならないので大変そうです。この辺り、前回紹介した「世界史リブレット 科挙と官僚制」によると、一族単位で学費を出し合ったり学習方法を蓄積したりすることもあったそうで、富裕な家ほどしっかりノウハウを確立していたのかもしれないですね。

 なお、あるていど以上の位階の高官は、科挙を経ずに子を国子監(最高学府)に入学させることができる任子の制(蔭位いんいの制)、というものがあります。父親の忠勤に対する恩典とも言うべき措置で、華麟の謝家なんかは躊躇わずに利用しそう──と思っていたのですが。「世界史リブレット 科挙と官僚制」(こちらは宋代の例でしたが)および「明史選挙志」によると、恩蔭おんいんによって登用された者は出世にも限界があるとのことで、結局楽なルートはない、ということのようです。

 また、「明史選挙志」によると、特例による恩蔭として「諫言して死を賜った忠義の官の子は国子監に入れる」というケースがあるそうです。諫言を忠義として認めるなら、そもそも死を賜らなくても良いのでは……と思うのですが、皇帝の代替わりの後の話ということなのか、あるいは後になって冷静になったりすることもあったのでしょうか。いずれにしても、創作に組み入れられそうな面白いエピソードだな、と思います。




 もうひとつ、「明史選挙志」を読んでいて興味深かったというかイメージと違ったのが、皇族も科挙受験が可能だった、という記述ですね。科挙と言えば出自を問わず人材を登用するための制度であって、教師や教材に恵まれているであろう偉い人は平民の席を奪うべきではないのでは、と思っていたからです。何なら、作中の皇帝である翔雲はそういう考え方にしようかと思っていたくらい。が、「科挙 中国の試験地獄」にも、たとえ高貴の出自でも自力で科挙及第してこそ、という価値観が主流であった、というような記述があって、では考え直すべきかな、と思っているところです。上述の通り、恩蔭による登用と科挙による登用は、はっきり差別されていたようでもありますしね……。別に史実に沿わせなくても良いのですが、気分として。


 なお、明代において皇族の科挙受験が可能になったのは万暦年間とのこと。結構後のほうです。私見ですが、明朝の方針としては、本来は皇族には科挙を受けて欲しくなかったのではないかと思っています。外藩から挙兵し、甥を弑逆して即位した永楽帝の反省(?)を踏まえて諸王の政治的・軍事的勢力を極力奪っていったと聞きますし、高官になり得る才覚は示さなくて良い、ということではなかったのかな、と。一方、増え続ける皇族に支給する俸禄が財政を圧迫していたという記述も目にしたので、自立できる人は自立してくれ、となったのが万暦帝のころだったのかな──と、これもまた勝手に想像しただけなのですが。あるいは、政治への無関心で有名な万暦帝のこと、その辺どうでも良くなっていたのかもしれません。

 上記を踏まえて拙作の事情を考えると、翔雲は傍系ながら帝位に望まれるほど優秀、という設定になっているので、その気になれば科挙及第できるのかもしれません。また、先帝である文宗は万暦帝並みにやる気がないので危機感を覚えたりはしなかったでしょうが、さすがに先帝の存命中は「それはヤバイ」と止める人もいただろうし、翔雲の父王も余計な疑いを招きたくはなかっただろうし、翔雲は受験を検討したことはなかったと思います。


 ……という感じで、調べ物から自作世界の妄想を広げたり掘り下げたりして、構想を練っているところです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る