最終話 銀の月の下で

 


「ふぅ……

 お二人とも、私の水術で何とか治癒する程度のお怪我で良かったです」


 全てが終わり、ほっと胸をなでおろすマリン。

 床にぺたんと座り込みながら、眼前の光景を眺めるオニキス。


「しかし……無茶苦茶だねぇ。

 イフリート襲来を予測し、ガーネット様の手にあらかじめ君の術を充填させておいたとは」

「結果、炎と水の術が反発しあい、膨大なエネルギーとなった。

 そこに王子の水晶の力が反応し、あのような魔物さえ塵と化した――

 彼女と王子が密かに編み出していた、全く新しい合成術によって。

 直前に王子の水晶を中途半端に身体に取り込んでいたのは、奴にとっては不幸以外の何物でもありませんでしたね。

 おかげで奴の体内で水晶が暴走し、イフリートさえも木っ端みじん」


 さすがのオニキスも、呆れ声を隠せない。


「イフリートの防御策も予想外だったけど、王子とガーネット様の新術はそれさえもぶち破る予想外だったってことか」

「かなり危険な賭けだったんですよ? ほぼ練習なしの一発本番勝負でしたから」

「確かに、練習なんてとても無理だね……玉座の間から上の部分が全部消失しちゃったし。

 王宮の上半分が丸ごとだよ。あぁ、宮殿最大のシンボルだった歴代王の水晶像までが、粉々に……」

「美麗かつ洗練された建築様式に比して著しく趣味が悪かったので、逆に良かったと思いますが」

「はっきり言うね」



 オニキスの言葉どおり――

 彼らがついさっきまで戦っていたはずの玉座の間は、床だけ残してほぼ全てが吹き飛ばされていた。壁も柱も天井さえも、何もかもが。

 当然、魔物たちの姿は全て消失している。勿論、あれだけの強さを誇ったイフリートさえも、絶叫だけを残して虚空に塵と消えた。



 天井のかわりに頭上に広がるものは、晴れていく空。散りゆく黒雲。

 赤かった月も、次第に元の銀色を取り戻していく。

 静かに輝く月の真下で――



 ガーネットは腰に両手を当ててふんぞり返り。

 ディアマント王子は、そんな彼女にひたすら謝り続けていた。



「どーいう理由であれ、私を騙した罪は重いわよ、ディア」

「ごめん。本当にごめん、ガーネット!」

「私を騙し、演技とはいえ私の前でサファイアに接吻し、こともあろうに婚約破棄まで……

 それなりの罰は覚悟しておられますかねぇ~、ディア王子?」


 にっこり笑って王子を見下げるガーネット。

 その笑みは誰がどう見ても邪悪そのものだったが、それでもディアマントは頭を下げたまま、心の底から謝り続ける。



「どれだけ君に謝っても、謝り切れないことをしたと思ってる。

 僕は、本当に愚かだった。君の力を信じられず、君を遠ざけ、君を傷つけて……

 ガーネット。最早僕には、君の花婿たる資格さえもない!」



 その言葉に、ガーネットは不意に真顔に戻った。

 静かに王子の前に膝をつくと、煤にまみれた王子の手をとる。

 いつもだったら、無数の水晶が肌を覆い隠していたはずの王子の腕。しかし今、その水晶は全てぼろぼろと砂のように崩れ去り、ほどよく筋肉のついた白い肌が露わになっていた。


「ディア。

 これ以上バカなこと言ったら、もう本当に許さないから」


 ガーネットは一言一言はっきりと口にしながら、王子の頬にそっと手を当てた。

 頬は煤で真っ黒に汚れていたが、それでも金色の眉は凛々しく、翡翠色に煌めく瞳はどこまでも真摯にガーネットを見つめていた。

 そして、その額に流れ落ちたものは――



 目の覚めるような、金色の髪。

 砕けた水晶の頭部から零れだした、柔らかなブロンド。

 水晶に覆われていた時は、誰もが気がつかなかった。今や水晶が復活しなくなった結果、金色の髪は王子の肩のあたりまで伸びて、豊かな小麦畑のように波打っている。

 とても愛おしげに、その髪を撫ぜるガーネット。細い指に、柔らかな金色が絡む。



「ディア……

 びっくりした。貴方、こんなに綺麗な髪、してたのね」

「え?

