第3話 未来で勝者になるために

「……分かった。東雲くんがどういう扱いを受けているのか、把握したわ」


「彼は光子の味方だ。困ったらなんでも頼ってみるといい。きっと無理難題でもなんとかしてくれるはずだ。彼は光子のためなら『なんでもする』体だからね」


 罪悪感で操られる人形だ。


 お父様は彼の人権を配慮してくれているけど、彼が抱える罪が、自己解釈で自身を追い詰めてしまっている。

 糸なんてないのに、彼は自分の手足に糸があり、それが上に伸びていると誤解している……、お父様の顔を想像して、雁字搦めになっている……。


 あたしが関わることで、彼はもう、反抗できないのだろう。


 だったら――



 翌日、包帯を手に巻いて登校してきた東雲くんを玄関で待ち伏せる。

 やってきた彼の手を引き(もちろん、怪我をしていない方だ)、校舎裏へ引っ張った。

 誰にも見られていないし、ここなら誰もこない。


「それ、いつ治るの?」

「全治……二週間くらいかな」

「意外と長いのね……」

「思ったよりも酷かったみたいだ」


 まるで他人事だ……自分の手のことなのに。


「それで? なんでこんなところに?」

「あたしのこと、忘れていいから」


「…………は?」


「お父様から全部、聞いた。

 ここ二年のこと、あの日、あたしを殴ってからの、あなたの行動とか……。あなたがしたいならいいけど、ひとまず、あたしのことを忘れて、高校三年間を過ごしなさい」


「いや、でも……」


「――青春を送ったことがない人と、保険とは言え、結婚したくないわ」


 びく、と震えた彼は、やはり理解していたみたいだ……。保険としてあたしの結婚相手になる。殴られたことで、あたしが傷物として見られ、貰い手がつかなくなった場合は東雲くんが引き取る……、それが責任を取るということだ、とでも言われたのだろう。


 あたしの相手として釣り合うように、勉強してくれているみたいだけど、頭が良いだけであたしに釣り合う男になれると思ったら大間違いよ。

 整った容姿、たくましい肉体、甲斐性……そして人並みに青春を送ること。


 あたしのことを本当に忘れろと言っているわけじゃない。

 限界まで薄くした上で、東雲くんがしたい青春を送ればいい――それが経験として、きっと立派な大人になるための一つのピースになってくれるはずだから。


「たくさんの女の子に告白されるような、格好良い男性になりなさい。その時にあたしがあなたを迎えにいくわ。

 保険? あなたの努力次第では、あたしの本命になるかもしれないわね。……あたしのことを忘れていたら、その時にあたしがあなたを殴るから」


 こうでも言えば、彼はきっと『誰にも操られない青春』を送ってくれるはずだ。




 ――彼との再会は大学だった。


 勉強漬けの毎日で、それでも浪人してしまった冴えない容姿のあたしは、無理やり連れてこられたコンパの席で、周囲の女の子の目を引く男性に声をかけられる。


 年齢は一緒でも、大学内では一年先輩だ。


 東雲先輩。


 優れた容姿と誰からも頼りにされる人格、そして首席の頭脳を持つ完璧人間。


 信じられないだろうけど、彼を変えたきっかけは、あたしと拳である。


 あたしを殴っていなければ、今の彼はない……、

 だからってあの日、あたしを殴ったことが正しかったわけではないけれど。


「蜂堂さん、久しぶり」


「ええ、東雲くんも――で、どうするの?」


 コンパの席にもかかわらず、あたしたちの世界に入ると、周りの男子と女子が困惑して――特に女子の視線が突き刺さる。

 冴えない地味な女が彼に話しかけるな、とでも言いたげに。

 でも、あたしが見ているのではなく、彼が見ているのだ――。


 東雲くんは、あなたたちよりもあたしを選んだのよ?



 かつて、親友の翔子はあたしの芯を捉えていた。


「それ、みっちゃんが周りの女にマウントを取りたいだけでしょ? 格好良い男を見つけるんじゃなくて、小さい頃から育ててしまえば、口説く難易度はぐっと下がるもんねえ。

 そもそも口説く必要もないんだっけ? 東雲あいつって、みっちゃんのこと好きなのかな?」


 好きなら殴るわけがない。だから当時は、だ――でも。


 殴ってから、東雲くんの中には、あたししかいなくなった。

 あたしだけを見て、あたしだけのことを考えていた……、たまに連絡も取ったりもしたし、小旅行だってした。何年も空けば忘れてしまうかもしれないけど、そうならないように常にあたしを『彼の中の最前列』にいるように仕込んでいた……。


 おかげで彼の青春、真っ只中の時、あたしはそのど真ん中にいたのだ。

 そこまで彼の中にい続ければ、刺激的なことをしなくとも、彼の中のあたしは大きくなり、やがて罪悪感が恋心に変わる――はずだ。


 その証拠が、今だ。



「結婚してほしい。保険じゃなく、本命として」


「よろこんで」


 こうして、あたしは容姿、頭脳、人格を備えた完璧な男性を手に入れた。


 女の子としての身なりを整える手間を省いて、みなが憧れる理想が目の前にいる。



 呆然とする周りの女子には、目で訴える。


 どうだ、あたしの彼氏はカッコいいでしょ?


 自慢の恋人――そして最高の夫よ。


 だって、あたしがそうなるように、念入りに仕込んだのだから。



 一目惚れが勝者になる時代は終わった。


 理想の花は、種の段階で手を入れておく――罪悪感は水にしてしまえ。




 ―― 完 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(殴られた)ヒロインの復讐激励 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