天罰スイッチ

黒羽感類

天罰スイッチ

もう子どもじゃないんだからよう、子どもの頃のおもちゃは捨てるべきでしょ。

先週高校を卒業して来月からはスーパーで働くんだから。

社会人なんだから。



俺が言葉を覚え始めた頃に俺と母さんを捨てて出て行った親父のせいで母さんは一人、必死になって働いて俺を育てた。

常に金が足りない生活だったけれど母さんがいたから俺は楽しく生きてこれた。



だから、働いて母さんの生活を少しでも楽にしてやろうって思うし、母さんがこれまで背負ってきた重荷を俺も背負っていきたい。



母さんが言うには親父は夢を追いかけるために俺たちを捨てた。

親父は今まで見たことない程の決意に満ちた表情をしていて、まるで世界を救わんとするヒーローのような使命感に溢れていたらしい。

母さんはそんな親父を「気持ち悪い」と吐き捨てた。



んで、俺も就職して新生活が始まるから心機一転、部屋の片づけをしている。

押し入れにあるおもちゃ箱を取り出して中身を漁る。

おもちゃ箱の中は懐かしい物で溢れかえっていて少し遊んでしまった。

意外とおもちゃ買ってもらってんたんだなぁ。

お金なんかないのに。

母さんに感謝だな。



ん? なんだこれ。

おもちゃ箱の隅に小さい箱があった。取り出して何かを確かめてみる。

パッケージには『天罰スイッチ』と書かれていた。

こんなおもちゃ持ってたか?

少し記憶を掘り起こしてみる。

そういえば買ってもらった記憶はないけど、遊んだ記憶はあるなぁ。

小学生の時、貧乏であることを馬鹿にしてきたり、家に怖いおっさんが来たりした時にポチポチ押して仕返しした気になってたなぁ。

遊んだというには陰湿か。



子どもの頃に俺の前に立ちはだかった孤独や悪意と、共に戦ってくれた。

まるで戦友のようなおもちゃだな。

それをすっかり忘れていたなんて。

他のおもちゃは捨てる方の箱に入れて天罰スイッチは持っておこう。

もう子どもじゃないけれどこれだけは残しておきたい。

捨てるのはまた別の機会にしよう。



俺は時計を確認した。

やべっ。おもちゃに集中し過ぎた。買い物に行く時間だ。

パートに行っている母の代りにスーパーに買い出しに行くのだ。

なんとなくスイッチを手放したくなかった俺はポケットに入れたまま買い物に行くことにした。



俺は着替えて買い物袋と財布を持って家を出た。

家を出て少し歩いた所で井戸端会議をしている女性が三人いた。

パーマのかかった中年女性は、あそこの奥さんは不倫しているだとか服装がださいとか他人の話に夢中になっていた。

その話を聞く二人の顔が引きつっていてあまりこの話題を好ましく思っていなようだった。



こういう他人の噂で楽しむ人っているよな。

いつかバチが当たりそうだな。と思ったところで俺はあることを思いつく。

俺のポケットには天罰スイッチが入っているのだ。

ただのおもちゃだが、押しておこう。

俺はパーマの女を見ながらポケットにある天罰スイッチを押した。

すると、パーマの女の頭に白い何かが落ちてきた。

しかし、パーマの女は気付かずに話し続ける。

他の二人は気付いたのか「あっ」と声を出した。



うわぁ。汚ねぇ。頭に鳥の糞つけているよ。

それにしても良いタイミングで鳥の糞が落ちてきたな。

まさに天罰。

実にタイミングの良い鳥の恵に俺は満足しスーパーへ向かった。



スーパーに入って買い物籠をとって野菜やお肉を籠に入れていったところでシャンプーがなくなったことを思い出した。

シャンプーが置いてある棚を探しているとフードを被った若い男がワックスを眺めているところに遭遇する。

シャンプーが置いてある棚とワックスの棚は近いからフードの男の近くに俺は行こうとした。

しかし、フードの男の様子がおかしい。

なんとなく挙動が怪しいような。

俺は棚に隠れてフードの男を見ることにした。

男はワックスを手に取り、眺めた。

すると一瞬周りを見渡しポケットにワックスを入れた。

これは万引きですわ。

男はワックスをポケットに入れたまま棚から離れて出入口に向かった。

俺は少し興味があって男を追いかける。

止めるべきだとも思うけれど、その前にやりたいことがあった。

さっきみたいなこと起きるかな。

俺は直ぐに男を見ながらポケットにある天罰スイッチを押した。

すると男は滑って転んで地面に頭を打ち、倒れた。

近くにいた人が男の子に近寄り、声をかけている。

声をかけていた男がスマホを取り出し電話をかけ始めた。

救急車を呼ぶようだったが、男は起き上がった。

男は介抱した人に何か話しかけてそのままフラフラしながら歩いて行った。



男が頭打って死んだんじゃないかと思いヒヤッとしたが、俺は直ぐに別のことに気が向いた。

・・・また?

