ひび割れた女

高黄森哉

私の顔に何かついてます?


 おらあ、はじめてだ。こんな時間に、こんな駅に、おんなの人と電車を待ってるなんて。すごい初めてだ。初めてすぎて、むしろ初めてじゃない、こともありえるかもしれないくらい、それは初めてな体験だ。ちなみに、初めての体験と言うわけではない。以前にもこんなことはあった。


 そのおんなは、凄く綺麗だった。こんな時間に、こんな駅で、こんなにきれいなおんなを見るなんて、初めてかもしれない。すごくうつくしい。うつくしすぎて、むしろうつくしくない、こともあるかもしれない。というのも、その女の顔は、実を言うと、ひび割れていた。うまく表現することは、おらには出来んし、また出来ないが、そいつの顔は、なお、ひび割れている。ひび割れすぎて、ひび割れてないみたい、ということはないくらい、そいつの顔はひび割れているんだな。


「私の顔、気になりますか」


 そら、気になる。気になり過ぎて、気にならなかったくらいだ。確かに、顔のヒビに気をとられ過ぎて、顔自体には気持ちが向かなかった。つまり、女の顔が気になりすぎて、気に留まらなかったというわけだ。


「おらあ。始めて見た。生まれつき言葉に貧困を抱えてるんだが、おめえは、大理石の蜘蛛の巣構造、大宇宙のニューロン形態や、落雷の網状形状みてえだ。感情の枝状心象や、イソギンチャクの食糸状、または鼠算の図解然ともしているし、一種のフラクタルを想起させる放射物象、またウミシダの足ととれる電紋模様でもある。シダ植物の化石もこんな具合で例えばキノコの裏側みたいだ。この世の物とはおもえねえ。まるで、意に尽くせる言葉が足りないくらいだなあ。世の中の末端肥大症的細分化シンドロームの俯瞰図、または魔訶般若波羅蜜然曼荼羅、あるいは放たれた罪の時間による逓増 …………」

「この世の者ではありません。私は、電車に轢かれて死んだのです」


 彼女の話をよく聞くと、どうやら、轢死した霊らしい。ばらばらになったパーツが集まったのが今の姿だという。んなこたぁ、どうだっていい。おらは、彼女を犯し始めた。しかし、やっぱり霊は霊で、生きてる人間にはかなわない。まず冷たい。それに固い。死後硬直が終わってんだ。表情筋も凍ってるから、なんの面白みもねえ。感情も壊死してるのか、うんともすんともいわねえ。血が通ってねえから、ほっぺたは赤く染まらねえんだなあこれが。やっぱり、幽霊は駄目だ。そんなんだから、天寿を全うできないんだ。


「お前、つまらねえな」

「ええ。私はしがない轢死体ですから。これがほんとの、、なんつって」


 


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ひび割れた女 高黄森哉 @kamikawa2001

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