暁の明星

 「…キリがないな」


 思った以上にゴブリンが大量発生していた


 リオはゴブリンの群れを見つけては中級広範囲魔法で一掃していくが、たまに五十匹程のゴブリンが固まっているエリアがあり、そこで大量の魔力を消費してしまう


 「大丈夫か?リオ」


 「平気…と言いたいとこだけど、流石に疲れた」


 「一旦町に戻るか」


 先程行った"クリークタウン"へ向かった


 ———その道中、いきなり背後に気配があり振り向いた。

 が、辺りを見渡しても誰も居なかった…


 「アッシュ?」


 どうしたの?と言わんばかりの顔でこっちを見てる


 「いや、なんでもない」


 勇者であるリオが何も感じないのなら、気のせいだろう…


 念の為、奇襲に備え注意しながら町へと戻った




 「———なるほど、南エリアだけでもそんなに…」


 案内人の男性は険しい表情になり、考え込む素振りを見せた


 「流石の私でも、南側だけでこんなに魔力を消費させられるとは思わなかった」


 「見るからに、あなた達は強いのに……それ程大量発生していたとは」


 ギルドの男性の案内人はカウンターの下から何かを取り出し、それを俺に差し出してきた


 「では、このハイポーションを持っていってください」


 "以前"とは違い、ポーションよりも小さく四角い容器で、栓にギルド認定のラベルも貼ってある


 間違いなく本物のハイポーションだ


 「いいんですか?こんな貴重なものを…」


 「今頼れるのはあなた達しかいないので、これくらいの事はさせてください。ハイポーションだけでは大変だと思いますので、宿の手配はわたくしにお任せ下さい。...そしてこの資金もどうか受け取ってください」