スイッチを押したらまたタイミングよく罰のようなものが起きた。

いや、まさかな。そんなわけないよな。

これはただのおもちゃだ。そんな力ないよな。



馬鹿だとは思うけれど、でも試してみたい。

もうあと二、三回ジャストタイミングが続けば、この天罰スイッチにはなんらかの力が宿っていると考えていいじゃないか。

まあ、馬鹿なことだとは思うけれど。



俺はそれから街を歩いて少しでも罰を受けるべきだと思う人間を見つけてはスイッチを押した。

結果。これは本物だ。おもちゃなんかじゃない。

これは『天罰スイッチ』罪を犯した人間に向かってスイッチを押すとその対象に罰が下る。ただし、スイッチを押す俺はその対象がどんな罪を犯したのかを知っていなければならない。そしてその対象を目視しながらスイッチを押さなけば罰は発動しない。


俺は法治国家の日本で罰を与える権利を有したんだ。



しかし、俺だけがこんな力を持っているなんてありえるだろうか。

俺以外に天罰スイッチを持っている人間はいるのか。

おもちゃの天罰スイッチ自体はおそらく大量に作られているだろうし、だからといってその全てが力を有しているのだろうか。

考えてもわからない。

ひとまずこの力の使い道は決まっている。



こんな力を手に入れたのならば、罰を与えなければいけない。

俺には罰を与えたい人間がいる。

それは俺の父親三橋透だ。

親父は自分の目的のために妻である母さんと息子の俺を捨てて家を出て行った。

あいつがいなくなったから母さんは俺を一人で育てることになったんだ。



親父の居場所は、会社のオフィス。家はわからない。

勤め先がわかる理由は大企業三橋システムの社長だからだ。

どうにかオフィスに侵入し、親父を目視してスイッチを押したい。



そうと決まれば三橋システムのオフィスを視察しに行く必要がある。

翌日、俺は三橋システムのビルの前に来た。

ビルの前で眺めていても怪しまれるだろうから少し距離を置いて物陰に隠れてビルを見る。

こんなとこどうやて入ればいいんだ。

俺がノコノコ入って行って通してくれるのか?

するとビルの出入り口から警備員に追い出されている小太りの男を見つける。



小太りの男は必死に警備員に食い下がるが手を掃われ尻もちをついた。

すると男はズボンのお尻の部分から何かを取り出そうとしていた。

キラッと陽の光に反射したそれを俺は理解した。ナイフだ。

俺は正体がわかってすぐ考える間もなく走り出していた。

男がナイフで警備員を刺すつもりだ。

男は躊躇っているのか、まだ背後でナイフを握っているだけだ。

間に合う。

俺は男の肩に手を置いて「おじさん行きますよ」と言った。

小太りの男は振り向いて驚いた表情をしていた。

「な、なんだ君は」

「やめましょ。こんなこと」

少しの間があいた。

男は考えているようだった。

しかし、男は出かかっていたナイフをしまい、立ち上がった。

俺はその男と公園に行きベンチの上で話を聞いた。

男は前田と名乗った。

「私は三橋システムの元従業員です。先月クビになりました」

「何故です?」

「会社側が言うには私が会社の機密情報をライバル会社に流したと。私はそんなことはしていません。愛する会社の力に少しでもなれればと思っていたのに」

はあ。と溜息をついてから前田さんは続ける。

「妻と二人の子どもがいるんです。急に造反をでっち上げられクビにされるなんて」

「そのナイフ、誰を刺そうとしたんですか?」

「小林という社長の秘書です。あいつが私に最後にかけた言葉を忘れない」

そうとう恨んでいるんだなぁ。

「前田さんの気持ちはわかりました。でも、妻や子がいるなら尚更人を刺すなんてやめたほうがいい。あなたが捕まったら奥さんが一人で子ども二人を育てることになる。それはとても大変なことです。」

「そうですね。あなたの言う通りです。さっさと就職先見つけて妻を安心させます」

こんなやり方で従業員を追い出す会社なのか。この人だけではないんだろうな。あの親父はたくさんの人の人生を壊しているんだろうな。



落ち着きを取り戻し我に返った前田さんは俺に言った。

「圭一君はどうしてビルの前にいたんだい?」

それ聞く?