 自分じゃよく分からないけど……」



 王子の頬が少々赤くなる。

 額の真ん中に大きめの紅水晶がひとつだけ輝いていたが、もはや王子の身体に残った水晶といえばそれだけ。

 髪から落ちていく無数の水晶のかけらは、清冽な雫そのものだった。



「水晶は、もう生えてこない。

 ディアはもう、誰も傷つけなくていいの。

 ――だからこれ以上、自分を傷つけるのは許さない」



 王子の耳元で、そっと囁くガーネット。

 その両腕が王子の背中に回り、ぎゅっと強く抱きしめる。



「ディアは確かに、たくさんの人を助けたけど。

 そのかわりにたくさん、私を傷つけたし……それ以上に、自分自身をいっぱい傷つけた。

 自分の心も、身体も、こんなにぼろぼろにしちゃって」

「…………」

「そんなディアがとても愛おしいし、大好きだけど。

 でも、つらいの。

 自分さえ犠牲になればみんなが幸せになるなんて考え方は、もうやめて。

 貴方がいなくなることで、とても傷つくんだから。みんなも、私も!」



 そんなガーネットの言葉に――

 王子は何も答えられない。

 ただ、じっとその想いを噛みしめたまま、彼女の背中に両手を回す。



 そのぬくもりと力強さを感じながら、ガーネットは王子の頭を思い切り、胸に抱いた。



 ――ディアは、ずっと言っていた。自分は生まれながらに、母親を殺したようなものだと。

 ディアのせいでは全くないのに、それだけで皆から恐れられ、遠ざけられ。

 人を恨むこともあっただろうし、理不尽を感じたことも数知れないだろう。

 それでも彼は人を守る為、不器用ながらも成長し――

 私と出会い、ろくでもない運命を自ら打ち砕き、奇跡を成し遂げた。

 生贄なしに大災厄を打ち砕くという、奇跡を。



 そんな二人を眺めながら、オニキスが呟く。


「ガーネット様だけでも、勿論王子だけでも、この奇跡は起こらなかった。

 二人が力を合わせて初めて、ガーネット様の聖女としての血は本来の力を発揮し。

 そして王子も、死の運命を回避出来たんだ。

 こんなの……どんな古文書をどれだけ漁ったところで、分かるわけがなかったよ」


 やれやれとばかりに肩を落とすオニキスに、すかさずマリンが突っ込む。


「どこかの参謀様のおかげで、多少遠回りにはなりましたがね。

 全く……サファイア様の機転がなければ、今頃国は滅びていましたよ?」

「うぅ……今回ばかりは、返す言葉も……

 って、サファイア? 彼女が?」


 思わず振り返るオニキス。いかにも意地悪く微笑むマリン。


「サファイア様に、たくさん叱責されてくださいね。

 それが、オニキス様。貴方への罰です」

「えっ?」

「ガーネット様風に言えば、ざまぁということでしょうか」

「な、何を企んでる? 君たちは……」

「ふふ。どうやらオニキス様、ご自分が『生き残ってしまった』時のことを全く考えておられなかったようで……」


 マリンの微笑は変わらない。


「ともかく、恋する乙女に無理やり接吻を強いた罪は重いですよ?

 サファイア様にたっぷりいたぶられながら、その重みをじっくり教えていただいては?」

「え、えぇ……?」


 わけが分からず、顔を赤らめるオニキス。

 その背後――王都からはまだ黒煙がたなびいていたが、徐々に人の声が戻りつつあった。

 重くたれこめていた雲は、いつのまにかすっかり消え去り。

 月はほのかな銀の光で、崩れた王宮を照らし出す。



 呪われた王子の身体から、水晶は雪のように溶け崩れ――

 美しい金髪と翡翠の瞳が露わになる。

 その腕は、聖女であり運命の花嫁であるガーネットを、思い切り抱きしめていた。

 かつて彼女を傷つけまいとして、力いっぱいの抱擁さえ出来なかった王子は――

 今、二度と離さないとばかりに彼女を抱いた。



「さぁて……ディア。

 私を騙したこの代償、その魂と身体でた~っぷり支払ってもらうからね♪

 貴方が今までの分も幸せになって、勿論私も幸せにする。それが、貴方への罰!!」

「……うん。

 絶対に、幸せにする」



 二人が固く握りしめあった手。

 その上に落ちた水晶のかけらは、月の光の下、銀の雫となって音もなく消えていった。




 Fin





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術力最強令嬢、呪われし水晶王子に浮気され婚約破棄され王都追放されたけど彼を諦められません! 貴方の呪いを解くには私が必要よね? kayako @kayako001

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