バック・グラウンド

渡貫とゐち

超能力者は憂鬱

「体がだるい……」


 隣の席の超能力者が、ぼそっと呟いた。

 聞こえなかったことにしてもいいが、聞こえてしまったら無視もできない。

 ちらり、と見たことも彼は気づいただろうし、そこまで把握されていて視線をまたスマホに落とすのも薄情ではないか?


 とんとん、と軽く画面を二回タップする。


 起動していたアプリをスリープ状態にして、あらためて隣を見る。


「どうした?」


「全身に倦怠感があるんだよ……まぶたも重いし、頭もガンガンするし……両肩に石でも乗っかってるのかってくらいだ。なんでかなー、超能力の使い過ぎ?」


「頻繁に使ってるわけじゃないんだろ?

 瞬間移動、念動力、読心術、だっけ……? やっぱり使い過ぎるとまずいのか?」


「使い過ぎるとな。そりゃ、無限に体力があるわけじゃないし……」


 ぐてー、と机に突っ伏したクラスメイトが、そのまま起き上がってこない。

 全身がとろけたように力を抜いており……楽にしているのか、それとも力が抜けてしまっているのか分からない。


 体調不良の極みだとしたら、保健室に運んだ方がいいのか……?


「……先生には伝えておくから、休んできた方がいいと思うぞ」

「そうだな……そうする。じゃあ瞬間移動で――」


「バカ! そうやって超能力を使ってるから、倦怠感があるんじゃないのかよ!?」


 使い過ぎてる自覚があるのに節約する気がないのは、もう癖になっているからだろ……。

 超能力者にとっての『超能力』は、俺たち非能力者にとっての『スマホ』みたいなもので、気が付けばいじっていて、なにかしらの検索をしている。

 手と足を使えばできることをネット上で済ませてしまうみたいに……、当たり前のことだと体に染みついてしまうと、いざそれを控えようと思っても体は勝手に動いてしまうものだ。


 彼は超能力の使用が、そのまま体の倦怠感に繋がる。

 スマホの充電がなくなるだけの俺たちとは違うのだ。


「そっか……でも超能力を使わないようにするって、どこからどこまでを?」

「……? 超能力って、『これをするぞ』って思って使うんじゃないのか?」


「そういう超能力もあれば、そうじゃない超能力もある。

 たとえば忘れないように記憶の一部を固定するとか、だな。時間経過で記憶はどんどん後ろへ遠ざかっていくものだけど、その場に固定しておけば、すぐに思い出すことができる。

 昨日の晩飯の記憶を固定しておけば、いつまで経っても昨日の晩飯がなんだったのか思い出せるってことだ」


 い、いらねえ……、そんなの、手書きのメモ帳でいいじゃないか。


 スマホのメモ帳でも同じく……超能力を使うほどのことじゃない。


 だけどその方法に慣れてしまった超能力者は、今更、手間(というほどではないと思うが)をかけて、手書き、もしくはスマホのメモ帳に残すということをしない。

 だって頭の中でそれができてしまうのだから。


「他には?」


「他には……、うーん、なんだろ。

 あらためて列挙しようとすると、どれを言えばいいのか……」


「迷うくらいには多く使ってるってことか」


 根掘り葉掘り聞いてみれば、『目的地までのルートが、光のラインとなって目の前に見える』――『人の視線が矢印となって見えるようになる』――他にも、『透視』する、一瞬だが『未来を見る(確定した未来ではないものの)』など……『目』だけに絞っても、これだけの数の超能力を日頃から使っているようだ。


『嫌いな食べものが好きな食べ物の味になる』。『尿意と便意が事前に分かる』。一瞬で『暗算ができる』などなど……、必要に応じて『オン/オフ』をすぐに切り替えられるように、スタンバイ状態にしているとも言った。


 つまり、完全にオフにはなっておらず、操作一つですぐに起動した状態へ持っていける。

 本来なら、オンへ切り替えたら、数十秒は起動を待たなければいけないようだが……、その手間がなくなる便利さを取って、常に彼の体では超能力が半分、起動している状態なのだった。

 それが数百、数千と膨らめば……当たり前のように体は悲鳴を上げるだろう。


 超能力のスリープ状態……。


 いくら超能力を節約したところで、使わないのに『使う時のため』に、ほとんどの超能力を半分起動させていれば、体力を使うに決まっている。


 倦怠感にも納得だ。


 逆に、それだけで済んでいるのが不思議なくらいだった。


「いっそのこと、一旦、全部を切っちゃえばいいんじゃないか? で、必要な超能力だけを再起動させるとか……。

 必要のないものをいちいち切っていくと時間がかかるだろ。しんどい状態でそれをするのは他人事の俺でもきついと思うし」


 断捨離と同じだ。いる、いらないを選別していれば必然、時間がかかる。

 だが、全てをひとまず捨ててしまえば、整理はしやすい……。断捨離の場合は捨てる『つもり』で外に出すから、『捨てた』わけではないが――、超能力についてはそれができないので仕方なく、全部をスイッチオフにするしかないのだ。


 オフにするだけで、捨てるわけではないのだからデメリットはないはずだ……。


「それもそうか」と納得した彼が証明である。


 デメリットはないようだ……あったとしても小さなものか?



 彼が半分起動中の超能力を解除した……のだとは思うが……反応がない。


 数秒、止まったまま……やがて体が横へ倒れ、椅子から床へ落下する。


「え? ……おい……? ッ、おい、どうしたんだっ!?」



 彼の心臓は……止まっていた。


 超能力を解除したことで、心臓が止まったということは……――


 彼の心臓は、超能力で動かされていたものだったのか……?


 超能力で動いていた、もしくは補助されていた心臓は、超能力があってこそ動くものだ。

 だけど彼は意識を失い、命も落としている……超能力を使用することはできない。


 どうしてこんなことに気づかなかった? 彼は自身で心臓を動かしていたというのに……、それを忘れるほど、超能力に頼っていた生活だったからだろうか。

 超能力で心臓が動いていることを忘れて――『超能力』に頼ってばかりで、どこまでが超能力によって補助されているのか把握し切れていなかったのだ。


 全てをオフにするべきではなかった……事後に言っても仕方ないが。




 彼の死後、俺は自分のスマホを調べ、起動中のアプリを逐一、調べている。

 彼の超能力とは違うが、充電の減りが早いということは、無駄にスタンバイ状態のままにしているアプリがあるということだ。


 彼の死で学ぶことではないだろうが、それでも、彼の死には『意味』があったのだと証明していかなければ、彼の死は無駄になってしまう……。


「うわ、めちゃくちゃアプリ、開いたまんまじゃん……」


 そのアプリの数こそが、現代社会の、『依存』の数になるのだろう。




 ―― 完 ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バック・グラウンド 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