第13話 頭が高い話、あるいは礼の話

 中華ものの執筆にあたって微妙に悩ましいのが礼の扱いです。よく言われる「三跪さんき九叩頭きゅうこうとうの礼」(三度跪き、その度に三回ずつ額を地面に叩きつける)はどうやら清代の作法のようですが、中華世界において古来より君主の前で臣下が平伏する倣いがあったのはまあ変わらないでしょう。管見した限りでも、頓首とんしゅ稽首けいしゅ(それぞれ頭を地につけて深くひれ伏す)などの作法もありますね。また、清朝の貴婦人が行う最高礼として六粛ろくしゅく三跪さんき三拝礼さんはいれいというものがあるのも本で読みました(検索しても華流ドラマしか出てこなかったのですが、額を地につけこそしないものの、やはり深く平伏していましたね)。


 フィクション世界の描写に際しても、雰囲気の演出のためには、登場人物たちにはあるていど厳格な礼儀作法を守らせたほうが良いのでしょうが──現代日本人としては、平伏したりさせたりしたままで会話する場面は、書くのも読むのも居心地が悪いのではないでしょうか。そういう世界観だから、でこだわりを通すにしても、主人公が平伏したままだと描写が限られてしまって困ります。今回は、その辺りを拙作ではどう工夫したか、というかどう足掻いたかを書いてみます。


・床の描写を頑張る

 何しろ主人公の視界に入っているのは床だけなので……。とはいえ、場面が後宮の内部なら床さえも豪華! な方向で世界観の演出をすることは可能かと。拙作の登場人物は、よく絨毯の織り目を数えたり床の細工模様を眺めたりしています。


・音の描写を頑張る

 立っている・発話している貴人の声の調子に意識を向けさせて、平伏している聞き手側に表情や機嫌を想像させます。ほかにも衣擦れの音から衣装の格式・豪華さ等に思いを馳せさせることで、見えないなりに読者に情景を思い浮かべてもらおうと頑張っております。酒や料理の香りを漂わせたりもして、五感で描写できると良いですね。


 上記二点については、話の流れで顔を上げさせることができれば、予想と実際に目にした光景が一致しているかいないか、予想以上の豪華さなのか、意外な装いなのか──等で描写に厚みを与えることもできるのではないかと思います。「この視点人物はこの場面からこういう情報を読み取ってこういう予想をした」という情報もキャラ立てとしては有用ではないでしょうか。


・偉い人視点から描写する

 拙作だと皇帝になるのですが。いかに小細工を弄しても、やっぱり立って全体を見渡せる人の視点のほうが書きやすいですね。偉い人(皇帝)がやや偉い人(皇族)とやり取りしている間、主人公たちはずっと平伏している場面を書いた時はシュールだな、と思っていました。主人公が傍観者の場面で、平伏したままでの聞き耳で描写するのはさすがに限界があったので、の判断でした。


・「面を上げよ」

 中華世界の礼法云々と語っておいて、非常に敗北感があるのですが、結局これが一番手っ取り早いですね。破天荒な主人公(たち)の振舞いに、皇帝も顔を見て話したくなってしまうのですね……。一応、キャラクターによって躊躇ったり躊躇わなかったり、それを見ての皇帝の反応(主に「なんだこいつ」だったり、緊急の場合ゆえに咎める時間がない! だったり)を描いたりと、キャラ付けや世界観に相応の描写になるようにはしているつもりですが。

 ただ、この皇帝の態度、中華世界の天子としてはめちゃくちゃ甘くてどうよ、とは思っています。下々と気軽に・直々に言葉を交わしてくれる皇帝、威厳も権威もないですよね。だから拙作中では舐められているのでしょうが。とはいえ、その辺りを厳密に考証したところで、現代の読者が読んで感情移入できる存在ではなくなってしまうんだろうな、とも思うので、「これどうなんだろうなあ」と思いながらも、とても先進的な価値観の専制君主を描くのでした。


そんな優しい皇帝が登場する「花旦綺羅演戯 ~娘役者は後宮に舞う~」がこちらです。たまにはリンクを貼ってみます。

https://kakuyomu.jp/works/16817330647645850625

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る