復讐を止めた後に「復讐したいからオフィスへの侵入の仕方を考えていた」なんて言えないよな。

しかし、元従業員の前田さんなら何か知っているはずだ。

正面突破しようとしていたから侵入の仕方知っているとは思えないけれど。

「いえ。偶々通りかかっただけですよ」

「そうか。正義感が強いんだね」

「ちなみに前田さんはどのようなプランで小林を殺そうとしたんですか?」

「本当は清掃員のフリをして侵入しようと考えていたんですが、知り合いの清掃員に人殺しに協力したくないとドタキャンを食らって泣く泣く正面突破することにしたんです」

「なるほどビルに出入りしている業者のフリですか」

俺が少し考え込むと前田さんは言う。

「どうかしました?」

やばい、感づかれる。

「いえ、なんでもありません」

「侵入した後、小林の居場所はわかっていたんですか?」

「もちろん。あいつら・・・小林と社長の三橋は最上階にいます。最上階には決まった人間しか行けません。そこでこそこそ悪だくみをしているに違いない」

「そうですか」



俺は前田さんと別れた後も公園のベンチで少し考えた。

天罰スイッチで下される罰はどの程度なのだろうか。

人が死ぬほどの罰は下されるのだろうか。

もし親父に向かってスイッチを押したとして、どれだけの罰が下されるのか。

親父が死んだら俺は人殺しになるのか?

親父が俺たちにしたことは大罪だ。

それ相応の罰を受けるべきだ。

俺は人殺しになる覚悟はあるか?

俺の中にある復讐心は天罰スイッチを手に入れてから芽生えたものではない。

復讐心は物心ついた時からあるのだ。

この復讐を成しえるチャンスを逃す選択はできるだろうか。

いや、できない。

俺はやる。親父に復讐をしようと思う。例え親父が死んで俺が罪を背負っても。



オフィスに侵入する作戦は完成した。稚拙かもしれないが俺にはこの方法しか思いつかない。

俺は前田さんとの出会いから一ヶ月の間を空けた。

立て続けに侵入するのは危険だと思ったからだ。

そして今日三橋システムに侵入する日だ。

俺は清掃員の服装に着替え、朝四時に家を出る。

敷地内に入り、物陰に隠れる。



午前九時を過ぎてトイレの窓が開いた。

清掃員が空気の入れ替えのために開けたのだ。

俺はトイレの中を覗き、清掃員が出て行ったことを確認すると窓からビルへ侵入した。

トイレから出てビル内の様子を確認してからエレベーターに向かって歩いた。

怪しくないよな。清掃員なんだから歩いていていいよなぁ。

うお、視線を感じる。

ふと横目で左の方を見ると、清掃員が一人こっちを見ていた。

やべ。めっちゃ見てんじゃん。バレたか?

その清掃員はこちらへ向かって歩き出した。

来たよ。

俺は早歩きでエレベーターへ向かう。

しかし、その清掃員の足がバケツに当たり、バケツは倒れ、中の水が床に広がった。

清掃員は急いでモップで水をふき取る作業にうつった。

ラッキー。

俺はエレベーターに乗って素早く最上階のボタンを押して『閉』を連打した。



さて、これからが本番だ。緊張のせいかエレベーターのスピードが遅く感じた。

そういえば、途中で従業員が乗ってくる可能性もあるな。

だが、心配とは裏腹にそのまま直行で最上階に着いた。

エレベーターの扉が開くと同時に俺はエレベータ内の物陰に隠れた。

扉は開きっぱなしで最上階の廊下を覗き様子を伺った。

人気のない廊下は静寂に満ちていた。

赤い絨毯が敷かれている。

部屋数は四つか。

廊下に誰もいないことを確認すると、俺は廊下に出た。

まずは、四つの部屋の扉を確認しよう。

足音を立てずにゆっくり歩き、手前の二つの部屋の扉を確認した。

手前二つは会議室か。

次は奥二つ。どっちかが社長室か?

