最終話
俺は、ベンチに座る
「どうして、こんな簡単なとこにしたんだよ」
すると、隼は照れくさそうに笑って言った。
「まさか、
「……当たり前だろ。もう二度と会えなくなるかも知れないんだから」
「……」
俺は、静かに隣へ座る。
「教えてくれよ。隼のこと」
話を促した。
「そう……だね」
隼は、表面の乾ききった缶コーヒーを一口あおると一呼吸置いて話し出した。
僕は、転勤族だ。
しかも、かなり頻繁に引っ越すタイプの。
だから、昔から周囲の空気に合わせるのが常だった。既存のグループが形成されていて、僕は新参者。浮かないように、嫌われないように、誰とでもそれなりに話を合わせられる技術ばかりが伸びた。それでも、短い間だったけど本当に仲良くしてくれた友達もいて。
この子だったら、引っ越した後でも友達でいてくれるかもしれない。
――そう、思ってた。
「じゅん、ぜったいれんらくするからな」
「うん、ぼくも!」
最初の1年は、良かった。年賀状や、親を通してのメールやりとり。だけど、、、
やはり、人間毎日会えるような距離で関係を作るもので、特に行動範囲の狭い子供などは特にそうだ。次第に、連絡の頻度を落とし、3年もすればすっかり来なくなった。
僕から連絡をしたこともある。しかし、返ってきたのはあきらかに面倒くさそうなのが伝わる文面で。
ああ、そうか。転勤族の僕にはきっと、、、
そんなときだった。
家は、毎年夏前になると祖父の家に集合する慣習というか決まりがあった。家も例に漏れず、毎年この町へやってくる。
例年は、いとこと遊んで過ごすのだけれど。
「はぁー」
しかし、この従兄弟皆女の子だったから、正直退屈だった。それに、年上だったからいつもおもちゃにされるのだ。
幸い、この生活で一人遊びには慣れっこだった。
家にいたら、絡まれるので僕は公園に向かったのだった。
公園には、同世代の子供達が大多数で遊んでいた。
混ざりたかったけど、勇気が湧かなかった。それに、たとえ仲良くなっても、、、
連絡を取らなくなったあの子の顔がよぎる。
だから、少ししてからやっぱり帰ろうかなと公園を背に歩き始めると中心にいた子が話しかけてきた。
「いっしょにやろうぜ!」
それから、毎日公園に行くようになって、そのグループに入れてもらえるようになった。特に、その中心にいた子、まあ交なんだけど、とはそのうち二人でも遊ぶようになった。当時の交は、皆を引っ張るようなリーダー基質の性格をしていたんだ。
そこで、ジャングルジムの景色を見て、来年もあうことを約束し合って、不思議だけど本当に毎年遊ぶような関係になった。
親友なんて出来ないと思ってた僕に、年に一回だけど必ず会える友ができたんだ。
それは高校になっても変わらず、きっとこれからも続く、そう漠然と思っていた矢先、
――祖父が死んだ。
祖父は、孫の僕にはいいおじいちゃんで、優しくしてくれていただけにかなり衝撃的で、心にぽっかりと穴が開いたような感覚だった。
でも、それだけじゃなく。この町に来る理由がなくなったこと、それも僕にとっては大きかった。
交には、連絡を取ってこれからも会えば良いなんて言われたけど、僕にとっては連絡手段がある関係が怖かった。時折思い出してしまうのだ。徐々に、連絡頻度が落ちて、そのうちアドレスだけが残る、そんな残酷な関係が。
だから――形にしたくなかった。
連絡先も知らない、普段生活をともにしない、だけど会えばいつだって親友のように付き合える、
そんな何からも縛られない関係が心地よかったんだよ
だからこそ、僕はこの先会えなくなるかもしれない親友とーー
「つながりを残すのが怖い」
そう言って、隼は話し終えコーヒーを一口飲んだ。
「そう……だったのか……」
意外だった。まさか、連絡を取りたがらないのがそんな理由からだったとは。そして、そこまで言われると本当につながりをもつのが正解なのかと疑ってしまう。
「いつしか交が言っていただろ?大縄に入るのが怖かったって」
「あ、ああ……」
「俺はさ――縄を回す係だったんだよ。その場を作る方。別にいやではないんだ。ただ、決して中に入ることはない。出来るのは、その中を円滑に回すことだけなんだ」
話し終えた隼の内側は、何人たりともたち入れさせない拒絶を感じた。そこを踏み越えることは、とても勇気のいることで、、、
それは、郵便屋さんの落とし物に似ていた、、、
隼の内側に入っていくには、一歩を踏み出さなければならない。
軽々しく、つながりを持ちたいなどとは言えない。なぜなら、俺は共感してしまったから。これから先、毎年隼がこの町に来ることがなくなったら、これから先自分から誘えるだろうか。ずっと先まで、話し続けられるだろうか。話題も合わないのに。
そう思えば思うほど、一言が出なくて。口を開けては閉じを繰り返してしまう。
「……ッ」
一体、いつからだろう。人と深く関わろうとすることへ、こんなに臆病になってしまったのは。
ああ、そうだ。アレは、小学生の頃。ある日、いきなりクラスの面々がよそよそしくなって。素っ気ない態度を取られ、クラスの中で浮き気味になってしまったことがあった。原因は、不用意な軽口。きっと、クラスの中心だった彼に対して不用意な軽口を言ってしまったこと。
あれから、人を傷つけないようにあまり大きいことを言わなくなったんだっけ。そのうち、人前で意見するのも怖くなって。
いつしか、一歩が踏み込めなくなった、、、
あの時と同じだ。息苦しくなって、いかなきゃって思いばかり先行して、そして、頭が真っ白になる。
「はあっ、、、はあっ、、、っ」
『交、学校はどうだ?楽しいか?』『ちがうちがうっ……あー、ありがとう』『俺さ、友達の家に遊びに行ったのってほとんど無いんだよね』『……ジュース何飲む?』『今回は結構歩いたね』『……かもね。今では一人の方が楽だと感じるし』『何だか、自分がいなくても世界は変わらず廻っていて、そのまま消えてしまいそうになる』『もう、この町にくる理由がなくなった』『それじゃ、あと数日しかいられないから……』『もう、来ないかと思ってた』『最後に眺めようと思って』
『――ありがとう、交』
俺は一度は踏み込んだんだ。だったら、何度でも踏み出せるはずだ。
――いつだって、大事なのは飛び込む勇気だ!
