第29話美しい人よ。聡明な人よ。愛しい人よ
私はソフィアとユリウス王子の演目が終わったあと、校庭の隅のほうで体育座りをしていた。
自分がいたたまれなかった。
現実を受け入れられなかった。
――そんな時にヴェインが私のところにやってきた。
「何しにきたのですかヴェイン?」
「何って、君を探していたんだ。君が泣きながら走って行くのが見えたから」
「私のことなんてもうほっといてください!」
私はついヴェインに八つ当たりするようにそう言ってしまった。
「……そんな訳にはいかないよ」
「もうこんな私ほっといてください! 私なんて、王子に振り向いてさえ貰えない……。王子に存在すら認識されず、女として誰にも好かれもせず、愛されもしない。結局私なんて……、いくら努力したとしても、主人公のようにはなれない。ただ地味で平凡なだけが取り柄の地味子なままなんだわ!」
私は喉の奥からヒックヒックと、絞りだすような声を上げ、涙を滲ませた。
ヴェインはそんな私を抱き寄せてきた。
「え、ちょ、ちょっとヴェイン……?」
男性のもつその堅い身体が、私の華奢な体を優しく包み込む。
私はこの瞬間、世界中の誰よりも、ヴェインが側にいてくれたことに安堵している自分に驚いた。
「”私なんて”だなんて言うな! それはお前自身を傷つけてしまうだけの、悪魔の言葉だ! そして、お前のことを誰よりも大切に想っている男をも傷つける言葉だ」
「え? ヴェインそれはどういう……」
「まだ分からないのか? 言っただろ”君は特別だから”って。出会った時から君はずっと、俺の中で、特別な人のままなんだよ」
「ヴェイン、私……」
「いや、まだ俺に話させてくれ……」
ヴェインは少し考えてからこう切り出した。。
そして、私のことをぐっと、強く抱きしめ私の顔を覗くように見つめてきた。
ヴェインは私の頬をつたう涙を拭ってから「泣いている女の子に、こんなことを言うのはズルいかもしれない。だけど今、俺の口から言わせてほしい。ミシェル……、君が好きだ、愛してる」と言ってきた。
「……え? そんな……、ウソでしょヴェイン?」
「俺は本気だ! いや……。ごめん……愛してるなんて今の今までずっと言えなかった。でも今、傷いて泣いてる姿の君を見て、やっと自分の気持ちに素直になれた。君にとってはあの王子が一番だったのかもしれない。けれどそれと同じように、俺にとっては君が一番なんだよ。だからお願いだミシェル、ずっと俺の側にいてくれ!」
そんな……、ヴェインが私のことを愛している?。
そんなことどうして今まで気付けなかったのだろう。
いえ、気付けるタイミングは今までいくらでもあったはず。
私はもしかしたら、ヴェインのその気持ちに、気付かないふりをしていただけなのかもしれない。
こんな私を好きになってくれる男性なんているはずないと、そうやって思うことにするほうが、気持ちが楽だから……。
私は人を好きになることはあっても、人から好きになられることなんてない。
そう思って今まで生きてきた。
そうすれば不用意に傷つくことなんてないのだから。
でも、一度でもいいから恋愛をしてみたい。
その気持ちに偽りはない。
だけど、はなから恋愛なんて私には出来ないのだと、最初からどこかで諦めてしまっていた。
だって私は、どうしたって地味で平凡なだけが取り柄の、地味子だから……。
だから、ユリウス様と……王子様と私は結婚するのだなんて、そんな叶うはずもない夢物語で現実逃避をして、それ以上のことを考えなければ、そうすれば自分の心が満たされているような、そんな気がしていたから……。
辛い現実から逃げていられるから……。
ヴェインは今、そんな私に対してこうして気持ちを投げかけてくれている。
なら私も、ヴェインのその気持ちに逃げずに、答えなければいけない。
「ヴェイン、一つだけ言わせて欲しいのだけれど」
「ああ、良いとも」
「私はつい今しがた、王子様とは結ばれない運命を受け入れたばかりです。なのに私は今、あなたの想いに答えようだなんて、それはあまりにも私にばかり都合が良いだけの甘い選択です。ですが私は、そんな甘い真似も厭わないと考えてしまっている、そういうズルい女になろうとしています。そんな私でもよろしいのなら……、あなたの手を取る許しを私にください」
「なんだそんなこと、何を今更って感じだよ。それを言うなら俺だって、泣いている君に想い伝えてしまうズルい男だろうさ。それにミシェル、君は出会った時からずっとズルい女だ」
「え? 私が出会った時からズルい女だったって……どういう……」
「こういうこと」
ヴェインは私の話を遮り、いきなりキスをしてきた。
その間、脈は速く、でも時間はゆっくりと進んでいく。
そんな甘い瞬間が、私たちの間を過ぎ去る。
時間が経つのも忘れるほどの口づけを交わし、互いの顔を見つめ合う。
「君は……、出会った時から俺の心を奪っていったズルい女だよ」
「ヴェイン……」
「君の月夜に照らされ潤んだ瞳は、まるで瞼の中で輝く宝石のようだよ。俺は君のその瞳に目を奪われるようだよ。
美しい人よ。聡明な人よ。愛しい人よ。私はあなたを永遠に愛し、裏切ることもなく、あなただけの王子になると誓います。だらかどうかあなたも、私だけの姫になってはいただけないでしょうか?」
彼は昔からこの国で伝わるおとぎ話しのセリフを引用し、私へとその想いを贈ってくれた。
「はい、私はあなただけの姫になりましょう。私だけの王子よ」
――――
≪どこかの国のどこかにいる詩人≫
これは、王子様とは結ばれる運命になかった、姫の物語。
姫が美しくなかったからでも、醜かったからでもありません。
王子様は、違うお姫様と結ばれる運命だったからです。
だけど姫は、決して不幸ではありませんでした。
運命の赤い糸で結ばれた別な王子が、ずっと姫の側にいてくれたからです。
美しい人は誰なのか。
聡明な人は誰なのか。
最愛の人は誰なのか。
それはまさに王子だけの姫であり、姫だけの王子であると、王子は姫が忘れそうになるたび、いつもそう教えてくれているのです。
それはいつまでも、末永く永遠に、すっと続いていったのでした。
きっと、誰であろうとも運命の相手はいるのでしょう。
もしかしたら、その運命の人は案外近くにいる人だったりするのかもしれません……。
それではこれでこの物語はお終い。
ではみなさん、さようなら。
乙女ゲー世界でも地味子な私だけど努力して王子と結ばれたい! @koketsutarou2
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