第二話
その日は午前シフトの方の一人が休みを取りたいとのことで、シフトの融通が効くのはこの店では高川くらいであったから、早朝から通しで午前もレジに立っていた。
勤務時間は午前六時から午後一時までなので、法定休憩として四十五分、自由な時間がある。
午前十時頃から事務所に戻り、少し早めの昼食を摂っていると、店長が出勤してきた。
確かこの曜日は非番だったはずなのだが、そういえば、求人に応募があり、その面接の日が今日だったなあと高川は思い出して、そういうことかと一人で納得したのだが、高川の記憶では面接があるのは十一時からだったので、準備をするにしても、些か来るのが早いと思いつつ、箸を進めていたら、高川は店長からこのように言われた。
「今日面接する子、採用になったら高川くんが教育係ね、よろしく頼むよ」
「待ってくださいよ、店長。私はまあ自分で仕事が出来る自覚は確かにあるんだけれども、自分で動いたほうが早いんでね、他人に何か教えるのは苦手なの、あなたも分かってるじゃあないですか」
「まあまあ、そうは言わないでおくれよ。いつも通りに仕事をしているのを言葉で説明すればいいだけじゃあないか。高川くんはなんだかんだでやろうとすれば出来てしまうんだから、期待してるよ」
そのまま店長は、煙草の箱を片手に裏口から出て行ってしまった。
困ったものだ。高川は口が下手なもので、どうしても言葉足らずなところがあるのを本人も十分に自覚している。
しかしまあ、リイダアである手前、手当が出ているので、給料分の仕事はせねばなるまいと、決して乗り気でははないのだが引き受けることにしたのだった。
休憩も終わりに差し掛かった頃、食後の一服のため裏口から出て、灰皿の前でショートピースを一本取り出し口に咥え、高川は愛用のロンソンで火を着けた。
地元なんかではコンビニの前に灰皿があるのは当たり前で、上京してきたときは灰皿が無いことに驚いたものだ。
受動喫煙がなんたらとか、オフィスでも普通に吸えていた時代の人たちは未だ元気に暮らしているのに、割りを喰っているのが高川は気に入らないでいた。
幸いなことに、店長も喫煙者であるから、表向きは受動喫煙対策で灰皿は無いですよ、としていても、こうやって裏口を出たところの倉庫の陰には従業員向けの灰皿が置いてあるのだった。
もっとも、煙草を嗜むのは店長と高川、あとは夕勤の大学四年生の子くらいなもので、三人しかいないものだから、灰皿の掃除は週に一度、店長が暇なときに行なっている。
さて、そうこうしているうちに休憩も終わりである。
制服を羽織り、タブレットを一粒だけ口に含み、適当に噛み砕いて煙草の香りを誤魔化してからレジへと戻った。
レジの時計が示す時刻は午前十時四十五分。
時間ちょうどだ。
この辺り、高川は割と几帳面な性格をしている。
午後シフトも続けて入っているパアトさんも休憩を取る必要があるため、戻りましたと一言かけると、じゃあ、あとはよろしくとレジを任せられた。
そろそろ、件の面接の子が来てもよろしい頃合いである。
教育係を任されるのだ、顔くらいは覚えておきたいもので、チラリ、チラリと入り口の方を確認してしまう。午前十時五十五分、この辺りの高校生だろうか、制服姿の女の子が来店し、真っ直ぐと高川のいるレジへと向かってきた。
「すみません、今日、面接で来ました」
「ああ、はい。こちらへどうぞ」
高川はレジ前の戸を開け、裏の事務所へと案内した。
「店長、一応来てはいるのだけれども。おそらくは裏で一服しているのであろうから、まあ、そこの椅子にでも座って待っていてください」
そう言い、店長が容易したであろうパイプ椅子を指す。彼女が座ったのを確認して高川はレジへと戻った。
それにしても、女子高生にしては大人びた綺麗な顔をしていると、高川は感じた。
高川の学生時代は女性とあまり接点がなかったため、内心では仕事を教える以前に、しっかりと会話出来るかどうかという不安要素も新たに加わった。
午前十一時を過ぎると、川の護岸工事の職人さんを中心に混み始める。
もう慣れたもので、レジでバアコウドを通していき、客層ボタンを押してお客さんに支払い方法を選んでいただく。
そんな作業をこなしていれば、あっという間に午後一時、退勤時刻である。
女子高生は早々と面接を終えて帰路に着いたため、事務所に戻ると、店長が一人、発注作業を行なっていた。
「ああ、高川くん。さっきの子、採用だから。夕方がメインだけど、レジ打ちに慣れるまでは高川くんのいる時間帯に来てもらうことになったから。頼んだよ」
「まあ、そんな気はしていましたけれども。自分で言うのもおかしいですけれどね、年頃の女の子を私みたいな社会に馴染んでいるかも怪しい人間に任せていいんですか? 他の女性のパアトの方に任せた方が私にはマシに思えますけれどね」
「パアトさんたちは夕方の仕事を知らないじゃないか。その点、高川くんは全時間帯の仕事を把握しているんだから、私は適任だと思うけれど」
「そうは言いましても。いやあ、リイダアの手当の手前、断れないのは分かっておりますから。まあ期待はせずにいらしてくださいまし」
高川はそう言うと、ロッカアに制服を仕舞い、荷物を肩に下げて事務所を後にした。
外は今日も雨だった。
そういえば、もうすぐ梅雨が明けることを高川は思い出しながら傘を開いた。
ギタリストの犯した禁忌 煙屋敏光 @TOSHY
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