俺はより、慎重に確認した。

奥二つは、あった。右手側に社長室のプレートがある。



俺は社長室の扉に耳をくっつけ、耳を澄ました。

どう開けるか。勢いよく開けて乗り込むか。それとも少し開いて中の様子を見てタイミングを見計らうか。

そもそも中に親父はいるのか?

いや、俺は覚悟を決めたんだ。

入って天罰を下すのは決まっている。その後どうなろうが天罰が下ることで俺の復讐は完了する。

勢いよく扉を開けて親父に向かってスイッチを押すぞ。

3、2、1 チャッ! ん? なんだこの鈍い音は。てかドア開いてねぇ。

いやぁ、そりゃそうか。カギ掛かってる。

俺は扉の上の方を見る。扉の横にはひらぺったい機械があった。

そうか。あの扉の横についている謎の機会は社員証をかざす機械か。

すると部屋の中から扉を開ける音がする。

まずい! 扉を開ける音で感づかれた。来る!

ドアが開く。

俺はドアの影に隠れて、ドアが開ききるのを待つ。

「・・・気のせいか」

中から出てきた男がそう言うと、俺は直ぐにポケットにしまってあったハサミを取り出して男の前に俺は姿を現し、ハサミを男に向ける。

「なんです? 君は」

この男は知らない。おそらく小林だろう。

「俺は三橋透の息子斎藤圭一だ! 親父はどこにいる」

「社長の・・・」

「教えろ。中にいるんだろ」

「入れるわけにはいきません」

すると小林の背後から男の声がした。

「どうした。小林。」

小林は俺に視線をやりながら後ろの男に対応しようとする。

「親父! 親父か!」

「誰だ」

俺の声に男は小林を避けて顔を出した。

俺は言う。

「斎藤圭一だ」

男は写真で見たことある男に似ていた。十五年分歳をとっていたが面影はある。

男は眉間に皺をよせる。

「・・・圭一?」

「アンタが十五年も前に捨てた息子だ」

「圭一か! どうしてこんなところに」

「アンタに会いに来たんだ! 用があってな」

「そうか。わかった。中に入りなさい」

警戒心を隠さない小林が止める。

「社長!」

「いいんだ。彼は正真正銘俺の息子だ。顔を見ればわかる。奈々に似ている」

「覚えていたんだな。母さんのこと」

「当たり前だ」

俺は親父と小林について行き、社長室に入る。



「そこに腰かけなさい」

俺は黒いソファーに座ると親父は向かいのソファーに座った。

小林は警戒して俺の後ろに立っている。

「ちゃんと食っているか?」

「ああ。母さんのおかげでね」

「そうか」

「謝罪の言葉はないのか」

「圭一のことは可哀想だと思っている。だが、俺がしたことは必要な犠牲だとも考えている」

クズが。

「俺はアンタに復讐をしに来た」

後ろで小林が動揺したのがわかった。

「復讐・・・。何をするつもりだ?」

「お前に罰を受けてもらう」

「どんな?」

俺は天罰スイッチをポケットから取り出して、親父に見せつけるようにボタンを持つ。

「それは?」

「天罰スイッチ。子どもの頃に遊んでいたおもちゃだ。よく家に借金取りが来てな、内の平和を乱していくからスイッチを押すことで天罰を与えていた・・・気になっていた」

「それで押すのか? それで終わりなら・・・」

「まだだ。今はおもちゃじゃない」

「ほう」

「押せば本当に天罰が下る。実験をして確認している。戯言じゃないぞ」

「押してみなさい。それで圭一の気が済むなら」

俺は小林を見る。

「この人が邪魔をする可能性がある」

「しないさ。小林こっちへ来い」

「はい」

小林は親父の後ろに立った。

「押すぞ」

「ああ。やってくれ」

俺は天罰スイッチを押した。

今までの俺が受けた孤独や傷を乗せて。

すると親父は腹を抑えて唸り始めた。

「ううう。くっ」

「どうしました。社長」

「は、腹が・・・痛い」

「救急車を呼びますか」

小林は親父に肩を貸し、二人で社長室を出て行った。

天罰は下った。これで復讐は終わりか。

腹か。相当痛そうだったな。病気の発作かなんかかな。

俺はソファーに座ったまま壁に飾られている絵画をぼうっと見ていた。

脱力してしまった。

とはいえ、ここは敵の巣。

不法侵入だし。小林は警察にも連絡しているだろうし捕まるのかな。

とりあえず、出よう。俺は立ち上がって扉の方へ向かった。



しかし、俺は困惑する。

扉の前にはさっき腹痛をうったえ部屋を出て行った親父と小林が立っていた。

「なんで」

「いやあ、急にうんこしたくなって大変だったよ。漏らさずに済んでよかった。恥をかくとこだった」

「社長。漏らしても私は誰にも言いません」

・・・うんこ?