「――
「えっ?」
「隼、おまえは……っ!受け身ばかりで、そのくせ自分の気持ちさえ届けられないドジな郵便屋だ!」
「……」
「全部諦めたような顔しやがって……っ、人の気も知らないで、こっちが歩み寄ろうとしても逃げるくせに、独りになりきれないかまってちゃんだよ」
「……って」
「何が、縄回しだっ!勝手に決めつけて悲劇の主人公気取ってんじゃねえっ!」
「ーー僕だってッ!」
隼が初めて声を荒げた。
「っ」
「僕だって!こんな独りきりなんて嫌だった!もっと心の底から笑いたかった!親友が欲しかった!」
「……」
「でもッ!ーーどうせ別れるんだ……どんなに仲良くなっても……きっとすぐ忘れられる……そんなのもうごめんだ」
隼は、悲しげに笑う。
「悲しい思いして切れるなら、最初から繋がりなんて持ちたくない……」
これが、隼の本心なのだ。ずっと隠してきた、本当の気持ち。しかれども、俺の気持ちは、決意は、覚悟は変わらない。
「それでも――
――だから、言ってやった。
「えっ」
俺は続けた。
「ーー俺がお前の落とした気持ちを拾う。この先も、これからも」
「ッ!?」
隼は目を見開いた。
「だからさ、繋がりを持ちたくないなんて、言わないでくれよ……っ!ずっと独りなんて、最初から諦めないでくれよ!」
両目から涙が溢れて止まらない。
どうしてこんなに感情的になっているのか、自分でもよく分からなかった。
「隼……」
「俺がたぐり寄せるから、届けに行くから……ッ!もう一度ーー信じてくれないか」
「……」
準は、少しの沈黙の後、静かに笑った。
「ーーうん」
目が合う。
今度は離さなかった。
なんだか、お互いに照れくさくて笑ってしまう。
そして――連絡先を交換した。
「ちゃんと連絡するから」
「うん、僕もまた遊びに行くよ」
そう言って、二人は背を向け合って歩き出す。
「――もう拾ってもらったけどね」
隼の言葉は、風に乗って消えた。
「ふぁあ~」
手であくびを抑えながら、重い足取りで学校へと向かう。
今日は、一学期最終日。午後から夏休みだが、退屈な集会を耐えねばならない。
せめてもの気晴らしに音楽を聴きながら歩いていると、肩を叩く衝撃を覚えた。
「ッ!?」
振り向くと、同じく気だるそうなオージが並んできた。
「おはよ」
「おはよう」
二人で歩いていると、前方に前川の姿が見えた。
「よっ」
俺達三人の関係は別段変わっていない。なにせ、勝手に落ち込んだのは俺だけだったからだ。
後日談ではあるが、あのメッセージは俺の興味ない映画を見に行く約束のことだったようで、俺が興味ないことを知っていたので声を掛けなかったらしい。後日、感想を聞かされたことで判明した。
だが、たとえ二人で話していても、俺は以前ほど落ち込んだりすることはない。それは、隼とつながりをもつことで、俺の心にそれを受け止められる余裕ができたからかもしれない。
また、放課後飛田あやがやってきて、新しく作った部活に誘われた。なんでも、この間のかくれんぼが新鮮だったようで、その後も色んな町の散歩に興味が出たらしいのだ。
「何言ってるんですか、先輩も部員なんだから協力してください」
「何勝手に入れ込んでるんだ……それに、俺はいいよ。それより、彼氏とか誘わなくていいのか?」
「彼氏?
「え?」
「ん?」
あれっ?
事情を話すと、大声で笑われた。
「あはははっ、か、彼氏って……っ」
「いやいや、紛らわしいんだよ、あやは」
「あの時は、友達の手紙だったから本気で焦ってたんですよっ…‥そういえば、あの時も先輩が拾ってくれたんですね」
「どっちも偶然だけどな」
「偶然が2回重なったら運命なんです……それに、紛らわしかったら何か不都合でもあるんですか?」
「べ、別にぃ?モーマンタイだが?」
「ふーん……じゃ、何の問題もないことですし、勧誘行きましょ、
前を歩く彼女について行く。
彼女の抱える紙の束から、一枚の勧誘チラシが落ちる。
「全く……言ったそばから……」
俺は、それを拾ってーー
――今日も歩き出す。
「なんか、部活入ることになってさ」
「へえ、良いじゃん」
「隼も、何か入らないのか?」
「俺はバイトあるしいいよ」
「ああ、大学生彼女さんもいるしな」
「あの人なら、今別の人と付き合ってるよ」
「あはははっ、飯が旨いぜ」
「別に良いんだよそんなこと。それより夏休みどっか行こうよ、旅行とか」
「良いねぇ……どこにする?京都とか……」
「……あそこも良いんじゃない?――とか」
「――」
「ー」
俺達は、離れていてもきっと大丈夫だ。
――踏み出す勇気があるのだから。
手紙を拾う 前田マキタ @tonimo_kakunimo
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