第18話 役者の苦難について、あるいは史実を創作にどう生かすかの話①
今回は京劇役者が舐めた辛苦について説明しつつ、本で読んだエピソードをいかに創作に組み込むかの話です。着想元と創作物(の概要)を併記することで、何かの参考になるかも、意図での回です。
さて、まずは掲題の役者の苦難についての話に入ります。いくら技術が高く、名声をほしいままにしたとしても、役者業が水商売であり、しばしば蔑まれるものであったことは時代や国を問わずおおむね共通しているようです。本邦の歌舞伎役者も、しばしば理不尽な統制・弾圧を味わいましたしね……。
京劇を好んだ歴代の清朝皇帝の逸話を見ても、(ソース不明なものも多々ありますが)役者の片言隻語を理由に死を賜った雍正帝、反満州族的言論の弾圧の一環で芝居の脚本の検閲も行った乾隆帝、役者が方言を使ったのを嫌って褒美を取り上げたり杖刑に処した嘉慶帝、等々の酷いエピソードが満載です。初期の名優・
特に、権力の強大さと京劇への耽溺振りで他の追随を許さない西太后は逸話が豊富です。個人的に以下のエピソードがとても味わい深いと思っております。
丑(道化役)の名優・
……「そんなひどい」と「なぜ許されると思った」の想いが相半ばします。言論の自由って大事ですね。面白いと思ったらGOしてしまうのが役者なのかもしれないし、思い上がりがあったのかもしれません。
とにかく、役者の根性とその扱いの軽さを象徴するようなエピソードのように思います。
このように、古くから役者はリスクや蔑視に耐えながらも舞台に登っていたのですが、怪我を負った時にどうするのか、という話も当然出てきます。
京劇について学んでいて驚いた、というか震えあがったエピソードのひとつに、武生の名優・
なお、上述の蓋叫天、後に日本軍に協力を求められた時に、この時の足の複雑骨折の傷痕を見せて「こんな傷を負ったのでもう演じられません」と言って逃げたとのこと。役者の矜持も強かさも感じるエピソードで本当にすごい、の一言です。
続いて、上述したような興味深いエピソードの数々をいかに拙作中に活かしたか、という話に移ります。人名を入れ替えて作中のエピソードとして流用する、という手段もあると思うのですが、そのまま使うのは創作者としてどうだろう、という考えも頭を過ぎってしまうのですよね。また、執筆のために調べものをしている書き手の方には分かっていただけると思うのですが、本に書いてある情報をそのまま使えることは意外とないので、資料をどう咀嚼するか・創作に組み込んでいくかの例示になると良いですね。
前半で述べた京劇役者の苦難について、拙作「花旦綺羅演戯」ではほぼ伝聞としてのみ処理しました。「ヒロインは役者を目指したいが、役者である父に反対される」理由として「権力者や金持ちは役者を理不尽に扱うもので、父はその実例をたくさん見て来たから!」と語らせる、という具合です。その反対をヒロインがどう押し切ったかは作品を見ていただくとして、文献から得た情報を、世界観や登場人物の描写に深みを与えるために利用した感じです。作中世界で役者として生きる/生きたい登場人物がどう感じるか、という補強材料にさせてもらった、というか。やや間接的な利用のし方になるでしょうか。
そして後半で述べた叫蓋天の足のエピソードについて。こちらも、とある登場人物の性格の掘り下げのヒントにさせてもらいました。「舞台に立つためにライバルに怪我をさせた少女。後に自身も足を折る怪我を負い、当然の報いと諦めようとするが、ヒロインに『役者は怪我をしても演じようとするもの、ライバルの子も今ごろ治して頑張っている』と諭されて再起と贖罪を誓う」──という流れに落とし込んでいます。叫蓋天の不屈の精神から、「役者ならこれくらい行ける行ける」と出力したものですね。まあ、スポーツで考えても故障したからといって即引退とはならないですしね。とはいえ、現代のスポーツ競技からよりは、役者のエピソードから考えるほうが私としてはしっくり来たので、何を参考にしたかを問われたら叫蓋天と答えることでしょう。
今回語った部分に関しては、文献の記述を直接作中に活かすのではなく(もちろん剽窃ということではなく、エピソードを丸ごと使うという意味で)、記述を材料……というか媒体・接着剤のように使って物語を補強するという使い方でした。意識してそうしたというよりは、読んだ時には「へー」「なるほどー」「すごーい」ていどで流した情報が、執筆しようとした時になって使い道が分かった! という感じだったかもしれません。作品に関連しそうな文献について、幅広く読んでおくといざという時に(?)使える材料がプールできるのかもしれません。
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