「それだけで済んだのか」

「そうだね。俺の犯した罪はこの程度だったということだね」

「そんなわけないだろ! お前が俺にしてきたことが。その程度で許されるわけないだろ!」

「現に許された。さあ、罰を与えて満足したろ。警察は呼ばないからもう帰りなさい」

そんなの納得できるか。こんなの間違っている。



動揺する俺に小林は問いかける。

「圭一君。罪の重さは何で決まると思う?」

「罪の重さ?」

「そう。被害を受ける人間の数だと思うかい? それとも自戒の念の大きさ? 違う! 罰の重さだ!!」

「どういうことだ」

「罰が重いから罪が重いんだ。つまり、罰が軽ければ罪も軽い」

俺は気付いた。こいつら。

考えていなかったわけではない。可能性としてはあると思っていた。

だが、まさかこいつらが。

「持っているのか」

「はい。ただし、君のものとは少し違いますけどね」

小林はスーツのポケットからスイッチを取り出した。

「このスイッチの名は『減刑スイッチ』確定した罰をできるだけ小さくできるスイッチ」

天罰スイッチだけじゃなかったのか。

他にも種類が!

「なあ、まさか親父」

「ああ。俺も持っているよ。スイッチではないエネルギーをね」

エネルギー?

「俺のは行動エネルギーと言って、どんなこともやりたいことに関しての行動力を上げることができる」

「そういうことか」

「さっき奈々と圭一を見捨てたことを必要な犠牲だったと言ったな。その話の続きをしようか」

「・・・」

「私には夢があった。IT 技術で世界を変えるという。しかし、私の持っているビジョンはあまりにも巨大過ぎた。だから、捨てなければいけないものがあった。家族など抱えていてはとても叶わない。はっきり言ってお前らはお荷物だった。そんな時、行動エネルギーを手に入れた。それを使うと簡単にお前らを切ることができた。会社を大きくしてからもいらない者はどんな非道な手を使ってでも排除し欲しい物はあらゆる手を尽くして手に入れた。法も犯した」

親父は続ける。

「行動エネルギーが手に入った時点で他に持っている人間を探した。俺だけが持っているはずはないだろうし、もし他人が特殊なアイテムを持っていたら俺の邪魔になるとも考えたからだ。その結果別のアイテムを持った人間を見つけ出し、奪った。」

親父は俺の前に立ち、俺の眼を見る。親父の瞳は決意に満ちていた。

「端的に言おう。俺はお前を殺すことが出来る」

「・・・は?」

「俺の邪魔をするならエネルギーを使いその決断をする」

そうだよな。こいつはこういう人間なんだ。

俺は応える。

「わかった」

「よかった」

俺はスイッチを構える。

「圭一。諦めろ」

「諦めねぇよ。罰は受けてもらう」

「小林」

「はい」

俺は天罰スイッチを押した。

何も変化は見て取れなかった。

親父はそれを察し、口角が上る。

途端、奇声が社長室中に響き渡る。

「うわーーーーーーーー!!!」

奇声の主は小林だった。

親父が小林の方へ向く。

「どうした小林!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

小林は床に突っ伏し頭を押さえながらそう叫んでいる。

「何を言っているんだ小林」

俺は言う。

「罰を受けているんだろうよ」

「何⁉」

「小林さん。今まで働いてくれた人に『無能なブタ』なんて言ってはダメですよ」

「圭一まさか」

「あなたたちが犯した罪は一つだけだなんてありえないでしょう。一度天罰を防いだだけで調子にのってペラペラしゃべっちゃ駄目だろう。親父」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

小林は退場。邪魔者はいない。



さて、どう動く親父。 

減刑スイッチを回収するか?

「わかったよ圭一。お前は引く気はないんだな」

「当たり前だ」

親父は上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。

瞬間、親父は俺の腹に拳をぶち込む。

「あっっ」

俺は思わず突っ伏す。

しまった!