 資金袋を受け取り、その場で中身を確認した。...なんと金貨三十枚も入っていた


 「こ、こんなに…何から何までありがとうございます」


 「…感謝する」


 クエストの大変さに応じたギルドの方針なのかもしれないけど、以前ゴブリンの巣窟探索およびゴブリンロード討伐のクエストと同じ報酬の額を前金として貰ったら、少し驚いた


 「———ただ、町の人の様子、ゴブリンの異常発生、冒険者不在など色々疑問はあるのだけど…終わったら聞かせて」


 リオは鋭い視線で案内人を睨む


 案内人も申し訳なさそうな顔をして、渋々応えた


 「…まだ全ての事情は言えませんが…この先討伐していくうちに、とてつもなく恐ろしいモンスターに出くわす事になります」


 「つまり、それを私たちで討伐しろと?」


 「………」


 黙って頷く案内人に、リオは目を伏せた


 「…なるほど、今ので大体事情はわかった」


 俺も事情というか、その恐ろしいモンスターが全ての元凶なのは理解しそれを討伐させようとしているのはわかった


 腕を組み、右手は顎に添えて上品にポーズをキメたリオ


 「私たち———"暁の明星"に任せて」


 「?…あ、君達のチーム名かな」


 「そうだと思います」


 よくそんな名前をほいほいと思いつくなぁ…


 「…信じてますよ、暁の明星さま方」


 「はい、任せて下さい」




 ギルドを出たあと、魔力回復待ちがてら再び商店街へ赴いた


 「…ここ入らない?」


 そう言われてある店の方を指さした


 随分とパステルな店だ。表札を見てみる…


 「喫茶-パンナショコラッティエ-」


 「入ってみようよ」


 リオは目を輝かせている...入りたがっているようだ。こういうお店に入ったことないから、緊張するなぁ


 「い、いいよ」


 「決まりね」


 俺の手を握り、リオの指と俺の指を絡めて店の前へと向かう


 喫茶店の入口。初めて入る明るいお店と、リオの手で俺は緊張と恥ずかしさからか、顔が火照ってきたのを感じた


 ふとリオはこっちを見て俺の顔を見て目を見開いたが一瞬、再び前を向いて喫茶店の扉を握り、開けて入った


 「いらっしゃーい」


 男性の店員だ

 恐らく歳は五十前後であろう男性店員が出てきて驚いてしまった…失礼かもだけど


 「どうも」


 客は誰もいなく、俺たちだけだ


 リオが「あそこにしよ」と指さした所に、俺たちは席に着いた。光が照らされ、町の外がよく見える窓際の席だ


 「…綺麗だね」


 リオが呟く


 「…そうだな」


 俺はというと緊張しっぱなしだ


 「あのさ、リオ———」


 「はい、お水です」


 おじさん店員が水の入ったコップをふたつ俺たちの前に並べられる


 「注文決まったら声掛けてくださいな」


 そう言ってカウンターへと戻って行った


 「何飲もっか」


 「…その前にさ」


 ———未だ繋がってる手を反対側の右手で指をさし、問いかける


 「コレどうして繋がったままなのかな」


 「…なんの事だか」


 手を繋いでるお相手はクールフェイスでそう応えた


 ほんと、何考えてるんだか…


 …こうしていると、リオは勇者でかなり強いのにやっぱり女の子なんだなと、小さい手を握ってて実感する


 緊張しっぱなしな俺と違ってリオはいつものクールフェイスだ


 気を紛らわせようとカウンターの上に書いてあるメニュー表を見る


 「…俺はシンプルに普通のコーヒー頼もうかな」


 「私も決まった」


 俺はカウンターに居る先程の店員さんに「すみません、注文いいですかー」と声を掛けた


 その店員さんはメモ用紙とペンを持ってこっちにやってきた


 「あいよーご注文は?」


 「アイスコーヒーとそれから…」


 と視線でリオに注文を促した


 「私もアイスコーヒーとそれから、ジャンボパフェで」


 「かしこまりました。少々お待ちくださいな」


 店員が厨房の方へ去っていった


 「ジャンボパフェかぁ…量が多そうだけど大丈夫?」


 デザートは別腹って聞くし、得意なのかな


 「うん…もしかしたら残るかもだし、良かったら手伝ってね」


 「…手伝う前提だったか」


 フッ…と鼻を鳴らして目を伏せたリオさん


 …その後、繋いでる手をじっと見つめる


 俺はいたずら心で右手で繋がれてるリオの手の甲をつついた


 「———っ!」


 おぉ、思った以上の反応


 次はそこから円を描くようになぞった


 「ちょっ、アッシュ…!」


 いつものクールフェイスは崩れ、困ったようでいて、ほんのり赤らんでる顔で訴えるリオ


 「ずっと握ってくるから、仕返し」


 「~~~っ…!」


 それでも離したくないのか、握っている手に少し力がこもって、顔が赤くなりながら目を伏せ我慢している


 かわいい


 …冷静になって、女の子に指を絡めて握ってる事にまた意識し始め、緊張がぶり返してきた


 「………」


 俺は指で弄っていた右手を引っ込め、黙ってしまった


 めっちゃ気まずい…


 そう思った時、リオは握っていた手をゆっくりと解いていった


 「なんだろ…めちゃ名残惜しい」


 「…え?」


 「え、今の口に出てた?」


 思い返すと口に出てた記憶があるので出てたんだろうな無意識に…恥ずかしい思いをした


 「………」


 リオはなんて言えばいいのか悩んでた様子でうねうねしてた


 ———そこでコーヒー二つとパフェが目の前に置かれた


 「大変仲がよろしゅうございますな」


 からかった表情でそう告げたおじさん店員


 「コーヒー二つにパフェでございます。パフェ用に取り皿二つ持ってきましたので良かったらどうぞ」


 俺たちの前に取り皿が置かれた


 「それではごゆっくり」


 お辞儀してから俺にウインクし、カウンターへ戻って行った


 ある意味気の利く店員だ…というか店長かな


 「それじゃパフェ頂こうかな…ってアレ?」


 目の前に置いてくれた取り皿が見当たらない…テーブルの上全体を見るもリオの分の取り皿も無くなっている


 「リオ、取り皿どうした」


 「…そんなのあった?」


 いや、今さっきおじさん店員が置いてったばかりだろう...無理があるぞ


 無理やりとぼけてみせたリオに諦めを覚え、取り皿無しでパフェをつつこうとしたけど、このままつついたら...