手に握っていた天罰スイッチが手から離れて転がっていってしまう。

「スイッチがなければ、お前ができることはない」

スイッチを取らなければ。

まだ、こいつに罰を与えていない。

「スイッチを取ってどうする? もう積年の恨みは晴らしたはずだ」

「お、前は償う必要がある」

親父は膝をついている俺の頭に踵を下ろそうとしてくる。

俺はそれをギリギリ腕でガードしながら横に転がり、立ち上がる。

「たがが外れた人間の暴力をお前は知らないだろう。例え実の息子だとしても俺はお前が死ぬまで殴り続けるぞ」

殺人鬼かよ。

やっぱこいつには天罰が必要だな。

俺はスイッチの場所を確かめる。

スイッチは壁の近くに落ちていた。

俺は急いで壁に向かって走り出す。

「させない!」

親父は俺より先に壁に辿り着きスイッチを蹴る。

スイッチは転がってさっき俺が座っていたソファーの下に入ってしまう。

俺はまた走り始める。

ソファーまで行けばどうにかなる気がした。

親父は走る俺の背を蹴り飛ばす。

俺は床に倒れたがソファーまであと少し。

俺は手を伸ばす。

親父は俺の手を踏む。

「中途半端はしない。痛いだろうが確実に殺してやる」

「俺たちの恨みを絶対に・・・」

「それはさっきやっただろう。もう俺は罰を受けた」

「ち、がう」

踏まれた手が痛む。

もういい。踏まれた右手は捨てる。

右手は踏まれている。だが俺は立ち上がる。

「腕折れるぞ」

「折ってみろよ!!」

親父の足に力が入る。

俺はそのまま親父に突っ込む。

「オラァ!!」

親父は倒れる。俺の右手はひどく腫れていた。

それでも。ソファーの下に手を伸ばす。

あった!

俺はスイッチを掴んで取り出した。

瞬間、顎を蹴り飛ばされる。

「があっ!」

しかし、今度はスイッチをしっかり握っていた。

「ちっ!」

「終わりだ! 親父!」

俺はスイッチを親父に向ける。

「復讐をして母さんが喜ぶと思うか?」

「お前の夢『気持ち悪い』ってよ‼」

「クソがぁ! やっぱりあんな奴捨てたのは正解だったな!」

「くたばれクソ親父」

俺は天罰スイッチを押した。

「罰は受けたはずだ」

俺は態勢を整えて応える。

「俺がさっきお前に与えた罰は俺に対する罰。保険で分けておいた。本命は母さんを苦しめたことに対する罰だ! 償え、親父」

瞬間、親父は頭から血を噴き出して倒れた。

「えっ・・・」

床に倒れた親父はピクリとも動かない。

死んでる。即死。

どうして急に頭から血を噴き出して死ぬんだ。

俺は窓を見た。よく見ると窓に小さな穴が開いていた。

これだ。スナイパーで頭を撃ち抜かれたんだ。

俺が現実を把握しようとしていると弱々しい声がした。

「社長は死にましたか?」

俺は振り返ると、小林が仰向けになって天井を見ていた。

眼には涙の跡がある。

「死んだ」

「そうですか。後のことは私に任せてください」

「なんだと」

「私が後の全ての処理をします。圭一君は帰ってお母さまとの時間を大切に過ごしてください」

「でも」

「復讐は済んだでしょう。本来君はここにいない存在です。怪しまれないうちに出ていってください」

俺はここにいてどうすればいいのかわからない。目的も果たした。

だけど、俺は小林を見た。小林は親父を見つめていた。

「わかった」

俺は扉へ向かって歩いた。扉付近に着いた時に俺は言った。

「アンタはこれからどうするんだ?」

「社長がいないのなら三橋システムはやめます。それに今受けた罰で全ての償いが終わったとは思っていません。これから償っていこうと思います」

「そうか」

俺は社長室を出てエレベーターに乗り、一階に下りた。

一階はまばらに人はいたが、気にせずそのまま出入り口にまっすぐ進んでビルを出た。



家に着くと机の上に置手紙があった。

そこには『お昼はカレー食べてね』と書かれていた。

昨日夕飯に母さんが作ってくれたカレーライスだ。

俺は冷蔵庫からカレーライスを取り出してレンジで温めて机に置いた。

朝は何も食べずに家を出たから腹が減っていたんだ。

カレーライスはしょっぱくておいしかった。

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