 「えっと、このままじゃかんせ———」


 「そのままつついて食べて」


 「あっはい」


 気にしないタイプなのかな


 パフェ用の長めのスプーンでクリームをすくい、口に運んだ


 こ、これは…


 「うまいなコレ」


 「うん、甘さ丁度いい」


 もう二口食べてから、アイスコーヒーを飲んだ


 「これは…このコーヒー俺には丁度いいくらいだけど、結構苦いぞ」


 リオもコーヒーに口をつけた


 「私もこれくらいでいい…美味しい」


 そう言って右手を顎に添えて満足気に語った


 ———目の前にスプーンに乗ったクリームが現れた


 「…食べて?」


 「いや、流石にちょっと…」


 「………」


 「いただきます…」


 あむっ...


 同じやつを食べた筈なのに、さっきより甘く感じた


 リオは俺の口に運んだスプーンでパフェをつつき、クリームを乗せた状態でスプーンを見つめる


 そして勢いよく、あむっ…と食べた


 「………」


 すいっ


 リオがスプーンでパフェをつつき


 スッ…と俺の目の前に再びクリームの乗ったスプーンが現れた


 「………あむ」


 俺は恥ずかしながらもそれを食べる



 無くなるまでそれを何度も何度も繰り返された



 「ごちそうさまでした」


 食べ終わった後、店内で軽く会話しやがて俺たちはカウンターへ行き、会計を済ませた


 「いえいえ、こちらこそごちそうさまです」


 「………」


 おじさん店員はふと遠い目をし、語り出した


 「…二年前くらいにも、君達と同じようにパフェをつつきあってたカップルがいてな…ぶっちゃけそのカップルは、うちの娘と彼氏なんだがね」


 「そうなんですね、おじさんのその娘が…」


 「そう。男はギルド討伐隊をやってたらしくいけ好かない奴だったが、相当俺の娘に惚れ込んでた」


 おじさん店員は一呼吸置いてから続ける


 「俺の娘も元ギルド討伐隊のメンバーでな。この店を開きたいからと討伐隊を辞めて、念願の喫茶店-パンナショコラッティエ-を開いたのさ」


 「元々は娘さんのお店なんですね」


 店の佇まいと店内がパステル調なのは娘さんの店だからか…納得した


 「俺は娘一人じゃ大変そうだから、本職の鍛冶師を辞めてここに務めてるってわけさ」


 「…そういえば娘さんは?」


 「うちの娘は…一年半くらい経つのか…どこかへ行ったっきり戻ってこないんだ」


 「それは…心配になりますね」


 一年半も行方不明となると、心配どころではない


 「ギルドに行方不明の娘の探索を任せたんだが、未だ報告が来ないんだ」


 「………」


 何て言えばいいか困った


 すると、おじさん店員は作り笑いをした


 「…悪いね、しんみりさせちまって…君達は君達で幸せになりなさいな」


 「はい…その、おじさんも元気でいてください。いつか戻ってくる娘さんの為にも」


 「………!はは、若いのに励まされちまったな…そうだな、ビアンカの為にも頑張らねぇとなっ」


 娘の名前だろう、ビアンカの事は後でギルドの案内人に聞く事にして、再び「ごちそうさまでした」と口にして、お店を出た



 「魔力の方はどう?」


 「…お陰様でもう十分に溜まった」


 「まさか、手を握っていたのは…?」


 俺の口元にリオの人差し指が触れる


 「魔力を送るため」


 と、いたずらに微笑み、小走りで町の外へと出た

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふんいきダークで希望の君へ 夏輝 陽 @Hinata_Natsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